馬車の旅と再びの冒険者

さて。

物の本によれば、馬車の平均速度は時速10キロ前後らしい。道が整備された近代でも時速15キロ程度の速度しか出ないそうだ。


が―――。



「ふ、フラウ君?何だか早過ぎないかい?景色が、景色がめちゃくちゃ流れて行くんだけども!?」


「ふふ。それもこれも社長のお力かと。」


フラウ君は馬車の客室キャビンの対面に座り

優雅に微笑んでいる。


り、理由になっていない!


いや。私とて理由は分かっている。

それもこれも馬だ。馬が悪い。


客室キャビンの窓から前を見ると、大きな黒い八本足の馬が2頭、疾走しているのが見えた。


その体高は3mを超え、体重も数トンはあろう巨大馬だ。魔術だか魔法の力なのだろう、地面を蹴る度に紫電が走り、吐息には炎が散る。



「社長自ら御加護を与えただけはありますわ。御者がいなくても自分で目的地まで走れるのも凄いです!」


呑気にフラウ君がヨイショしてくる。


そうなのだ。

馬にも餌をやらないと何て思いついて、適当にチートで飼葉を出して与えたら突然光出して進化してしまったのだ。


聖獣スレイプニル。


その八本の剛脚は百人を牽引して、千里を駆け抜けると言われているらしい。



なんでも、この世界の生き物には位階というものが存在するらしい。


魔素なる不思議エネルギーを取り込み、レベルを上げ切ると次の生物としてのステージに進化する様だ。


それが魔物や魔獣、聖獣と言われる存在らしい。


完全にポ○モンである。


ちなみに、急激に魔素を取り込んだ結果、急性魔素中毒になって誰彼構わず襲う危険な生物を魔物と呼ぶのだそうだ。


アル中患者みたいなもんだな。


魔獣と聖獣の分類は結構いい加減で、人にとって有益な力ある生物を聖獣、有害な生物を魔獣とカテゴリーしているらしい。


そして、その進化は人でも起こるようだ。


人種の場合は、次のステージに進んだ者を超越者。

魔素中毒となったり、人に仇なす化け物となった者を魔人と呼んでいるのだそうだ。



「でも、やっぱりフラウさんって凄いんですね!この馬車だってフラウさんの魔術で浮かして、それを維持するなんて!今度、僕にも魔術を教えてください!」


ニカッと笑いながらダレン君がフラウ君をヨイショする。魔術の腕を褒められて嬉しいのか、フラウ君の長い耳がピコピコと動いている。


そうなのだ。

あまりに馬の速度が早過ぎるので、振動対策としてフラウ君が馬車を浮かせてくれているのだ。


魔術式リニアモーターカーだな。



「あ、良いな!」

「私も良いですか!?」

「僕も僕も!」

「ちょっと!フラウさんに迷惑よ!」


ダレン君に乗っかる子ども達。


そう広い馬車ではないが、子どもを何キロも歩かせる訳にもいかないので、5名の子どもと秘書的なポジションのフラウ君だけは馬車に詰め込んだのだ。



「ま、まぁ?私は単なる森人族エルフではなく、始祖たる超越者、森神様の先祖返りたるハイエルフですし?そうね。アラン達にも今度手解きをしてあげるわ。」


「はい!ありがとうございます!」


どうやらウチの子ども達は良い性格しているようだ……。



しかし、中世の旅だと野盗やら山賊やらが出てくる治安の悪いイメージがあったが、そんなことも無いらしい。


特に危険な魔物や山賊、野盗の類は出て来ない。

まぁまだこの世界に来て2日目だし、これから見ることもあるのかもしれないが……。


うーむ。そうと知っていれば、わざわざ冒険者を雇う必要もなかったかなぁ。



◇◇◇◇



「―――これ、私達いるのかい?」



白雷の牙ブリッツ・ファング』の女戦士、カテリナは呆れた顔で、何度目かのため息をつく。


「俺も同意見だ。カテリナ。」

「私も。」

「明らかに私達より強い。」



雇い主たるタチバナの乗った馬車から先行して進むこと100キロ地点。


地元住民からは魔の森と呼ばれる黒々とした森の中程に大量の魔物や魔人の死骸が積まれている。


全てタチバナの部下、社員達が倒した獲物だ。

はっきり言って自分達にすらこんな事は出来ない。


何故自分達はこんな所にいるのだろう?


