雇用条件と奴隷の気持ち

ふははははははははははっ!

脱!無一文!!


無事にドライセル男爵との商談も無事に終え、複数の紹介状も手に入れた!


何だかよく分からないが、奴隷と言うかエルフの秘書も手に入れた!

これで一先ずは商人としての第1歩を踏み出したと言えるだろう!!


目的地は取り敢えず近場の貴族領の中でも1番大きいらしいバーバレスト侯爵領だ!



道幅の広い石やレンガ、セメントで固められた舗装道路をぽっくりぽっくりと馬車が行く。


馬車になんか乗ったのは初めてなので、景色を見るために御者台のフラウ君の隣に座ってみた。


うーむ。

牧歌的でなかなか良い景色じゃないか!


地球で言うローマ道だな。

フラウ君によれば、こういう舗装道路がこの国には張り巡らされており、主要都市には割と気軽に行けるようになっているらしい。


宿場町何かも要所要所につくられており、野宿の心配はあまりなさそうである。



手に入れた馬車は、現代人の私から見ても結構な代物だった。


まるでサラブレッドの様ながっしりした2頭の馬に引かれる黒檀の大きな箱型馬車だ。


1頭金貨10枚はするかなりの名馬らしく、男爵の息子が最後まで恨めしそうな顔で見ていた。

ははっ!ウケる。


要所要所には金細工で装飾が施され、落ち着いた外装ながらも決して地味ではない。


客室キャビンは広く作られ、大人4人がゆったり座れる作りになっている。

革張りの豪華な椅子にはかなりふっくらとしたクッション材が使われており、振動から身体をある程度は守ってくれる。


比較的粗末な感じの御者台でも、割と振動は気にならない。


まぁサスペンション何かはまだない様なので、長時間座るのはキツそうだが……。


地球でもサスペンション機構の開発は近代になってからだったので致し方ないのだろうが、魔法があるのだから何とかして欲しいものである。



「―――ふむ。要はその魔石やら魔宝玉から魔力を動力源に使った、魔導具とやらが出来るわけか。

それが出来るなら、この馬車何かも馬ではなく魔力で動く様にすれば楽なのになぁ。」


「ば、馬車を魔力で動かす、ですか……。魔力は基本的には地水火風光闇の6属性へ変換した攻撃魔術や魔導具に使われますから、あまり民生用の使い方の研究は人間族ヒューマンはしていないかと思います。我々森人族エルフでもあまりそう言う魔術研究はしておりませんね……。」


なるほど。

世界が変わっても先ずは兵器の研究からしているようである。ネットも携帯電話も元は兵器のカテゴリーだったしなぁ。


さっきからこんな調子でフラウ君と話しながらのんびり馬車の旅だ。



「ふーむ。そんな研究をする人もいないのか。

その内そう言う新商品も作りたいなぁ。」


「お任せ下さい!そう言う魔術の研究は私達エルフの得意とするところです!」



よっぽど得意な分野なのだろう。

ドヤ顔で胸をはるフラウ君。


うーん。巨乳とニットの組み合わせはヤバいな。


結局、彼女は故郷に帰るのを取り止め、私についてくるつもりらしい。


仕えるべき運命がどうとか、神や魔法やら何やら、よく分からん事を言っていた。


地球でこんな事を言うと完全に変な人だが、この世界には神も魔法もあるのだ。


彼女なりの理由があるのだろう。

私にはよく分からんが……。


実際問題、私はこの世界の常識が分かっていないし、何やら色々詳しそうなフラウ君がいることは大きな助けになる。


うーむ。そうとなると奴隷身分を示す、このごつい首輪は外してしまおう。


今はタートルネックで誤魔化してはいるが、スーツに首輪はビジネスマナー的にロックンロールを通り越してパンク過ぎる。


私の感覚ではありえない。



「あ、あのぅ……。社長?な、何か?」


黙って見られている事に居心地が悪くなったのか、おずおずとフラウ君が尋ねてくる。


スっとフラウ君の首輪に触れる。


見た所、繋ぎ目のない金属製のチョーカーだ。

どうやって外すんだろう?



「あ、あの……?え?嘘……。」


バキンッ!


ちょっと指先に力を入れたら、音を立てて外れてしまった。よっぽど安普請だったんだろう。

……だよな?


どうもチートが何かした様な気もするが、まぁ良いだろう。



「うん。やっぱり首輪はない方が良いな!それにどうせ付けるなら、細身のネックレス何かが良い。

こんな感じでな。」


そう言ってチートで細いプラチナのチェーンのネックレスを生み出して手渡す。


「綺麗……。」


「君の髪色と同じ白金プラチナのチェーンに、君の瞳の色と同じ赤色緑柱石レッドベリルのペンダントトップをあしらっている。」


「レッドベリ……!!?こ、高価過ぎます!」


「はっはっはっ。まぁ私からの就職祝いみたいなものだから、気にしないでくれ。」


笑いながらフラウ君にネックレスを付けてやる。

何せチートで幾らでも出てくるんだからな!

笑いは常に止まらん!



