商人ギルド

王都の外輪街と中心街の境界に大きな城壁がある。


選別の門と呼ばれるそこは、中心街に住む貴族や平民でも市民権を持った支配階級とそれ以外の被支配階級を分ける壁である。


その日、選別の門に詰める騎士達に戦慄が走った。



「な、なんだあの集団は……!」


「嘘だろ……。300人以上いるぞ!?」



門に備え付けられた物見櫓に立つ騎士が騒ぎ出す。


彼等の目線の先には老若男女が混じった不可思議な集団があった。


歳も性別もバラバラだが、全員が判を押したように同じ黒のスーツを着込み、列をなして行進してくる。


確かに大貴族が外に出る際にお付の者が大量に同伴する場合はある。


しかし、この人数は明らかに異常である。



「外輪街の検閲はどうなってるんだ!?あんな異様な集団を王都に入れたのか!?」


「おい……。見ろよ。あの真ん中のやけにデカい馬車。聖獣の二頭立てだぞ!?」


「あんなデカい馬車見たことねぇ……。どこかの王族か……?」


「だろうな。見ろよ。先触れが走ってきた。

少なくとも一般人じゃあねえ……。」





「いやいやいや。明らかにおかしいでしょう!?

どう見ても貴方達は貴族か王族とその護衛だ。

それなら家紋を提示して頂ければ通行料は要りませんよ?他国の方でもそれは変わりませんし……。」


選別の門では先触れとして事情を説明しに来たアルトス達の話を聞いて守備隊長が呆れ返っていた。


「分かります。とてもよく分かりますが、事実です。あの集団は貴族でも何でもない一般人です。

ですから、門の通行書を下さい。あ、これ全員分の通行料です。」


選別の門を通るのには通行料がいる。


ただし、貴族やその命を受けた関係者であればその証たる家紋を提示すれば通行書も通行料も払う必要はない。


通行料は1人銀貨1枚。

無理矢理日本円の価値に当てはめると1人10万円相当の大金である。



そんな大金をぽんと渡しながらさらにアルトスは説明を続ける。


「詳しくはお伝え出来ませんが、教会絡みです。馬車にはワイロスキー枢機卿も同乗されています。」


「聖務関係という事か……。音に聞こえた雷の勇者アルトス・ラインバック率いる白雷の牙が警備に付くほどの……。」


「ははっ。私の事をご存知頂いてたのですね。

勇者と言えば聞こえは良いですが所詮成り上がり者ですよ。」


少し照れながらアルトスは頬をかく。


「俺達騎士は基本的には貴族でも下級だからほぼ平民と変わらん。実際、平民上がりも多いしな。

あんたみたいな腕っ節1つで成り上がった奴にはそれなりに敬意を払うさ。」


砕けた口調でやれやれと守備隊長はため息をつきながら部下に申請書を持ってくるように指示を出す。


「要はややこしい事にはしたくないって事だな?

