ため息の多いギルド長
「ギ、ギルド長!?何ですかあの黒衣の集団は……!?」
「あの聖獣がひいている黒塗りの馬車の中にワイロスキー枢機卿がいたような……。み、見間違えでしょうか?」
「おい!あの護衛についてる冒険者!雷の勇者じゃないか!?」
「え、A級冒険者の!?」
「やっぱりあの噂は本当だったんだ……。」
「まさか実在していたなんて……!」
商人ギルドの3階にあるオフィスフロアで狼狽える職員達を後目に、1番奥の席に座る背の低い、小太りの狸のような男が本日何度目かの大きなため息をついた。
商人ギルドの長たるスニードである。
原因は今から行う商談だ。
商人ギルド長として過不足ない情報網をもつ彼も嫌という程噂は聞いていた。
この王都と西のバーバレストの中間地点に突如として出来た都市を治める覇王の噂だ。
その配下は全員が超越者であり、その力を持って帰らずの森を切り開き、まるで神の国のような美しい都市を築き上げた。
その都市には財宝で満ち溢れ、それを惜しげも無くばらまいているのだと言う。
何でも冒険者ならばその財宝を格安で販売して貰えるらしく、耳の良い小狡い商人達は子飼いの冒険者に買いに行かせたりもしているらしい。
そして何より、先日から王都に住む貴族に大量の注文を取り付けた行商人。
アーノルドの黒幕こそが、かの覇王なのだと専らの噂である。
「午後からの商談の担当は――。」
「レジナルドさんなのですが、トイレにひきこもったまま出て来ません……。」
「……だろうね。さっきから見ないもんね。あー、ちなみに彼の案件を引き継げる人って――」
「あ、頭が、頭が痛い!」
「すみません。ギルド長!身内が危篤で昼から休みを下さい。」
「ちょっとお腹が痛いのでトイレに行ってきます。」
「……うん。だよね。そうなるよね。」
本日最大のため息をついてギルド長のスニードがぼやく。
「とりあえずレジナルド君を呼び出そうか……。」
――さて。そもそも中世世界を地で行くこの世界では商売をすると言う習慣自体が未発達だ。
基本的にあらゆる物は産地地消。
金を使わず物々交換も多い。
だが、それではレートもまばらだし、大きな取引もしにくい。
そこでこの国はあらゆる取引を国主体で行うことにした。考え方としては社会主義に近い。
基本的にあらゆる物品の取引は、全て国が経営するギルド主体で動いている。
農業ギルドが主体となってこの国の食料事情を管理し、建築ギルドが家を建て、被服ギルドが着るものを作る。道具は鍛治ギルドや錬金ギルド、魔術ギルドがそれぞれ用意する。素材は鉱山ギルドや産畜ギルドが、労働力は奴隷ギルドが用意する。
別途必要な物があれば冒険者ギルドに採取依頼を出しているのだ。
王都を含めて各領地の管理は、市民議会や各種ギルドが連携をして行っており、領主達はあくまでも最終決定や目標決定がメインの決済者と言う立ち位置になる。
こんな社会構造なので平民にせよ貴族にせよ金を使う事はほぼない。
貴族も金銭を持ってはいるのだが、金銭は大きな取引の決済ツールくらいの感覚であり、金を稼ぐと言う考え自体あまりない。
欲しいものは作らせると言うくらいで、金を稼いでどうのとか金を貯めてどうのとかはしない。
つまり――。
「レジナルド君。この書類を見る限り、今回の決済額、ウチじゃあ払えなくないかなぁ……?