白雷の牙ブリッツ・ファングの面々は遠い目をしながら今朝の出来事を思い出す。



昨日ひょんな事から全員のレベルが上がった為、慣らしの意味も込めて、何か手頃な仕事がないかと朝から冒険者ギルドを訪れた。


そうしてタチバナ達とばったりギルドの軒先で再会した事が切っ掛けだ。


何でも、彼等は宿場町から馬車で6日程の位置にある、バーバレスト侯爵領に向かうらしい。


途中、野盗や魔物等の危険があると聞き、護衛を探していたと言う。


彼等としては、タチバナが人以外の何かだとしても、並々ならぬ恩があるのは間違いない。


アルトス達は護衛を二つ返事で了承したのだが……。



「かんっぜんに私達っていらない子よね。まさか全員が超越者だなんて……。王都の騎士団でも有り得ないわ。」

「王都守護騎士団の団長とか何人かが超越者だったはずだ。それにS級冒険者は大体超越者だ。」

「そう考えると結構いる。まぁこの人数はおかしいけど。」



姦しく愚痴るパーティーメンバーを後目に、1人ため息をつくアルトス。



「世界は広いなぁ……。」


彼とて人並み以上の修羅場を潜り抜けてきた猛者と言う自覚と自信があった。


しかし、それは早々に砕かれてしまった。



これらの任務はタチバナが乗る馬車を護衛する為、先行部隊に混じり、事前に危険がないか偵察し、場合によってはそれを早急に排除する。


それは良い。ごく普通の護衛計画だと思う。

問題は、護衛対象がとてつもない速度で街道を爆走する化け物と言う事だ。


それに先行するため、彼等はそれ以上の速度を持って街道を走り抜けた。


アルトスとて雷の2つ名を持つ英雄だ。

魔術を使った高速移動は得意とする所、なのだが。


そんな彼をして、社員と名乗る超越者達の速度について行くのが精一杯だった。


レティやマリーナ等は早々について行くのを諦め、彼等におぶられながら魔術や技術で索敵していた。


途中、襲って来た魔物や魔人は、全て彼等、社員を名乗る超越者達が素手で仕留めたのだ。



「まさか!俺達なんてまたまだです!

俺達は社長に力こそ与えて頂きましたが、それの活かし方も技術も何もかもが足りていません。こんな事では社長をお守りする事は出来ません。」


どこまでも真摯な態度でログが我が身の不足を嘆く。



「あー。まぁ、それはある意味、同意せざるを得ない……かな?下手したら護衛対処ごと吹き飛ばしてしまう……。」


森を見渡しながら、困った顔でアルトスがログに同意をする。



その視線の先には、森の木々がなぎ倒され、巨大なクレーターがいくつも出来ていた。



「魔力を込めただけのパンチが、私の大魔術以上の破壊力とかホント理不尽よね……。流石、超越者。凄すぎて嫉妬も起きやしないわ。」



この魔の森には様々な魔人や魔物が生息している。


例えば、最下級の魔人、ゴブリン。

犬の顔をもつ下級魔人、コボルト。

巨大な牙を持った猪、グレートファングボア。

音なき漆黒の群狼、アサシンウルフ。

襲い来る植物、トレント。


この森の魔物は、一体辺りの力はそこまで強くはないが、群れを為して襲ってくる。


また、森に溶け込む術にも長けており、力自慢の新人冒険者が何も出来ずに一方的に狩られる等も多発している危険な場所だ。


「生物としての格が違う。ゴブリンやコボルトの武器も、グレートファングボアやアサシンウルフの牙も爪も一切効かず、隠れ潜むトレントごと森を吹き飛ばしてしまった。これでは〝洗礼〟にならない……。」


残念そうな顔をしてレティがため息を着く。


「洗礼、ですか?」


耳慣れない単語にログがオウム返しで尋ねる。


「あぁ。力自慢の新人冒険者が勘違いしない様に、先輩が付き添って現実を教えてやるって言う冒険者の通過儀礼みたいなもんさ。」


笑いながらカテリナが説明をする。


「例えば、魔人種とは言えゴブリンは弱い。レベルにすれば20くらい。1体1なら駆け出し未満の戦士でも戦えるだろう。だが、新人は絶対ゴブリンに実戦で勝てない。ゴブリンは天然の猟兵イエーガーだ。

完全に森に溶け込み、粗悪ながらも様々な罠を使い、綿密な連携の元、集団で確実に敵を狩り殺す。剣術やら魔術やらしか学んだ事のない自称達人じゃあ絶対勝てない……はずだったんだがねぇ。」


「森とゴブリンに習え、でしたっけ?」


「あら?貴方エルフの文化に詳しいのね。そうよ。エルフの戦士達の格言ね。」


意外そうな顔をしてマリーナがログに応える。



「ええ、俺達に戦いの基本ベースはエルフの戦い方なんで―――。」


そう言いながら、ログは右手の甲に刻まれた橘の花の紋章を撫でた。


「それが超越者に与えられる聖痕よね?