貴族や教会関係者なら確かに通行書も通行料も不要だが通行した履歴は残るし、その情報は上に報告しなければならない。あの大人数なら特にな。」


「ええ。なるべく穏便に、と言うのが馬車の主の希望なので……。」


「……はぁ。まぁこう言うパターンもたまにあるけどよぉ。それならそれでもっと付き人の人数減らせば良くないか?もっと忍べよ……。」


呆れた顔でぼやく守備隊長にアルトスは乾いた笑いを浮かべる。




この国では身分差による明確な特別扱いが存在する。


しかし、その履歴と言うのは確実に残る。


これが数人規模や馬車1台レベルなら履歴にすら残さないと言う事も有り得るが、流石にこの人数を通したとなれば必ず履歴は残るだろう。


そうなると各方面にタチバナがこの王都に来ていると知られてしまう。


それはタチバナとしては望んでいない。


ならば面倒事は金で解決する、と言うのがタチバナの考えだった。




「……本当にシャチョーの言った通りになった。」


「本音を聞かされ建前が正しく用意されていれば、余程のことがない限りそのまま通るものである、か……。」


レティとマリーナが驚く。



「……しかし、あの守備隊長の言うことが正解だろ。もっと少数なら問題なく通れたのに何で旦那はこんな……いや、そうか……。」


カテリナが呟く。


「これで旦那は王都の喉元を抑えた訳だ。王都に常駐しているのはせいぜい守護騎士団が数百人くらいか?ここで騒ぎを起こせば王の首くらい簡単に狙えるな……。」


「!?」


「な、何言ってるのよ。タチバナ社長にそんなつもりはないでしょう?」


「ないだろうな。だが、周りはどう見る?

何せいきなり王都のど真ん中にあの社員達が300人も現れるんだぞ?しかも招き入れたのは教会の手引きでだ。」


「そ、それに護衛についてるのはA級冒険者の私達……。だ、駄目じゃない!完全に巻き込まれてる!?」


カテリナの言葉に血の気が引いて行くマリーナ。


「多分教会も冒険者ギルドも分かっててやってんだろうな。旦那の機嫌損ねるくらいなら国1つ滅んでも構わないってな。ギルドは黙認で教会は消極的介入って感じか?」


「……逃げても良いかしら?」


「賛成。それにシャチョーは私達が逃げても気にしないと思う。あの人の中身は結構シンプル。役に立つなら雇うし立たないなら放置。」


「いや、旦那はそうでも怖い社員さん達がいるからなぁ。……そこんとこどうだい?社員さん。」


カテリナが背後に声を掛ける。


「四肢をもいで目を潰す位はしますね。何せ社長の期待を裏切った訳ですし……。あ、でもちゃんと死なないように色々と処置はさせて貰いますよ?」


にこやかに笑うダレンが立っていた。


「……真っ暗闇の中、四肢をもがれて死ねないまま放置とか想像しただけで死にたくなるわね。」


「シンプルに死んだ方がマシ。これは裏切れない。」


青を通り越して白くなった顔のレティとマリーナにため息混じりでルーミエが補足する。


「安心なさい。少なくとも社長にはあんた達や王都をどうこうするつもりはないわよ。」


逆に言えばタチバナが望めば完膚無きまでに叩き潰すと言うニュアンスを含めつつもルーミエが笑う。


(((全く信用出来ない……。)))


3人は異口同音に社員への評価を飲み込んだ。



◆◆◆◆



「では、CEO殿。拙僧はこの辺りで失礼致します。」



商人ギルドについたのでワイロスキー枢機卿が帰ると言い出した。


ワイロスキー枢機卿は終始上機嫌だったな。

やはりスラムの住人を大量に雇い入れたのが正解だったのだろう。



「そうですか。いやぁこの度は大変助かりました。枢機卿には頭が上がりませんな。」


「いえいえ。こちらこそ13番地区の住人達の世話をして頂き誠にありがたく思います。

ふふ。お恥ずかしい話、バーバレストの教会から貴方の話を聞いた時は戦々恐々としていたのです。」



にこやかに握手をするワイロスキー枢機卿。


……やはりワイロスキー枢機卿は実は良い人なのでは……?


いや。有り得ないな。

この見た目でそれはない。


多分小汚い住人達が消えて街の景観が良くなったとか思っているに違いない。


それか金だな。

スラムの住人達が働き出したら周り回って教会の寄付金も増えるだろう。


うーん。雇い入れた新人たちにもそれなりに給料を出すべきか……?


まぁとりあえず会社として教会には寄付を弾んでおこう。これから色々頼る事も出てくるだろうし。



「ははっ。実際会ってガッカリさせてなければ良いのですが。所詮は単なる人ですよ。私は。

今回のお礼という訳ではありませんが、また喜捨させて頂ければと思います。」



「人、人ですか……。そうなのでしょうな。貴方はどうしようもないくらいに人なのでしょう。」



何やら意味深な顔でこちらを覗き込んで来るワイロスキー枢機卿。


どこからどう見ても悪徳金融業者の社長みたいな顔をしている。


な、なんだよ?


