スラムとヘッドハンティング

ふははははははははははははは!!


良いな!やはり金は良い!

何せちょっと賄賂を贈ってやると簡単に特別扱いしてくれる!


わざわざ偉い人が迎えに来てくれて、面倒な検閲も受けずに顔パスで王都に入れてしまう。


治安が悪いのは少々不安だったが、それならと教会の偉い人が人払いをしてれた。


ふははははははは!!!

これが金の力!そして権力なのだ!


貧乏人共は顎で使われているのがお似合いだ!



馬車には私と教会の偉い人、ワイロスキー枢機卿とフラウ君が乗っている。


しかし、ワイロスキーなんて飛んでもない名前だな。


確か枢機卿って法王の一つ下だったはずだ。

宗派ごとに役職も色々あるので一概には言えないが少なくとも低い役職ではないだろう。


そんなお偉いさんがペコペコと案内人にやって来るのだ。非常に気分が良い!


日本で言うなら有名大企業の執行役員がわざわざ挨拶に来るレベルである。


しかし、問題もあった。

アーノルド氏である。


何せワイロスキー枢機卿の顔を見るなり卒倒してしまったのだ


どうやら昨日から夫婦揃って寝ておらず、空間魔法の転移でストレスが高まり、ワイロスキー枢機卿の登場でピークに達したらしい。


リラックス出来るようにとウチで1番いい部屋に泊めたんだが、何が悪かったのだろう……。



ゴトゴトと私達3人を乗せた馬車が無人の町を進む。ちなみにアルトス君や他の社員達は徒歩だ。



―――ふむ。しかし、やけにみすぼらしい街並みだな。いや、ある意味中世っぽいと言えば中世っぽいが……。


そもそも煌びやかな貴族文化とかそう言うのは近代になってから花開いたものだ。


中世ヨーロッパなんて言うのは、現代人からすると未開の土人に毛が生えた様な生活をしていたのだ。


窓から見えるのは歪んだ木材と汚れた布、欠けたレンガと混じりものの多そうな漆喰で出来た粗末な家で出来た歪な街並みだ。


地面も舗装されていないせいで土煙がもうもうと巻い、より寂しさを強調している。


バーバレスト侯爵領やらドライセル男爵領では道は全て舗装されていたし、街道は全て舗装されていた。


何気にこう言う風景は初めて見たな。


どうもこの世界は魔法やら魔術があるせいか文明の進み具合が少々歪だな。


時には現代日本より優れた箇所があるかと思えば、こんな風にThe中世みたいな光景もある。




「……スラムが珍しいですかな?タチバナ殿。」


興味深く窓の外を眺めていたのを見られていたらしい。


相席しているワイロスキー枢機卿だ。


いやぁ名は体を表すと言うが、彼は凄いね。

もうどこから見ても完全な生臭坊主だ。


間違いなく信徒は家畜と言い切るタイプだ。


夜な夜な年端もいかない少年少女を侍らせて爛れた生活をしているに違いない。


「いやぁお恥ずかしい所をみせてしまいましたな。こう言う風景は初めて見ましてね。王都と言っても色々な場所があるのですなぁ。」


「どこの都市にでもこう言った地域は存在します。

まぁ正確に言えばここは王都とは認められていませんがね。王都とは貴族と王族が住まう中心街を指す言葉であり、外輪街、特にスラム街は王都ではない、とね。」


自分で言っていて腹が立ってきたのか、苛立った顔をするワイロスキー枢機卿。


む?まるで貴族達がスラム街にいる人々を人として扱わないことに対する憤りのような……。


いや。ないな。

この顔でそれはない。


となると何だ……?


あぁ!そうか!寄付金か!!


