食事と冒険者

さて。食事である。


脱走奴隷達が用意したネズミやら木の根やらよく分からない萎びた葉っぱを食べる気はしないので、必然的に私が用意する羽目になる。


確かコイツらの様な飢餓状態の人間に、あまり大量に飯を食わせるのは良くなかったはずだ。


確かリフィーディング症候群とか言ったか?

栄養の足りない時にドカ食いすると、体内の栄養やらエネルギー何かのバランスが著しく狂って最悪死に至るらしい。


2~300キロカロリーくらいを1日くらい掛けてゆっくり摂取するのが良いらしい。


昔、働かせ過ぎて倒れた部下がそう医者に言われたと言っていた。


となると、お粥辺りか?


そう思いながら手をかざすと、カッと私の手が光り、大きな寸胴鍋に入った大量のお粥が現れた。


一緒に出てきたお玉で中身を掬う。


ふむ。匂いは悪くないな。

お粥と言うよりリゾット風の何かだな。


香りからすると舞茸何かのキノコ類とベーコンのチーズリゾットっぽい。


まぁ多少カロリーは高めだが、汁の量を増やしてゆっくりよく噛んで食わせれば良いだろう。多分。



「だ、旦那。これは……?」


「飯だよ。しっかりと噛んで食えよ。いきなり腹に入れると胃がびっくりするからな。食器はあるのか?」


「あ、あの、こ、ここに……」


おずおずとソフラ君が欠けの多い皿を何枚か見せてくる。洗ってはいるのだろうか?所々汚れがへばりついて黒くなってる。


うん。それは皿ではなくてゴミだ。

絶対その辺のゴミ箱から拾ってきただろ。


しかし、改めてソフラ君を見ると……うん。


小汚い。


ログ君達、男連中もそうだが、脱走したまま着の身着のままこの町に住み着いたのだろう。口に出すことはしないが、全体的に薄汚れている。


はぁ……。仕方ない。



パチンと指を鳴らす。


何回か使ってるうちに慣れてきたのか、チートはスムーズに発動した。


光がログ君達36名を包み込む。


「こ、これは―――」


「ふ、服が……」


「な、なんで……」



ふはははははははっ!


どうもこのチートは物質を生み出す他にも物質を変化させる力がある!

それを利用して汚れを分解し、奴らの着ていたボロ布を普通の服に変化させてやった!


ちなみにデザインは考えるのが面倒なのでスーツ姿にしてやった!所謂、リクルートスーツだ!


手抜きも良い所だが、所詮こんな奴らに贅沢な服など必要は―――。



「―――あ、あ、あぁあああああぁあああっ!!!」


「うわぁあああああああああっ!!!」


「ふ、服が……ふ、服を、こ、こんな―――」



いきなり皆泣き出した。


え?え?どういう事!?

そんなに嫌だったとか……え?そうじゃない?

こんな服を着たことがない?


いや、お前達からすれば確かに異世界の服だろうがこの世界ではスーツっぽい格好もあるだろう?


この前商談した男爵もスラックスに開襟ワイシャツだったし。


え?産まれてからずっと奴隷だから、まともな服を着たことがない?


あー、うん。


……ほら、飯でも食えよ。

人数分の皿とスプーンは出してやるから。




「う、ああっ……!ヒック!グスっ!」


「おいしい……。グスっ。おいしよぅ……。」


「う、うぅ。おかあさん。これ、これ……」


「うん。うん。おいしいねぇ……。」



ゲル風のテントの前。

大きな焚き火の前で車座に座った黒いスーツ姿の集団が泣きながら飯を食っている。


あー、分かった。この光景見た事あるわ。

完全にお通夜だ。これ。



駄目だ。辛気臭くて堪らん!

フラウ君と少し離れた所で―――。


「く、苦節15年……。こんなにおいしい物があったなんて……!うっううっ。」


君もか。フラウ君……。

って言うか15年も奴隷をしていたのか!?

君は一体幾つなんだ!?


はぁっ。ちょっと離れるか……。



自分の分のリゾットをよそった木皿とスプーンを手に、要らないと言ったのに押し付けられたネズミの丸焼きはその場に置いてフラフラと1人、川沿いの土手を登って行く。


まったく……。

食欲が引っ込んでしまったじゃないか。



「あ、あの。すみません。の、覗くつもりはなかったんです……。」


「あん?」


武装した4人組の集団に声を掛けられた。


―――え?なに!?警察??

やっぱり川辺でキャンプしたからか!?