「拙僧には貴方の行動をどうこうする事は出来んでしょう。繁栄も衰退も全てはCEOたる貴方の思し召し。ただ願わくば、そこに愛がある事を願います。」



そのまま徒歩で帰らせる訳にもいかないので、ダレン君とルーミエ君に教会まで送り届けて貰う。


転移魔法で一瞬だ。



さて。アーノルド氏達ももう着くようだし、私は一足先にギルドに入って待っていようか。


ギルドなんて言うファンタジー感のある組織にも興味があるしな。


とりあえず雇い入れた新人たちはそのままギルドの外で待機を言い渡し、意気揚々と私はフラウ君を連れて中に入って行く。



さて。私の思い付きは単純だ。


無計画に大量雇用してしまったスラムの住人達をアーノルド氏に押し付けてしまおうと言うものだ。


今回は商人ギルドを交えての初めての取引になるのだが、ギルドからすると吹けば飛ぶような一人親方の零細商店と異邦人たる私が経営する何だかよく分からない組織との商談である。


その癖、金額の規模だけは億単位。


ハッキリ言って怪し過ぎる。


ギルドの担当者もよく契約に踏み切ったものである。もし仮に私が担当者の上司なら秒で断れと言放つレベルだ。


つまり、私とアーノルド氏は商人ギルドに対して信用出来る取引相手なのだと見栄を張る必要がある。


最低限の見栄は大事だ。


ボロボロの浮浪者が家を買おうとか言い出しても誰も信用なんてしない。


仮に金を持っていても窃盗とか詐欺とか犯罪を疑うだろう。


その対策としてスラムの住人を使う。


中身はともかく、ちゃんとスーツを着せた300人超の人員である。


少なくともその人数を動かせる組織なのだとギルドもまぁ安心するだろう。


これが日本ならなぁ。

ネット検索くらいで会社の規模なんかすぐ分かるのに……。ここら辺が不便極まりない中世ファンタジー世界だな。



商人ギルドはまあまあ大きな建物だ。


王都の中心街にある他の建物と同じく白っぽいレンガを使った四角い箱型の母屋があり、その正面の左右に2つの塔を持つ双塔形と呼ばれる建物だ。


パッと見初期のロマネスク建築を彷彿とさせるデザインである。


彫刻などの技術が低いのでまだまだ野暮ったいデザインだが、このまま成熟すれば英国のカンタベリー大聖堂の様な建物も作れるようになるだろう。


中もそれなりに広い。


1階は受付のカウンターと複数の応接スペースが設けられている。


おそらくこのスペースで商談をするのだろう。


聞き耳を立てられない様にと言う配慮からか、かなりゆったりとしたスペースが取られている。


ギルドに入るなりいきなり2階のVIPルームの様な会議室に通される。


名乗りさえしなかったのだが、事前通達が行き届いているのだろうか?


50人は優に座れる巨大な円卓が鎮座する大きな会議室だ。装飾も凝っており貴賓室の様な印象を受ける。


うむ。この無駄な豪華さは金持ちっぽいな。


人間は金を持つと無駄な所に金を使いたくなるものだ。例えばそれはブランドであったり、車であったり、家であったりする訳だ。


昔買った車もそうだったな。


電気で走るスーパーカーだったのだが、あまりに静か過ぎるのでスーパーカーっぽくないからか、スピーカーからエンジン音が流れてくる謎機能があった。


どこぞの破天荒なお笑い芸人が蹴りを入れていたドイツの車だ。


結局、あの車も買ってからろくに乗らないまま終わってしまったな……。


車、車かぁ。

こっちでも作ろうかなぁ。


そんな事を考えているとドアがノックされた。

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