新設備と神の威光

白亜の館の左右に地上10階建ての第二帝政期建築様式―――ルネッサンス建築とバロック建築の間の子みたいな建物が立っている。


元ネタはホワイ〇ハウスの横に建つアイゼンハワー行政府ビルと財務省だ。


ここでは左手のビルはドワーフ達の職場たる工房で、右手側は巨大な社用図書館となっている。



「では社長。よろしくお願い致します。」


声を掛けてきたのは長い茶髪を一つにまとめた豊満な未亡人風の美人―――ダレン君の母親であるティナ君だ。


彼女はこの巨大図書館の司書として働いてもらっている。



切っ掛けはザップ氏率いる製造部の連中が金属に関する知識を求めた事に端を発している。


そんな専門知識は持っていないので地球の金属関係の論文やら書籍をチートで出してお茶を濁したのだが、どうやらいたく気に入ってしまったらしい。


それで味をしめたドワーフ達は何かあると本を要求するようになり、気付けばこんな巨大図書館を作る羽目になってしまった。


ちなみにチートで出した本はこの国の言葉に全て変換されているらしく、ウチの社員達は問題なく本を読んで地球の知識を得ている。



「えーと、今日は産業機械関連だったか?」


「はい。後は被服や建築のデザイン関連、料理と木工関連で希望が入っております。4階の半分と5階、6階のスペースを想定しているのですが足りるでしょうか?」


「どうだろうな……、ちょっと待ってくれ。えぇっと、この国の文化や風土に適していると言う条件でソートを掛ければ―――125万冊くらいだな。」


「なら大丈夫そうですね!いつも通り空きスペースに出して頂ければこちらで分類分けしますのでお願い致します。」


こうやってたまに蔵書の量を増やすのが私の仕事という訳だ。


現在の蔵書量は1500万冊位かな?

1企業の所有図書館としては結構な物である。


図書館内を見渡すと10名くらいの図書館に勤務する社員が本を読んでいる。


別にサボっている訳では無い。


社印により彼等は知識を共有出来る。

これを利用して常に本を読み知識を蓄えているのだ。


必要な知識があれば社印を通じて図書館勤務の社員に調べてもらう事も出来るし、ここにない知識は私に追加する様に依頼が来る手筈になっている。


システムではなく人力のインターネットやウィキペディアみたいなものである。


「ここはこれで良し、と。次の予定は何だったかな?フラウ君。」


「次は生産工房にてアーノルド氏に依頼された商品の監査ですわ。」


「あぁ……。それは行かないとな。アイツらが依頼通りの物を作れるとは思えんからな……。」


「腕は良いんですけどね……。」


フラウ君と深々とため息をついた。


◆◆◆◆


実はアーノルド氏がいた手前、大人しく聞いてはいたが、ウチの製造部は暴れ馬だ。


ドワーフ種の性格らしいのだが、要求通りの物を作るのはむしろ悪としている節がある。


要求された事は超えて当然、どこまでハードルを越えられるかを考えている。


「わざわざ社長自ら監査に来るとは苦労な事じゃ。アンタの部下は優秀じゃぞ?安心してふんぞり返ってくれりゃあええんじゃぞ?」


白亜の館の西側にあるドワーフ達の工房にて出迎えてくれたザップ氏が愚痴る。


それが出来たら苦労しない。

工房の真っ白な廊下を2人で歩きながら話す。


この建物は細かな調整をする為建物全体が無菌室のような造りになっている。


工房と言うよりも研究所だな。



「そうしたいのは山々なんだがね。所でまた冒険者ギルドから質が上がっていると小言を言われたんだが?」


私の言葉に思い当たる節があったのだろう。

目を見開いて驚くザップ氏。


「な!?あれに気付いたのか!冒険者ってのも馬鹿じゃないようじゃな……。」


何だか驚く方向が違うくね?


