社員と新生
チュンチュン!チュン!
む。朝が来たようだ。
異世界でも朝には鳥がチュンチュン鳴くらしい。
結局、変な4人組に飯を渡してしまったので、昨日は何も食べずに寝てしまった。
しかし、あの4人組は何だったんだろう?
冒険者なる存在らしいが、武装して街中をウロウロする等、正気の沙汰じゃあないな。
この前も思ったが、どうやらこの世界はかなり暴力が身近にある世界らしい。
フラウ君と2人旅と言うのも悪くはないが、何人か連れを増やす方が良いかもしれん。
数は力だとどこぞの法則でも言っていたしな!
ログ君達の中から何人か誘ってみよう。
なんせあんなにチートで出した食事を喜んでいたしな。何人か誘えば着いてくるだろう。
昨日は結局、食事を出した後は誰とも話をしていない。
泣きながら皿を舐めるようにリゾットを味わい尽くすログ君達にドン引きして、1人用のテントと寝袋を出してさっさと引っ込んだのだ。
昨日は転移したてという事もあり、色々あって疲れていたのだろう。
そのまま気絶するように眠ってしまった。
全く実感はないが、魔力なる不思議な力を使いすぎたのかもしれないな。
チートを使うと魔力を消費するらしいし。
のっそりと寝袋から出て、下着姿の自分に手を当てて力を込める。
軽く私の身体が光り、だらけきった下着姿がライトグレーのスリーピースのスーツと黒のドレスシャツにストライプのネクタイに変わった。
実に楽なものだ。
フラウ君やログ君達に使っていて分かったのだが、このチートで服を変えると、ついでに身体の汚れなども綺麗になっているらしい。
少々味気ない気もするが、非常に便利な力だ。
眠い目を擦りながらテントから這い出でると、屈強な黒スーツの集団が左右に直立不動で並んでいた。
え?え?だ、誰だ?君達?
「おはようございます!社長!」
張りのある元気な声を響かせ、赤髪の細マッチョが爽やかな笑顔で声を掛けてくる。
え?あ!ろ、ログ君……か?
昨日まではあんなにガリガリだったログ君が細いながらも、がっしりとした体格の美男子に生まれ変わっている……?身長も頭ひとつ分は伸びて180近くはあるように見える。
「おはようございます。社長。勝手ながら馬車にあった食料を使って朝食をご用意させて頂きました。」
花が咲く様な笑顔で、金髪の可愛らしいリクルートスーツ姿の女の子が声を掛けて来る。
あー、確かソフラ君だったか?
……え?ホントに?
薄汚れた鶏ガラの様だった彼女は、身長こそ大きく変わっていないが、小柄ながらも女性らしい丸みを帯びた愛らしい姿に変わっていた。
ち、ちょっ、どいうことなの!?
フラウ君!?説明して!?
フラウ君を探して顔を動かすと、少し離れたところで何人かで揉めている姿が目に入って来る。
「ふ、フラウさん!そんな事は俺達がやりますので!」
「何を言うの!?社長の椅子になるのは私の役目です!貴方達は机になれば良いでしょう?」
「い、いや、そうは言っても……」
「お黙りなさい!そんなご褒美、もとい!そんな大事な仕事を新人の貴方達に任せる訳には行きません!ここは最初期メンバーたる私が!」
ま、またかい?フラウ君。
そもそも最初期メンバーって言ってもたった半日の違いだろうに。
それに私は別にログくん達を雇った訳でもないんだし……。
とりあえず、皆が食事が出来るように机と椅子を出そうか……。
◆◆◆◆
「ほぉ?つまり、私が出した食事が原因なのか?」
そう言いながら、もしゃもしゃとソフラ君が用意してくれたパンを齧る。美味いなコレ……。
あの後、私と同じテーブルには恐れ多くてつけないと駄々をこねるフラウ君達をチートで出した椅子に座らせ、皆に朝食を出してからフラウ君の説明を聞いている。
皆が見ている前で1人で飯を食うのも気が引けるし、何より非効率的だ。
ちなみに今私が食べているのは、男爵が用意してくれた食料だ。固めに焼いたナッツやらレーズンが入ったお惣菜パンで、かなり美味い。
何だろう?地球のパンと比べて素材の味が濃いな。
小麦や練り込まれたナッツやレーズンの素材の味が合わさって非常に美味だ。
「社長の御加護、と言えるかと。社長がお出しになる食事は非常に
ほう!レベル!