◇◇◇◇


アルトス・ラインバックは冒険者だ。


15歳になるとすぐに冒険者ギルドに加入し、たった2年でA級ライセンスを手にした若き天才。


3人の仲間にも恵まれ、この国では『雷の勇者』、『迅雷業火』等と呼ばれ貴族達にすら1目を置かれていた。


何度かの戦場働きとダンジョン制覇の功績を持って、平民ながらラインバックと言う家名を与えられている。


前線ライン控える者バックと言う、有事の際の鉄砲玉の様な家名だが、身分制の厳格なこの国では非常に名誉な事だった。




切っ掛けは本当に些細な事だった。


冒険の帰り、斥候スカウトのレティが良い匂いがするとフラフラ歩き出したのだ。


レティの鼻は頼りになる。

戦場やダンジョンではトラップを、見知らぬ街では美味しい店をいつもあの調子で探し当てるのだ。


ふんふんと鼻を鳴らしながら歩くレティの小さな背中を追いかけると、大きな橋のたもとに辿り着いた。


橋から川沿いを見下ろすと大きな頑丈そうなテントの前に黒づくめの集団が泣きながら食事をしていたるのが見える。


不味いな。と呟きながら、アルトスは少し長めの金髪をかきあげる。


レティの言う美味しそうな匂いとは、彼らの食べている食事だろう。

恐らく彼等は―――。



「な、何あれ?何かの儀式……?」


魔術師のマリーナが呟く。

彼女は貴族の出なので市井の慣習には明るくない。


彼女は遠い祖先にエルフの血が入っている子爵家の三女で、その類まれな魔術の才能から家を飛び出して冒険者をやっている変わり種だ。



「多分、誰かを弔っているんだろう。しかし、凄いな。あの人達全員、高レベルの猛者だ。傭兵団か何かかな?」


アルトスは冒険者として戦場や貴族の護衛任務に着く事も多々あり、戦場の習わしにも詳しかった。



「あぁ。そうかもしれんな。ホラ。誰も座っていない上座に肉料理を置いてるだろ?戦場ではああやって亡くなった奴等を弔うんだ。―――確かに、私でも分かるほど濃い魔力が渦巻いているな……。揃いの黒いスーツにこの魔力。名のある貴族や大商人の護衛団って所か?」


鍛え抜かれた腕を組み、戦士のカテリナがアルトスに同意する。


カテリナもまた戦場で名を馳せた歴戦の戦士だ。

そんな彼女をして、あの黒づくめの集団の力は強大に感じていた。


この世界において強さを測る最も大きな要素は魔力の多寡である。


あらゆる生物は魔素エーテルと呼ばれるこの世界を構成する因子を取り込み、魔力として運用し、身体能力の強化やあらゆる魔術、魔法の源として使用する。


どれだけ筋肉を鍛えても魔力が少なければ強くはなれないし、どんなに幼い少女でも魔力が多ければ、それだけで戦力としてみなされる。


そして、あの集団は全員が全員、異様なほど高い魔力を放っていた。


ちなみに、アルトスや彼女の感覚でもネズミの丸焼きは豪華な肉料理だ。




「待って!誰か来る―――」


鋭くレティが告げる。


全員が足音のする方に目を向ける。



「う、嘘……。こ、こんな事って有り得るの……?」


魔法使いのマリーナが何故か狼狽えだす。



黒い癖のある短い髪。

大きなギョロ目。

仕立ての良い三つ揃いのスーツと革靴には傷や汚れひとつない。


身体つきから戦う人ではないのは分かる。

しかし、日常的に人を使い、人の上に立つ者特有の凄みを感じる。


アルトスの経験上、間違いなく上流階級に位置する人間だ。



「あ、あの。すみません。の、覗くつもりはなかったんです……。」


代表してアルトスがおっかなびっくり謝罪する。


「ん?あぁ。別に良いさ。ただ、あまり見ていても楽しいものでもないだろう。」


「そ、そうですね!す、すぐにお暇を―――」


「でも、美味しそうな匂いはしている。チーズと複数の野菜が絡み合った複雑な香り。」


「ちょっ!レティ!なんて事を―――!」



レティの何気ない一言に顔が真っ青になるアルトス。


仲間を弔っている真っ最中に、美味しそうな匂いがすると馬鹿面下げた冒険者がノコノコやって来たら少なくとも良い気分はしないだろう。



「くはははっ!良い鼻だな!

