剣盾の布告

バーバレスト領内にある最大の街。

その名も城郭都市バーバレスト。


領主の館を中心に同心円状に広がった巨大な城壁に囲まれた都市だ。


石畳で舗装された大きな目抜き通りには、いくつもの店が立ち並び、往来する人の多さが伺える。



「ここはエルエスト王国の西側でも最大の都市です。この領地を経由して王都や他の国に行くと言うのが、冒険者や商人では常識らしいです。この国はこの100年は人類同士での戦争をしていない平和な土地と言うのも人の往来が多い理由の1つですね。」


頑張って覚えたのだろう。

ダレン君達子ども組が、この都市の観光案内をしてくれている。


私はあまり興味がないのでよく分からないが、例のwikiみたいなスキルを使って覚えたらしい。

少したどたどしいが、しっかりこの街の特徴を把握している様だ。


「ふむ?平和なのに冒険者とか武装している人も多い気がするが……。」


「近くにはデカい禁足地ダンジョンも多いし、魔人や魔物の生息地もいくつかあるからな。

別に人同士で殺し合うだけが戦争じゃあないのさ。

この辺は冒険や戦場には事欠かん地域だよ。

それにここから西に行ったの小国群じゃあ人同士の戦争も日常的さね。」


カテリナ君が実体験の補足説明を入れてくれる。

あー、あくまでここは中継地点な訳ね。


ふとそこで疑問を覚えた。


「魔人ねぇ?自我をなくした超越者だったか?

それだけ多くの人が超越者になっているんだな。」


だってそうだろう?

私は見た事がないが、ファンタジーでよく出てくるゴブリンやコボルトなども魔人らしいからな。

そんな物がワラワラ出てくるのだから、それだけ魔人になる人間が多いと思うのだ。



「あ?あぁ、違う違う。そんな簡単に超越者にはなれないさ。要は超越者の子孫なんだ。」


ぬ!?超越者の子どもか!


「ゴブリンやコボルトも、大昔に魔人になった大元から派生しているのさ。両親の内、片方が超越者なら子も超越者に近い存在になる。

旦那の所にも森人族エルフがいるだろ?

アイツらも森神って超越者の子孫さ。

まぁアイツらは血が薄くなってるからそこまで人と離れちゃあいないがね。」


そうだったのか!

ん?と言うならウチの社員が結婚して子どもが出来たらどうなるんだ?



「……本当はこの通りにも森人や獣人なんかの亜人種も多くいたんですけどね。」


アルトス君が周りを見渡してポツリと呟く。


そうなのだ。

何故か目抜き通りに連なる店はその扉を閉め、人っ子一人通っていない。

まるで地方都市のシャッター街の様だ。


「ふぅむ。今日はたまたま休みだったのかな?

折角来たのに残念だ。」


「いやいや。こんな高い魔力圧が吹き荒れる中、平然としている方がおかしい。」


「魔力圧?」


レティ君が信じられないものを見る目でこっちを見て来る。


「目に見えない台風みたいなもの。この辺りの魔力が多過ぎて圧力となってのしかかって来てる。

もしかしてシャチョーは何も感じてないの?」


「全く?」


。さっきから莫大な魔力がこの街を取り囲んでるのさ。」


異常気象みたいなものか?

やはりこの世界は異世界なんだなぁ。


何やら思わせぶりな笑みをニヤリと浮かべ、私とダレン君を見ながらカテリナ君が教えてくれる。


……ま、まさか!?



「敵を取り囲み、恭順か死を選ばせる。古式伝統に則った剣盾の布告ですよね!

本来なら敵の陣地を取り囲むのが作法ですが、我々では人数が足りないため、魔力でこの領地を取り囲んでおります!」


社長のご命令通り、頑張ってます!とフンスと鼻息を鳴らしながら褒めて欲しそうなドヤ顔をかますダレン君達子ども組。


フラウ君!?フラウ君!?

ど、どう言う事だい!?





