集団自決と貴人

「ほーう?つまり、その紋章とやらはスマホ代わりという訳だ。」


「スマホ……ですか?何かの魔道具でしょうか?」


フラウ君の発言を似たような物だと笑って流す。


社員全員での双方向遠距離通信、つまりLI〇E何かの通信アプリのグループ通話だし、社員の知識や経験と言ったデータベースにアクセス出来ると言うのも要はネットでwikiを見るみたいなもんだろう。


「成長促進?はよく分からんが、疲れ難くなるっていうのも良いな。エナドリ完備みたいなもんじゃないか。うん。会社員っぽくて良いな!」


ブラック企業の、だがなぁ!

ふはははははははははは!



「光栄ですわ。社長。―――!ええ、ええ。分かりました。社長の判断を仰ぎますので、その場で待機を。了解。」


いきなりフラウ君の表情が変わり、片手を耳に当てて何やらブツブツと話をしている。


「失礼しました。辺りに展開していた社員達より連絡です。社長がお声を掛けられた冒険者達とともに周囲の清掃作業をしていた際、野盗に襲われている馬車を発見した様で……。」


「おいおい。物騒だな?」


「はい。それがどうも貴人の様でして……。」


貴人?つまり、貴族ないしそれに類する様な上流階級の人間という訳か……。


ま、だからと言って助けようとは思わんな。

無視するか、せいぜい通報するかの2択だ。武装した集団に立ち向かうなんて論外だろ。


万一、社員達に怪我でもされたら労災が―――。



「ログ達が助けた所、目的地であるバーバレスト侯爵領の領主、バーバレスト侯爵の娘だった様です。」



は?何してんの?

え?ホントに何してんの!?


「ログ君達に怪我は!?皆無事なんだろうな!」


くそ!労災規定はどうしたらいい!?

流石に職務中の怪我は会社で補填しなければならん!後遺症が残ったり万が一誰か死亡していたら……?見舞金は幾らくらいが相場だ?


確かに私はブラック企業経営者で彼等は従業員。

彼等は薄給でこき使われる駒だ。


だが、最低限の保障はしないと人はついてこない。

今は私の事を盲目的に信頼しているようだが、それにかまけて何もせずに放置すると、信頼は一気に裏返る。恋愛と一緒だ。


やはり信頼なんてクソだな!



「は、はい。我が方に損害なしと報告がございます。」


「そ、そうか……!良かった……。」


はぁ、と深いため息をつく。


しくじったな……。

この世界はやはり暴力や死が身近にあり過ぎる。

まさかウチの社員がこうも簡単に荒事に巻き込まれるとは……。


「社長……。」


心配した様子でフラウ君が声をかけて来る。


「若さゆえの無鉄砲さと言うのか、全くログ君達には困ったものだ……。私としては彼等が傷付くくらいなら、領主の娘だろうが何だろうが見捨てて欲しいんだがね。」



何せ我社には現金がない!

男爵から貰った路銀はまだあるが、想定外に社員を増やし過ぎてしまった。


このまま行くと一気に赤字で給料未払い労基案件待ったなしである!

いや、この世界に労基はないだろうけども。


彼等の労災や見舞金を払う余裕なんぞ我社にはないのだ!



「社長……!」

「お、俺達の為に……!」

「やっぱ社長はすげぇや……」



何やら潤んだ瞳でこちらを見てくるフラウ君とダレン君を初めとするお子様社員達。


何を勘違いしているのかは分からんが、私達は単なる商売人。一般人なんだぞ?


君子危うきに近寄らず、だ。


「彼等も良かれと思ってやった事なのは分かるが、多少釘をさしておく必要はあるな。

……まぁそれよりも、今はその助けた貴人か。

押し売りとは言え、我社の社員を働かせたんだ。

それなりの謝礼を要求せねばならん。」



◆◆◆◆



「うわぁ……。」



たどり着いたそこは戦場だった。


元々は景色の良い原っぱだったのだろう。

街道から少し離れた小高い丘に牧歌的な草原が広がっている。


しかし、無惨にもその一角は、ひしゃげて内容物を撒き散らした死体や身体の切れ端が地面に大量に転がり、地面はめくれ上がり、まるで地獄の様な有様になっていた。


おそらくこれは、アルトス君達がやったんだろう。


何せ彼等は有名な冒険者のパーティーらしい。

ログ君達ウチの社員も強いらしいのだが、流石にこんな事は出来ないだろう。


元々は単なる奴隷だしな。



「申し訳ございません!社長!自分の勝手な判断で動いてしまいました!」



現地に着くなり、滂沱の涙を流しながら開幕土下座をぶっぱなして来るログ君とソフラ君達。


うん。別にそこまで怒ってないからね?

