大量雇用の使い道
「これで社員数も576名かぁ……。」
あの後ワイロスキー枢機卿とスラムを周り採用活動をして回った結果がこれだ。
中小企業でもかなり大きめの会社くらいの人数だ。
地元でブイブイ言える規模だな。
……うん。はっきり言ってやり過ぎた。
とりあえず全員小汚い格好をしていたので、我社のトレードマークになっているリクルートスーツに着替えさせはしたが、それ以降はそのままフラウ君達に丸投げした。
今はゾロゾロと私達の乗る馬車の後ろを着いてきている。
こんな大人数どうしたら良いんだ?
ワイロスキー枢機卿には新しい事をする等と言い放ったが、あれは格好を付けて適当に言い切っただけだ。
最近我社の本拠地、シトラスに色々買い込みに来る冒険者達も増えたので人員増強くらいの感覚で雇ったのだが、まさかここまで膨れ上がるとは……。
最後の方は何だか楽しくなって調子に乗り過ぎてしまったような気がする。
だって彼奴らちょっと傷を治してやると崇め奉って来るんだ……。
雇用契約はどうしよう?
銀貨5枚で良いんだよな?
それにそもそも働く場所は?
本拠地であるシトラスなら何かしら仕事もあるが、
こんなに人数がいるんだ。
転勤NGの奴も出てくるだろう。
王都で仕事か……。
別に王都で商売をしてもいいんだが、幾つか問題がある。
1つは税金の問題。
現在我社はバーバレスト領のタックスヘイブンに居を構えている。
王都に進出すると無駄な税金が発生してしまう。
税制については色々勉強したが、このエルエスト王国は領地ごとに完全に税制が違う。
つまり、バーバレスト領で我社は無税となっているが、王都に支店を出せばその分の税金は王都に収める必要が出てくる。
私としては税金を払わないと言う選択肢はないのだが、進んで払いたいとは思わない。
まぁ税金込みで値付けをすれば良い話なのでこれは些細な問題だ。
メインの問題は2つ目。
王都で商売をするには商人ギルドへの加入が必須なのだ。
まず大原則としてこの国で商売をするのならば、様々なギルドを通す必要がある。
例えば剣が市場に流れる例で言うと、
①鉱山ギルドから商人ギルドを通して各種素材が市場に売りに出される。
②鍛治ギルドに所属する鍛冶師が素材を買い取って剣を作る。
③商人ギルドに所属する商人が鍛冶師から剣を買い取り、適正価格で販売する。
と言った流れになる。
この単純な流れだけでも3つのギルドが商売に口を出して来る。
これが魔剣なら魔術ギルドや錬金ギルドが絡んでくるし、更に地場の商人達との談合も出て来る。
どう足掻いても面倒臭い事になるのは目に見えているのだ。
現在は私のチートとバーバレスト侯爵や冒険者ギルドと癒着する事でこの原則を無視している。
チートで生み出した素材を使って商品を作り、この国の西側一帯を治める侯爵や、国の法律や慣習に左右されない超国家組織である冒険者ギルドに売っているのだ。
ハッキリ言えばグレーゾーンである。
いや、まぁ法律で罰する事は出来ないのでグレーだなんだと言えどそれは合法だ。
うむ。オフホワイトくらいだな。
それもこれも侯爵と冒険者ギルドが法を超えた存在だからだ。
まず侯爵というのは非常に偉い。
どれくらいかか偉いかと言うと、この国で5本の指に入るレベルである。
この国の統治体制は中央に王が君臨し、四方を4人の侯爵が統べている。
彼等は己の統括する地域の立法権、行政権、司法権を合わせ持つ絶対者だ。
あの臆病者が白と言えばあらゆる物が白になる。
あらゆるギルドを無視して私と直接取引をするなど朝飯前どころか晩飯前、いやさ昼飯前だろう。
つまり丸一日飯抜き……?
