スカウトの根回しとその結果

給料のあまりの違いにセレスタ君は色々カルチャーショックを受けてしまった様だ。


テンパるセレスタ君に、1晩考えると良いと帰した所で今日はお流れになった。


ちなみにテストで使った刀に関してはそのままセレスタ君にあげてしまった。


あの刀はこの前創ってしまった産廃だからな。


たしか次元すら切り裂く刀とか神滅刀とかフラウ君が言っていたはずだ。



……しかし、金貨1枚ってそんなに高いのか?

やはりどこかで市場調査をする必要があるな。



「まぁ問題はそれよりもセレスタ君だな。

彼女は冒険者のチームに加入していると言っていたな……。」


こう言う引き抜きの場合、本人の意思も大事だが、今の職場をスムーズに退職させる必要がある。


今回は幸い、彼女の所属しているチームは我社の下請け的な位置だ。


こちらから先にある程度圧力を掛けてしまおう。



「フラウ君!至急そのチームのリーダーにコンタクトを取るぞ。こう言うのは迅速に外堀を埋めてしまうに限る!」


「お任せ下さい。ダレン!」


「はい!」


ずるりとダレン君の影から屈強な男達が4人出てきた。


……うん?誰?


「こちらがセレスタ嬢の所属するチーム。栄光の白斧の面々です。たまたまですが、丁度影の中で捕らえていて良かったです!」


「ダレン君。たまたまで人は影から出てこないと思うよ……?」


一体何があったんだろう?と思い、チラッと男達に目をやる。


かなり怯えているのだろう。

4人でひとかたまりに抱き合って震えている。


……屈強な男達が涙と鼻水を垂らしながら絡み合ってると言う絵面は実に暑苦しいな。



「おじさん達、何してるの?社長の御前だよ。」


ダレン君の冷たい声で弾かれるように土下座する男達。叩き割るかのような勢いで頭を地面に擦り付けている。


「た、タチバナ様の護衛を言い渡されながら、さ、さ、サボって申し訳ありませんでした!」


「ど、どうか命ばかりは―――い、いや!一思いに殺して下さい!!」


「お願いしますお願いしますお願いします!殺して下さい!どうか殺して下さい!」


泣き喚きながら殺してくれと懇願する男達。


ドン引きである。


本当に何でこの世界の人間は、謝罪の初手で死のうとするんだ……。


それがこの世界のスタンダードなの?

武士でももうちょっと躊躇するよ?


「あー、分かった分かった。そんなことよりもセレスタ君の事なんだが―――。」


「こ、殺して……え?セレスタ?」


◇◇◇◇



夜の森に吹く風は心地よく、火照った身体を冷やしてくれた。


拠点から少し離れた森の入口付近でセレスタは地面に座り込む。


向こうの方ではまだ作業をしているのだろう。

ドワーフ達の大きな声が遠く聞こえてくる。


(……多分、タチバナ様の部下の人達が働いているのかな?確か、社員って言ったっけ。)


揃いの黒衣に身を包んだ死神達。

セレスタもここに来てから日が浅いが、彼等の事は色々耳にしていた。


曰く、その拳は大地を陥没させ、万里を一投足で駆ける。操る魔術はエルフを凌ぎ、ありとあらゆる武器を使いこなす超越者。


その実力はA級冒険者を超え、S級に相当する。


(凄いなぁ。私もあんな風になれたら……。)


―――ウチに来なさい。


先程タチバナに言われた言葉がふと頭によぎる。


(うぅ。だ、駄目です。タチバナ様。私、あんな風にはなれません……!)


――― ウチに来て貰えるなら今の稼ぎの10倍は支払おう。


(いや、ホントすみません!私なんか単なる道具袋なんで!)


ちなみにウチは月に金貨1枚だ。


(1ヶ月金貨1枚……。それって正規兵の騎兵よりも多いよね。上級騎士くらい?職人ギルドだと上級職人より多い……よね?)



はぁとため息をついてアイテムボックスから黄金色の刀を取り出す。


タチバナから手渡された魔剣。

返そうとしたらそれはそのまま持ってなさいと強引に渡された物だ。


「確か刀って言うんだよね。大昔に異世界の勇者が伝えたって聞いたことがあったけど……。」


美しい刀だとセレスタは息を飲む。


少し湾曲した片刃は、闇夜の中でも濡れた様な白い光を放っている。


刀身に浮き出た刃文、漆黒と黄金の拵。

その全てが芸術品の様であり、その込められた魔素の量はこの刀が単なる飾りではなく、戦況を左右する程の力ある魔剣なのだと主張している。



「やっぱり返した方が良いよね……。私なんかが持ってていい刀じゃないもん。」


キィィイイィン!


