社長は基本的に嫌な人
「―――こう言っては上からの物言いにはなりますが、確かにタチバナ社長の案は悪くはないと思います。いや、むしろ革新的です。
あらゆる物を販売出来る超大型商店。王都には領地を持たない法衣貴族が多く、金銭でのやり取りも一般的です。彼等をメインの客層にした商いと言うのも一定の成果は得られるでしょう。」
屋敷の応接間のソファに座るなりアーノルド氏が口を開いた。
応接間に並べられた調度品も悪くはなく、それなり以上に勢を凝らして用意されたものだ。
少々成金趣味なのは頂けないがな。
フラウ君に用意してもらったお茶を飲みながらぼんやりとアーノルド氏の言葉を頭の中で噛み砕く。
ふむ。革新的ね?
まぁアーノルド氏の感覚ではそうだろうな。
百貨店と言う商売形態は近代、1800年代頃に出てきた概念だ。
日本で言うなら明治時代。
魔法やら魔術やらの不思議技術があるとは言え、鎌倉とか室町時代の中世時代を地で行くこの世界の人間には目新しく映るだろう。
「……しかし、アーノルドさんとしてはそれよりも儲けれる案があると言う事ですね?」
「はい。王都以外の領地への行商ルート拡大を目指したいと考えています!」
……地方ねぇ。
私の感覚では有り得ないな。
結局の所、人口の多さが購買力に直結する。
この世界に転移して数ヶ月、平民に金がないことはしっかり理解している。
となると貴族人口の多い王都での商売に注力するのは正しいはずなのだが……。
私と同じく地方での販売発言に対して怪訝そうな顔をしたレジナルド君の隣で、バレてしまったかと言う苦虫を噛み潰したような顔をしているスニード氏が目に入る。
―――スニード氏……?
―――あ、い、いえ!別に騙そうとしたとかではないんですよ!?普通に考えれば王都での開業が正しいのは確かですし……。
アイコンタクトで会話するとやはり何かあるらしい。あー、つまり、普通ではない方法ならより儲かる方法があると言う事か?
「あー、その、アーノルド様の狙いとしては貴族年金や功労賞等で溜め込まれている金銭の事を仰っているのかと思います……。」
ポツリとスニード氏が口を開く。
年金……?
日本では出る出る詐欺と言われてるあれか?
そんな不確かな物を宛にするのは―――。
「あぁ、そう言えば毎年馬車で運ばれてきますね。あれ大量に贈られてくるので蔵に放り込むのも一苦労なんですよね。ろくに使わないのに捨てる訳にも行きませんし……。ウチは地方の男爵家なんで奴隷の数も少ないですから家族総出で―――」
「レジナルド君。その話、詳しく。」
パチンと指を鳴らし、スニード氏とレジナルド君をフラウ君達が取り囲む。
北京ダックにされたトラウマからか、哀れな程に震え出す2人。
私としては商人ギルドは兎も角、スニード氏を始めレジナルド君とは仲良くやって行きたいと考えていた。
しかし駄目だ。
今の発言は聞き捨てならない。
地方では金を死蔵している?
そんな事実は知らなかった。
そしてそれが事実なら我社の経営方針がひっくり返る大事態だ。
ここは手荒な真似をしてでも正確な情報が必要だ。
「レジナルド君。スニード氏。
君達には黙秘権もなければ自分に都合の悪い事を黙る権利もない。当然、弁護士を呼ぶ権利もない。
さぁ今の話をもっと正確に吐け。」
◆◆◆◆
洋の東西を問わず、王政においては王がいてその領土を複数の領主が分割して統治している。
領主達は領地に住む者達から税収を得て領地の運営をしていたが、中世の初期においては税収が金銭ではない事が多い。
日本で言う所の年貢制度だ。
そしてその際に使われた税収方法が石高制である。
人ひとりが1年に食べる米の量を一石とし、それに基づいて人の管理や税の管理をしていた。
何故金銭を使わなかったのか?
これには諸説あるだろうが、そのひとつに管理のしやすさがあるだろう。
例えば加賀百万石だから加賀藩は百万人都市と言う感じで非常に分かりやすい。
領地を任せる王としても「首級上げて超偉いね!ご褒美に領地を上げちゃう!人口がこれくらいだから年貢はこれくらい見込めるんでヨロシク☆税収減らしたら打首ね♪」なんて気軽に任せられるという訳だ。
どうもこの国は江戸の税制や価値観に近いらしい。
要は米本位制、この国の場合は物品本位制とでも言おうか?
つまり貴族と言えど地方では物々交換が主流であり、金はほぼ使わない生活をしているらしい。
「き、基本的にこの国はどの領地も肥沃な土地ですし領地内で物流が完結しているんです!で、ですから王家から下賜される貴族年金はどの家もほぼ死蔵されてとりまして―――!」
「そ、そうです!必要な物や欲しいものがあれば領地内で賄えますから!特に領主となると領民から服や食べ物、貴金属に至るまで全て税収と言う形で献上されます!」
スニード氏とレジナルド君が床に正座して泣きながら知りうる情報を吐く。
チラリとアーノルド氏に目線を送り間違いがないかを確認する。
青い顔でコクコクと頷くアーノルド氏。
「この情報は周知の事実なのか?だとしたらもう既に他の商人が手を付けているんじゃあないか?」
「み。耳ざとい商人なら知っていて当然の知識です……。ただ、レジナルド君が言ったように領主となると欲しい物は自前で用意出来ますので、そこに見ず知らずの行商人が割り込む隙がないのです。」
なるほどね。
ネットもテレビもない世界で他所から来た行商人と詐欺師の区別も付きにくい。
自前で用意出来る様なありきたりな商品ならいちいち見ず知らずの怪しい奴と交渉するより地元の物を買う方が確実だろうな。
それに著作権も特許もない中世世界だ。
多少目新しい物が売れてもその技術を真似されて二度と売れなくなるだろう。
「それに距離も問題でした。王都を中心に国境を守る東西南北の侯爵領までそれぞれ1200キロ。まともな方法では移動するだけでも難しいですし、経費がかかり過ぎて採算が取れないことが多いのです。」
確かにアーノルド氏が言うようにこの国は広い。
この国の端から端までで大体3000キロ近くになる。
要は北海道から沖縄まですっぽり入る大きさだ。
「しかし、タチバナ社長のお力をお借り出来るのであればこれらの問題は全て解決します。
向こう100年は到底真似出来ない独自性の高い魔導具の数々、希少な素材、そして何より社員様達の異様な移動速度と圧倒的運搬能力!
