入領審査

バーバレスト侯爵領は、私の目から見てもかなり大きな都市だった。


高さ数十メートルはある頑丈な石の壁で周囲をぐるりと囲み、その周りには天然の大河を利用した堀が造られている。


ヨーロッパや古代中国辺りで見かける都市づくりだな。規模はここまで大きくないが……。


モリー君によるとこの壁の中には、複数の巨大な農場や鉱山もあるらしい。

外周をぐるりと回るだけで数日掛かるというから、かなりの長さだろう。


世界有数の城郭都市であるパリでも壁の長さは30キロレベルらしいからな。


魔術やら魔法があるせいか、地球と発展の規模が違う様に見える。



城郭都市バーバレスト。


その長大な城郭に複数ある大きな城門には、ドライセル男爵領とは比べ物にならない程、堅牢で大きな詰所が併設され、入領審査が行われている。


審査自体は割と簡単である。


城門横に設置された小屋の中で、簡単な手荷物検査の後に神官の持つタブレットくらいの大きさの金属板に手をかざすだけだ。


それこそが、開名の義。


一言で言うならステータス確認だな。



この世界で名前は、地球よりも遥かに重要な物らしい。魔法的に重要な要素なのだそうだ。


産まれて直ぐに命名の義とか言う魔法の儀式で名前を魂に刻まれ、その人の人生の歩みが全て名前に紐付けされるらしい。


それを利用して犯罪者の確認や身分の確認、レベルや位階の確認をするのが開名の義、と言う訳だ。


静脈認証や指紋認証と身分証の合わせ技だな。


これがあれば背乗り何かの身分詐称は簡単に防げるであろう便利技術だ。



そして、その名前に関する儀式一切を取り仕切っているのが、教会。


正式名称、聖刻印スティグマ教と言う訳だ。



治安管理の一端に宗教を混ぜるとは、地球なら噴飯ものの原始的な政治体制と言える。


まぁこの世界は神も魔法もあるのだから、ある意味仕方がないのかもしれないがな……。



◇◇◇◇



「な、何だあの化物馬車は……?」


「あ、あれ聖獣スレイプニルだ……。王都で昔見た事がある……。」


「それを2頭!?有り得ねぇ……。」


遠目からでも分かる程、巨大な2頭の馬が地を掛けてくる。2頭が引く馬車もその巨体に合わせた立派な車体だ。


陽の光を吸い込むような黒檀の車体に、精緻な金細工の装飾が施されている。


馬が大きくなってバランスが悪くなったので、客室部分をタチバナがチートで大きくしたのだ。


「ち、ちょっと待て……。何だこの魔力……?

10、20、30……、ま、まだ増える!?」


「そ、総員!厳戒態勢!!数はおよそ40人!全員超越者クラス!来るぞ!!」


魔力感知能力に長けた見張り達が声を上げる。

この領地を更地にして、なお余る大戦力である。



その時、黒い一陣の風が吹いた。


バーバレスト侯爵領の城門を先頭に、広い街道の左右に黒衣の集団が整列する。


全員が揃いのスーツを着ており、その身体からは異様な魔力を放っていた。


スレイプニルが引く馬車が止まり、そこから悠然と男が降りてくる。


少し癖のある黒髪。

大きな黒い眼。


シワひとつないスーツを着こなし、万象全ては自分の支配下と言わんばかりの余裕を見せつける。



―――魔王だ。



誰かがポツリと呟いた。

それを否定できる人間は、この場には誰1人いなかった……。



◇◇◇◇



「も、もう一度お聞きする。我が領地へのご来訪目的を述べて頂きたい。」


騎士は我が耳を疑い、再度来訪目的を尋ねた。



城門の横に備え付けられた審査用の部屋では、3人の騎士が尋問にあたっていた。


大きな机の向かいには膝を組んでゆったりと寛ぐ魔王がいる。

そして、彼の後ろには2人の男女が立っていた。



他の者達は審査の結果、問題なしとし別室に移されている。どれだけ強く、怪しくても、残念ながら37名と冒険者4名に問題はなかった。


そう。問題は彼等だ。



「商売だよ。ドライセル男爵から紹介状を書いて頂いてね。商品は魔宝玉。ほら。紹介状と品物だ。」


残念ながら聞いた言葉に間違いはなかった様だ。


分厚いオーク材の机の上に紹介状の羊皮紙の巻物と宝石が入った皮袋をタチバナが放り投げる。



「あ、あらためさせて頂く。」


恐る恐る巻物を手に取る。

質の良い羊皮紙の巻物だ。


赤い封蝋で封じられており、その印璽は確かにドライセル男爵の紋章だった。


少なくともこれは男爵が書いた物であり、一介の騎士が勝手に開けてよいものではない。


「ほ、宝石も確かに本物です……。全て極上の魔宝玉でした……。有り得ない……。」


チラリと皮袋から見える宝石は、全て指の先程の大きさを誇る非常に大きな物だ。


それが全て魔宝玉?

そんな物、侯爵とは言え、貴族が買えるようなものではない。国宝とかそう言うレベルだ。


チラリとタチバナの後ろに控えた男女を見る。


どう見ても昨日騎士団が襲撃したモーリアスとマイヤールだ。


「ん?この2人が何か?」


「い、いえ!あ、あの。し、知り合いに似ているな、と……。」


「そうでしたか。彼等はモリーとマイヤ。

最近ウチで雇った新人です。確かこの領地に来るのは初めてだろう?」


「はい。」


「この名を神に頂いてから、これまで来た事はございません。」


騎士は確信する。

絶対嘘である。


襲われた2人の怨念が地獄から魔王を呼び出し、不死者となってこの地に復讐に来たとしか思えない。



「し、司祭様をここへ!早く!開名の義を行う!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る