宿屋と客引き

パチパチと焚き火がはぜる。


真っ暗闇の中、焚き火の灯りを頼りに私とフラウ君は肩を寄せ合う様に座る。


この旅の中である程度打ち解けられたのだろう。


昼間のキリリとした顔ではなく、年相応の少しあどけなさの残った笑みを見せてくれるようになった。


ふとした瞬間に手と手が触れる。


見つめ合った揺らめく炎が照らし出す彼女の紅の瞳は、どこか蠱惑的に思えた。



空は満天の星空。


次第になくなっていく会話。


そしていつしか、2人の影は1つに―――!




「社長。起きておられますか?そろそろ宿場町が見えて参りました。」


業者台の方から聞こえるフラウ君の声で一気に現実に引き戻される。



……うん。残念な事に私の妄想なんだ。

社長だって妄想くらいするさ!

だって男の子だもん!



旅路は順調で、野営などすることもなく、夕暮れにはしっかり街道沿いの宿場町に着いた。


と言うより、私の一存でかなり急がせた。


何故かって?

疲れたからだよ!今日はベットで寝たいんだ!


朝イチ、異世界転移されてそのまま1時間は歩いて取り調べを受けてからの商談だぞ!?


フラウ君はズタボロで光出して秘書になるわ、魔宝玉を貰って喜んだ男爵は、何十人も使用人を呼び出してめちゃくちゃテキパキと旅の支度を整えるし!


何なら自ら馬車を磨き出した程だ。


出発は1晩ゆっくり寝てから明日出発で、とか言えない雰囲気だったのだ……。



宿場町は雑多な賑わいのある町だった。


剣や槍を持った荒っぽい見た目の戦士やフードを目深に被った怪しい魔術師、背負子に荷物を満載した商人など、様々な人が行き交っている。


人種も多種多様だ。

肌の色が違う所か、獣っぽい見た目の人や、やけに背の低い小人がいる。


ふぅむ。

中世ヨーロッパっぽい見た目の割に、都市間や国間の移動は制限されていない様だ。

かなり開放的な文化に見えるな。


そもそも封建制度真っ只中の中世ヨーロッパで宿場町と言うのもおかしな話だ。


中世ヨーロッパ何かでは、領主がいて王様がいてと言ったガチガチの封建制度が敷かれていた。

そして都市間や国家間での移動は原則禁止され、人々は小さなコミュニティの中で暮らしていたらしい。


要は閉鎖的な村社会の集まりだ。


ふーむ。やはり異世界。

かなり地球とは文化が違うらしい。



「社長。宿を探そうと思うのですが、ご予算や宿のランクなどはございますでしょうか?」


町の入口付近の路肩に馬車を止め、馬車の客室のドアを開けて、恭しくフラウ君が尋ねてくる。


んー。町の様子を見る限り、帯剣している人間も多く街の出入りも管理はされていないようだ。

それに馬車移動で疲れているし、変な所に泊まりたくはないな。


「そうだな。ランクは上であれば上である方が良いな。相場は分からんが、予算はそうだな。金貨1枚でどうだ?2人で金貨2枚だ。」


予約無しの一見さんでも、1人10万円くらいだせばそれなりの部屋に泊まれるだろう。


男爵から貰った路銀の入った皮袋には金貨だけで28枚入っていた。


目的地のバーバレスト侯爵領までは1週間位との事だし、1晩の宿代はそんなもんだろう。


「きん…!?は、はい。探してみます。」




「お、旦那方!宿をお探しかい!?」


フラウ君の後ろにくたびれた服を着た17、8の男の子が声を掛けてきた。


赤毛のボサボサ髪にガリガリの体躯。

いわゆるストリートチルドレンみたいな感じだ。


「ああ。この町には着いたばかりでね。君は?」


「俺はログ!この町は俺の庭さ。宿をお探しなら力になるぜ!」


みすぼらしい見た目の割に、ハキハキと喋る様子が印象的な子だ。うーむ。若くて元気だ。


こう言うタイプの子はフレッシュさが大事だよな。


いわゆる呼び込みとかってやつかな?

店と契約して客を紹介する代わりにマージンを貰うってやつだ。


こんなやり取りは映画や本でしか見たことないので、年甲斐もなく少しワクワクしてくる。



「ほぉ!なら君が知る中で1番上等な宿を教えてくれ。」


「なら断然オススメがあるぜ!馬車を止めてるなら都合が良いや。歩いてすぐの所にある宿がオススメさ!」


「馬車はどうする?」


「置いてある場所を言えば、すぐに宿の奴隷が移動させてくれるよ!もちろん洗車サービスだし、馬のブラッシングもしてくれる。」


鍵もない馬車を置きっぱなしと言うのは、かなり不用心な気もするのだが、まぁ豪に入れば郷に従えと言うしな。


「よし。交渉成立だ。案内をたのむよ。」


そう言いながら皮袋から銅貨を1枚取り出して、ログ君に向かって指で弾く。


パシッと小気味よい音を立てて銅貨をキャッチするログ君。


うーむ。良い……。

何だかとってもハードボイルドだ!



「こ、これエルエスト銅貨!?」


「さっ。早く案内をしてくれ」


「う、うん……。」



ログ君はマジマジと手のひらの銅貨を眺めながら、気のない返事をする。


む?流石に銅貨1枚は安過ぎたか……。

銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚の価値だから、おおよそ1000円くらいか?


そんな事を考えながら、ログ君の後を着いて路地裏に入る。


地元民の使う抜け道なのだろう。

人が1人通れるくらいの建物に囲まれた狭い道だ。


「ちょっと狭いのは勘弁してくれ。ここが近道なんだ。スリも出ない俺のオススメの道さ。」


あぁ、そうか。こういう町ではスリなんかの犯罪者は多そうだな。流石、中世ファンタジー。

現代日本とは比べるまでもない治安の悪さだ。


しかし、この道。スリはいないだろうが、こう狭いと不安になってくるな……。

これじゃあもし暴漢に襲われても逃げ道が―――。



「着いたよ。旦那。」


そこは狭い路地裏にポッカリと開いたデッドスペースだ。


無計画に建物を建てたからなのか、四方を建物に囲まれた20坪程の空き地があった。


あ、あれ?この展開はもしかして……。



「へぇ。流石、ログさんだ。」

「金持ちそうだな。」

「やっぱりログの兄貴はすげぇや。」

「うぉ!めっちゃ美人じゃん!」

「エルフかー。好き者の奴隷商人に売れんじゃね?」

「はっ。俺らみたいなのは相手してくれねぇよ。」

「まぁそうだよな。ちぇっ。持ったいねぇ。」


物騒な事を言いつつ、ボロを着た10人くらいの若者達がゾロゾロと四方の路地から出てきた。

手には錆びたナイフやら角材何かを持っている。


こ、これはもしかしなくても―――。


先頭を歩いていたログ君が懐から錆びたナイフを取り出して構える。



「悪いな、旦那。死にたくなければ、ありったけの食料を出しな。」


カツアゲ―――え?

そこは金じゃないの?

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