言ってしまえば、単なる賄い飯なのだがね。

そうだな。折角お越しいただいたんだ。

私の分で良ければ進呈しようじゃないか。」



どうやら目の前の人物は大物らしい。

レティの失礼な態度も受け入れてくれた。


彼女は元々山岳地帯に住まう少数部族の出だ。

狩りを生業とし、魔獣の討伐で生計を立てていた一族の1人である。


腕は確かなのだが、残念ながら礼儀は今ひとつである。



「ありがとう。オジサン。

アルトス・ラインバック率いる『白雷の牙ブリッツ・ファング』と言えば冒険者界隈では有名。何かあれば指名依頼をして欲しい。格安で受ける。」


「くっくっくっ。そいつは光栄だ。私はタチバナ。

ゴウシ・タチバナだ。覚えておくよ。」


「うん!」



どうやら単なる大物ではなく、かなりの大物らしい。


普通、単なる冒険者無勢にこんな口をきかれたら、貴族なら手打ちにするだろう。


「さ、さぁ、アルトス!レティ!あまり引き止めてもタチバナ様に悪いわ!もう行きましょう!カテリナも早く!」


「ちょっマリーナ!?す、すみません。タチバナ様。また機会があれば!」


「あ、あぁ。また機会があれば。」



勢いに呑まれて少し惚けた顔をしたタチバナを残し、青い顔をして急かすマリーナに言われるがまま、4人は立ち去り、そのまま立ち止まる事なく宿屋まで逃げるように帰った。




「はぁっはぁっはぁっ。ま、マリーナ。な、何だって言うんだ!?」


「はぁっはぁっはぁ。あ、危うく貰ったリゾットをこぼす所だった……。」


「はぁはぁ。全くだ。本当にどうしたんだ?」



「あ、あんた達にはアイツが真っ当な人間に見えるの……?」



マリーナはベットの脇に肩を抱く様に震えていた。




―――確かに、見た目こそは人に見えた。

しかし、アレからは何も魔力を感じない。


この世界のどんな物質にも魔素が宿っている。

生き物であれば、魔素を取り込み、大なり小なり魔力として運用している。


鉱物ですら目を凝らすと薄らと魔素の流れが感じられる。


しかし。アレからはそれを全く感じない。

完全なる虚無だ。


数いる魔術師でも稀有なユニークスキル。

魔力を目で捉える魔眼を持つマリーナには、タチバナが人型の闇の塊に見えた。



「少なくとも、アイツは人間じゃない。」



「う、嘘だろ?」

「本当か……?」


アルトスとカテリナが顔を見合わす。

2人とも魔力は使えるが基本的には戦士職だ。

マリーナ程魔力感知能力はないので今ひとつ要領を得ない。



「―――案外、神や悪魔なのかも……。」


モグモグとタチバナから貰ったリゾットを食べながらレティが呟く。



「お、おいおい!何食べてるんだ!?レティ!」


「アルトス。皆も食べてみて。」


有無を言わさず、レティは仲間の口にリゾットを突っ込んでいく。



「う、美味い……!」


「おいしい、けど何だこれ?力が湧き上がるような……」


「う、ウソ……。レベルが上がった?これの材料って……!」


「流石、マリーナ。このリゾットに使われている材料は全て魔草や聖草の類い。パッと見は分からないけど、内包されている魔素量が異常。」


「ひ、1口食べたらレベルが上がるってどんな魔素の量よ!?」



この世界では一般的な解釈で言うならば、魔力が高い者が強い。そしてその魔力はどれだけ魔素を取り込んだかで変わる。


その取り込んだ段階をレベルと表現している。


レベル1~10が一般人。

レベル~20が最低限、戦士として使えるレベル。

レベル~30がベテランの戦士。

レベル~50が英雄。


レベル50を超えると人の領域を超え、別の位階の存在として転生する。



例えば、剣聖、槍聖、拳聖、斧聖、等に代表される各分野の能力に特化した存在である『聖人』。


森人族エルフ獣人族ビースト土人族ドワーフ小人族ホビット等の亜人族の始祖となった『神人』等など。



ちなみに、最高峰の冒険者とされるアルトス率いる『白雷の獣』の平均レベルは38である。



「魔草オニオーン、聖茸シーメイジ、このチーズは聖獣ホル・スタインの乳から出来ている。恐らくベーコンは魔獣牛オージイの肉。米は確か聖米サーニシキ。他にも私が知らないだけで色々入っている。」


「し、城が建つわよ!?どんな王様でも食べられないわよ!」


「それにここまでの魔素量。下手したら急性魔素中毒で人ではなくなる。」


「魔人になるって事か……。」



「ゴウシ・タチバナ……。一体、何者なんだ……。」



タチバナ総合商社 社長の噂②

社長は人ではない。

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