そして社員達は蠢きだす

◇◇◇◇


タチバナ総合商社に属する社員達に刻まれた橘の花の紋章には様々な効果がある。


その中でも特に多様されるのが、社員それぞれの知識や経験が瞬時に共有される『社印ネットワーク』だ。


日々の業務報告、連絡、相談、知らない単語や制度の検索、果ては明日のデートのお誘いまで、様々な面で活躍する多目的コミュニケーションツールである。


その日、社印ネットワークに接続していた社員達は戦慄した。



『なんで、なんでなんだ……!?』

『有り得ない……!』

『気持ち悪い……。』


次々と社印ネットワークに社員達の混乱が流れる。




フラウ達がタチバナを馬鹿にした貴族を拷問した事は社員達にとってごく当たり前の行動だ。


彼等の殆どは貴族階級に虐げられていた元奴隷であり、貴族階級に対する怨みは誰しもが持っている。


そんな貴族が大恩あるタチバナを馬鹿にするなどあってはならない事だからだ。



しかし、社員達は信じられない物を見る。




―――何でさっきまで殺されかけてたのに、あんな普通に笑えるんだ……!?



フラウ達の目を通して、数分前に殺されかけた貴族が楽しそうにタチバナと商談をしている映像が共有されている。


それはつまり、殺されかけた被害者と殺そうとした加害者の首領が冗談を交えながら談笑している有り得ない映像だ。


片やつい先程まで死んだ方がマシと言うくらいよ拷問を受けていた被害者。

片や(望んでいなかったとは言え)その主犯格。


それが何故ああも普通に話せるのか、社員達には理解出来なかった。


タチバナや貴族が楽しそうに笑えば笑うほど、彼等が人ではない異形の怪物の様に見えた。



―――その光景はまるで神と悪魔が談笑する複雑怪奇な光景だ。



『これが本当の貴族と言うです。

笑顔で殺し合い、怒りながら握手をし、哀れみながら他者を蹴落とし、楽しみながら死んで行けて、ようやく貴族としてのスタートライン。そうやって貴族達は自分の家の繁栄を築いて来たのです。』


『殺し合いをした相手とも利があれば笑顔で握手するなど貴族にとっては日常茶飯事だ。』


元貴族のマイアとモリーが事態を説明する。



『だから社長はあの痴れ者を私達が拷問するのを止めなかったのね……!むしろ助かる為なら拷問された事実も飲み込むと知っていたんだわ!』


『僕達の感情すらも読み取り、商談が有利になるように仕向けたのか……。全ては社長の手の上だったという事か……。』



フラウとダレンがぶっ飛んだ謎理論を語り出す。

当然、タチバナにはそんなつもりはない。



『相手の全てを完璧に読み取り、その上で苛烈な鞭と抗えぬ飴を与える……。

これが本当の商談というものなのね……!』


『単なる暴力だけでは駄目だ。

情報だ。ありとあらゆる情報を集め、分析、収集しなければ……!』


『情報戦という訳か……。人手がいるな。

そうか!王都での大量雇用もこの為の布石!』


『至急新人の配置決めと情報戦の模索を始めよう!確か全員社印は発現していたな?』


『社長から新人達は王都のアーノルド様の新店舗に置くと通達が来ております。』


『まさかアーノルド様を隠れ蓑に……?』


『いや、アーノルド様は生粋の商人だ。存外、全てを把握されてその上で話に乗っているのかもしれん……。』


『己の覇道の為なら自身の破滅すらも飲み込むのが商人なのか……。いや、確かにそうなのかもな。

社長を見ているとよく分かる。』


商人と覇王を混同しだした社員達が高速で意見をやり取りする。


ちなみにアーノルドはこの時点では自分の店が用意されている事すら知らない。



『社長秘書フラウから全社員に告げる!

社長の意図は今話した内容の通りよ。各人、その身に刻んだ橘の華の紋章永遠の誓いに恥じぬ働きを。その名、その身、その魂!全身全霊を懸けて結果を出しなさい!』



『『『はっ!!』』』



最終的にフラウが話をまとめ、宣言する。


この間僅か1秒。

たった1秒で全員の意思疎通が可能な社員達。


タチバナの意図を一切汲んでいない事を除けば、完璧な仕事ぶりだった。

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