まるでゲームの世界だな。
流石、剣と魔法の異世界ファンタジーだ。
しかし、
自分では食べる気がしないな。
神のチート能力の説明と合わせて考えるに、間違いなくチートで出した食材は私の魔力とやらで作られた物なのだろう。
自分で出したものを自分で食べる、と言うのは何だか気持ち悪い気がする。
まぁ食材も金もあるし、無理に食べる必要もあるまい。
「あ、あのぅ。ほ、本当にオレた、いや、僕達も食べて良いんですか?」
「駄目よ!ダレン!社長のお話に割って入っちゃ!す、すみません!!まだこの子は子どもで!」
私に声を掛けて来たダレンと呼ばれた10歳位の男の子を母親が嗜める。
明るい茶髪のやんちゃそうな男の子だ。
そんな事よりお母さん若過ぎない?
どう見ても20歳そこそこなんですけど?
まだ若いながらも母性を感じる豊満な身体をしており、黒スーツのせいもあって喪服姿の未亡人の様な妖艶な色気を感じる。
「あ、す、すみません。社長。で、でも僕達は奴隷なのに本当に良いのかなって……。」
謝罪しつつも確認をしてくるダレン君。
……この子はやんちゃそうな感じがするが、実は計算高いかもしれんな。
さっきから誰も食事に手を付けていないのを見て、子どもの自分なら多少失礼な言動を取っても許されると踏んで発言したように感じる。
恐らく母親から叱責されるのも計算の内だろう。
1度母親から窘められれば、もし私が気分を害してもそこまで怒られはしないと考えたのだろう。
こんな幼い内からそんな処世術を覚えなければならない今までの生活環境を不幸と思うか、その回転の良い頭を持った事を幸運と言うか悩む所だな。
「勿論だよ。ダレン君。それに君達はもう奴隷じゃあないんだ。これからは好きにすると良い。」
「はいっ!ありがとうございます!社長!
頂きます!」
満面の笑みで私がチートで出した食事に真っ先に手を付けるアラン君。
ちなみにチートで出したのは、マフィンで玉子とハムステーキを挟んだ朝マ○クもどきだ。
美味しそうに頬張りながら、チラッと他の皆に目配せするダレン君。
どうやら、食べて問題ないとアイコンタクトをしたのだろう。皆それに習って嬉しそうにハンバーガーもどきに手を出し始めた。
ふん。やっぱり出来る子じゃあないか。
◇◇◇◇
「さて。人心地付いたよう―――」
皆の食事が終わった時を見計らい、タチバナが声を掛けようとした瞬間、全員が一斉に立ち上がり、背筋を伸ばして身体ごとタチバナの方を向く。
ビジネスシーンで言う所の、傾聴の姿勢と呼ばれる、耳を傾け聴く事を表す体勢である。
彼等は元々奴隷であり、本来であればそんな知識はなかったし、今までそんな事をした事もなかった。
しかし、今はそれが当然だと感じる。
タチバナのチート能力を経由して生み出された魔力の塊を摂取した事で、タチバナの知識や経験の断片が彼等の中に根付いていた。
それは正に神からの加護と言えた。
「あー、うん。まぁこれから君達はどうするか?と言う話なのだがね。どうだろう?君達さえ良ければこのまま私達と一緒に―――」
「「「是非、お願い致します!」」」
食い気味に最敬礼、90度のお辞儀をする面々に若干引くタチバナ。
「え、ぜ、全員?そんなに雇えないし……」
「お金はいりません!」
先程の少年、ダレンがタチバナの前に出て地面に頭を擦りつけながら懇願する。
「歩くのさえ辛そうだったお母さんが社長の食事のお陰で治りました。このご恩を返させて下さい。どんな事でもします。泣き言も言いません。ご不要なら奴隷商に売って頂いても構いません!だから、だから、どうか!お役に立たせて下さい!!」
一瞬、心底困った顔をしてため息を付くタチバナ。
口ではブラック企業だ何だと言いながらも、彼も人の子だ。ここまで言われて拒否は出来なかった。
それにダレンの言葉に少し引っ掛かりを覚えた。
「……ダレン君。君は少し勘違いをしているな。」