「ウチの武具は基本的にオリハルコンとアダマンタイトの合金じゃ。最近はそこに気体化べーパライズしたミスリルを合金の内部に浸透させる手法を編み出したんじゃ。社長の書物にあったCVIやスパッタリングの発展系じゃな。これによって魔力の伝達率が増えるんじゃ。」


上半身裸で鉄を打っていたザップ氏もここでは白衣を着て科学者然としている。


髭モジャで白衣を着ているとまるでどこかの大学教授みたいだ。



「現在は分子結合に手を加えてより強靭で魔力伝達率の高い素材を模索しておる。儂としては有機素材、魔物由来の素材にその可能性があると思うんじゃがなぁ。」


「ふむ。まぁ何だか良い感じに研究が進んでいるんだな。」


「もうちょっと自分の会社の製品に興味を持ってもバチは当たらんと思うんじゃがの。まぁそうやって丸投げ出来る度量も経営者の器かのう。

―――ほれ。あれが注文を受けた武具じゃ。」


私は餅は餅屋で買う主義なのだ。

進捗や金銭の確認はするが分からない所は分かる奴に任せたら良い。


大きな分厚い窓の向こうで巨大な機械――魔道具が動いている。


「この無菌室クリーンルームという部屋は良いのう。常に気温や湿度が一定じゃから作業が捗るわい。儂ら鍛冶師の間じゃ雨の日には鉄を打つななんて格言もあるんじゃが、湿度がこうも素材に影響があるとは思わんかったわい。」


窓の向こうの部屋では液状化した金属の球体がふわふわと浮かび、それがパイプに繋がれて大きな装置に流れ込んでいる。


装置には複雑な紋様が刻まれ、複数の大きな魔宝玉が付けられている。


装置からはどんどんと剣や鎧が吐き出されて行く。

産業革命真っ只中という様相だ。


「デザインやパラメーターさえ事前に打ち込んでしまえば自動で魔導具を生み出し続ける機械。

こいつは既存の技術を覆す程の大革命じゃ。混沌を振り撒くものCEOの面目躍如と言った所じゃな。」


楽しそうにザップ氏が魔導機械を眺めている。


これがコイツらに生産をやめろと言い難い理由だ。


なんせ機械と言う概念を教えたのは私だからだ。


魔術が何なのかはよく分からないが、人の手で行う技術だ。それを自動化する事でより効率的になると教えたらこんな事になってしまった。


言ってしまえば魔導具を生み出す魔導具。

正式名称、金属魔導具生産機アマテラス。


他に服飾関係や農業等様々な生産機を制作中だ。


……しかし、こいつらはたまに私の事をCEOと言うが社長と言う意味以外の意味が込められている気がしてならない。


実は悪口だったりしないだろうな?



「アーノルドの小僧に渡したサンプルから見ると強度と魔力伝達率は20%以上向上しておる。

付与魔術エンチャントのスロットも増えておるからの。魔導具のランクで言うなら大体特上級ユニーク伝説級級レジェンドの中間くらいじゃな。流石にアーティファクト級は無理じゃ。」



ユニークやレジェンドと言うのは、確か魔導具のランクだったな。


神話級ゴッズ幻想級ファンタズマ創世級ジェネシス辺りをアーティファクト級と言うらしい。


ウチの製品はその1歩半手前くらいの出来らしい。


ゲームはあまりしないからよく分からんが、服飾業界で言う所のハイブランドの手前位のイメージだろうか?


つまり、BE〇MSとかUnitedARR〇WSとかか?



「ふむ。悪くないな。」


「なんじゃ?ニヤニヤしおって。

戦争でもおっぱじめるのか?」


目を細めてこちらを見てくるザップ氏。

はぁ。この野蛮人め。


「どうしてそんな発想になるんだ?

売るに決まっているだろう。全て売るんだよ!

