混沌を振り撒く者と火炎蜥蜴

「す、凄い……!冒険者がこんなに……!!

まるで街みたいだ!」


開発拠点を見渡して目を丸くして驚くアーノルド氏。


先程、彼には我社から商品を仕入れて販売すると言う代理店の話を持ち掛けた。


我社は在庫はあっても販売ルートはなく、アーノルド氏達はルートはあっても商品がない。


だから我社がアーノルド氏に商品を売って、アーノルド氏がそれを売る。

代理店なんかの卸売をしないかと提案した。


その話をアーノルド氏は快諾。


どんな商品があるのかと聞いてきた2人を開発拠点にあるドワーフの工房に連れて来たのだ。



大きな天幕の下、ガァンガァンとドワーフが大きな1枚物の皮をハンマーで叩く。

膠に付けた皮をハンマーで叩いて薄く伸ばし、更にそれを数枚重ねて叩く事で頑丈な皮が出来るのだそうだ。


その隣では大きな数十メートル規模の大木に取り付いて解体作業をしているドワーフ達もいる。


向こうではバーバレストの街で見た溶けた金属球がいくつも浮かび上がり、ファンタジー鍛冶が繰り広げられている。



「あ、あれは魔樹!?あっちの革はオーガの……!

初めて見た……。」


「み、見て!アーノルド!あれドワーフ達が魔術を使って鍛冶をしているわ!エルフでもあんな事出来ないのに……!」


ドワーフ達の仕事を見て騒ぐアーノルド夫妻。


ふむ?凄いのか?

まぁめちゃくちゃ大きな樹やファンタジーな鍛冶は珍しいかもしれないな。


オーガの革の価値はよく分からん。

むしろ魔物とは言え、人型の動物の革とか気持ち悪くないか?ちなみに私は解体場には絶対に近寄らないと決めている。



この工房は大きな天幕をいくつも連ねた簡易の工房だ。最初は単なる修理場として使うつもりだと聞いていたのだが、いつの間にか本格的な工房として稼働している。


所狭しと何十人ものドワーフ達が日夜休まず働いている。その数実に58名。



そう。実は先日ザップ氏の話を聞いたドワーフ達が大挙して雇って欲しいと詰め掛けてきたのだ。


曰く、販売何かの煩わしい事をしなくて済む、レアな素材は使いたい放題、新技術は学び放題、好きな物を好きに作って許される、旨い酒は飲み放題、オマケに給料もある等など……。


どうもドワーフとは種族を通して職人気質と言うか、好きな事を自分の思うまま一生やり続けたいと言うマニアな気質らしい。


コイツらの造った物は売れる。


販売ルートについては取り敢えず冒険者ギルドに降ろせばある程度利益は確保出来るし、今後違うルートでも販売は出来る。


素材や地球の技術書、酒についてもチートで幾らでも出てくるから私の腹は痛まない。


むしろ金になる部署を増強するのは会社経営者として至極当然の事だ。


よってドワーフ達58名全員を採用する事にした。



給料に関してはもう計算が面倒臭いので、ウチの社員全員金貨1枚で統一した。


既に社員数は100名近くいる。

経理もいないので私が金庫番をしているのだが、いちいち人によって給料の額を変更するのがめんどくさかったのだ。


まぁ我社は純粋無垢なブラック企業だからな!

社員の給料なんか私の気分次第だ。


はっはっはっはっはっ!!



……しかし、ログ君達など目が飛び出でる程驚いていたな。やはり元々奴隷だったから給料と言う概念がまだ分かっていないという事だろうか?


―――もしくは、最近何となく思っていた事なのだが、実は金貨とは私が思っているより価値がもっと高いのではないだろうか?


どうも商談をしていても貨幣価値の認識でズレがあるような気が……。



「……あ、あのぅ。タチバナ様?」


おずおずとアーノルド氏が声を掛けてくる。

おっと、思考が飛んでいた。


「あぁ、失礼。少し考え込んでしまっておりました。どうです?ウチの工房は。中々のものでしょう?」


「ええ。こんな工房どんな国にもありません。

―――ただ、恥ずかしながらそこまで資金に余裕がないのです……。折角のご好意で商わせて頂けると言う話ではありますが……。」


まぁ予想通りの回答だな。

少なくともギルド長のボルドー氏の反応から見ても魔剣何かの魔導具は高額なのだろうし、オーガの革や魔樹と呼ばれるあの大きな大木も高級そうだ。


私としては在庫の多過ぎる魔導具は別に金貨1枚どころか銅貨1枚でも全く問題ないのだが、高く買って貰えるならそれに越した事はないのも事実だ。


そうだな。よし。こうしょう。



「フラウ君。魔導具を何種類か……魔剣を中心にいくつか見繕ってくれ。後はオーガの革と魔樹を持ちやすい大きさに切って纏めてアーノルドさんに渡して欲しい。あぁ、それと荷馬車もついでにな。」


