おつかいと出張の誘い
月明かりさえない闇夜。それよりもなお深く暗い闇の暴風が街道を突き進む。
闇の暴風は木々を薙ぎ倒し、大河を飛び越え、眼前に立ち塞がった哀れな魔物を消し飛ばし、ただ真っ直ぐに東へ疾走する。
その暴風の名は社員。
はじめてのおつかい中のダレンとルーミエである。
「遅いわよ!ダレン!もっと早く走りなさい!!」
短距離空間転移を繰り返しながらルーミエがダレン
を叱咤する。
ルーミエは空間魔法に適正があったが、ダレンにはない。なので速度は必然的にダレンの走る速度に合わせての行軍となる。
空間魔法の力は凄まじい。
同じ短距離空間転移でも空間魔術なら起点を設定し陣を絵描き、魔力の経路を繋ぐ等、複数の手順を踏む必要があるが、空間魔法ならば息をするように転移出来る。
「まだ20時だよ?王都まで残り300キロくらいだし
始業時間が朝9時、その5時間前行動が基本だと言っても朝4時に付けば良いんだから余裕じゃないか。」
ブラックを通り越してダークネスな常識をやれやれとため息混じりで語るダレン。
その刹那、ダレンを無数の不可視の刃が襲う。
音もなくダレンが走っていた辺りの地面や木々が細切れに切り裂かれた。
ルーミエが放った空間その物を刃とする魔法。
次元斬である。
その斬撃は風も音も予備動作すらなく、物理特性に左右されずあらゆる物を切り裂く。
ダレンがルーミエの放つほんの僅かな殺気に気付いて回避をしなければ、いかに超越者と言えどダレンは細切れになっていた所だ。
つまり、ルーミエは確実にダレンを殺す気だった。
「ふん。今のを避ける事は出来るのね。その割にはちょっと弛んでるんじゃないの?」
怒りを隠そうとしないルーミエに抗議の声をあげる前にダレンは自分の失態に気付く。
「―――あぁ。そうみたいだね……。まさか社印ネットワークの
社印ネットワークは言葉や音声、映像を共有しそれを
言わばメールや回覧板の様な機能も有している。
『社長が王都に向かわれる可能性がある。』
恐らくアーノルド絡みなのだろう。
マイヤから全社員へ通達が入っていた。
情報開示は1.3秒前。
刹那の動きを是とする社員からすると切腹モノの反応の鈍さである。
度々社外の人間に対して殺気混じりの警告をする社員達だが、それは彼等にとってはかなり有情的な対応だ。
ルーミエは今の一撃は確実に殺すつもりで放ったし、事情を知ったダレンにとっても先程のルーミエの攻撃はむしろ当然だと認識している。
これこそが社員達の本気の警告。
致命の一撃を避けれない程の無能ならば社員としての価値はない。
「社長が王都に向かわれる可能性が1%でもあるのならばそれに完璧に備える必要があるわ。で?私達は何時に王都に到着するべきかしら?ダレン係長。」
タチバナ総合商社 総務部 第2課 係長ダレンは厳かに告げる。
「今から1時間以内だ。早急に現着して社長のご訪問に備えるぞ。ルーミエ。『
「了解♩」
ダレンの背中をアフターバーナーの炎が後押しし、
黒の暴風は更に速度を速める。
炎を纏う暴風は木々を焼き飛ばし、街道を焦がし、
迫り来る哀れな魔物を消し炭にした。
そしてキッカリ50分後には王都を見下ろす高台に到着していた。
タチバナ総合商社 社長の噂⑦
社長は無能を許さない。
◆◆◆◆
……いや、マジか。
「あー。アーノルドさん?それは本当に私が行く必要があるんですか……?」
もう一度念押ししてアーノルド氏に確認する。
「はい。やはりこう言った大金が動く場合は商会の代表者が顔を出すのが慣例でして……。日時は融通が効くので是非お願いしたいと……。」
歯切れの悪い様子でアーノルド氏が申し訳なさそうに答える。
それは図書館と工房の視察を終え、アーノルド氏と再び打ち合わせしている最中に発覚した。
はっきり言って重大な見落としだ。
要は今回の支払いをする為に王都にある商人ギルドに私が行く必要があると言うのだ。
どうもこの世界では貴族が何かを買う際は手形を使うらしい。
小切手みたいなものだ。
ただアーノルド氏の様な行商人がいくら小切手を集めても現金化出来なければ意味がない。
そこで出て来るのが商人ギルドという訳だ。
貴族から手形を貰い、それを商人ギルドに持っていくとギルドが立て替える。
そしてその金をアーノルド氏と私に分配すると言う段取りだ。
その際に不備がないように商人ギルド立ち会いの元、関係した商人が顔を付け合わせて取引を締結するのが慣習らしい。
不動産をローンで買う時みたいだな。
私が初めてローンで家を買った時も銀行で不動産屋や司法書士達と契約書を交わしたものだ。
言わんとすることは分かる。
万単位の金貨。つまり、億単位の現金が動くのだ。
しかも初回取引でアーノルド氏は弱小商会で私達は新参者。
信用も何もない故に、代表たる私達が出ていく必要があるだろう。
何より億単位の現金をポンと建て替えようとする商人ギルドの心意気には脱帽ものだ。
日本でも下手な銀行だと対応は出来ないと断られるくらいの案件だろう。
しかし。しかしだ。
この暴力が支配する世界で移動すると言うのは非常にはばかれる。ありたいていに言うと嫌だ。
異世界ファンタジーと言えば聞こえは良いかは知らないが、武器を持った輩が当たり前の様にウロウロしている無法地帯である。
人を襲う魔物だっているし野盗もいる。
この数ヶ月、色々情報を調べれば調べるほどこの世界の治安の悪さには辟易する。
はっきり言えば、紛争地域を抜けてメキシコのロスカボスに行く様なものだ。
難色を示しているとフラウ君が耳打ちして来た。
「ご安心下さい。既にダレンとルーミエが王都付近に到着しておりますので、移動は空間魔法が使えます。その上で護衛を雇えば問題はないかと。」
もう着いてるの!?
え?だって600キロくらいあるよ!?
ま、まぁ着いたものは疑っても仕方ない。
魔法がある世界だ。そういう事も可能なのだろう。
逆に言えばあの子達がそんな事をできる世界なのだ。他の大人達はどれ程のものだと言う話だ。
あー、いかん。益々行きたくなくなってきた。
「護衛についてはいつも通りアルトス様の『
おぉ!確かに!アルトス君がいたな!
貴族の位を持っていると言っていたし、確かに彼等ならしっかりと護衛をしてくれる。
それによくよく考えればモリー君も元騎士だしセレスタ君も元冒険者だ。
彼等にもそれなりの武装をさせれば護衛になる!
よし。その線で行こう!
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