新たな仕事
さて、物の価値とは何だろうか。
見た目が良い?材質が良い?職人の腕が良い?利便性が高い?
色々な意見が有るだろうが、総括するならユーザーに需要があるかどうかだろう。
究極的には偽物でも、すぐ潰れる様な粗悪品でも物の本来の価値はどうでも良いのだ。
需要さえあれば物は売れる。
餓死する直前に味の善し悪しを気にする奴はそうはいないだろう。
だからこそ企業はその需要をリサーチしたり、需要その物を生み出そうと躍起になっているし、それを的確にエンドユーザーに伝えれるかが営業マンとしての腕の見せ所だろう。
「―――そしてこれが受注頂いた武具の図案になります。こちらのデザインを少し変えた物を3セット。ご当主とその2人のご子息の分になります。」
そう言う意味ではこのアーノルド氏の営業マンとしての腕はかなりの物だったらしい。
白亜の館の西館にある会議室。
テーブルに所狭しとアーノルド氏が書いた書類が積み上げられている。
大きなテーブル上座にアーノルド氏とその奥方のアンネ氏、そして2人と一緒に行商に行っていたモリー君とマイヤ君が並んで座っている。
アンネ氏は前回同様のアオザイ風の民族衣装に中東風のスカーフを頭に巻いている。
アーノルド氏は異世界のスーツスタイルだ。
異世界風とは言えスーツ姿のアーノルド氏と話していると会議をしている感が強くて良い。
先日代理店契約をしたアーノルド氏が大量の受注を持ってやって来たのだ。
あの後、元貴族のモリー君とマイヤ君の伝手をつかって王都の貴族連中に売り込んでいたらしい。
今は製造部長のザップ氏と営業部長のセレスタ君を交えて打ち合わせ中である。
資料にはフル装備の騎士が馬に跨った1枚絵とそれぞれの武具の詳細とどういう魔宝玉をつけて欲しいかを記載した概略図。
それにこれを使う貴族の大まかな体格を記載した資料や必ず入れて欲しい家紋の図案等もある。
この辺はモリー君とマイヤ君が作成したらしい。
ザップ氏達製造部と社印ネットワークを使って相談してたのだそうだ。
なかなか便利なスキルだ。
ちなみにおおよそ1セット金貨200枚。
そんな案件が実に54件もある。
金貨1万枚以上の売上である。
その他にもご婦人向けのアクセサリー等の受注や魔宝玉等の素材のみの受注も数多く獲得しているようで、合計すると金貨1万5000枚以上にもなる。
先日の侯爵の売上を軽く超えてくる大金だ。
「基本的には全て問題ないのぅ。
剣や盾は形が違う程度で材質が一緒なら鍛冶魔術じゃと手間は変わらんわい。アクセサリーについてもここまで正確に寸法を聞いてるんならそのまま希望通りの物が出来るじゃろう。」
「そうなるとウチの営業を現地に派遣さえしてしまえば、後は『共有アイテムボックス』を使えばどうとでも納品出来ます!営業部の初仕事ですよ!」
うむうむ。
共有アイテムボックスとはセレスタ君の空間魔法と言うやつだ。
彼女は内容量が無制限の亜空間を持っており、そこに同じ我社の空間魔法に適性がある社員がアクセスすればいつでも商品の出し入れが自由に出来るという素敵スキルである。
在庫のストックが無限に出来るというのも凄いが、このスキルの肝は複数人が1つの倉庫を共有出来るという点だ。
亜空間にアクセスして物を取り出すからか、距離は無視されるのだ。
これは物流革命と言っても過言ではない!
複数の都市にウチの営業を配置さえしておけばあらゆる物を即座に販売・納品する事が出来る。
しかもノーコストでだ!
ふはははははははは!
勝った!これはもう勝ったも同然だ!
「問題は鎧関係じゃな。体型を書いた詳細があるとは言え、流石に原寸合わせは必要じゃ。納品にはワシら製造部が着いて行くべきじゃろうな。」
確かに鎧はそうだろうな。
言ってしまえばオーダーメイドだ。
そのまま無調整でポン渡しとはいかんだろう。
「そうなるとやはり時間が掛かりますか……。
出来れば半年以内に納めたいのですが……。」
困った顔でアーノルド氏が呟く。
特注品は時間が掛かるのは異世界でも共通認識なのだろう。大量生産を是としている日本のメーカーでも特注品の場合は受注後1ヶ月とか2ヶ月、下手すれば半年とか言われることもザラだ。
しかし!
我社は異世界ブラック企業!
労基もへったくれもないからな!
ふふふ。私も学習したのだ。
この国には労働基準なんて高尚なものは無い!
1日15時間労働、年間休日100日以下、有給消化なしなんて過酷な労働条件でも許されるのだ!
当然納期も短縮させる!
生産にダラダラ時間を掛けられるとコストが掛かるからな。常に最短納期だ!
間に合わない可能性がある?残業すれば良いじゃないか!残業代は出ないがなぁ!
ふはははははははは!
そうだな。アーノルド氏が半年以内を希望している事だしそれよりも短く、3ヶ月いや、1ヶ月だな!
