とある奴隷商の転落と研修期間
「ゆ、許して下さい!!在庫全部を持って行かれたら明日からウチの商売が……!」
「契約は絶対ですから。あなた方が地下に隠していた分も全て回収します。」
「お、鬼!悪魔!そんな事されたら俺達はお終いだ!!鉱山ギルドになんて言えば……。」
王都の外輪街の外れにある石造りの大きな建物の中で屈強な男が涙ながらに訴える。
ここは王都でも指折りの奴隷商の店舗。
その応接室でログとアルトスが屈強な男、この店舗のオーナーと商談をしていた。
項垂れる男達を冷たく見下ろしてログが告げる。
「何とでも言え。この商会に現時点で所有している全ての奴隷を買い取る。そう書いた契約書にサインをしたのはあなた方だ。」
ログの手の中には豪華に装飾された1枚の羊皮紙があった。
商人ギルドが発行する契約書の中でも最も格式の高い契約書、『王室認契約証書』だ。
簡単に言えば、ここに書かれた契約は王室が認めた厳格な契約である事を示す書類だ。
一見派手に装飾された書類だが、装飾ひとつひとつに偽造や複製が出来ないように魔術的な効果が込められている。
これに違反した場合は最悪死罪が適応される。
本来であれば、この書類を手に入れるには様々な審査をした上でギルド長及び侯爵以上の貴族の実印を持って発行される。
タチバナは商人ギルド長であるスニードとレブナント侯爵に命じてこの書類を大量に用意させたのだ。
「そ、そんな契約だなんて知らなかった!!
こんな契約は無効だ!もう既に鉱山ギルドや他の顧客から購入すると言われているんだ!」
「それは口頭での話で、契約はまだですよね?
まだ買うかどうかも分かっていない。つまり、まだあなた方の所有物だ。この契約書通り、今存在する奴隷は全て買い取らせて頂く。文句ならそこにいるこの国の貴族たるアルトス様に仰って下さい。」
奴隷商は確かに奴隷を販売した金銭を受け取れる。
しかし、必要な時に必要な奴隷を用意出来ないという大口顧客からの信頼や信用を失う事になる。
それは金額以上のダメージと言えた。
冷たく言い放つログの言葉を苦笑しながらアルトスがフォローする。
「あー、契約内容に異議申し立てや変更希望があるなら王室か商人ギルド、もしくはレブナント侯爵に直接申し立ててくれ。」
「そ、その間奴隷達は……?」
「一旦、ギルド預かりとなるね。当然、鉱山ギルドや他の顧客に販売する事は認められない。」
「ら、来月頭に納品する予定なのですが……。」
「書類の変更には数ヶ月は軽くかかるだろうね。ギルドや王室、侯爵から調査員が派遣されて正当性のある訴えかどうか調査をするから、下手すれば年単位で時間がかかってもおかしくない。当然、その間奴隷はギルド預かりになるし、もしその間に勝手に販売した事が分かったら君達は処刑される。」
ネットやテレビどころかFAXも郵便もない中世世界で無数にある公的書類の種類を一介の奴隷商が知る由もない。
「そ、そんなもん認められるかっ!!」
顔を真っ赤にした男の1人がアルトスに掴みかかろうとする。
その瞬間、近くに控えていたログが男に足払いをして腕を固めた。
「……公務執行妨害の現行犯、ですね。アルトス様、このまま処刑しますか?」
「いや、うーん、ははっ。困ったな……。」
貴族とは言え平民での冒険者たるアルトスからすると掴みかかられる程度は日常茶飯事だ。
この国の法令上、貴族に狼藉を働こうとした場合、その場で殺しても問題はないのだが、どうしたものかと苦笑いするアルトス。
「ログ。そのまま捕まえておいて。この場で殺すと調査がしにくくなるわ。」
「奴隷商人と山賊の違いはないとか言うけど、ホントの話ねぇ。もう出るわ出るわ、不正の山よ。」
「帳簿と在庫の数も合ってねぇ。地下に隠し部屋がいくつかあって違法奴隷が詰め込まれてたよ。」
「私の鼻にかかれば隠し部屋を見つける事くらい容易。任せて。」
応接質のドアが開き、ソフラを先頭に白の牙のメンバーがドカドカと入ってくる。
「ちょ!?ウチの書類を漁ったのか!?隠し部屋の奴隷達まで!!」
「王室認契約証書にサインした内容の通り、あなた達の所有する奴隷は全て我社が買い取りますので。在庫表に存在する奴隷と牢屋に入っていた奴隷の数が合わなかった為、家探しさせて頂きました。」
「……王室認契約証書に書いてある事は絶対よ。
なんて言ったって本来は大貴族同士の大口取引とか内戦の調停とかに使う国内最高クラスの証書なんだからね。ホント、何でそんな証書を奴隷売買何かで使ってんのよ……。」
焦りまくる奴隷商人をソフラが見下し、マリーナがその横で呆れる。
ちなみに王室認契約証書はタチバナが深く考えずに1番強制力の高い契約書をとスニードに言ったところ出てきた書類だ。
レブナント侯爵のサインも、侯爵が負い目のあるモリーとマイアから依頼させた所サラッと出てきた。
「ま、何にせよこの奴隷商人は警邏に引き渡すぞ。アルトスに対する暴行で現行犯逮捕。商品は合法分は旦那の所有物。非合法奴隷はどうかな?ま、お上の判断次第だな。所持品含めて資産は国が差し押さえかね?」
「……なるほどね。タチバナ社長がわざわざ僕らを使う訳だ。」
あまりの手際の良さに内心舌を巻くアルトス。
言ってしまえば、これは王室認契約証書と貴族であるアルトスを撒き餌にした差し押さえだ。
契約書にサインしたが最後、強制的にに家探しをされて全てがタチバナの物になってしまう。
そうなると奴隷商は在庫が全てなくなり立ち行かなくなるが、それに異を唱えようものならアルトスを盾に強制執行されてしまう。
―――この国から合法的に奴隷制度をなくすつもりですか?タチバナ社長……。
アルトスは目の前で行われる法に則ったえげつない行為を見て身を震わせた。
◆◆◆◆
「……今日だけで2500人……?多くない?え?まだ増えるの?大丈夫なのこれ?」
我社が開拓した街シトラスの執務室でフラウ君から報告される異様な数字に驚愕する。
「はい。人数は問題ありません。確認した所、獲得した奴隷達はいきなり“社員”に出来ませんので多少の研修が必要になるかと思われます。」
ふむ。既存社員と併せて3000人くらい。
給料は1人あたり金貨1枚だからまぁこのまま維持する事は出来るか?
どうせ奴等の給料の使い道は我社が経営する社員向けのスーパー位しかないしな。
スーパーの在庫は私がチートで出してるからほぼほぼ金銭は社内で循環していると言える。
「ま、まぁいいか。それで?研修にはどれくらいの期間を見てるんだ?」
「おおよそ1ヶ月程を考えています。」
研修期間は経営者から見ると短ければ短いほど良い。会社から見るとその期間の社員は金を産まないからだ。
ふむ。1ヶ月でも長くはないがまだ短縮させるか。
「研修期間は1週間にしろ。細かい所はOJTで対応するんだ。」
OJT。「On-the-Job Training」の略で、職場での実践を通じて業務知識を身につける育成手法のことだ。
つまり、現場に丸投げのブラック企業垂涎の研修方法だ!
ふはははははははは!
人数がいきなり増えててんてこ舞いになる現場!
短期間の研修でいきなり現場に立たされる新人達!
常に成果を求められるストレスフルな職場環境!
いいぞ!いい感じにブラック企業らしくなりそうだ!
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