あー、でも今後の事を考えると、多少理不尽でも怒っておいた方が良いかもしれんな。


そうだな。ブラック企業らしくここはガツンと言ってやろう。


「本当だよ。まさかこんな―――」


「この失態は生命を持って償います。」


言うが早いか、ログ君とソフラ君を含めた先行部隊の6人が、お互いに向かい合って手刀を繰り出す。


「まてまてまてまて!!!ストップ!ストップ!!」



ゴウッ!!!


手刀を繰り出した勢いで爆風が巻き起こり、土煙が辺りを包む。

はぁ!?なにそれ!?


土煙が晴れた後には、お互い首を突き刺し合った6人の社員が立っていた。


こ、こいつら一切の躊躇なく死のうとしやがった!



「な、なぜ止められるのです。社長のお気持ちを汲めぬ無能な社員など生きている価値など――!」


「あるあるある!あるから!何なら私的にも問題ないから!ただね、今後はやる前に一言言って欲しいなってだけだから!ね!社長のお願い!」


私の止める声が聞こえたからだろう、首ではなく右耳が吹っ飛んで血を流すログ君に必死に告げる。



「な、なんとお優しい……」

「おぉ、神よ……」


いや、意味が分からん!

私はブラック企業経営者であって、悪の秘密結社の首領じゃあないからな!


あぁもう!よく見ると何人かは首の3分の1くらい抉れて、ドバドバと血を流しているじゃないか!


すぐ治してやるからそこに並べ!


「ご安心下さい。この程度のかすり傷、もう治りましたので。」


そう言ってソフラ君が良い笑顔で首の傷を見せてくる。


……傷の跡もないじゃないか!?


どうなっているんだ……。

こ、これが異世界では普通なのか……?


「そ、そうか……。流石だな。と、取り敢えず、その血だらけの服だけ何とかしようか……。」


彼等の服を直してやると、ドン引きしながら眺めていたアルトス君達と目が合う。


そうだよな!

コイツら何か変だよな!?


「あー、なんと言うか、すまないな。お見苦しい所をお見せしたね。」


「え、あ、い、いえ。そんな。大丈夫で、す?」


「今回のことは済まなかったね。ウチの社員が契約以上の事を君達に要求してしまった様だ。」


「い、いえ!じ、自分達は何もしておりませんでしたので!お、お気になさらないで下さい!」



アルトス君は勇者然とした溌剌な若者だ。

恐らく普段の彼ならこんな動揺したりはしないのだろうが、それだけ今起きた事にドン引きしているのだろう。


そうだよな……。

さっきまで一緒に働いていた奴が目の前で死のうとしたんだ。まだ若い彼が動揺しても仕方がない。


しかし、きっと彼は凄いんだろうな。

単なる元奴隷のウチの社員達でもあんな動きが出来るんだ、冒険者ギルドでは英雄クラスなんて言われる存在なんだし……。


やはりこの世界は危険だ。

私はあまり表に出ない方が良いな。



取り敢えず、アルトス君には野盗討伐の追加報酬を約束した。


彼等との契約はあくまで護衛とウチの社員達のお守りだ。契約以上の事をしたのなら追加の報酬を払うべきである。


勿論、払いたくはないが。

本当に払いたくはないが!くそっ!



「で?あれが件の貴人かね?」


視線の先には、瀕死の重傷を負った騎士とその傍らに倒れ伏す若いドレスの女性がいた。



―――って倒れてるじゃん!?

え?どういう事!?


◇◇◇◇



「……今の見た?」


「殆ど見えなかった……。」


マリーナとレティが少し離れた所で怯えながら事態を見ていた。


「あの社員とか名乗っている戦士達は実力以上に、旦那への忠誠心が異常だ。昔戦場で戦った狂信者が可愛く見えるぜ。」


カテリナが昔を思い出して苦い顔で呟く。


「死兵ってやつ?」


マリーナの言葉に、頭を振るカテリナ。


「アイツらの異常さはそれ以上だよ。死兵は首を切れば止まるが、アイツらは首を切ってもそのまま首だけで噛み殺されそうだ……。」



タチバナ総合商社 社長の噂③

社員全員、社長に異常な忠誠を誓っている。

その上、不死身。

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