社内販売とギルド長の呟き

ありのまま起こった事を話そう。


朝起きたら開拓が終わっていた。


何を言っているのか分からないと思うが安心してくれ、私にも分からない。


催眠術や超スピードなんかのちゃちなものじゃあ断じてない。もっと理不尽なブラック社員の片鱗を感じたね。


セレスタ君が入社をしたいと言いに来てくれた翌朝の話だ。


間違いなく彼女が何かをした様だが、そこら辺の追求はもう諦めた。


そもそもファンタジー世界の常識と言うのは私の様な人間には少々理解し辛い所がある。


謝罪の初手で死のうとする文化を理解する方が土台無理な話なのだ。


魔法だ魔術だスキルだと言うのも分かりにくいし、今後は経営方針の大枠だけ私が決定して細かい所は丸投げする方向で行こう。



さて。取り敢えず森の中程位までは開拓が進んだと言う事で、取り敢えず村作りを本格化しようと思う。



先ずは拠点となる本社、社員達の住まい、ドワーフ達の工房、この辺りは必須な施設だな。


次に必要な物がインフラ系。


チートがあるとは言え、いちいち私が力を使うのは億劫だし、ついでに自給自足出来るように畑や牧畜もするつもりだ。


そして忘れてならないのは従業員達への搾取だ。


奴等には給料を払っている。

しかし、このまま払い続けるのも芸がないので、搾取する機構をつくる。


貨幣の価値がどうも私が思っている価値と違うと言う疑いもあるしな。


仮に金貨が日本円にしたらとんでもない価値があったとしても、それを回収する機構をつくればプラスマイナス0!奴等はタダ働きを強いられる訳だ!


要はカ〇ジの地下王国スタイルだな!

どうせ給料は渡してても、都市から遠いこの地では金を使う場所もない。


ならば、それを回収する目的も兼ねて売店、と言うより従業員専用のスーパーみたいな施設があれば従業員サービスにもなるし、何より金の回収が出来るという寸法だ!


何せ売るものはチートでいくらでも出てくるからな!私の在庫は無限大!さぁ覚悟しろブラック社員共!そのなけなしの貯蓄を搾り取ってやる!!



ふふふふ!ふはははははははは!

はーっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!



◆◆◆◆


「……つまり、冒険者も社員向けの売店を使いたいと言うことか?」


私用に用意された大きなドーム型テントをいくつも連ねた仮設住宅で寛いでいるとボルドー氏がやって来た。


ボルドー氏には冒険者達に様々な指示を出したり帰還状況の確認をしたり、簡単に言えば中間管理職をして貰っている。


慣れない業務続きで疲れているらしく、目の下にはガッツリとクマが出来ていた。


「あぁ、契約満了までまだ日はあるが、オーガもほぼ消えたし開拓もある程度一段落しただろ?ここらで多少冒険者達に一息つけさせてやりたいんだ。」


「ちょっとした嗜好品を扱っているだけの単なる売店だぞ?酒もまぁ多少は扱っているが……。」


「それで充分さ。あんまりガッツリ休ませたら今度は気が抜けるしな。今は全員フル出勤でローテーション組んでるから少し休息時間を増やしてやりてぇんだ。」


ふむ。まぁ別に悪い事ではない。


ボルドー氏が言う通り、一夜にして開拓が完了したあの日から何故かオーガがいなくなったのだ。


多少森の奥では見掛けるらしいが、襲いかかってくることはなく、人の姿を見ると逃げ出してしまうらしい。


冒険者としてもやる事がなくなってきたらしく、ここらで一息つけさせて買い物でもさせてやりたいと言う訳だ。


従業員向けの販売施設も作ったばかりだ。

販売傾向のデータ取りと考えれば、外部の人間に販売するのもありだろう。


「つぅか俺達事務方も休みてぇ……。冒険者達は朝晩関係なく好き勝手に動きやがるから、それを管理する俺達には休憩時間すらねぇ。」


なるほど。なかなか激務らしい。

あの目のクマは伊達や酔狂ではないようだ。


「うん?おかしいじゃないか。補助でウチの社員を何人か付けていただろう?そんな話は聞いていないが……。」


「俺は生憎と単なる人間なんでねぇえ!?超越者様と一緒にされても困るんだよっ!つぅか、マジでここ数日寝てないんだぞ!?アイツら基準で仕事降ってくるんじゃねぇよおっ!!」


大量の冒険者を雇ってくれる太客じゃないならぶん殴ってる所だとわめき散らすボルドー氏。


ふはははは!

労働者の叫びは心地よいなぁ!


これだ!これだよ!

哀れな労働者を金の力でこき使うのがブラック企業経営者の醍醐味なんだ!


はーっはっはっはっはっ!!


まぁ良い!楽しませてくれた礼だ。

売店の使用許可くらいはくれてやろうじゃないか!


