交易都市ウェストヒルズ

交易都市ウェストヒルズ①

「あいたたたたた……」

 飲みすぎた。まったくもって飲みすぎた。

 グレースは二日酔いに響く頭を抱えながら体を起こした。最後にグスタフのところのマルクとかいう傭兵と飲み比べをしたところまでは覚えているが、そのあとのことは思い出せない。誰かが上階の宿まで運んでくれたのだろうか。

 彼女がそんな事を考えているようで全く回っていない頭をぼーっとさせていると、ふと寝台の上に丸いものがあるのに気が付いた。

「ぷい」

「あれ?コットンちゃん?どうしてここに……」

 ミロクのところのコットンがいた。近寄ってくるので遠慮なく抱き上げて撫で回す。なんだかこれだけで癒やされる気がする。もう一眠りしてしまいたくなるほどに。

「二度寝でもするかぁ、コットンちゃんも一緒に寝ましょうねー」

「ぷい……」

 そうして欠伸を一つしたところで部屋の扉が空いた、窮屈そうに身をかがめて入ってきたのは大柄な赤の竜人、ミロクである。

「おや、おはようございます。グレース殿。服は着たまま寝たほうが良いですぞ」

 その言葉でグレースは自分が服を着ていないことに気が付いた。が、そこでうろたえることはない。

「あれ?ミロク?何?アタシを抱いたの?金よこせ。コットンちゃんでもいいぞ」

「いや、やらぬが……」

 ふむ、昨夜はひどく寄っていたし覚えていないのかもしれぬ、とミロクはとりあえず現状を伝えておくことにした。いきなり脱ぎだして強制的に気絶させたことは言わないでおくが……

「酒場でしこたま飲んだあと、傭兵団以外の皆で合部屋を取ったのだ。グレース殿は相当酔っておったから覚えておらぬのも無理はなかろう」

 そう言ってミロクは備え付けの机に水差しと小さなコップを置いた。酔い醒ましだろう。グレースは体にかかっていたシーツを体に巻き付けて起き上がると水を一杯飲み干す。

「迎え酒のほうがいいかも」

「やめておくのがよいかと」

 まだ飲むつもりなのかとミロクは辟易する。実のところ昨晩は酔いつぶれたグレースにずっと絡まれていたのだが、彼女のためにも、自分の財布のためにも内緒にしておくほうがいいだろう。

「それで、他の連中はどうした?」

「スィダー殿は朝早く出立しました。仕事もそうですし、リーアス殿らに報酬を届ける人足も必要ですからな」

「あー、あいつ本業あるもんな……」

 見送りくらいしたかったが、こればっかりは誰を攻めようにも自分の顔しか出てこないので文句を言える立場になかった。

「妖術師殿とフィサリス殿は食事をしに行っております」

「アンタは?」

「流石に全裸の女性を一人にするわけにもいかないのでな、だれかしら着いておくことにしたのだ」

 起こそうとしても起きませんでしたからなと呵々大笑するミロクになにか違和感があると思い、閉ざされていた鎧戸を開ける。するとそこにはもう天高く太陽が登った町並みに、昼食時で賑わうウェストヒルズの雑踏があった

「わりぃ、なんか埋め合わせするわ……」

「ふはは、構いませぬ。我は神殿を紹介してもらわねばならんのでな。あぁそうそう。貴公の分の報酬は我が預かっておきましたぞ」

 ミロクは懐から金貨袋を取り出して机の上に投げ出した。重たい音が机をきしませる。

「なんでアンタが……」

「グレース殿は一晩で使い切る勢いでしたので……」

 昨日の自分は一体何をしでかしたんだと痛む頭を抱える。大仕事の後でいい酒場へ行こうと言い出したのはたしかグスタフだったか。それで飲み比べになって……思い出せない。

「まぁマルク殿もかなり来ているようでしたな。彼らも速くに出ていかれましたぞ。ふはは、悪酔いはするものではなく見て楽しむものとはよく言ったもの」

「それ言ったやつ絶対性格悪い」

「スィダー殿ですな」

「なるほど納得。次があったら締める」

 もっとも地方を巡回するグレースにとって次があるかはわからないのだけれども、世界は広くとも世間は案外狭いものだ。きっとその機会はいつか訪れるはずだ。向こうにとっては災難だけれども。

 ミロクはあの無愛想な森林族エルフにいつかかならず訪れるであろう災難のことを思って自然と手を合わせていた。

「して、グレース殿」

「なんだよ」

「そろそろ離してやれ。あまり良い顔はしておらぬ」

「ぷいー」

 視線を下ろすとコットンが不平不満を示す鳴き声を上げていた。

「おっと、ごめんなさいねー」

 ベッドに置かれたコットンはそのまま逃げ出すようにしてミロクの体を駆け上がり、定位置、頭の上に収まった。なにやら威嚇のような鳴き声を上げているが恐怖などは全く感じず、むしろ可愛らしい。

「さて、目が冷めたのならば着替えて食事にしましょう。我は先に降りておりますぞ」

 扉を後ろ手に締めて、ミロクは大きくため息をつく。実のところ、酔いつぶれた彼女は一言で言えば見境がなかった。ミロクがあの場所で無理やり気絶させなければ見ていられない惨状が繰り広げられていたに違いない。

「溜まっておるのでしょうなぁ……」

「ぷい?」

「疲労や鬱憤、あるいは……よそう。名誉に関わる」

「ぷい」

 さて、あの二人はどこだろうか、せっかくだから一緒に食事にしようではないか。

 ミロクは思い出したようになる腹を抱えて昼食時で賑わう酒場に足を踏み入れた。

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