そして伝説はここから始まる

その日、ドライセル男爵領騎士団、団長ジャン・ジャック・ドライセルは風変わりな商人と出会った。


人間族では珍しい黒髪黒瞳の壮年の男だ。


少し間の抜けた気さくな商人と言う話しぶりだったが、時折見せる人の価値を値踏みする冷酷とも言える視線で、彼が人を使う側の人間だとはっきり分かった。


人生で何回かだけ行った社交界のパーティーで見た

、大貴族と同じ人種だ。



仕立ての良い三つ揃いのスーツを着て、まっさらな革靴を履いており、どう見ても自己申告された行商人には見えなかった。



しかし、それだけだ。


この男の実体がどこぞの大商人であろうと、どこぞの大貴族であろうと、少なくともこの男は戦える人間ではないし、間者の類でもないだろう。


どうも目的は物を売って路銀を稼ぐと言うだけの話らしい。


適当な理由をつけて町の中には入れず、さっさと売買だけして出て行って貰えば良いだろう。


見た事もない程大きな宝石を何個も持っていた。


あんな宝石を売ってくれるなら死にかけの奴隷なんていくらでも連れて行ってくれて構わないし、偽物だったなら詐欺罪や不敬罪で処罰すれば良い。


相手は1人だ。

何なら適当な罪を着せて宝石を取り上げれば良いだろう。



そんな話を父親であるドライセル男爵とその家令に伝え、人を連れて詰所に戻ると―――。



そこは立派な応接室になっていた。



◆◆◆◆


いや、意味が分からない。


ちょっと思う所があって、死にかけの奴隷にチートで出した湿布を貼って治療をし、小言を言ったらその奴隷が光出した。


この時点でもう既に意味が分からない。


光が収まると傷1つない美しい女性が現れた。

よくよく見ると耳がとがっている。


いわゆるエルフとか言う異人種だったらしい。


テンパる私を余所に彼女が膝まづく。

え?何してんの?



「寄る辺なき白の森の小枝に格別の慈悲をお与え下さった異邦の黒き大樹に最大級の感謝を。この時よりその黒き森の片隅で咲かせて頂ければ幸いです。」


……うん。

何を言っているんだ?小枝?大樹?


森人族エルフ特有の表現ですわ。謙譲表現で自分の事を小枝。自分より上位者を幹や木、大樹と表現致します。人間族ヒューマン風に言えば助けて頂いた最大級の感謝を示し、ご主人様に仕えさせて頂きたい、と言う意味合いになります。」


な、なるほど?

要は私の奴隷になると言う事か……。


しかし、何でいきなり光出して傷が治っているんだ?異世界だからか?


ま、まぁその辺は良い。

それよりも問題はその格好だ。


流れるような長い白金の髪、ルビーの様に煌めく紅の瞳、スマートながらも出る所は出ている均整の取れたプロポーションを申し訳程度のボロ布で隠している。


そんな格好で膝まづいているもんだから、至る所が見えてしまっている……。


目の毒過ぎる……。



「と、取り敢えずちゃんとした服を着なさい。今からここで商談があるしな。服は出してやるから!」


慌てて手をエルフ娘の方に向け、力を込める。


カッと光が部屋を包み込み、光がおさまると、

そこにはダークグレーのスーツを着て、首元が隠れるタートルネックの薄い黒のニットを着た秘書が立っていた。


うん。見まごうことなく秘書だ。

赤い逆フチの眼鏡も掛けてるし。



「こ、これは……!魔力の物質化!?さ、流石です。ご主人様……!」


「あー、うん。まぁそんな感じ?だ。あ、それとご主人様呼びはやめてくれ。何かむず痒い。」


この世界ではどうか知らんが、公衆の面前でご主人様呼びとか、どう考えてもアブノーマルなプレイだ。



「私の名はタチバナ ゴウシ。タチバナが家名でゴウシが名前だ。適当に名前で呼ぶか、そうだな。社長とでも呼んでくれ。」


まだ企業もしてないけどな!

取り敢えず羞恥プレイを回避出来るならなんでも良い。



「では、社長と。私如きがご尊名をお呼びするわけには行きません。私の事はフラウとお呼び下さい。勿論、犬でも豚でも構いません。と言うよりむしろそちらの方が良い―――」


「フラウで!いやぁ良い名前じゃないか!君によく似合ってるよフラウ君!」


「恐縮です。では社長。どうぞお座り下さい。」


そう言いながら何故か四つん這いになるフラウ。

ヤバい。理解が追いつかない……。



「あー、何をしているのかな?フラウ君。」


「はい。敬愛する社長をそんな粗末な椅子に座らせる事など出来ません。その点、私はエルフ氏族の中でもハイエルフと呼ばれる高位の存在です。そんな椅子などよりも私に座って頂いた方が―――」


「よし。椅子を出そう!任せてくれ!」


「では、私は机に―――」


「ついでにリフォームもしちゃうか!汚いより綺麗な方が良いよな!よぉし!社長張り切っちゃうぞぉ!」


―――この後、めちゃくちゃリフォームした。

くそっ。なんて日だ!



◇◇◇◇



私達エルフは自然の恵みと共に生き、魔導の道を崇拝する。


万象の根幹たる魔力を術として操る『魔術』を使い、魔力を絶対的な法則として統べる『魔法』を目指す。


魔術も魔法もできることは変わらない。


簡単に言えば、魔力を操ってこの世界を意のままに操る事が出来るのだ。


その身に宿った魔力を使い、何も無いところから炎を出したり水を出したり、一時的に世界を改変する術を魔術と呼んでいる。


しかし、どれだけ高位のエルフの魔術でも、その効果は持って数日だ。


―――だが、社長のお力は違う。


あの方が操る力は万象を完全に操る魔法の力だ。


あの方が生み出した服も椅子も机も、まるで最初からそこにあったかのように存在しているし、あの方に癒して頂いた傷は存在が世界から消えている!


正に神の如き絶対的な法の力だ。


そう!正にあの方は神だ。

あの方に仕えるために私は今日までの300年を生き長らえて来たのだ!




―――後に、その一言で国が滅びるとまで言われたマギウスガルド大陸最大最強の大商人。


ゴウシ・タチバナの伝説はこのエルエスト王国の片田舎、ドライセル男爵領から始まった。

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