今は人払いしているので街の住人の様子は分からないが、ここは誰がどう見てもスラム街だ。


つまり、ここの住人達はほぼ金がない。


月収10万の貧乏人と100万円の金持ち。

どちらから寄付金を得やすいかなど考えるまでもない。


確かにワイロスキー枢機卿の言う通りだろう。

確かに金は吸い上げてなんぼだが、貧乏過ぎると吸い取ることも出来ない。


カラカラの雑巾をいくら絞っても水が出ないのと同じ理屈である。



「なるほどなるほど!それならやはり抜本的な解決をするしかないでしょうな!」


「抜本的……ですか。」


「仕事をさせて稼がせる。これしかないでしょう。」


結局の所、貧困問題については働いて収入を得れるようにする。

これ以上の最適解はないだろう。


どれだけ補助だなんだと充実させても穴の空いた桶に水を貯める様なものである。


そして何より、それがいくらしんどい仕事でも、安い賃金だったとしても、それで生活が出来るなら人はその生活に慣れる事は出来る。


ブラック企業がなくならない訳である。

笑いが止まらないな!



「しかし、スラムの住人に仕事など……。それに元奴隷の傷病者も多く、まともに仕事など付けない有様で……。」


「ふぅむ。これも何かの縁です。何かお力になれるかも知れません。」


教会には良い顔をしている方がいい。

それに従業員はいくらいても問題ないしな!



◇◇◇◇



王都は複数の地区に区分けされている。


先ずは王都の中心と言える四角く区分けされた貴族街。この国の政府機能の中枢であり、最も煌びやかな都市である。


そしてそれを円形に覆う様に作られた外輪街。


外輪街は時計回りに1から12までの地区で区分けされており、平民の町となっている。


特に東西南北に伸びる街道と繋がっている12、3、6、9番地区は他の領地と比べても遥かに大きい賑わいを見せていた。



そこは1番地区と12番地区の狭間にあった。


各地区の貧困層が流れ着く先。


奴隷や平民の扱いが酷いと有名な北にあるウィンドブルン侯爵領からの脱走奴隷や追い出された者達が逃げ込んで出来た掃き溜め。


王都に置ける犯罪者達の巣窟と看做される腐敗の温床。


王都外輪街13番地区。


王都の闇の象徴たる存在しない地区だ。



その日、13番地区の一角で教会の炊き出しが行われていた。


法衣に身を包んだ神父や尼が大きな鍋を幾つも持ち出し、数十人のスラムの住人達に食事を振舞っている。


炊き出しに並ぶ住人達は皆揃って痩せこけ、ドロドロに汚れた服を着て死んだ様な目をしていた。


何かの皮膚病に罹患しているのだろう、肌が荒れ、水膨れが出来ている者や四肢が欠損している者も少なくない。


数日ぶりの食事なのか、一心不乱に粗末な椀に注がれた食事を貪っている。



「ふん。まるで餌に群がる飢えた豚だな。」


炊き出しに並ぶスラムの住人達を見て男が大きな声で煽る。


一瞬何を言われたか分からない住人達が目を向けると、そこには仕立ての良いスーツに身を包んだ壮年の男が立っていた。


「あぁ、豚に失礼だったかな。お前達と比べるとまだ家畜の方が価値がある。」


あぁ、またかと住人達は男を無視する。


たまにいるのだ。

ああやって自分達を煽り、戯れに攻撃する金持ちが。反撃すれば殺される。


いや、殺されるだけならまだマシだ。

彼等は自分達なら何をしても良いと思っている。


その嗜虐心の赴くまま拷問された仲間も少なくない。


「た、タチバナ殿!?な、何をしているのだ!」


慌てた様子でワイロスキー枢機卿が男に駆け寄って来る。


ワイロスキー枢機卿の事はスラムの住人も知っている。慈愛のワイロスキー。


何の価値もない自分達にもその慈愛を注いでくれる聖人だ。


だがその男は止まらない。


「ワイロスキー枢機卿。コイツらは駄目だ。価値がない。だってそうだろう?施されて当然だと言う目をしている。現状をどうにかしようとする気概もなく、施しを受けた感謝もない。食って息をするだけの家畜以下の存在だ。ははっ。いっそこんな奴等にかかわずらう貴方の神経を疑いますな。」



