竜魔激突⑤

「はぁ、眠っちまいてぇ……」

 でも怒られるのは嫌だ、そう愚痴りながらグレゴリオは人っ子一人居ない街道を部下を引き連れてひた走っていた。街頭の明かりは消えているが月光が照らし出す街道は明るいものでその歩みに迷いはない。

 町中に一つだけ突き抜けるように立つ大地母神の世界樹がどんどん近づいてくる。次の角を曲がればすぐそこだ。

「ぐっ……!?」

 と、足を踏み出そうとところで、兵士は見えない壁に阻まれるようにして足を止め、後続に押しつぶされた。

「止まれー!先へ進めないぞ!」

「な、なんだ!」

「『聖域サンクチュアリ』だ!こんなに強いものは初めてだ」

 兵士たちはまるで鉄の壁でも触っているかのような手応えすら感じる空間の境目にはばまれ、そこから先に進むことができない。

「なにをぐずぐずしてる!」

 これではまた怖い宰相に怒られてしまう。早く祭具とやらを持って帰らなければ。

「どけ!」

 グレゴリオは兵士をかき分けながら先へ進むと。兵士の誰もが通れなかった結界を、いとも容易く通り抜けてしまう。

  大男総身に知恵がなんとやら、というようにグレゴリオは愚鈍だ。自分では何も考えず、ただ言われたことだけを忠実にこなす人形のようなものだ。

 彼には軍略がわからない、政治もわからない、この命令に、どんな意味があるのかすらもわからない。そのすべてを考えるのは、副官だったり宰相だったり貴族だったりする。全てグレゴリオには関係ないことだ。

 だからこそ、愚鈍だからこそ、何も考えていないからこそ、『敵意を持つものを弾く』効果を持つ『聖域サンクチュアリ』の強固な守りが通用しない。

 彼に敵意はなく、害意もなく、自らの意思もない、ただの肉人形。

「ウェストヒルズが領主!レオナール侯の使いで参った!この扉を開けられよ!」

 この口上はなんども練習させられたのできっちりと述べることが出来る。臥せっている当主とその代理である息子の名前を取り違えているという間違いはあるものの、たいした問題ではないし、彼は問題だとも思っていないが。

「留守か?入るぞ」

 しかし反応はない。ならばしかたないと返事を待つことなく扉を押し開けようとするが開かない。それもそのはず、内側から閂がかけられているのだ。

 扉が閉まっている。開かない。だから戦鎚で開けよう。グレゴリオの意思に害意はない。仕方ないからそうするのだと言わんばかりの態度で背負った戦鎚を振り上げる。そうまでしても『聖域サンクチュアリ』はグレゴリオを弾かない。大地母神は寛大で優しく、寛大過ぎて優しすぎた。

「ふん」

 大扉が、戦鎚の一撃でもって吹き飛ばされた。

「うわー、まじか」

「…………」

 そこには森林族エルフの少女と、なんだかよくわからないちんちくりんがいた。無論、フィサリスとフォンテーヌだ。

 万が一、こちらに土人形ゴーレムのような意思を持たない怪物が乗り込んできた場合に備えて待ち構えていたのだが、まさか意思を持たない人間が乗り込んでくるなどとは夢にも思わなかった。

「なんだ、いるんじゃないか。さっさと扉を開けてくれ」

 そんな事を考えているとはつゆ知らず、グレゴリオは戦鎚を携えたまま一歩二歩と前進する。フィサリスは竪琴に指をかけ、フォンテーヌは杖を掲げた、前衛は居ない。呪文を用いて速攻で叩かなければ、命はないかもしれない。

「《踊れ踊れ風の精シルフィード、渦巻く風で、大きな木々も丸裸!》」

 フィサリスの演奏に合わせて風の精が踊り、それは強烈な突風となってグレゴリオの巨体をのけぞらせる。『突風ゲイル』の呪文だ。しかし、大岩のようなグレゴリオを神殿の外まで追い出すには一手足りない。

「《そら足元に油がこぼれた、滑るぞ転ぶぞ気をつけろ》」

 ならばその一手を加えるまで。フォンテーヌの唱えた『潤滑スリップ』の呪文とともにグレゴリオの足元は摩擦が仕事をしなくなる。踏ん張りも効かなくなったグレゴリオは大きく転倒し、そのまま風で押し出されていった。

「ありがとう!あとは、閉じちゃえ!《土の精ノームよ土の精!大嵐が来てしまう前に、扉や窓を塞ぎなさい!》」

 グレース自ら施した『治癒ヒール』により、指先の感覚は万全だ。竪琴を爪弾きながら土の精霊に語りかけると、開け放たれた扉の前に、せり上がるようにして大岩が現れた。木造の扉よりは明らかに強固、これならばしばらくは持ちこたえられるだろう。フィサリスが安堵したその時。


「ここを……あけろ!!!!」


 轟音が鳴り響き、建物が揺れる。外ではグレゴリオが戦鎚を何度も、何度も岩に打ち付けて叩き砕こうとしていた。天井からぱらぱらと土埃が降ってくる。このままでは長く持ちそうにない。そう思っていた時、強烈な金属音を最後に唐突に音が止まった。


 外では、異様な光景が繰り広げられていた。グレゴリオの半分ほどの背丈の少年が、その戦鎚を大盾で真正面から受け止めている。その衝撃はきっちりと足元に受け流され、沈み込むようにして陥没しているものの、少年には一切の痛痒も認められない。

「なんだ……貴様!」

「僕は、自由騎士フリーランサー

 白百合の紋章が月光に輝き、赤と青の双眸がグレゴリオを見上げる。


「リーアスだ!」


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