「タ、タチバナ様!?」


「別に差し上げる訳ではありません。貸すだけです。要はサンプル……見本ですな。貴方はこれを客先で見せて商談をまとめる。その後に必要な商品をアーノルドさんに買って頂き、その後弊社の人間が納品すると言う流れでどうです?」


「そ、それでは通行税や旅費をタチバナ様が払う事になるのでは……。それに仕入れや値付けの金額はどうすれば……?」


「構いません。ただ、その辺を加味して売上の内8割りを私が、残り2割をアーノルドさんの取り分とするのはどうです?販売価格はアーノルドさんが決めて下さい。その8割りで全て販売しましょう。」


「わ、私が金額を!?仕入れ額もですか!?」


「勿論です。どれだけ売って頂いても構いませんよ?在庫は豊富にありますからね。何を幾らで売るかは貴方が決めて下さい。あぁ、それと護衛も兼ねてウチの社員も付けましょう。

そうだな。モリー君とマイヤ君に頼むか。」



私の感覚では、卸売業界の粗利は1割ちょっとだ。

会社の大小でも変わってくるが、小さい会社ほど粗利は高く、大きい会社は粗利は低いことが多い。


アーノルド氏の様な1人商店なら3割は欲しい所だろうが、2割も取り分を渡せば問題はないだろう。


この2割から諸経費が引かれるがな!


例えば剣1本100万で売れたとしてもアーノルド氏の手元には20万円しか残らない。


その20万円から交通費、滞在費等の諸経費が引かれて行く。納品は我社がするとは言え、手元にはほぼ残らないだろう。


クックックッ。少しでも元手を残そうと必死に営業する健気なアーノルド氏の姿が目に浮かぶ様だ。

何がどれだけ売れるか見ものだな!


そして勿論、私はアーノルド氏を全面的に信じている訳ではない。


彼がサンプルを持ち逃げする可能性や売上を誤魔化す可能性も考慮してモリー君とマイヤ君を付けた。


アーノルド氏が有能であった場合は彼の販売ルートを私に報告させるつもりだ。


さぁ働けアーノルド氏!私の為になぁ!


くははははははははははははっ!



◇◇◇◇


アーノルドは歓喜に震えていた。


この国では行商人と言う職種は、商人と言うカテゴリーの中でも最下層に位置する。


何かを作り出すこともなく、自分の店を持たずに各地を飛び回り、利益を掠め取ろうとするイナゴの様な存在だと言われていた


―――でも、この方は違う。

行商人の事を認めて下さっている。

そして我々の事をよく知っている。


銅貨1枚の為に延々と走ることもある。

売れると思って大量に仕入れた商品が全く売れず、大量の商品を抱え、関所の通行税を泣く泣く払うこともある。

逆に売れる先があっても、安く買い叩こうとする行商人には絶対売らないと言われた事もある。


タチバナの提案は、その全ての問題を解決していた。


2割の利益を確保され、納品は商談完了後。

在庫は潤沢で短納期での納品も可能だろう。


タチバナとしてはメーカーと商社のごく当たり前の取り決めなのだが、アーノルドからすると異世界の常識だ。


アーノルドはこの行商人と言う仕事に誇りを持っている。この世になくてはならない都市間、国家間の物流を担う大切な仕事だと思っている。


ただ、どの国でも普通はそうは見られない。

旅から旅の根無し草である行商人はなかなか信用されないのだ。



だがタチバナは違った。


アーノルドはお気に入りのフレアリザードの革手袋を擦りながら思う。―――自身が初めて大きな取引を成功させた記念に買った物だ。



手袋の話など、普通はあんな風に判断はしない。


アーノルドからすると手袋は、道無き道を行く事もある行商人の必須アイテムであり、そこにお金を掛けるのは当然だと思うのだが、大抵の商人は手を汚す下賎な仕事をする証だと捉えるし、あんな風に手袋の良し悪しを見抜く目も持っていない。


もっとこの人と仕事をしたい……!

きっととんでもない事が起きるぞ!


アーノルドはまだ見ぬ未来に胸を踊らせる。


後の世、混沌を振り撒く者の腹心、全ての商人を敵に回した男、大陸全ての流通を担う行商人と謳われた火炎蜥蜴フレアリザード社の社長アーノルドの若かりし日の1幕である。

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