剣も鎧も盾も馬具もありとあらゆる魔導具を!」


ウチの魔導具はそこそこ品質が良いらしいからな。

これを格安で売り捌けば皆飛びつくだろうさ!


「そして当然それだけに留まるつもりはない!

他の生産機械が完成したあかつきには、あまねく全ての人類の衣食住、その全てに我社の製品が使われるだろう!―――いや、そうさせてみせる!!

ふははははははははは!!」


そうなれば完璧だ!

哀れな民草は我社なしでは生きられなくなる!


搾取!圧倒的搾取タイムの始まりだ!!


何せ独占禁止法もないからな!

やりたい放題だ。


くっくっくっ!


何故ユニ〇ロやG〇が覇権を取れたか?

それはそこそこの質の商品を割安な価格で大量に売り出したからだ。


必要な物を安定した品質で大量に展開する。


どれだけ経済学者が理論をこねくり回そうとも否定できない絶対的な必勝法だ。


この世界の全ての商人にイ〇ンに駆逐された小売業者の気分を味あわせてやる……!


はーっはっはっはっ!!!!


◇◇◇◇



「あまねく全ての……人種じゃと?」


「そうだ。老若男女、身分の貴賎も関係なく。人種すらも区別なくだ。怖気付いたか?製造部長。

お前にはこの世界の住人の乳母車から棺桶まで、一切合切を作ってもらう!安心しろ。知識も材料も道具も場所も全て用意する。しっかりと働いてもらうぞ?無論、死ぬまでな。」


ニヤリと悪どい笑みを浮かべるタチバナ。


本人的には死ぬまで働けと言うブラック発言のつもりだったのだが、ザップにとって天啓だった。


ドワーフ達は種族としてものづくりを尊ぶ。

死ぬまでの間にどれだけの物を創り、残せたかが重要なのだ。


そんな人種にタチバナはこの世界の全てを創ってもらうと言ったのだ。


「カッカッカッ!儂らドワーフにとってそれ以上の口説き文句はないのぅ。どんな極上の美酒すら霞む最高の殺し文句じゃわい!」



そして同時にタチバナが付ける中途半端な金額に合点がいく。


タチバナ総合商社の製品はどれも特級品だ。


本来なら今の売値の10倍、100倍でも商いになる。

だが、身分や種族に分け隔てなく広めるならば高過ぎては駄目だ。


逆に安過ぎては払った額に価値を見出すプライドの高い上流層は見向きもしなくなる。


恐らくはその境目を模索しているのだろう。


冒険者ギルドやアーノルド等の複数の販売ルートを使った商売も恐らくこの為だ。


タチバナ総合商社の品でこの世界を満たす。


それはタチバナの威光でこの世界を照らす事にほかならない。


老いも若きも男女も関係なく。

王族、貴族、平民、奴隷、人種すらも区別なく神の威光で包むという事だ。


社印ネットワークがざわめき出す。

常にタチバナの言動は共有されている。



『それはこの世界の救済と言えるのでは?』

『社長による世界救済計画……!』

『貧しい者だけでなく富める者にも?』

『あの鼻持ちならない貴族達に社長の施しは必要なくないか?』

『おいおい。よく考えろ。社長から見れば貴族も奴隷も同じく塵芥だ。』

『……確かに。社長の尺度から見たらそうなのかもな。』

『それに身分なんかどうでも良いだろ?全ては社長のお決めされたことだ。社長が必要だと言うならば石ころにだって土下座するべきだろう。』

『確かに。』

『確かに。』

『確かに。』

『むしろ死ぬまで働けと言われたザップ部長に嫉妬を禁じ得ない。私も言って欲しい……。』

『確かに。』

『あれ?……今のフラウさん?』



社印を通してタチバナの話を聞いていた社員達の意見は社長の言う事だからで統一され、僅か数秒後には全社員に共有されていた。


神の国降臨計画。


永らくタチバナ総合商社の行動理念となる計画が完成した瞬間である。

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