商談(拷問からの以心伝心)

ノックと共にドアが開くと、そこには狸に似た背の低い小太りの男と狐に似た背の高い細身の男が部屋に入って来た。



「お待たせしました。私は商人ギルドの長を務めるスニードと申します。」


「そして私が今回の商談を担当するレジナルドだ。」


こちらの返答を待たずにレジナルド氏がズカズカと部屋に入って来て、ドカりと私の対面のソファに腰を落とす。


かなり横柄な態度だ。


「―――で?お前はどこの田舎者だ?田舎と違いこの王都ではマナーという物が存在する。あんな多人数で押し掛けるなど頭がどうかしているんじゃあないか!?」


あぁ、うん。

言い方は兎も角、発言の内容は最もだ。


この世界の常識は知らないが、私の感覚でも商談をするなら精々2,3人で訪問するのが常識だ。


昔、右翼と揉めた時に街宣車をズラリと事務所の近くに並べられた事があったが、それでも50人くらいだった。


確かにこの人数は狂気の沙汰だ。


うん。冷静に考えると酷いな。

まぁ完全にノリでやった。

反省はしていない。


「ふん。まぁ良い。平民に常識を説く方がどうかしているのかもしれんな。」


腕を組みこちらを見下すレジナルド氏。


あ、良いんだ。

コイツ口は悪いが度量は狭くないな。


「で?アーノルドとか言うお前達の片割れはどうした?姿が見えないが。」


「え、ああ。もうそろそろ来る予定です。私達が少し早めに着いてしまったので先にお伺いを―――。」


「はぁ!?お前達の様な下賎な者が貴族である私を待たせる!?そんな事有り得ないだろ!」


ヒートアップするレジナルド氏。


どうもこの人は貴族らしい。

ちなみにギルド長と名乗ったスニード氏はレジナルド氏の発言にあわあわと焦っている。



「ギルド長。話はここまでにしましょう。やはりこんな下衆と商談など出来は―――」



ドチャ。



レジナルド氏は最後まで発言する事は出来なかった。突如として手足がバラバラになり、不快な音とともに床に転がったからだ……。


恐る恐る後ろを振り返ると、怒りを通り越して無表情になったフラウ君、ダレン君、ルーミエ君がレジナルド氏を見下ろしていた。



◆◆◆◆



――完全に想定外の自体だ。

私もこの歳になるまで様々な商談に関わってきた。


しかし、こんな事になるなんて想像すらしていない。やはり日本とこの世界の常識は違い過ぎる。

異世界ファンタジーで商売など土台無理な話だったのではないだろうか……。



「――さ。社長。スニード様がお待ちですよ?」


「いや、フラウ君。この状況でまともに話なんか出来ないだろう……。」



私の目の前にはソファーに縮こまって座る狸に似たギルド長、スニード氏が座っている。


その顔は青を通り越して白くなっており、その股間からはアンモニア臭が漂っていた。


原因はわかっている。


私が座る応接セットのソファの後ろで生臭い臭いとさっきから断続的に聞こえる叫び声だ。


丁度私の真向かいに座るスニード氏にはその惨状がしっかりと視界に入っている事だろう。


ちなみに私は怖くて後ろを振り向けないでいる。




「あ……っがっ……。な、なんで、わた、私は貴族なんだ、ぞ……!」


「ダレン。早くそのゴミ虫を片付けなさい。社長のお目汚しになります。」


「はい。では続きは僕の影の中で処置しますね。

丁度、ルーミエが両手足を落としましたし、後で目を縫い付けて皮をはいで吊るしましょう。」


「やめ、やめ―――ぎゃあああああああっ!!!!がっ!?ぐ、ぐぼっ!」


「あら、もうやっちゃったんだけど不味かったかしら?とりあえず煩かったから舌を切り落としたんだけど……。」


「ルーミエ。やるなら先に言ってくれよ。舌を切り落とすと下手をしたら窒息死させてしまうんだぞ?」




ダレン君?なんで君はそんな事を知っているんだい?


しかし、コイツらまじでやべぇ……。


何がやばいのかと言えば一切の躊躇がない事だ。


コイツらは殺すと言えば即座に実行する。

そこには相手が貴族だからとか、対面だとかの戸惑いは一切ない。


王を殺すのは失う物がない奴隷だとはよく言ったものである。


私の後ろでいとも容易く行われるえげつない行為にスニード氏がガクガク震え、再び股間を濡らす。


まぁそうなるよな……。

かく言う私もしっかり漏らしたのでチートでクリーニングをした。



しかし、このまま放っておくと言う選択はないな。

下手をしなくても私が巻き込まれる……と言うよりもガッツリ主犯格だ。何よりグロ過ぎる。


私は確かにブラック企業経営者で前科者だが、マフィアでもなんでもない一般人だ。


人死なんて見たくないし、拷問の絶叫をBGMに商談をするとか論外だ。



「……3人とも、もうその辺りでいいだろう。やめなさい。」


震える手を握り締めて、平静を装って声を出す。


大丈夫だ。確かにウチの社員達は頭のネジが緩んでいるどころか頭の中身をぶちまけてはいるが、私には忠実だ。


言えばちゃんと止まってくれるさ。

……だよな?ちゃんと止まれよ?


「「「はい!」」」


3人が揃って返事をしてその場で直立不動になる。


ルーミエ君が何か言いたそうな顔をしているので目線で会話を促す。


「えっと、良いんですか?このゴミ虫は恐れ多くも社長を卑下する様な発言をしました。」


「あれは商談のテクニックだよ。ルーミエ君。

初手で相手を全否定するのがディベートの基本だ。」


キョトンとした顔になるルーミエ君。


「そ、そうなのですか……?」



よし。凶行は止まった!


