中央への道⑤
戦場において最強の戦力と言えば何が上がるだろう。
大規模な呪文で敵を消し飛ばす魔術師だろうか、やはり前線で猛威を振るう前線指揮官だろうか、あるいは敵陣に密かに忍び込み、大将を殺して戦場を混乱に陥れる暗殺者かもしれない。
だが、実際に前線で戦う兵士は、皆が皆口を揃えてこう答える。
騎馬による圧倒的な機動力とそこから振るわれる
しかし、相手は幾重もの神の加護に守られた
彼は正に戦場を支配していた。
「聖騎士様に続けぇぇぇええええ!!!!!!」
「「「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」」」
兵は寡兵、武器や防具は向こうが上、しかし、こちらには神の加護がある。神の加護を受けた聖騎士がいる。ならば勝ち目は十分にあるはずだ。
「ふはは、これはこれは、若輩と侮っていたがこれほどとは。血が滾ってまいりましたなぁ」
「ぷい?」
年齢を聞くべきではない女性陣を除けば、最も若輩者だと思っていたリーアスに、まさか戦場を支配するほどの実力があるとはついぞ考えなかった。
だが、その働きぶりを見せられては自ら強者であることを自負する竜人がその威力を見せぬ道理はない。
「しっかり掴まっておれよ」
「ぷい」
短い足が髪をしっかり掴む感触がある。
大地を踏み抜かん勢いで跳躍し、敵陣の真ん中に、兵士を数人踏み潰しながら着地する。
一見、派手な着物以外は防具も何も装備していないように見えるこの男だが、その巨体の重量は軍馬のそれを上回るのだ。
そこからさらに長大な尾で周囲を薙ぎ払いつつ、頭上の毛玉の注意を払う。
「ぷいういういういいいい!!!!!」
ちょっと動いただけでこの有様だ。いつも通りの動きでは知らないうちに吹き飛ばしてしまうだろう。
「ふはは、踏ん張りませい」
「ぷいぃ!!!」
髪を齧る感触がある。さすがに怒ったようだ。
「ふはは、悪い悪い。あとで果物をあげましょうぞ」
とはいうものの、このままでは状況が悪い。
大地母神の祝福により装備の優劣は覆されているものの、寡兵は寡兵、このままでは数で押されてしまう。
こちらも形式的には囲まれている上、毛玉を守らなければならない。
「で、あれば、敵を弱らせればよいか」
もう一度周囲を尾で薙ぎ払えば一息、呪文を唱える時間は稼げる。
「《我が血に混じりし恐るべきものよ、我が咆哮に恐怖と畏怖とを与えたまえ》」
もう一つ、すぅと息を吸うと、即座に放たれる、恐怖をばらまく『
「――――――――――――――――――――――――――――――――――ァァァァァッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」
まるで弦楽器を松脂を塗った革手袋でめちゃくちゃにしごいたような音にもならない轟音が戦場を塗りつぶした。
最も近くに居た兵士たちは、その耳から血を流してしまっている。
もう聞こえなくなったか、まだ聞こえないか、まだ聞こえているかに関係なく、その心は恐怖と混乱と混沌とで埋め尽くされる。
挙げ句始まるのは同士討ちだ。
こうなればもはや武器の質だの数だのは関係ない。混乱し暴れる烏合の衆など、訓練された兵士の相手ではないのだ。
本来なら無差別に降り注ぐ術である故、集団戦には向かないのだが、幸いにも味方には神の加護がある。
ミロクの竜血術は強力ではあるが、神の加護を貫通できるほどには洗練されていない。
「ふはは、我が未熟に感謝せねばならぬ時が来るとはな」
と、そこまで言って頭の上の毛玉のことを思い出した。
あの長い耳、まともに咆哮を受けたら下手したら衝撃で死にかねない。
「ぷい?」
頭の上から下ろしてみるといつもの間抜けな鳴き声が帰ってきた。
「ふぅむ、お前は無事なのか。よくわからんやつだな」
「ぷい」
特に混乱した様子も、咆哮により聴覚に障害を受けた様子もなかった。
「さて、あとは有象無象を狩るだけですな」
さて、頭の上に乗せていると存在を忘れそうだ、抱えて動くとしよう。
片手が塞がるが、そもそも尾の分だけこちらが手数が多いのだ、これで互角というところだ。
型にも乗らない、本能での攻撃など大ぶりで予測は容易い。
ミロクは散歩でもするように悠々と戦場を歩みつつ目についた敵の足を払い叩きつけ、あるいは鳩尾を打ち抜き、拳を振り抜いて頭蓋を砕く。
そうしながら『竜咆』の効果から免れた、いわゆる強者を探しているのだ。
「ミロクさん!なんですかさっきのは!」
「ふはは、『
「僕の耳も壊れそうですよ……、それより、ユリちゃ……ユリが首魁を見つけたようです」
「うむ、見つけたでござる。拙者では太刀打ちできそうにない故、助力をお願いしたいでござる……」
影から浮かび上がるようにして現れたのは彼の従者であるユリだった。
彼の従者の少女だったか。そういえば姿が見えなかったが、別で動いていたのか。
「ふむ」
「僕はこっちの指揮をとります。ユリ、この人を案内して」
「む、了解でござる。ミロク殿、こちらへ」
小柄な割に足が速い、彼女を見失わないようにしなければ。
まだ見ぬ強敵に心を踊らせながら、彼女の後を追い森へと飛び込んだ。
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