さて、雇用形態はどうしようかな……。


付けてやったネックレスをおっかなびっくり眺めてるフラウ君を眺めながら、彼女の雇用条件を考える。


首輪は外したが、彼女の身分は奴隷だ。


一般的な奴隷の雇用形態はどんな感じなのか?

給料はどうしているんだろう?

いや、そもそもだ。

この世界の金銭感覚もよく分からなければ決めようもないな……。


例えば、この馬車。

男爵の息子曰く、エルエスト金貨で40枚したらしいが、この価値とはどれくらいなのだろう?



「あー、時にフラウ君。この馬車はエルエスト金貨で40枚するらしいが、それ(エルエスト金貨40枚)はどのくらいの価値になるんだ?実は外国人なんで、恥ずかしい話だが、あまりこの国の貨幣の価値が分かっていないんだ……。」


「へ?あ、エルエスト金貨ですか?

そ、そうですね……。(1枚もあれば)平民1人が1年は暮らしいていけるかと思います。」



ほほぅ。

つまり、この国の平民の年収はエルエスト金貨40枚程か……。


日本の平均年収が400万ちょっとくらいだから、おおよそエルエスト金貨1枚で10万円位の価値か!


なるほどなるほど!

まぁレートは日々変わるだろうし、物価も地球とこっちでは変わるだろうが、取り敢えずこれを基準に考えれば良いか!


どうも奴隷の衣食住は、主人である私が面倒を見る必要があるらしい。

地球で言うなら自衛隊の給料が参考になるか?


確か、高卒の自衛官の初任給が月給15万くらいだったし、うむ。キリよく10万だな!


月給金貨1枚。

まぁ少々少ないが、ブラック企業らしくて良い感じだな!


ドライセル男爵から貰った路銀が入った袋には銅貨や銀貨の他に金貨も何十枚か入っていたし、当面は大丈夫だろう。


ふははははははははははっ!


何せチートで幾らでも商品が出てくるんだからな!




……ちなみに、この貨幣レートの勘違いに私が気付くのはまだかなり先の話だ。



◇◇◇◇



私の新たなご主人様はとんでもない方だ。


万象を操る魔法の力を自在に使いこなし、あらゆる奇跡を成し遂げてしまう。


そう。奇跡だ。


ご主人様である社長が事も何気に外した奴隷の枷は、ありとあらゆる魔術対策が施された人間族ヒューマンの魔導具だ。


この枷を付けられた者は、登録された主人に服従を強制させられる。


魔術に長けたハイエルフである私すら、一瞬の隙をついて逃げ出すくらいしか出来なかった逸品だ。


死ねと命令されたら最後、自死してしまう程の強制力がある。


幸か不幸か、この国では奴隷=労働力と言う考えが根ずいており、その様な命令をされる事はなかったし、身体を穢される様なこともなかったが……。


要はこの国では、奴隷とは家畜なのだ。


繁殖させ、使えるようになるまで少々時間はかかるが、人語を解する便利な家畜。


それが奴隷なのだ。


だが、社長は違った。


私が仕えたいと言えば二つ返事で了承し、あんなに強固な魔術対策が施された首輪を壊してしまった。


その上で、私を金貨1枚で雇うと仰り、私に首輪の代わりにネックレスをくれた。


赤色緑柱石レッドベリル


別名、赤いエメラルド。

当然の様に魔宝玉だ。


小指の先程の美しくカットされた細長い紅の宝玉がプラチナの上品なプレートに飾られている。


宝石の王と呼ばれるダイヤモンドを遥かに超える希少な石だ。


エルフの里の古い本に、800年前にこの宝石を巡って土人族ドワーフ小人族ホビットが何十年にも及ぶ戦争をしたらしいと言う記述があった。


それも、もっともっと小さな大きさだったはずだ。


魔宝玉は付けているだけで様々な効果を発揮する。

レッドベリルの効果は『安定』と『癒し』。


これを付けているだけで、ありとあらゆる攻撃や状態異常を防ぐだろうし、体力や魔力消費の大幅な減少の効果もある。


これは、一国の王ですら持ち得ない本物の宝だ。


それを私の様な奴隷に、まるで、一国の姫君に対する様に、優しく手ずからつけて下さった。


いや、まぁ一応、エルフ氏族の中でもハイエルフ。国元での扱いとしては、王族に準ずるものなのだが……。



……でも、私は知っている。

社長は優しいだけではない事を。



『目的の為なら手段を選ぶな。取り入れ。騙せ。油断を誘え、利用しろ。泥を啜ってでもチャンスをもぎ取れ。そしてチャンスを掴んだのなら石にかじりついてでも物にしろ!』



あの時、死にかけた私にかけて頂いた厳しくも優しい言葉を私は生涯忘れないだろう。



どんな手を使っても目的を達成しようとする、冷たくも熱い青炎の眼差し。


家畜である奴隷をまるで一国の姫君の様に扱う聖人の如き慈愛の心。


どちらがこの方の本当のお顔なのだろう。


……エルフとか嫌いなのかな?


緋色の宝石を弄びながら、私は胸の奥で芽生えた熱い何かを持て余していた。



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