「そうですな。我社なら1ヶ月―――」
「3日じゃ。」
「「3日!?」」
私とアーノルド氏の声がハモる。
「ワシらを誰だと思っとるんじゃ。伊達や酔狂で橘の紋を刻んじゃおらんわい。のぅ?セレスタ。」
右腕に刻まれた社印を見せながらニヤリと笑うザップ氏。
「勿論です。既に営業部のルーミエを王都に向けて走らせております。あの子の足なら1晩も走れば王都に着きますので、後はルーミエを起点にして空間転移すれば明日の朝からでも納品出来ますわ。」
「ルーミエ君?あの子はまだ子どもだぞ!?」
ルーミエ君は小柄なおかっぱの女の子だ。
奴隷だった為、正確な年齢は分からないが、どう見ても小学校高学年から中学生程の年齢である。
そんな子に向かわせるのか!?
え?もう向かってる?いやいやいや!
「ご安心を。社長がご心配されると思い、私の判断でダレンと
ドヤ顔でフラウ君がフォローをしてくれる。
ダレン君か。そうだな、彼がいれば安心だ。
さすがはフラウ君―――ってならないからな!?
彼もルーミエ君と同い年くらいだろ!?
聞いたところによると、ここから王都まで徒歩だと2週間くらいらしい。
つまり、ざっくり600キロ程度。
東京~大阪間と同じくらいだ。
どう考えても子ども2人にいきなり頼むおつかいの距離ではない。
「何だかんだで心配症じゃな!まぁあの二人も若いとはいえしっかりウチの社員じゃ。安心せぇ!」
かっかっかっと笑うザップ氏。
若いどころか下手したら児童なんだぞ!?
くそ!子どもに何て事をさせるんだ……。
この世界には労働基準法どころか人権すらないらしい……。
◇◇◇◇
「何と言うか、とんでもないな。」
白の館の東館にある客間に通されたアーノルドが、開口一番呟いた。
「生産速度、納品速度、対応速度、そして極めつけは空間魔法。ふふ。魔法は神の力よ?モリーさんやマイヤさんから聞いてはいたけど、ああも気軽に事を進められると驚きしかないわ。」
笑いながら頭に巻いたスカーフをとるアンネ。
エルフ特有の長い耳が薄緑色の髪から見えていた。
「それになんと言っても亜人種の同席を許すなんて前代未聞だわ。」
「だから言ったでしょ?弊社の社長は人種だ何だと細かい事は気にしませんって。」
数ヶ月一緒に行動していた為、砕けた様子でマイヤがアンネにため息混じりで苦笑する。
「確かに私の杞憂だったみたいね。
もしかしてタチバナ様は私の事を知っていて、気にする必要はないと言う意味も込めて亜人種の社員を同席させたのかしら?」
人間族の国であるエルエスト王国において亜人種と言うのは差別されやすい。
貴族や市民権を持つ平民は全て人間族で占められ、明確に人間族とそれ以外で区別されている。
そんな土壌の国だからこそ、この国の人間は他人種を一段下に見ており、かしこまった席では亜人種が同席するだけで失礼にあたる場合もある。
「ああ。きっとそうかも知れないな。この国では土人族や森人族を商談の場に同席させるなんて普通はしないだろう。」
「確かにその可能性は高いでしょう。社長の考えは分かりませんが、秘書として森人族のフラウを使っている点から見てもそうとしか思えません。」
マイヤの妄想にアーノルドとモリーが頷く。
当然、そんなことはない。
この世界に転移してから数ヶ月、この世界が危険な世界と認識してからは基本的に引きこもりのタチバナにそんな機微は分からない。
「俺としては金額に文句を言われなくて本当に良かったよ……。正直、かなり叩き売ってしまったからな。」
ホッとした顔でアーノルドが呟く。
魔導具、中でも武具1式の相場としては金貨200枚はかなり破格だ。
この世界に置いて魔宝玉を使った武具1式を装備した騎士は戦車に相当する。
日本の10式戦車が1台10億円と考えれば、金貨200枚―――、2億円は確かに破格だ。
「それこそ杞憂でしょ?タチバナ様はお金に執着しているタイプには見えないわ。何と言うかお金はあくまで手段としか見てない印象ね。」
この点ではアンネの予想は当たっている。
タチバナはそこまで金銭に執着はない。
能力は兎も角、性格的にタチバナはお山の大将になって優越感に浸りたいだけの小物であり、特に損さえしなければ問題はなかった。
「ところで、私達もこの部屋にいていいんですか?私達もタチバナ総合商社の社員ですし、会社に不利になりそうな話ですと報告せざるを得ないのですが……。」
「ええ。そうです。それに折角一段落したのですし、お2人でゆっくりされても良いのでは?」
困った顔でアーノルド達に尋ねるマイヤとモリー。
「とんでもない!!こんな部屋で2人で取り残されるなんて耐えられません!」
「そうです!せめて寝るまではここにいて下さい!」
怯える2人のいる部屋は、白亜の館の東館にある。
東館はパクリ元であるホワイ〇ハウスにおいては、華やかなパーティーや法案署名式等の国家的イベントが行われる、まさにホワイトハ〇スの顔とも言える館である。
2人に貸し与えられている客間に関しても、下手な王族の部屋を超える豪華さであった。
モリーとマイヤが、広い部屋の片隅で震える2人をなだめ終わったのは深夜になってからだった。
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