そう言えば日に日に侯爵はガリガリになり、頭も寂しくなっているような……。
まぁ良い。ともあれ権力者と言うのは凄いのだ。
そして冒険者ギルドだが、奴等は非常に変わった存在である。
彼等はあらゆる国の法律に縛られない。
納税の義務もなければ兵役の義務もない。
どの国に行くのも自由だ。
しかし、その反面。
あらゆる国も法律も彼等を守らない。
極論、衆人観衆の中で冒険者が殺されてもその犯人が捕まる事はなく、逆に冒険者が犯罪を犯した場合、簡単に極刑を言い渡されるらしい。
法律を守る必要はないが、法律で守られる事はない
完全なアウトサイダーだ。
彼等が日常的に武器を携帯するのも、自らの身を守るという側面もある様だ。
そんなアナーキーな存在なので、商売についてもこの国から罰則を与えることは出来ない。
そもそも管轄が違うのだから当然だ。
冒険者ギルドがウチから商品を買って、冒険者にギルド自身が売るのだ。
問題になりようがないだろう。
ちなみに冒険者ギルド以外のギルドは国の管理だ。
この国の法律に影響を受けない組織となると、後は教会くらいしかない。
チラリと私の対面に座るワイロスキー枢機卿を見る。
枢機卿は私が大量の浮浪者を雇い入れたからかさっきから非常に上機嫌だ。
間接的に教会の収益が増える可能性が上がったのだから喜んでいるのだろう。この守銭奴め!
しかし駄目だな。教会は販売先としてはありだが、今回の大量雇用問題の解決策にはならない。
王都で商売……かぁ……。
うーむ……。
「社長。アーノルド様が復調された様で、今から商人ギルドへ向かうとモリーから連絡がありました。」
頭を悩ませているとフラウ君が声を掛けてきた。
そうか。それは良かった。
アーノルド氏がいないと商人ギルドに行く意味もないから―――。
そうだよ!アーノルド氏がいるじゃん!
よし。良いことを思いついた!
彼に押し付けてしまおう!
◇◇◇◇
「本当に申し訳ない……。」
「タチバナ社長に何と言えば良いか……。」
モリーとマイヤに向かってアーノルドとアンネが何度目かの謝罪をする。
昨日から寝ていなかったとは言え、まさか夫婦揃って恩があるタチバナの前で醜態を晒すとは思ってもいなかったのだ。
「いや、あれはある意味仕方がないと思います。
むしろお2人に先に伝えておくべきでした……。」
「そうね……。いきなり道案内に枢機卿がひょっこり現れたらそうなるわね。完全に私達の落ち度だわ……。」
逆にモリーとマイヤからすると、2人が気絶したのは予想出来た範囲であり、自分達の落ち度だと考えていた。
そんな不毛な謝罪合戦をしながら4人は王都を進む。
王都の西側の街道に繋がる9番地区を抜け、中心街に入り商人ギルドを目指す。
ワイロスキー枢機卿は13番地区を中心に人払いをしていたので、9番地区では普通に人が行き交っている。
初めに違和感を覚えたのはアーノルドだった。
「やけに人が少なくないですか?9番地区までは普通に人がいたのに……。」
「確かにそうね。いつもは色んな商人でごった返しているはずなのよね……。」
アーノルドの言葉にアンネも同意する。
9番地区を抜けて中心街に入ったとたん、行き交う人が少なくなった。
商人ギルドの方向へ進めば進むほどさらに人が減って行く。
今まで何度もギルドには顔を出しているが、ここまで人が少ない事はなかったはずだ。
「……あー。お二人共。今から色々衝撃的な事が起こるかも知れませんが、気をしっかり持って下さいね。」
「そうね……。何があっても私達でフォローするから安心してね。」
社印ネットワークで事情に気付いたモリーとマイヤが冷や汗を流しながら告げる。
不審に思う間もなく、アーノルドとアンネの視界に黒衣の集団に取り囲まれた商人ギルドが写った。
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