「……がう。」


堪らず住人の1人が声を出す。


「あぁん?聞こえんな?声すら出せんか。」


男がいやらしく口を歪めて嗤う。


「違う!枢機卿を馬鹿にするな!!」

「そうよ!ワイロスキー様は私達何かに施しをしてくれる聖人なのよ!」

「お、俺達……だっ、て恩を返せ、せるならか、かえ返したいんだ……!」


肺を患っている者もいるのか、ヒューヒューと息をしながらも住人達は叫ぶ。


それは決して大きな声ではない。

食べる物もなく、体力も落ちた彼等に大声を出す気力はない。


しかし、全員が全員、射殺すような目で嗤う男を睨みつけていた。


「ほぉう?しかし、口では何とでも言えるよなぁ。

所詮、お前達は恩知らずな家畜以下の畜生だもんなぁ?」


「な、なん、何だっ、だってやって、やる。お、お、俺達はに、に、人間な、んだ……!」


住人達が潰され欠損した四肢を振り上げ、水脹れで開かなくなった眼を開き、潰れた喉で叫ぶ。


そこには確固たる意思があった。


「ならば証明して見せろ。」


男は手直にいた住人の顔を掴み再び笑う。


その笑みは全てを嘲笑う悪魔の様にも、全てを慈しむ神の様にも見えた。


真っ白な光が辺りを包む。


「……み、見える。目が!目が見える!!」

「う、腕が生えた!?あ、足も!」

「お前顔が……!?」

「お前こそ!」

「わ、私の声……?喉が治って……!」


驚きのままスラムの住人達は男を見る。


この辺りでは珍しい黒い髪。

ギョロりとした大きな目。


優しく微笑むタチバナがそこにいた。



「た、タチバナ殿……?」


小さな目を見開き驚くワイロスキー枢機卿。


「いくつか新しい事業をするつもりなので頭数が欲しかったのでね。賃金は……そうですね。

最初は見習い期間ということで月に銀貨5枚も渡せば充分でしょう。」


「銀貨!?そ、それは充分だと思いますが……。」


「くっくっく。朝から晩まで週休2日で働かせてやりますよ。」


「休みが2日!?」


「一応、夏休みや年末年始の休みはありますがね。

年に100日程です。」


「ひゃ、100日ですか……。」


ちなみにこの世界では週に一日が安息日となっているがそれ以外は基本的に休みはない。


「まぁ休みはシフト制ですがね。友達や家族と遊びに行くのにも綿密なシフト調整が必要になって来ます。ふはははっ。毎度ウチの社員達は休日の調整に頭を悩ませておりますよ。」


「や、休みに遊びに行く……?」


この世界では娯楽が発達していないので休みの日は特にする事がなく、家にいる事が基本だ。


買い物や外食等はハレの日の行事になるし、旅行に行くと言う概念もほぼない。


更に言えば、タチバナは知らないが社員達は休みの日も働いていないだけで、休日は自己鍛錬にあてている。


大抵は魔術の勉強や読書、組手や帰らずの森の魔物の間引き等である。


社内販売用のスーパーが出来てからは食べ物を持ち寄って仲の良い社員同士で飲み食いしながら勉強をしていた。


遊ぶと言う概念があまりに未発達なのだ。



「ま、あれだけ強い意志を持つのならばそれなりに仕事も出来るでしょう。そうすれば正社員として、もう少し待遇を良くしてもいいでしょうな。」



タチバナは成り上がり者だ。


何も持たないが故に全てを欲し、あらゆる物を手に入れた。


基本的にはマヌケなオッサンだが、その全てを飲み込む強烈な飢餓感が故に1代で大企業を立ち上げたのだ。


だからこそタチバナは出来ない言い訳を並べる人間は嫌いだし、強い意志を持つ者には多少融通を効かせたくなる。



「しかし、ワイロスキー枢機卿も上手くやっていらっしゃる様ですな。彼等は自分達の事は諦めていても貴方への暴言で反論するとは……。」



何やらよく分からない事を言うタチバナを見てワイロスキーは思う。


きっとあの発破がタチバナの最後のボーダーラインだったのだろう。


あの時スラムの住人達が奮起していなければ、きっとこの男は彼等を見捨てていた。



「神は自ら助くる者を助く、という訳か……。」


口では何だかんだと言いつつも、タチバナの行動は慈愛に満ちたものだった。


「神の愛と言って良いのかは分からぬが……。」


お互いの快気を祝い合うスラムの住人達を微笑ましそうに見るタチバナの後ろで、こっそりとワイロスキーはこの偽悪的な神に祈りを捧げた。

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