リフォームと商談

そこは石を積み上げただけの簡素な小屋でした。

窓は小さく、薄暗いジメジメした間取り。

時折行われる拷問紛いの取り調べで床や壁には不潔なシミが出来た不衛生な部屋。


申し訳程度に置かれた端材で出来た歪んだ椅子と机が、よりみすぼらしさを演出していましたが……。



なんということでしょう。



不潔で簡素な小屋は、重厚感と華やかさを併せ持つゴシック建築風に作り替えられているではありませんか!


窓は大きく作り替えられ、精緻なステンドグラスがはめ込まれた窓の縁には火炎様式フランボワイアンの意匠が刻まれ、神聖さすら感じる作りに。


粗末な家具は取り払われ、オーク材と革張りで作られた質実剛健でありながらも優雅なテーブルセットが置かれました。


謎のシミが着いていた壁には、美しいタペストリーが飾られ、床にはそのまま寝転がっても気持ちよく寝れそうな柔らかな絨毯が引かれています。



……はい。

劇的どころか異世界的ビフォーアフターなリフォームをしました。私です。


いや、だってしょうがないだろう!?


フラウが部屋の至らぬ点を見つけては、そこになり変わろうとするのだ!


椅子や机どころか、私を窓として扱い下さい!とかめっちゃ良い笑顔で言ってくるんだ!


人を窓にするって何!?




おっとりがたなでやって来た気さくな騎士の兄ちゃん改め、ドライセル男爵の息子と、その息子とそっくりな顔をしたオッサン―――恐らくドライセル男爵その人であろう、が小屋の前で固まっている。


……そりゃあそうだよな。

小一時間くらい目を離したら勝手に部屋をリフォームされていたら誰だってこうなる。



「どうぞお入り下さい。ドライセル男爵。社長がお待ちになっております。」


いや、フラウ君!?

その言い方だと私の方が目上になるからね!?

相手は貴族だから!



「え、あ、はい」

「お待たせしてすみません……。」


うぉい!?


何やらフラウの勢いに呑まれて謝罪するドライセル男爵親子。


お前らいいのかそれで!?



絨毯の前で靴を脱ごうとしたり、汚れるからと中々椅子に座ろうとしない男爵親子を何とか座らせ、ようやく宝石を改めさせる。


恐る恐る宝石をあらためるドライセル男爵。


何やら宝石を手に取り、ブツブツと唱えてから目を見開く男爵。


何をしているんだろうと思っていたら、フラウがコソッと鑑定の魔術を使っていると教えてくれた。


ほう。そんな物があるのか!

ある意味地球より便利かもしれんな。



見た目は私より少し上くらいか?

息子同様、日に焼けた逞しい身体付きをしており、陽の光のような金髪を後ろにに撫でつけている。


息子は皮鎧を着た騎士っぽい格好だが、異世界人たる私の目から見ても男爵は割と普通の格好だ。


素材こそ地球とは違うのだろうが、胸を開いたワイシャツっぽい服にシンプルな金のネックレスを付け、スラックスっぽいパンツを履いている。


何だろう?

ブイブイ言わせているオーナー社長みたいだ。


地球と同じ様な爵位であれば、男爵と言うのはそこまで高い地位でなかったはずだ。


この領地の感覚だと、恐らく数百人規模だろう。


うん。

もう完全にドライセル男爵が中小企業の若社長にしか見えない。



そう思うと途端にリラックス出来た。


革張りの1人掛けソファに深く腰を下ろし、足を組む。


以前は日本でも有数の大企業の社長だったんだ。

この程度の商談、気軽にまとめてやるさ!




「さて。如何でしょうか?男爵。出処こそ明かせませんが、ここまで質のいい物も珍しいでしょう。ん。ああ、失礼。本日この領地にお邪魔した旅の商人のタチバナです。以後お見知り置きを。」



まずは主導権をとりつつ、聞かれると面倒臭い事は先に潰しておく。


流石に産地なんか聞かれたら答えられないからな。

カバンの中とでもいえば良いのか?



「こちらこそ。タチバナ殿。ここの領主であるジョージ・ジャック・ドライセルです。

ええ。でしょうね。こんな質の良い物は初めて見ました……。仕入先を秘匿したくなる気持ちも分かる。これは原石ですが、上手く加工さえしてやれば国宝として扱われても不思議ではない。」


「ほう!そこまで分かりますか!」


「ははっ。ええ。これでも簡易の鑑定魔術は使えますからね。」


先程ブツブツ唱えていたヤツだな。

私も覚えたいなぁ。


「特にこのサファイアが良い!大きさはそれなりですが、この透明度の高い澄んだ蒼!魔力濃度も高い、素晴らしい魔宝玉です!」


そう言いながら男爵はサファイアを握り込むと、ボッと勢い良く男爵の拳が光り出す。


「私の少ない魔力にここまで反応するとは……!恐ろしいまでの純度です!」



……へ、へぇ。この世界では宝石は光るんですね。

電灯要らずで素晴らしい。


まほうぎょく?

サファイアじゃないの?


周りを見てみると、男爵の息子はマジかよ……!なんて顔をしているし、フラウ君にいたっては流石は社長!なんてドヤ顔をかましている。


あー、うん。

魔宝玉と言うのは割とこの世界では常識らしい。


ここは黙って不敵に笑う。


まぁ要はハッタリだ。

余計な事を言って薮蛇になっても馬鹿らしい。



「全て原石なのも良いですな!カットの仕方で魔導具の効果も変わりますからね。これならどんな魔導具でも作れるでしょう!」



カットで効果が変わる……?

ふむ。……ま、どうでもいいか。


この宝石が魔宝玉であろうがなかろうが、魔導具が何なのか、そんな事は後で調べれば良い。


確かに商品知識は大事だ。

どれだけ物が良かろうとも、売る側がその価値を理解していないと適正な価格で売れないし、物の良さを客に伝えることも出来ない。



しかし。しかしだ!


そんな事よりも重要なのは今日の宿と明日の飯だ!


どれだけチートがあろうが無一文!

ここで現金を手に入れないとどうしようもない!



「ドライセル男爵であればこれを加工する工房等もご存知でしょう。良い魔導具が出来そうですな。」


魔宝玉や魔導具が何なのかは分からないが、ドライセル男爵は焼けた肌を露出させた開襟シャツに、金ネックレスを付けているのは分かる。


世界が変われど、どう考えてもこの手のタイプは貴金属が好きであろうし、貴族であればお抱えの職人がいてもおかしくないだろう。



「ええ!土人族ドワーフの工房には幾つか心当たりがあります。このネックレス等もそこの作品でしてね。」


ドワーフなんかもいるのか……。

やっぱり髭もじゃだったりするのか?



ちなみに、今話してる会話の流れは、イエスセット話法とか言うやつである。


小さなイエスを積み上げていき、本命の大きなイエスを取りに行くと言うよくある営業テクニックのひとつだ。


さぁ、この私がこんな初心者スキルに頼るくらい頑張ったんだ!買えるだけ買え!!

買ってくれ!!



「……しかし、誠に心苦しいのですが、私にはこの魔宝玉を買うことが出来ません……。」



おいおいおいおい。

勘弁してくれ……。

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