商談の終わりと社長の噂

「なるほどなるほど!この程度の宝石では男爵のお眼鏡には叶わない、と……。」



見た目こそ不敵な笑みをニヤニヤ浮かべているが、内心はがっつりパニックだ。


これを買って貰えないと無一文どころか、フラウ君の支払いもまだなんだぞ?


言ってくれたらもっと大きな宝石も出すよ!?



「い、いえいえ!滅相もない!物に不満などはありませんよ。ただ、これ程の魔宝玉を買うほどの金貨の蓄えが当家にはないのです。」


そう言いながら、名残惜しそうにサファイアを撫でる男爵。


どう見てもおもちゃを買って貰えずにショーウィンドウに張り付く子どもにしか見えない。


これが値引き交渉の為の演技なら、どこぞの主演男優賞は彼の物だろう。


そうとなれば話は早い!



「なるほど。それでは仕方ありませんね―――。」


そう言いながら男爵が撫でているサファイアや宝石の詰まった皮袋を取り上げる。


あぁ!等と言って泣きそうな顔になる男爵。

ふっふっふっ。まぁ落ち着きた前。


皮袋の中からエメラルドの原石を摘み、男爵の前に置く。指はまだ離さない。



「ご子息には話したのですが、色々あって徒歩でこの町に来ましてね。足が欲しいんですよ。馬は乗れませんので、馬車か何かがあれば良いですなぁ。」


ゴクリと唾を飲み込み、震える声で男爵が口を開く。


「と、当家で先日買ったばかりの馬車がある……。」


「お、おい。親父。あれはエルエスト金貨で40枚もしたのに……!」


「黙ってろ!」


何やら高級な新車らしい。

うむ。やはり新車は良いよな。


満足気な顔で頷いて宝石を持つ指を離す。

その途端に満面の笑みになる男爵。


「この町から次の町までどの程度かかるかは分かりませんが、途中で腹が減るでしょうなぁ。」


そう言いながら今度はルビーを置く。


「1番近いのは私の寄親であるバーバレスト侯爵領ですね!馬車で1週間くらいです。勿論、食糧はたんまりと乗せさせて頂きます。路銀に不安があるのなら、多少であれば融通しますし、何なら侯爵への紹介状も書きましょう。」


「ははっ。先に言われてしまいました。路銀と紹介状も頂きたかったのです。」


そう言ってルビーと一緒に、オパールとガーネットを置く。



「そして、このフラウ君を譲渡して頂きたい。」


見せつけるように、男爵が気に入っていたサファイアを彼の前に置く。


机の上には5つの宝石、いや、魔宝玉。

男爵は再度生唾を飲み込み、ワナワナと震える。


「あ、貴方は何が目的なんです?馬車や食糧に路銀に奴隷。そんなものどれだけ積んでもこの魔宝玉の価値には敵わない。貴方もご存知のはずでしょう!?」



勿論、知らない。

ちょっと手を握れば幾らでも作り出せるのだ。

はっきり言えば、パン1つと交換でも惜しくない。


しかし、やり過ぎたか……。

思いっきり不審がらせてしまった。

言い訳を考えないと……。



「なるほど。確かに、その通りですな。仰るように一見、貴方の利益が大き過ぎるように見える。」



先ずは相手の意見に同意をする。

いわゆる傾聴法と言うやつだ。


これをしないとどれだけ理路整然と反論しても、こちらの話を聞いてくれないと言う風に人は捉えがちだ。


「しかし、私にとっては貴方に物を売ると言うのはそれだけで大きな利益となる。」


「わ、私に……ですか?」


「例えば、貴方がこのサファイアを使ったネックレスを付け、ご子息がこのトパーズの腕輪をしているだけで、他の貴族のお歴々はその魔宝玉はどうしたのか、と気になって仕方がなくなるでしょう。」


「ま、まぁ。確かに?これでも社交界に参加する事もある身ですし……。」


「そ、そうだな。俺も何回かはパーティーに行ったことはある。」


満更でもない顔をして男爵と息子が顔を見合わせて頷く。



「そうでしょうとも!そして私の名は一躍貴族社会に広がることになる!我々商人にとって口コミと言うのは馬鹿に出来ないものです。」


実際、これは有り得る話だ。

例えは悪いが、現代でも口コミで広まっていくネズミ講で、国が傾いたりする訳だしな。


伊達や酔狂で各企業が、飯を食うしか能がないタレントに大金を積み上げはしない。


それだけ宣伝広告と言うのは大事なのだ。


まぁ問題は私が商人としては無名過ぎるという事もあるが、宣伝はしておいて損はないだろう。



「それに他の貴族の方に紹介状を書いて下さるのは非常に有難い。何せ物を売るにも、会って頂かなければ話も出来ませんしね。」


これも事実だ。


日本で言うなら、いきなり飛び込み営業をしても、担当者にはなかなか会えないし、ましてやその会社の社長に会うなんて以ての外だ。


男爵の紹介状があれば、そう無碍な扱いはされないだろう。


そして何より、この魔宝玉とやらはチートで幾らでも出てくる。つまり無料だ!


……うん。もう何個か男爵に宝石を渡しても良いかもしれん。



「う、うーむ。分かるような、分からないような……。」


「親父。タチバナ殿もこう言っているんだ。良いんじゃないか?その上で気になるなら、もう何通か紹介状を書いてやれば良いと思う。」


「そうだな。何人か近くの貴族を紹介致しましょう!」


おぉ!願ってもない!


