中央への道⑧

 それを知るものが見れば、鱗の隙間から吹き出す光熱の炎が龍の息吹ドラゴンブレスに近いものだとわかるだろう。

 その威力を推進力として転用したそれは、目にも留まらぬ疾さで、致命的な重さを携えて襲いかかる。

 その性質故に直線的な移動しかできないのが欠点であるが、それに反応できる者はこの世に何人いるだろうか。

「…………っ!」

 だが、百戦錬磨の古強者であるガレスの確かな経験がそれに反応してみせた。

 反射的に大剣を盾のようにして構え、真正面から巨大な拳を迎え撃つ。

 刹那、星が降ってきたかのような衝突音が森に響き渡った。

 木々は薙ぎ払われ、鳥は飛び去り、獣は逃げ去る。

「まだだっ!!!」

 土煙が舞い上がる中、それを振り払うように大剣が振るわれる。

 その軌跡はたしかに目の前の竜人の体を、袈裟斬りに切り裂いた……はずなのに……。

 こみ上げるものがあり、ガレスは口に溜まったそれを吐き出した。

 塊のような血液が口からこぼれ落ち、地面にそれがぶち撒けられ、地面に吸い込まれていく。

 握りしめた大剣を見てみれば、それはすでに魔力の輝きを失い、真ん中から無残にへし折れていた。

 目線を胸元に向けると、そこには主を守り切ることのできなかった鎧が、申し訳無さそうな表情で張り付いている。

 心臓も、肺も、その全てが潰れているのが嫌でもわかる。

 血液を流しすぎたせいか、視界も意識も溶けゆくように薄れていく。

 もはや、立っていることすらままならないと、ガレスは意識を飛ばした。

「ヴァンダム……様……」

 最後の力を振り絞っているのか、肺から気道を通って出ていく空気がかろうじて喉笛を震わせる。

「申し訳…………な………………」

 最後の言葉は経緯はどうあれ、親の世代からの世話になっている主人を案じるものだった。

 その体は膝まで落ちるも、決して倒れることはなかった。

 真ん中からへし折れた大剣の柄も、決して離すことはなかった。

 一人の悪漢の護衛ではなく、確かな戦士の、一人の忠臣の死がそこにあった。

「……見事!」

 まさかあれに反応できるとは思っても居なかった。

 しかし、この男は真正面からそれを、失敗したとは言え受けきってみせた。

 見事と言わずになんと言おうか、敬意を表さずになんとしようか。

「な、なんだ……?」

 一方、ヴァンダムには何が起きたのか理解できていなかった。

 その中心点にいる二人と一匹は、舞い上げった土煙の中に紛れて伺えない。

「な、何だいまのは……」

 ヴァンダムは呆けるしかなかった。

 信頼を置く、側近の中でも最強格の護衛たちが片手落ちの男に次々と葬られ、ガレスでさえもろくに太刀打ちできず、気がつけば仰向けに倒れていた。

 自分を吹き飛ばしたそれが、強烈な拳の一撃の余波であるなどとは全く理解すらできていない。

「動くな、でござる」

 一瞬瞬きをしただけのはずなのに、いつの間にか首には冷たい無機質な刃が当てられていた。

 少しでも動けば、その刃は自らの血で温められることだけは理解できた。

「全く、ミロク殿はむちゃくちゃでござる」

「ふはははは、流石に毛玉を守りつつ戦うのは無茶がありましたからなぁ……」

 暴風一線、土煙が晴れ、その中から竜人が姿を表す。

 その奥に、胸部を穿たれ、項垂れるガレスを見た。

「て、てめぇ……」

 起き上がろうとするも、わずかに薄皮が切り裂かれ血が滴る感覚が首元に走る。

 ガラン、と音を立て投げ出されたそれを横目で見れば、それはガレスにあずけていた魔剣の切っ先だった。

 どんな力を受ければそうなるのか全く理解できないが、それはもはや剣と呼べるものではない。

 真ん中から真っ二つにへし折れたそれは、もはや魔術の輝きも失われたタダの鉄塊である。

 その持ち主がどうなったかなど、もはや語るべくもない。

「さて、何が目的かは知りませぬが、その首は衛兵に突き出すことにしましょう」

「ふざけやがって……」

 ミロクはまだ敵意を失っていないヴァンダムにため息を一つ吐いて、地面に転がる魔剣を拾い上げた。

「良い剣ですなぁ、貴公には残念ながら釣り合いませぬが」

 ヴァンダムの腰から鞘を引っ剥がし剣を収め、戦利品とばかりに自らの腰帯に手挟む。

 その動作のすべてがヴァンダムにとっては屈辱だった。

 暴力により全てを支配してきた男は、その暴力を行使することすら許されず今こうして少女に生殺与奪を握られているのは、滑稽の極みだった。

 奪う立場であったはずなのに、手下も、武器も、尊厳も、その全てが奪われた。

 屈辱、屈辱、まさに屈辱だった。

「さぁて、さっさと縛り上げて合流しませんと」

「ミロク殿!」

 それを知ってか知らずか、ミロクは高笑いを上げてみせる背後で、ユリが驚愕の声を上げる。

「許さねぇ許さねぇ許さねぇ…………」

 ヴァンダムを包み込むのはどす黒い瘴気の塊のようだった。

 ユリは思わず飛び退き、ヴァンダムを開放してしまうが、ミロクはそれを責めることはしなかった。

「ユリ殿、毛玉を預けます、一旦リーアス殿のところへ……」

「でも……」

「ここは我に任せていきなされ、すぐに追いつく故……」

 ミロクは毛玉をユリに手渡した。

「ぷい……」

 名残惜しそうに鳴く毛玉の頭を一つ撫でると、ヴァンダムに向き直る。

「許さねぇ!!!!!!!!」

 それはもはや、人と呼べるものではなかった。

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