魔剣だけでもとんでもない金額になっているじゃあないか。」
死んだ目をしたスニードがトイレから無理やり引っ張り出された担当者のレジナルドに尋ねた。
スニードの手の中の書類には1年間は優に戦争が出来そうな巨額の数字が刻まれている。
はっきり言って出て行く金額が莫大過ぎる。
所詮は手形の立て替えなので実際は商品を購入した貴族達から戻っては来るが、そこに書いてある数字は一時的に立て替えることも無理な金額だった。
その上、金勘定に疎い貴族達はある時払いの適当な対応をしてくるだろう。
これではいつ回収出来るか分かったものではない。
「た、たかが金など、どうとでもなりますよ!むしろ金の多寡など気にする人もおりますまい!金銭に拘るなど賎しさの表れです。」
不味い事をしたと言う自覚は一応あるのだろうが、商売に関わる人間として最悪な事を言い出すレジナルド。
残念な事にこの認識は貴族であれば極一般な認識である。
スニードは嘆息しながらレジナルドを見る。
レジナルドは地方で領地を持つ男爵家の4男坊だ。
4男なので爵位は継ぐことは出来ないが、如何せん成人するまではしっかりと貴族としての教育を受けている。
それは読み書き計算等の働く上で必要なスキルと同時に、貴族の慣習と言うある意味とても厄介な認識を得てしまっているという事だ。
平民出のスニードには全く共感出来ないが、貴族達は金を大事にしない。
特に領地を持つ貴族にそれは顕著だ。
彼等なりの論理で動いているのは分かるのだが、今回はそれが最悪な結果をもたらしてしまった。
「あー、うん。その金を稼ぐのが商人だからね。
これ普通に起訴されるよ?しっかり契約書が残っているからね。」
そう言いながらスニードは契約書の羊皮紙をレジナルドに差し出す。
そこにはしっかりと納品した武具の代金建て替えをギルドが全額即時行うと記載されていた。
「な、何を言っているんですか!ギルド長!こんな契約なぞ無効です!!」
激昂しながら契約書を握り潰すレジナルド。
重要な書類に対する扱いも改めて貰わないとなぁと心の中でさらにため息を重ねるスニード。
「いや、流石にそれは通らなくない?」
「そ、そんな事はありません!!よくお考え下さい!確かにアーノルドがサンプルとして持って来た魔剣は素晴らしい物でした。しかし、だからこそこんな多量に用意出来るはずないのです!!」
狐のような細いつり目をさらに吊り上げ、レジナルドが声を張る。
まぁ言わんとすることも有り得なくはない。
サンプルだけ立派な物を用意して大量に注文を取り付け、契約金を手に入れる。
後はのらりくらりと納品を遅らせて気付けばいなくなる……。
そんな詐欺をする商人がいるのは確かだ。
「ふむ……。まぁそう言う輩がいるのも確かだね。」
口元のちょび髭を撫でながらスニードは考える。
確かにその可能性はなくはない。
噂によるとタチバナ製品については品質に問題があると聞いたことがある。
それを理由に契約を破棄してしまう。
出来なくはないかもしれない。
だが――。
「それをさせない為のあの大量の社員達何じゃないかな。……全員が超越者なのは君も聞いた事があるだろう?」
「はっはっはっ!そ、それこそまさかでしょう?
ギルドは国営の組織です。ここで暴力沙汰を起こしてはこの国を全て敵に回すと言う事ですよ?流石にそれはないでしょう!」
多少ではあるがタチバナ総合商社の噂を聞いていたレジナルドは冷や汗を垂らしながらも、強気の姿勢を崩さない。
……そうだろうか?
たっぷりと贅肉が詰まった顎を撫でながらスニードは自問する。
噂を聞く限り、タチバナと名乗る不可思議な男はこの国と戦争を起こす気はないだろう。
しかし、この国を重要視している様には思えない。
そもそも金を稼ぐ事が目的とも思えない。
今回の取引額も数が多い為に巨額に膨れ上がってはいるが、一つ一つの金額はかなり安い。
むしろ捨て値と言っても良いだろう。
金に執着しているのであれば、こんな値付けは絶対にしない。
何かしら他の意図があるのだ。
少なくともレジナルドが考えている程度の根拠の薄い言い掛かりなど想定されているだろう。
スニードはチラリと虚勢を張り続けるレジナルドを盗み見て、諦めた様にこの日最大のため息をつく。
「とりあえず、商談には私も出るよ……。」
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