こうして、私の異世界での初商談は何とか無事に

終わったのだった。




◇◇◇◇



魔宝玉。


それは各種宝石が長い年月を掛けて魔力をその身に宿した神秘の宝玉。


魔物達の核となる魔石の最上級に位置し、その美しさとは裏腹に、兵器や都市を維持するエネルギー源としての側面も持つ。


単なる魔石なら、照明器具や調理器具等、それなりに費用は掛かるが、民生用として市場に出回っている。


しかし、魔宝玉は違う。


元となった宝石の色や種類で様々な力を宿し、爪の先程の大きさであっても莫大なエネルギーを秘めており、城が建つ程の価値があった。




「美しい……」



タチバナ達がこの町を出ていってから3日程。

今だに興奮が冷めないのか、ドライセル男爵は5つの魔宝玉をタチバナがリフォームした小屋でうっとりと眺めていた。


「またここにいるのか?親父。ここは門番の詰所なんだぞ?いい加減屋敷に戻れよ!」


「安心しろ。門の位置は作り替える。ここは私専用の離れとして活用するつもりだ。

ふむ。そうだな。どうせなら街の配置も作り替えるか?あまりこの離れは人に見せたくない。」


だらしない顔をしてサファイアを撫で回しながら、ぶっ飛んだ計画をのたまう男爵。


「は、はぁ!?どんだけこの部屋が気に入ってんだよ!そんなに気に入ったんなら屋敷に家具を運び入れたら良いだろ!」


「ここの扉より家具の方が大きいから運び出せんし、何よりこの窓や壁の細工の見事さを見ろ!人に触らせる訳にはいかん!」


「え、えぇ……。」


「おぉ、ルーシー。今日も君は美しいよ。もうすぐ腕の良い職人にネックレスに作り直してもらおうね!」


サファイアに名前をつけ、頬擦りする実の父親にドン引きしながら息子のジャンはため息をつく。



「それなら適当な理由をつけてあの商人を拘束してあの魔宝玉を取り上げれば良かったのに……。アイツは怪し過ぎるぜ?この部屋の事も、どんな理由でこうなったかも追求すらしなかったじゃないか。」


そう。

結局、男爵もジャンもこの詰所のリフォームについては何もタチバナにいわなかった。


去り際に、勝手に模様替えをして申し訳ない。この部屋の物は好きにしてくれ、と言ってそそくさと出発してしまった。



息子の独り言を聞いてピタッと動きを止める男爵。


「その通りだ。ジャン。タチバナ殿は怪し過ぎる。私はあの人が神や悪魔だと言われても疑うことはない。それだけ異質で異常な存在だ。」


「な、何を大袈裟な……」


父親のあまりの豹変っぷりに狼狽えるジャン。


「逆に聞くが、まさかお前、タチバナ殿が単なる商人だとは思ってはおらんな?」


父親に詰め寄られ、タチバナを思い出す。


「え、あー、見た目や態度はどこぞの大貴族みたいたったが、えらく迂闊な奴だと思ったよ。初対面の俺に無警戒にあんな財宝を見せるし、親父に対しても普通に商談始めるし……」



領主を前にあの態度は有り得ない。

それもその領主が治める土地で、だ。


この世界において領主の本質とは、小なりとは言え、その土地の王だ。


貴族である言う権威と歴史を背景に、騎士団と言う独自の武力を持ち、金や物を管理し、法律さえ思うがままに制定する力を持っている。


勿論、何でも好きにして良い訳では無い。

しかし、必要なら人1人平気で闇に葬る。


仮に王族であっても、ただ1人でどこぞの領地に来てあんな財宝をジャラつかせていれば、そのまま闇に葬られても何らおかしくない。


ここの様に王都から遠く離れた地であれば尚更だ。

適当なお悔やみの手紙1枚で済むだろう。


元よりジャンはそのつもりでタチバナをこの詰所に拘束していたのだ。


「ジャン……。小さいながらも、お前はこの領地の騎士団の団長なんだぞ?もう少し頭を仕え。そんなスラムの子どもでも知ってる様なこと、あの人が分からないはずがないだろう?

そもそも、だ。なぜあの人が1人でいたと決めつける?」


「な、何を馬鹿な……。俺は王都の騎士学校を出てるんだぞ?流石に人の気配感知なんて―――。」


そう言いかけてジャンはゾワリと身震いする。



汚い部屋だな、なんて言いながらタチバナが指を鳴らすと、影から何百人もの手下が現れ、テキパキと部屋を模様替えして行く。

ついでに倒れていた奴隷を治療させ着替えさせる。


何も知らない貴族のバカ息子が父親である領主を呼びに行ったと部下の1人から報告を受け、鷹揚に頷くタチバナ。


そしてさぁ、この小さな田舎をどう料理してやろうか?等と思いながらニヤニヤとお茶を飲む。


そんな姿を幻視した。



勿論、妄想だ。



単なる的外れな妄想でしかないのだが、残念な事に2人が感じたタチバナの人の上に立つ者のオーラは本物だ。


伊達に1代で大企業を築いていない。


人を値踏みする視線、何千人、何万人も顎で使って来た態度。海千山千の経験から来る商談での余裕。


そんなタチバナのあらゆる雰囲気が、まだ歳若いジャンに、タチバナの後ろに控える何百人もの手下を幻視させてしまう。



「可能性……。可能性の話だ。ジャン。

要らぬ薮を突っついて蛇、ましてや竜を呼び出す事は無い。この領地も安定して来た。お前もそろそろその辺の機微を覚えると良い……。」



タチバナ総合商社 社長の噂①

影に数百人の部下が潜んでいる。

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