―――もし社長のお力をお借りできるのであれば私の取り分は1%以下でも構いません。」
熱っぽく語るアーノルド氏。
―――ふむ。悪くないな。
アーノルド氏の営業力はこの王都で実証されている。ウチとしても彼の販売ルートやノウハウが使えるなら悪い取引ではない。
いや、むしろ良いな。凄く良い。
チラリと正座させられているスニード氏とレジナルド君を、屠殺される前の豚を見るような目で見下ろすフラウ君達を見る。
……ウチの従業員に任せると確実に大事になるのは目に見えている。下手したら全面戦争だ。
比較的丸い性格をしているガブリエラ君を営業部長にしたのも何も魔法の力だけが理由ではない。
ウチの従業員は性格に難がありすぎる。
何ならアーノルド氏をヘッドハンティングしたい所だが、その場合は我社が商人ギルドに登録しないといけなくなる。
構わないと言えば構わないのだが、今のしがらみのないフリーな立ち位置は中々貴重だ。
―――よし。決めたぞ。
「アーノルドさんの意見を採用しよう。
しかし、やるなら大々的にだ。ちまちました商いは性に合わんからな。フラウ君!確か営業部はまだ10人くらいしかいなかったな?」
「はい。空間魔法への適応者が50人に1人の割合ですのでまだまだ少ない部署です。」
「そうだな。……となると増やすか。ダレン君、ルーミエ君!君達はワイロスキー枢機卿とコンタクトを取ってこの間の様に人を集めろ!」
従業員が少ないなら増やせば良い!
ふはははははは!拡大路線は気持ちが良いな!
「ついでにそうだな。奴隷も買い漁ろう。何せ資金はたんまりあるからな!従業員は何人いてもいい!この国に巨大な販売ネットワークを構築するんだからなぁ!」
「丁度ログとソフラが空いておりますので、2人に任せても宜しいでしょうか?」
「そうだな!王都で奴隷も買えるらしいから総ざらいする様に伝えて―――いや、手緩いな。予算は無制限につけよう!草の根分けても奴隷を探し出して間違いなく全員社員にするように!!」
奴隷狩りと言うか従業員狩りだな!
うはははははははははは!全員こき使ってやるわ!!
「さて?スニード氏、レジナルド君。」
青い顔をして小さくなって震える2人を見下ろす。
まぁ別に彼等が何か悪い事をした訳ではない。
むしろ私が彼らの立場でもそうするだろう当然の行動だ。
しかし、こんな大事な事を黙っているとはけしからん。多少の嫌がらせくらいはしても良いだろう。
「話は聞いていたな?急遽私達には現金が必要になった。だからこの屋敷の現金購入はなしだ。」
「げ、現金購入はなし、ですか?」
耳ざといスニード氏が聞き返してくる。
ポケットから大小様々な魔宝玉がパンパンに詰まった皮袋を出してやる。
「この国が大好きな物々交換をしようじゃないか。この袋ひとつに魔宝玉が200粒は入っている。」
そう言いながらなスニード氏に同じ様な魔宝玉が入った皮袋を10袋ほど投げ渡す。
「こ、こんなに!?い、いいのですか!!?」
小さな目を見開くスニード氏。
「おいおい。勘違いするな。あげるわけではないぞ?アーノルドさんが王都の貴族に売った魔導具の建て替えもしてもらう。当然、全て現金でだ。
期限は……そうだな、1週間だ。」
「いっしゅ……!?い、いえ!やらせて頂きます!し、しかし、それでも貰い過ぎているかと……。」
ふむ。確かこの魔宝玉と言う宝石はとんでもない価値があるやらなんやらと聞いたな。
私からすると手を握れば幾らでも出てくるから今ひとつピンとこない話だ。
ウチの製造部の連中も気兼ねなく実験やら新製品開発やらで使い倒す消耗品でしかない。
「それならこの王都付近にいる奴隷商人をリスト化してくれ。後でウチの従業員を向かわせる。
―――あぁ、そうだ。百貨店の案はそのまま生かすつもりだからそっちの方も案を考えておいてくれ。
詳しくはウチの製造部の人間をそっちに行かせるから打合せをして欲しい。」
「は、はい……!」
覚悟を決めた目をしてスニード氏が頷く。
くっくっくっ。
案外貴金属や宝石の現金化と言うのは難しい。
これが数百万円程度の話なら適当に売り捌くことも出来るだろうが、今回は取引の規模が億単位だ。
それも期限はたかだか1週間。
これはいくら何でも難しいだろう!
ふはははははは!せいぜい足掻くといい!!
まぁ無理そうならもう少し期限を伸ばしてやるか!
はーっはっはっはっはっはっ!
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