「分かった分かった。金を払うなら社員用の設備は好きに使ってくれて構わない。ほら、これでも飲んで頑張ってくれ。栄養ドリンクだ。」


そう言ってチートで栄養ドリンクを出して投げ渡してやる。


「そこで休みをくれねぇのがアンタらしいよ……。まぁ良いや。こいつは有難く受け取っておくぜ。タチバナ様。」


「まぁ契約満了まで1週間もないからな。最後まで頼むよ。」


へいへいと苦笑しながら立ち去るボルドー氏の煤けた背中を見送った。


うむ。実に哀愁を漂わせているな。

ははっ!ウケる!



◇◇◇◇


タチバナ総合商社社員向けの販売所は開拓地の外れに設置されている。


考えるのが面倒くさいからと、タチバナがチートを使って作ったコンビニの様なデザインの建物だ。


材質は全て魔樹製でオーガの攻撃にも耐えうる強固な建物になっている。


今、その建物には長蛇の列が出来ていた。



「オイオイ。何だよこれ……。」


あまりにも長い列を見てボルドーが呆れた声を出す。


列には社員もいれば冒険者もいる。

まるでこの拠点全員が列を生しているかの様であった。


「売ってる物がタチバナ様謹製ですからね……。」


アルトス達がボルドーに話し掛ける。


首尾よく買物を終えたらしく、それぞれ手に持つ紙袋には食べ物や酒瓶がぎっしり詰められている。


「むしろ社員が並んでいる方が意外。貴方達に買物をしたり余暇を楽しむ概念があったの?」


手組ハンドのドワーフ達は仕事が趣味で生き甲斐ですけどね。それ以外はまぁ普通です。俺も甘い物とか好きですし。」


ほのぼのと話すレティとログもお菓子が詰まった紙袋を持っている。


「アンタら社員の普通は当てにならないけどね。

何で単なる雑貨屋に魔導具が置いてんのよ。無限に水が湧き出る水筒とか便利過ぎてつい買っちゃったじゃない。」


「魔剣もあったしな!ほら!見てくれ!音速で剣先が13キロまで伸びる魔剣だ!」


「また無駄遣いして……。それどうやって振るの?」


「ま、マリーナだって散々買ってるじゃないか!」


何本も魔剣を抱えて嬉しそうに笑うアルトスに呆れるマリーナの足元にも大量の魔導具が詰まったダンボール箱が置かれている。


「私は必要だから良いんですぅ!ほら見なさいよ!

これは持ち運び出来る結界発生装置でしょ!こっちは魔力を使って光る魔導ランタン!こんな小型で高性能でお値段は銀貨1枚よ?買わない方がどうかしてるわ!」


「あー、ウチのドワーフ達が作った試作品ですね。耐久テストに丁度いいとザップが言っていました。」


「相変わらず無茶苦茶だねぇ。タチバナの旦那は。並んでる飲食物は当然のように大量の魔素が含まれているし。ほら、この栄養ドリンク。

この匂いは間違いなく聖草アンブロシアだ。」


栄養ドリンクと書かれた小さな瓶のキャップを外して匂いを嗅ぐカテリナ。


それを聞いたボルドーも慌てて自分が貰った栄養ドリンクを少し舐めてみる。


ぶわっとボルドーの身体に大量の魔力が駆け巡る。


眠気が吹き飛び、身体に力が漲る。

あれほどダルかった身体にキレが蘇った様だ。


「ひと舐めでこれかよ……。これ下手したら死人も生き返るんじゃねぇか?」


「だろうね。これアンブロシアの原液に複数の聖草やらなんやらで強化してるみたいだ。これ1本飲めば疲労も傷も一瞬で回復するし、上手くやりゃ超越者にもなれるだろうさ。」


「勘弁してくれ……。いくらCEOだからってどんだけ厄ネタぶっ込む気だよ。」


超越者になるにはレベルが上限に達した者が、世界を屈服させる程の強い意思を込めて願う必要がある。


逆に言えば強い意志を持つ者がこれを飲めば気軽に超越者になれてしまう。



(この事は王は把握……してねぇだろうな。バーバレスト侯爵は感づいてるだろうが、報告はしてなさそうだ。)


見た目は粗野なボルドーだが、ギルド長を任される程度には周りが見えていた。


(よくよく考えれば絶妙なタイミングだ。

バーバレスト侯爵は地位を簒奪して間もないから何だかんだでゴタゴタしてる。

王都に報告した所で対応を丸投げされるのは目に見えているから黙ってるんだろう。)


ちらりとログに目をやる。

ボルドーの内心を知ってか知らずかアルトス達と談笑している。


(王政側が黙認している間に冒険者ギルドと接触したりドワーフ達を取り込んだり、拠点を開発したりと自分の地位を確立させている訳だ。……神と言うより悪魔的手腕だな。)


はぁと小さくため息をつくボルドー。


冒険者ギルドは国と直接的なかかわり合いを持たない超国家組織だ。


極端な話、仮に国家の存亡に関わる情報を手に入れても報告する義理はあっても義務はない。

その情報を握り潰しても罰せられる事もない。


特にそれが政治に関わる情報ならば、むしろ黙っておくことが推奨されている。


(取り込むのか暗殺するのか、この国は神とどう付き合って行くのかねぇ……。)


願わくば血なまぐさい事にはならないようにと願いながら、ボルドーは栄養ドリンクの瓶を眺めた。


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