そう言いながらダレンの前にしゃがみ込み、彼を立たせて目線を合わせる。
「我々商売人は契約を絶対視する。そしてどれだけ不当でも対価を取るし、与えねばならん。対価があるから責任が発生するんだ。
私はね。信じて頼む『信頼』という言葉は使わない。無償の仕事には責任が発生しないからだ。さっきの君の発言は、私に対して無責任な仕事をすると言っているに等しい。」
「そ、そんなつもりは―――!」
「ふふ。分かっているさ。だが、着いてくるならこれからは厳しく行くぞ?ダレン君。」
タチバナはそう言いながら銀貨を5枚、ダレンに握りこませる。
「月給銀貨5枚。3食と衣服、寝床は私が用意しよう。それで良いなら、全員着いてくるといい。」
「「「はい!」」」
タチバナ的には月給5万円で雇えたという計算だが、彼は自分の感覚でいうならば、月給200万円を払うと約束した事をまだ知らない。
「うむ。君達という社員が出来てようやく会社組織らしくなって来たな。」
「カイシャ……ですか?」
聞きなれない単語に、つい無作法に聞き返してしまうフラウ。
「あぁ。そうだな。タチバナ総合商社って所かな?私が社長、つまりトップで、その下に君たちと言う社員と言う従業員がいる団体さ。」
まだオフィスも何も無いし、どこにも申請も出していない非公式組織だがな、と笑いながら付け足すタチバナ。
「つまり、社長にお仕えする存在と言う訳ですか?騎士や従者の様に。」
この世界ではまだ会社組織は存在していない。
今ひとつ要領を得ないログが尋ねる。
「ふむ。そうだな……。
似てはいるが、少し違う。あくまでも会社とは営利団体だ。利益を求める集まりさ。そういう意味ではある意味、私達は対等さ。利益を求める仲間であり、君達は私の手足であり、時に私を導く事もある存在が社員だ。」
ニヤリと不敵にタチバナが笑う。
「タチバナと言う私の名前はね、花の名前なんだ。
そして、その花言葉は永遠と言う意味だ。
老若男女、身分も人種も関係なく、誰もが知っている大会社!永遠に途切れることなく語り継がれる伝説!そんな会社を創ろう!私と共に!!」
まぁそう言って希望を持たせて、薄給でこき使うのが楽しいのだがな……!ふはははははは!
やってる!この世界でも名だたるブラック企業を創り出してやる!!
……等とタチバナが悪どい事を考えているが、感極まっているフラウ達は気付かない。
「仲間……?俺達、奴隷を?仲間……!?」
「手足と!私達如きを?あぁ……!」
「導く?社長を―――!?」
「従業員……」
「伝説!社長と!俺達で!」
「永遠に続く伝説を!!」
「そうか。そうだったんだ……。」
「「「俺達は―――」」」
脱走奴隷達がざわめきだす。
同時に、彼等の中に蓄えられた膨大な魔力が指向性をもって渦巻く。
爆発的に渦巻く魔力が宿主に尋ねる。
〝汝はどうありたい?〟
「「「―――社員だ。」」」
カッ!!
爆発的なまでの光が辺りを覆い、光の柱となって天を衝く。
その身に蓄えられた莫大な魔力が、彼等の生物としての枠組みを作り替え、彼等の望む姿に進化する。
彼等は望んだ。
タチバナに仕えたい。
その手足として。
導く存在として。
共に歩む者として。
永遠に―――!!
その想いに応えるように、彼等の身体に五つの花弁を持つ橘の花の紋章が刻まれる。
光が収まった後に彼等は悠然と佇んでいた。
魔人や超越者と呼ばれる、人としての、
この世に顕現した37名の新たな超越者。
その身に永遠を意味する橘の花の紋章を刻み、1ヶ月500時間オーバーの残業にも耐え抜き、1年365日の労働をこなせる社員と言う名の純血種。
その名は、『タチバナ総合商社社員』―――!
ちなみに、社員達の最初の仕事は新生の余波で気絶したタチバナの介抱だった。
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