竜魔激突⑩
遠雷のような咆哮を耳にして、とっさに目を向けたヴァンダムは思わず目を見開いた。
「なんだありゃあ……」
あの
「オラオラ、よそ見してんじゃねぇよ!!!!」
腕を引きちぎられんばかりの強烈な殴打を受けて、ヴァンダムは改めて目の前の障害に向き直った。
「このアタシから目を離すたぁ、とんだ浮気者だ。制裁してやるよ!」
膂力も、技量も、俊敏性もあの男に一切及ばないはずなのに、常時まとわりつく聖なる力がヴァンダムの力の全てを押しつぶし、踏みにじっている。
そのせいで、相対的にこの女は自らよりも速く、重く、強く感じる。
『
「へぇ、折れた腕で守るたぁ、気概は認めてやるよ!」
「嬉しくねぇよクソアマァ!!!」
なんとか呪文を紡ぎあげ回復呪文を行使して千切れかけの腕を居れていない程度にまで修復するが、しびれが抜けず、万全とは言えない。
ヴァンダムは敵の実力を見誤っていた。いや、正確には実力を判断する材料が最初から欠けていたのだ。まさか
しかもそれがこんなに肉弾戦に強い
「畜生が!」
ヴァンダムは如何ともし難い
「遅い遅い!!!」
対するグレースは長杖を突き立てると、それを軸にして踊るように槍の先を回避し、その勢いを載せてヴァンダムの顔面を蹴りつけた。
「今度はこっちの番だ!」
そのまま顔面を足場にして飛び上がると、今度はまるで戦棍のように振り回し、半ばから槍をへし折る。さらに回転を加え腹を食い破るようにして叩きつけた。
聖なる祝福を込められた
悪魔がこれほどの高位の神官相手にまともに相対するべきではない。心ではわかっていても、敵はそれを許さない。
あの竜人を相手にしていたほうがどんなに楽だったろうか!
「くそが!」
ヴァンダムは毒づき、次の手を考える。
「結構打ち込んだからなぁ、そろそろ魔力も切れるだろ」
グレースは長杖を地面に打ち付けると、それだけで空間に聖なる力が満ちていく。これが
「てめぇの都合でアタシの大好きな街をめちゃくちゃにしやがって」
グレースはそういいながらも落ち着き払った表情で距離を詰めると、打ち上げるようにして長杖で殴りあげた。
宙に浮くヴァンダム、しかしその翼は機能せず、藻掻いてもただ溺れるようにして落ちていくだけ。
「《ゆらり揺れる風のゆりかご、かわいい我が子が眠るまで、落ち葉を宙に止めておいて》」
グレースの紡ぐ精霊術が、ヴァンダムの体を空中に押し止める。地面に届くまで、暫く掛かるだろう。その間、ヴァンダムは指を加えてみていることしかできない。
グレースは杖を立て、それにすがりつくようにして膝をついた。ヴァンダムはその仕草を知っている。神の軌跡を乞い願う作法。
「《大いなる母よ、大地の神よ》」
グレースの口から、祝詞が綴られる。
「だめだ!やめろ!」
ヴァンダムの悲痛な叫びは、グレースには届かない。
「《貴女の子らを害する者を打払うため》」
「ぶっ殺してやる!手足を引きちぎって!死ぬまで犯してやる!
喚き散らしてももう遅い、彼女はそれで怯えるような矮小な存在ではない。
「《貴女の怨敵を打払うため》」
「助けてください!何でもするから!絶対服従だ!だから!」
もはや恥も外聞も打ち捨てた懇願、そんなものを聞き入れるほど、彼女は甘くない。
「《その雷鎚を私にお授けください》」
長杖に稲妻が命中する。しかし、それは彼女に外を与えるわけではない。地面に染み込むようにして大地に行き渡る雷は、地面を伝って一直線にヴァンダムの真下に閃光を生んだ。
「やめろ!やめろ!やめろおおおおおお!!!!」
もう分身体は残っていない。この体が最後の肉体だ。これを失えば、もう二度と復活できない。妨害しようにも、必要量の魔力は残っていない。
「俺が、この俺が、人間風情に!まだ、あの男にも勝ってねぇのに!」
「安心しな」
グレースは止めとばかりに長杖の石突で地面を叩く。刹那、蓄積されていた雷光が地面から吹き出し、稲妻の大樹が夜空を飾った。悪魔の体を包み込み、塵すら残さない神の怒りは、まるで悪魔の存在が幻だったかのようにしてヴァンダムをこの世から消し去った。
「お前がアイツに勝てるわけねぇだろ」
グレースは懐から取り出した煙管に火を入れる。甘ったるい匂いが、悪魔の残り香をかき消していくようだった。
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