税制と市民権

ふふふ。

ふははははははははは!

ふぁーっはっはっはっはっはっはっはっ!!


いやぁ、侯爵との商談も無事に終わって何よりだ!


あの変な盾をノリで生み出したせいでこの都市が何だかよく分からない不思議パワーで守られたりしているようだが無問題!


むしろ私のせいか?いや、違う!

違う気と思う!違うと思うことにする!


たまたま侯爵が盾に触ったらこうなっただけだ!

むしろ何だか空気が清浄になっているし悪いことではないだろう!……多分。


まぁあれから侯爵も特に何も言って来ないしな!

大丈夫だろう。



「―――社長?何か書類に問題でも……?」


モリー君が心配そうな顔をして尋ねてくる。

おおっと、思考が逸れていたな。


「いや、分かりやすくて良い資料だ。ふむ。

つまり、この国では商売は全て商人ギルドを通す必要があると言う事か?」


「はい。販売ルートや仕入れルートをギルドが独占しておりますし、価格の方もギルドである程度は決まっております。まぁ指導や管理的な意味合いが強いですがね。」



高級宿屋のリビングルームに備え付けられた1人がけのソファに腰掛け、渡された資料に目を落とす。


あれから数日。

特にすることもないので宿屋でダラダラしながらこの国の制度やら商売の形態などを社員達から聞いている。


予算に余裕が出来たので、ここらでじっくりこの国の事を調べる事にしたのだ。


そろそろ野良社員を卒業したいしな!



しかし、ギルドねぇ?


室町時代辺りにあった“座”みたいなもんか。

信長が廃止したやつだな。楽市楽座ってやつだ。


しかし、聞いていると座よりもかなり開放的な印象を受けるな。


まぁ要するに既存の商人達による談合組織だろう。


こう言うと聞こえは悪いが、市場の管理という面からはある意味必須な組織だ。


先ずこの国の識字率の低さと言うのが問題だ。


商人になろうとしても文字も書けなければ、計算も出来ない、税制も知らない。

そんな奴にまともな仕事なんか出来やしない。


よしんば真似事が出来たとしても、めちゃくちゃな商品を売ったり訳の分からない価格をつけたりもするだろう。


そう言う事態を防ぐ為にギルドがあるらしい。


まぁこの辺は地球でもよくある話だ。



「それ以外にも、商人になりたい若者に奉公先を紹介したり、他国から流れて来た行商人に開店資金を貸し付けたりと市場の活性化を促す様なこともしております。」


モリー君によると、この国は貴族と平民の身分の区別はあれど、職業の選択は比較的自由らしい。


前から思っていたが、この国は中世っぽい割にちょいちょい近代的だな。現代的とも言える。


なんと言うか色々開放的なのだ。

文明開化とでも言うのかね?


ギルドにしても他を締め出すのではなく、新規参入者にルールを教える等の互助組織と言う側面が強いらしい。日本で言うと、農〇組合みたいなもんか?



「まぁ有用な組織だとは思うが、我社にはメリットは少なさそうだな……。」


「そうでしょうね。我社の場合、仕入れルートが特殊ですし。……例えばギルドに加盟し、ギルド内でのし上がると言うのは如何でしょう?」


あー、ダメダメ。

日本でも商工会やら経団連やら色々組合みたいなものがあったが、この手の管理組合組織と言うのは総じて金にならん。


手間暇が掛かる割に私腹を肥やせないのだ。

1種の名誉職みたいなものである。


それなら適当な貴族と癒着する方が儲かると言うものだ。



「一応、税制が優遇される等のメリットもあるのですが……」


余程、私が嫌そうな顔をしていたのだろう。

マイヤ君がフォローを入れてくれる。


「税制ねぇ。そう言えば税金ってどうなっているんだ?この国に着いてから払った覚えがないのだが?」


「現在、我社に支払いの義務はございませんわ。」


「―――は?」


「税金とはこの国に住む者が支払うものです。現在、社長以下、我社の従業員でこの国の市民権を持つ者はおりませんので……。」


そ、そうだった。

私はいきなりこの世界に転移したのだ。

当然、入国許可なんて受けていない!


いや、でもフラウ君やログ君達は元々この国の住人だし……いや、そうか!


フラウ君達は元奴隷だ!

当然市民権なんて持ってはいない!

しかも、モリー君とマイヤ君に至っては戸籍を改ざんしている!


や、やばい!

野良社員どころかリアルな不法滞在者の集団じゃないか!!


クソ!うっかりしていた!

もしこの国の警察当局に踏み込まれでもしたら面倒な事になる!



「モリー君!フラウ君!至急、この国の市民権が欲しい!全員分だ!どうすれば良い!?」


「「ぜ、全員分!?」」



◇◇◇◇



エルエスト王国は王政であり、貴族制度が導入されている。つまり、王を筆頭に領土を貴族階級が分割統治していた。


しかし、貴族の大多数は領地を直接管理しているかと言われればそうではない。


あくまでも彼等は自分の領地の税金や人口、軍備等の数字を管理しているだけである。

むしろそれを把握しているだけでもかなり勤勉な部類だ。


大多数の貴族の関心事は、政治という名のパワーゲームにのみ注がれている。

要は貴族同士のマウントの取り合いだ。


彼等にとって税金とは平民が献上してくる物であり、勝手に日々増えていくものに過ぎない。



では実質的に誰が管理しているのか?


それが市民権を持つ平民だ。


タチバナはこの国の身分制度を貴族、平民、奴隷の3段階で理解していたが、平民の中でも当然身分差がある。


江戸時代風に言うならば、士(市)農工商だ。



市民権を持つものが平民の代表として、市民権を持たない平民を指導・管理し、税金を取り立て、納税している。


村ならば村長、町ならば町長、都市なら市長等を筆頭にした体制側の人間である。


他にも、農民なら規模の大きな豪農の当主は市民権を持つし、商人でも大きな店のオーナーも市民権を持っていた。


つまり、市民権とは平民の中でも支配者階級の証なのである。



現在、タチバナ総合商社には市民権を持つ者はおらず、また、どこのコミュニティにも属さない。


本来であれば、市民権を持つ者の庇護下に入らなければ仕事も出来ないし、食べて行く事も難しい。


しかし、タチバナは立て続けにその土地の王たる領主との直接商談を取り付けており、超法的にこの問題をクリアしていた。



『―――しかし、社長が市民権を得ると言うのは分かるが……。』

『我々にも、だからな……。』

『社長のお言葉だ。必ずお考えがあるはずだ。』

『クソっ。頭の悪い自分が嫌になるな。折角、聖痕まで与えて貰っておきながら……。』

『例えば我々の下に誰かを付けるのを想定されている可能性はないか?』

『つまり、……会社の拡大か!』

『市民権を持つ大商人なら100名単位の従業員がいるそうだが……。』

『俺達の下に100人の従業員を付けるのか!?

4万人規模の大商店になるぞ!?』

『その規模になると1つの都市には収まらないな。

つまり、この国全域に商圏を広げる……?』

『そ、そうか!我々の社印ネットワークを使えば管理も容易だ!』


『『『流石は社長!!』』』


社印ネットワーク上で高速で社員達の意見がやり取りされる。


この間実に0.01秒。


「あー、問題あるのか……?」


「―――いえ、承知しました。社長。直ぐにレブナント侯爵に話をつけます。」


この何気ない一言が、マギウスガルド大陸の全ての国、都市、町、村に支店が存在する超国家組織たるタチバナ総合商社が出来上がった瞬間だった。

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