◇◇◇◇


新たなバーバレスト領主、レブナントは疲れた顔をした男だった。


生来より運動が苦手で、武門たるバーバレストには向かないと言われた男だ。


ただでさえ肉のない鶏ガラのような身体は、ここ数日の食欲不振でさらに細くなり、眼窩は窪み、まるで亡者の様な有様だった。



「こちらが我等タチバナ総合商社社長、タチバナよりレブナント様への贈答品となります。」


応接間に通されたフラウが挨拶もそこそこに、本題に切り込む。


ソファに座ったフラウの左右に立ったモリーが片手剣を、マイヤが丸盾を掲げる。

どちらもシンプルながらも丁寧に作られた名品だ。


あまりに見事な品にレブナントの護衛の騎士達が感嘆の溜息をつく。



「剣には戦う意志と破滅の覚悟を持って、」

「盾には守る意志と恭順の覚悟を持ってお受け取りを。」


2人が剣盾の布告の作法に則り、口上を告げる。

哀れなレブナントを無機質な目で見下ろしている。



「マ、マイヤール、モーリアス……。」


震える声で2人を呼ぶレブナント。

その姿は処刑台を前にした罪人のようだった。


「わ、私を恨んでいるのだろうな……。いや、恨まないはずがない。お前達を裏切り、罠にはめ、この領地を簒奪したんだ。」


ポツリポツリと語り出すレブナント。


タチバナの事やモリーとマイヤの事等、事前に情報を聞いていたレブナントは、これは2人の復讐だと疑っていなかった。


「ふ、ふふ。何故こんな大それた事をしたのかと自分でも疑問に思うよ。兄上が領主を継ぎ、その下で文官達の長として悠々自適にやっていたのにな……。」


「お嫌だったのですか……?ずっと。お父さ―――侯爵が存命だった時から。」


「いや。兄の元、この領地を盛り立てるのだと血気盛んにやっていたよ。……そうだな。兄上が死んで、お前達がこの領地を継ぐとなった時、今更ながら野心が鎌首をもたげて来たのだ。ははっ。こんな干からびた中年が、だ。」


自嘲しながらフラフラとレブナントは盾を持つマイヤの前に歩を進める。


その足取りは力がなく、完全に心は折れていた。



「マイヤール……。武人の鏡と謳われた兄の娘。

私はね、弱い弱い男だ。可愛い姪を裏切り、その婚約者と共に暗殺しようとした卑怯者だ。」



そう言いながら、レブナントはマイヤの持つ盾にしわくちゃの折れそうな手を置く。


「兄上の様な豪胆さも、君の様な清廉さも、モーリアスの様な誠実さもない。矮小な男だ……」




ガラァン!!




「―――だが、そ、それでも私はバーバレストだ。」


レブナントがマイヤの持つ盾を地面に投げ捨てた。


その顔は怯え、涙を流し、声どころか全身がみっともなく震えていた。


「マイヤール、モーリアス。き、君達が君達のまま私の前に立っていたなら、わ、私はみっともなく醜態を晒して命乞いをしただろう。あれは気の迷いなんだ、本当は君達がこの地を継ぐべきだと……。

だ、だが―――。」


呼吸は浅く、何度も吃りながら早口でレブナントは叫ぶ。

その姿に威厳はなく、むしろ滑稽にすら見えた。

しかし―――。



「ば、バーバレストは武門。この地を、エルエスト王国を守る為の剣。例えそれが神が相手でも、た、違えることはできない……!」


レブナントは正しくバーバレスト侯爵だった。



「何故、何故だ……。マイヤール。モーリアス。

何故神に、CEOに降ったのだ……。」


うわ言のように呟きながら、泣き崩れるレブナント。


それこそが彼の最後の誇り。


モリーとマイヤが人の身のまま彼の前に立ったなら、こうはならなかっただろう。


しかし、彼等は神の手先と成り果て、この領地を混沌の神へ捧げようとしている。


どれだけ腐ろうとも、彼はバーバレスト家の当主。

それだけは看過する事は出来なかった。



へたり込むレブナントに片手剣を携えたモリーが近づき、刃を持って剣を向ける。


「お見事、お見事です。レブナント様……いえ。

バーバレスト侯爵。正に武門の雄たるバーバレスト家の長と言えましょう。」


「ええ、ええ。そうですわ。貴方はきっと誰よりも誇り高い。胸を張ってくださいまし。侯爵。

今の貴方はきっと誰よりも貴族としての誇りを体現しているのですから。それこそ、野盗に襲われた小娘などよりも。」


優しく微笑みながらレブナントを立たせるマイヤ。


そこには貴族として、国を守る為の武門としての確かな親愛や信頼があった。



しかして、エルエスト王国では100年ぶりの人と人が争う本物の戦争の火蓋が、ここに切って―――



「ちょっと待った!!!」



突如として、虚空よりタチバナの声が部屋に響いたのだった。

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