確か、位階を超越した際に神から複数与えられる特級のスキルを表している紋章なんでしょう!?」


マリーナが物珍しそうにログの右手に刻まれた紋章を見つめる。


「ふーん。メインのシンボルは五つの花弁を持つ花。つまり、属性は植物ね。橘の花の図案かな?植物属性の聖痕は回復や成長を表していると言われてるし、花の意味は、確か永遠……。つまり、常時回復や成長促進スキル辺りかしら……?でも、全員が全員同じ紋章なのよね?と言う事はそれを使った何かしらのスキルが合っても良いはず……。」


「あー、ええ。まぁ。その、スキルの詳細までは社外秘で……。」


少し困った顔で応えるログ。


「社外……?まぁ意味は分からんが、要はその辺は伏せているってことか?いや、そうだな。私等だって奥の手の1つや2つは持っている。

と言う事だ、マリーナ。その辺にしとけ。」


「え、ええ……。超越者に関わる機会なんてないのに……。」


「バカ!殺されても文句は言えんぞ?」


魔術畑のマリーナの首根っこを捕まえて諌めるカテリナ。


「確かに今のはマリーナが悪いだろ。能力の過度の詮索はマナー違反だ。特にスキルに関する事はかなりデリケートだ。スキルを持っている事を隠している奴も多い。」


ジト目でアルトスがマリーナを注意する。


冒険者にとって自身の技やスキルはアピールポイントであると同時に、弱点にもなりうる特秘事項だ。


何をどこまで公開するかは、各個人の裁量に任されている。


スキルとは神から与えられた才能だ。


超越者でなくても1つ2つはスキルを持つ者も多い。

しかし、それ故に疎まれたり犯罪に巻き込まれたりする理由にもなるので、大抵の場合は伏せられているし、詮索をするのは褒められた事ではない。



白雷の牙ブリッツ・ファングの皆さん!

別働隊が9時方向5キロ先に野盗グループを発見。数はおおよそ20!社長の馬車がこの森付近通過するまで残り50キロ、30分もあれば着くはずです。今の内に仕留めておきましょう。」



少し離れた所からソフラがアルトス達に向かって声を張る。


「なに!?」

「え?」

「―――!」


さっきまで黙々と魔物の死骸を解体していた者達も、一緒に話していたログも、ソフラの声を聞くよりも早く弾かれたように走り出す。


「……5キロ先は兎も角、50キロ先とどうやって連絡を取り合ったんだ?そんな魔術、存在するのか?」

「50キロを30分で踏破するあの化け物馬も大概おかしいけどね。」


呆れた顔でカテリナとレティが呟く。


「……今の彼等の動き、まるで獲物を見つけた時のレティの様だったな。」


ポツリとアルトスが、飛ぶ様に走り去ったログの後ろ姿を思い出しながら漏らす。


「全員が同じ紋章で植物属性……。そ、そっか!

あの人達は群体なのよ!遠く離れていても同じ紋章同士で情報を共有するスキル!ううん!もしかしたら―――あ痛っ!?」


ゴンっとカテリナがマリーナの頭を無言で殴った。


「マリーナ、本当に殺されるよ?いや、パーティーメンバーの為なら土下座くらいいくらでもするけどさ。戦場じゃあ都合の悪い味方を流れ弾を装って始末するなんて事、珍しくないんだからね?」



マリーナは殴られた頭を涙目で押さえていると、こちらをジッと見ているソフラと目が合ってしまう。



ぞくり。



マリーナの予想が正しければこれは非常に不味い。

今の自分の迂闊な発言は恐らく、タチバナ総合商社社員全員の耳に入ってしまった。


全員が同じ紋章を持つ。

つまり、1つの紋章を全員が共有しているのだ。


彼等のスキルは3つ。


植物属性による回復と成長促進。

これらのスキルにより、彼等は永遠に働き続ける無限の体力と精神力を手に入れ、あらゆる仕事をこなす為の土台を手に入れた。


そして同じ紋章を持つ者同士の距離と時間を無視した圧倒的情報共有能力。


奴隷達の中で唯一戦闘力があったフラウの知識と経験を全員が共有している。


そしてそれをベースに白雷の牙ブリッツ・ファングの一挙手一投足を、文字通りあらゆる角度から社員全員が観察し、その動きや技術を身につけていった。



「ふふ。ご安心下さい。確かに、あまり広めて欲しくはありませんが、そこまで秘密にしたいと言う訳でもありません。私達は戦士や兵士ではなく、単なる商売人ですから。」



お前達の様な商売人がいるか!


と内心、全力で叫びながら乾いた笑いを零す白雷の牙ブリッツ・ファングの面々だった。




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