一瞬の隙をついてパチンと指を鳴らす。


その瞬間、達磨を通り越して処理された北京ダックになっていたレジナルド氏が五体満足で復活する。



「そうだとも!今回はアーノルド氏が貴族に売った支払いの建て替えをギルドがするだろ?

恐らくギルド側にもその際に希望や要望があったんだろう。だから最初にガツンと言って、私達から妥協を引き出そうとしたんだ。よくある話さ!な!?そうだろう!?スニードさん!レジナルドさんもそんな所に寝転がってないで座って座って!」


私は早口でスニード氏にまくし立て、レジナルド氏をソファに座らせて全力で目に訴えかける。



―――そうだと言え!ここで単に私が気に入らないから喧嘩売っただけとか言うと今度こそ完全にすり潰されるぞ!?物理的にだ!


―――も、勿論です!!良いね!レジナルドくん!


―――は、はい!



以心伝心。


実力のある商売人同士の打ち合わせは極短時間で完結することが多い。


お互いの落とし所や引けないラインを弁えており、その結論に向かって、打てば響く様なやり取りが続くからだ。



よし。少なくともこのスニードという男はそれなりに話が通じる!


コイツと協力してこの窮地を脱し―――。


……くそ!何で私がこんな事をしなくちゃいけないんだ!?私はブラック企業経営者で基本的に嫌な奴なんだぞ!



「そ、そうなのです!いやぁレジナルドくんはまだまだ新人でして!どうも力が入り過ぎた様ですなぁ!」



「え、あ、は、はい。じ、実は今回のお支払が我がギルドでも対応が出来な―――」


「……なんですって?」


フラウ君達の目がピクリと動く。



―――馬鹿!もうちょっと言い方があるだろ!


―――レジナルドくん……。君さぁ。


―――す、すいません!タチバナ……様。ギルド長も……。


―――私がフォローに回ります!

レジナルドくんはちょっと黙っててね。


―――頼みます!スニードさん。よく見ておけよ!レジナルド君!



命が掛かっているからなのだろうか?私の人生に置いてもここまでお互いの気持ちが通じあった商談はなかったように思う。




「勿論、払わないと言う選択肢はありません。

ただ、分割するにせよ別の形でお支払いをするにせよ、我がギルド始まって以来の大取引ですからね。つい主導権を取ろうとしてしまった様です。」


「はっはっはっ。なるほど!若さでしょうなぁ。

恥ずかしながら私にも覚えがありますよ。」



ミスがあれば全力でフォローし合い。



「……ところで、その別の形でのお支払いと言うのが気になりますな。実はアーノルドさんに王都で店を持たないかと提案するつもりだったんです。」


「レジナルドくん。」


「確か何件か商業地域で空き家になっていた場所があります。あ、でも、貴族相手に商売をされるなら中心街でも良いのか……?すぐにいくつか不動産の資料を持って来ます!」



―――予算とか気にせず高いのから順に持って来ますね!タチバナ様!


―――レジナルド君。キミこの機会に高過ぎて不良在庫になってる物件を私に売りつけようとしてない?


―――はっはっはっ。邪推ですよ。タチバナ様。

あ、レジナルドくん。ずっと手付かずになってた中心街の外れにある屋敷の情報も持って来てね。


―――って言うか、ついさっき殺されそうになった相手に不良在庫押し付けようとするとか君達の胆力やばくない?



時に楽しく腹の探り合いを話をしながらも全力で話をまとめに掛かった。


それはまるで計算され尽くした殺陣の様に。

踊り慣れたダンスの様に商談は続く。


そしてアーノルド氏が来る頃には―――。



「あー、もう分かったよ。レジナルド君。

私の負けだ。その中心街の屋敷を買おう。」


バサリと資料を机の上に放り投げ、両手を上げて降参のポーズを取る。


「ありがとうございます、とニヤリと笑いたい所ですが、こちらも色々ギリギリですよ。」


苦笑しながらスニード氏とレジナルド氏が私が放り投げた資料を纏める。


当然、私のこの態度もスニード氏達の態度もポーズだ。


私もそれなりに余裕もって購入に踏み切ったし、スニード氏達にもそれなりに余裕はあっただろう。


やはり話の分かる者同士の商談は気持ちが良いな。お互い無理のない範囲でしっかりと話が出来た。


私達は打ち合わせ後半からかなり砕けた調子で話し合っていた。


お互い本気で商談をやり合うとこんな風に仲良くなるのはたまにある。

殴り合って親友になる昔の不良理論だな。




「あ、あの。タチバナ様……?これはどう言う事でしょうか?ギルドの前に並んでいる社員の方達も一体……?」


事情が飲み込めていないアーノルド氏が遅れてやって来た。


いや、アーノルド氏が遅いのではなく、私が抜け駆けしただけなのだが。


「おぉ!貴方がアーノルドさんですな!これからも是非商人ギルドをご贔屓にお願いしますよ。」


「ささっ。先にお支払いを致しましょう。これから色々入用でしょうし現金でお待ち致しますね。」


「え?え?ど、どう言う事ですか……?」



置いてけぼりになったアーノルド氏を朗らかに置き去りにし、話は転がる様に進んで行く。


数日後、王都の中心街の外れに従業員数300人以上の新たな巨大商店が並ぶ事になった。



……しかし、これ大丈夫なんだろうか?

何だか有耶無耶になった感じが出ているが、貴族であるレジナルド氏をガッツリ拷問しかけたんだが?


タチバナ総合商社 社長の噂⑦

社長は心を読む

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