中央への道⑰
夜闇の草原を疾駆する一条の流星、もとい
故にこうして強引に従えていた魔狼を走らせていたわけだが……、
「うぅむ、しつこいですなぁ……」
「ぷい!ぷい!」
「わかっているとも、しかしあれで逃げぬとは……」
ちらりと背後を見上げると、星空に一転黒い影が広がっている。
顔のない頭、牛のような角、概ね人形だが、背中に生えたコウモリのような翼に長い尾、一見悪魔のように見えるが、それは悪魔としては格が劣る。
それは
低級ではあるが悪魔に連なるため、追い付かれればミロクはともかく魔狼や毛玉はひとたまりもない。
ミロク達はそれに追われていた。
先程『
ヴァンダムにしたように跳躍して叩き落とすことも試みたが、それ以上の高度を維持されており届かない。
こうなると空を飛ぶ相手に打てる手段は、残念ながら無い。また、朝まで走り回るだけの体力も、ない。
夜鬼もそれを分かっているのか、ただひたすらに魔狼が疲れるのを待っているようで意地が悪い。
「このままでは追い付かれますなぁ……」
「ぷいー」
「む?」
毛玉が前足よりも長い耳を野営地のある方向へ向けている。確か旅路を確認している際にも同席(と言ってもミロクの頭の上に乗っかっていただけだが)していたが、それを覚えていたのだとしたら、この毛玉は思っていた以上にかなり賢い。
「合流してしまったほうがいいと?」
「ぷい」
「スィダーも居るし、グレースも居るしな、迷惑を掛けるが仕方がないか」
弓兵もいる、聖職者もいる、護衛対象もいるが、背に腹は変えられない。
「ほうれ、死にたくなくば走りませい!」
拍車をかけるように魔狼の腹を軽く蹴ると魔狼は口角に泡を吹かせながら脚を早めた。野営地はもう目の届くところまで迫っているが、同時にかなり体力を消耗させている。ここから先は破滅的なチキンレースだ。
野営地にたどり着くほうが早いか、あるいは魔狼がへばるのが早いか、そう考えていたその時、空を切る鋭い音が飛び込んできた。
「―――――」
名状しがたい悲鳴のようなものが空から聞こえてくる。その後も立て続けに走る風切り音、間違いない、スィダーの放った矢だ。
「まさかこの距離から届くとは……」
その刹那、柔らかい膜を突き抜けるようにして、空気が変わった感覚があった、ついにグレースの張る『
魔狼はその瞬間、ついに体力を使い果たし、脚をもつれさせて転がるように倒れ込む。投げ出された毛玉を空中で捉えながら受け身を取り、ミロクも着地する。
「よう耐えた。しばらく眠っておれ」
もはや息をすることさえも一苦労といった様子の魔狼は気絶するようにして眠った。
「ミロク!」
「おぉ、スィダー殿にグレース殿。厄介事を持ち込んで申し訳ない」
「ぷいー!」
「おー!コットンちゃん!無事だったんでちゅねぇ!」
胸元に飛び込んでくる毛玉を優しく受け止めるグレースをよそに、スィダーは倒れ込む魔狼に訝しげな視線を向ける。
「お前もよく生きてたな。こいつは?」
「途中で拾ったのだ」
「
「まぁアタシの結界を抜けれるなら敵じゃねぇよ……そいで、夜鬼に追われてたのか?」
「うむ、どうやら魔物寄せの呪いをかけられたようでな」
「なるほどな、それじゃあ任せな。夜鬼程度なら一撃だ。お祈りの間しっかり守ってくれよ?」
グレースは毛玉を地面に置くと、長杖を地面に突き立て、それに縋り付くようにして膝をついた。その姿は普段の粗野な様相はどこへやら、誰もが敬虔な信徒であることを認めるだろう。
「《大いなる母よ、大地の神よ》」
「――――――――――!!!」
祝詞が綴られた瞬間、夜鬼は結界を破壊しようと全力で飛びかかってきた。何としてでもこの詠唱をとめようと躍起になっているのが嫌でもわかる。
スィダーがその翼を射抜き、高度を落としたところをミロクが跳躍し、追撃とばかりに地面に叩きつける。
「《貴女の子らを害する者を打払うため》」
しかし、夜鬼はその傷を再生させ、またもや結界を突破しようと試みる。だが結界は極めて強固で影のような指先で引っ掻いても逆にその爪を剥ぎ取られる始末だ。
「《貴女の怨敵を打払うため》」
ついに観念したのか、夜鬼は明後日の方向へと飛び去ろうとする。しかし、もう遅い。既に、奇跡は成った。
「《その雷鎚を私にお授けください》」
雲ひとつない星空から、轟音とともに雷が降り注いだ。それはまさに点から振り下ろされる鉄槌のようで、大地を揺らしながら夜鬼を飲み込み、跡形も残さずに消し去った。
「なんともはや……」
抵抗すら許さない、神の暴力。それを行使した尼僧は、眦に涙を浮かべながら大きく欠伸をしていた。
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