セレスタが刀をしまおうとした時、突如として刀身が震えだした。



「な、なにこれ……。」


セレスタの視界が突如として拡がる。

真っ暗な森の木の1本1本の形状、草の形、暗がりに潜む魔物の数、形等など。


距離にして半径1キロ。

その空間に存在する全てをセレスタは刀を通して知覚出来てしまう。


「この刀の能力なの―――嘘!?」


セレスタはその中で一際大きな存在に気付く。


体長はおよそ5m。

確実にこちらに向かって歩いて来る異形の怪物。


(これはオーガ……?ううん。もっと大きい。

まさかオーガキング!?)


意識をそちらに向けるとより鮮明に様々な情報が刀を通して頭に流れ込んで来る。


(オーガが10、20、30……58匹!?

それにこの大型のオーガの魔力量。社員の人達より多い……!)


突然の出来事に頭がついて行かない。

現実を受け入れられず、セレスタは立ち止まる。


真っ白になった頭の中に声が響く。



―――汝はどうしたい?



(助けを呼ぶ?……ううん。もう遅い。オーガ達は拠点にかなり近付いてる。今から拠点に知らせに向かっても意味はない。むしろそれよりも―――。)


セレスタの頭にタチバナ達の顔が浮かぶ。


同じパーティの仲間たちに馬鹿にされ、蔑まれていた自分に手を差し伸べてくれた人達。


もし自分がここで時間を稼げれば、あの人達の為になる。そうでなくても騒ぎを大きくすればあの社員達も気付きやすくなる。


そちらの方が自分が走るより遥かに早い。



(そうだ。あの人達の為に……!1分でも1秒でも良い!社員の人達やタチバナ様の為に!!)


このまま何もせず逃げると言う選択肢を思いつきもせず、セレスタは震える手で刀を握る。



「私が皆を守るんだ。だって、だって私は―――」


タチバナの莫大な魔力を物質化させて創くられた刀。次元すら切り裂く神滅刀が光り出す。


渦巻く魔力がセレスタに告げる。


―――ならば刻もう。

汝の覚悟を。誓いを。汝はこれより―――。



「タチバナ総合商社の社員だ!!」



刀の物質化が解けて魔力の塊に変化し、セレスタの身を包む。莫大な魔力はそのままセレスタの右の瞳に集まり、超越者としての証を刻む。



「あぁ……、なるほど。こうすれば良いのね。」


セレスタが呟き、その手をかざす。


まるで産まれてきた時よりそうであったかの様に、ごく自然にその力が振るわれる。


キインっと甲高い音を立て、不可視の刃が放たれる。


取り込んだ神滅刀の性質をそのままに、空間を切り裂くその刃は防ぐ事は能わず、拠点を目指すオーガ達の身体が横一線に真っ二つに断たれた。


ズズンっと大地が揺れる。


オーガを両断した刃の勢いは止まらず、土煙を巻き上げながら直線上にある何十本もの大木が倒れ、何も気付かない内に上下に断たれたオーガ達が巻き込まれた。


「これが私の……力?」


呆けたセレスタの眼前には、森の中程までなぎ倒された大木の道が広がっていた。



【グ、ぐはっ!ナ、ナニガオコッタのだ……?

何故我ガキズツケラレテイルノダ……?】


上半身だけとなり、巨大な魔樹の下敷きになったオーガの王が吐血しながら這い出してくる。



彼からすると最近自分の群れにちょっかいを掛けてくる人間達がいると聞いての遠征だった。


それなりに武装していると聞いていたが、始祖たる自分の身体をひ弱な人間族が傷付けられるとは考えていなかった。


【い、一体何者ガ―――!】


地に倒れたオーガキングの視界に、虚空より降り立った1人の黒衣に身を包んだエルフの姿が映る。


ゾンっとエルフが放つ影の刃がオーガキングの首を落とした。



「オーガの始祖たるオーガキングに一撃でここまで深手を負わすとは素晴らしい力だわ。セレスタ。」


『あ、ありがとうございます!フラウさん!』


「後の事は私達に任せて、社長に貴方から報告しなさい。まだ起きていらっしゃるはずだから。」


『はい!』


通信を終えたフラウの背後に社印ネットワークを通じて状況を把握した社員達が次々と虚空から現れる。



「―――まさか社員の中から魔法の力に目覚めるものが現れるとはね……。」



亜空間を操る生来のスキルと次元すら切り裂く神滅刀が融合した稀有な力。


『空間魔法』


フラウがもたらしたエルフの空間魔術とは一線を画す空間を支配する力だ。


「流石に橘の花の紋章があっても全員が魔法を使えるようにはならないようね。魔術とは違ってある程度本人の資質が必要なのかしら?」


現在、空間魔法を使えるのはフラウを含めて10人程しかいない様だ。



「空間魔法を使える者で1つのチームを作るのも面白いかも知れないわね。1度社長に提案してみようかしら?」




フラウのその何気ない一言が、後に大陸中のいたる所に忍び寄り、時に大量の物資を売りつけ、時に死と恐怖を届ける最恐の集団―――。


タチバナ総合商社 営業部を生み出す切っ掛けになる事を今は誰もまだ知らない。

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