嫌味と開拓

「~~🎵~~~~🎵」


少し音程のズレた鼻歌が大きな大浴場に響く。


エルエスト王国では入浴の文化が根付いており、それなりの大きさの町なら公衆浴場は何店舗かはあるし、貴族なら嗜みとして浴室は必ず備え付けられている。


当然、バーバレスト侯爵家にも豪華な湯船が備え付けられていた。


「風呂は命の洗濯と言うが、その通りだな……。」



大昔に異世界からやって来た賢者がもたらしたと言う風呂文化を表す諺だ。


全身を弛緩させ深く湯船に浸かるレブナント侯爵。


時間はまだ昼前。

本来なら執務室で様々な数字と格闘している時間である。


元々文官達の長であったレブナント侯爵は侯爵位を簒奪してからも、その癖が抜けずに毎日を執務室で過ごしていた。


ある意味貴族らしからぬ男である。


ここ最近のレブナント侯爵の焦燥を見兼ねた部下達が今日くらいはゆっくりするべきだと言い出したのだ。


「所詮、私は神ならざる身だ。出来ることを精一杯やれば良いんだ。うん。」


最近すっかり寂しくなって来た頭皮を念入りにマッサージしながら自分に言い聞かせる。


事実、いかに侯爵と言えど自分に出来ることなどたかが知れているのだ。超常の力など持たぬ自分に出来るのは、所詮は書類仕事のみ。


そう思いながらタチバナの顔を思い出す。

歳の頃は自分とそう変わらないと思うのだが、実に豊かな髪をしていた。


やはり神と人間では頭皮の事情も違うのだろうか?


「この薄毛の悩みをタチバナ殿に相談してみても良いかもしれんな。」


そんな冗談を口にする程度にはレブナントは持ち直していた。



「あー、うん。何かないか考えてみます。」


「それはありがたい。流石はタチバ―――!?」



気付けばレブナントは見知らぬ応接間のソファに座っていた。


一糸まとわぬ姿で、だ。



「すみませんな。火急の用事でして……。失礼かとは思いましたが転移させてしまいました。」


まさか風呂に入っていたとは思わなかったのだろう。目の前には申し訳なさそうな顔をしたタチバナがいる。


レブナント侯爵はハラハラと頭から大事な何かが抜け落ちるのを感じた。


◆◆◆◆


「し、市民権ですか……?」


真っ裸の侯爵に服をチートで出し、改めて市民権の相談をする。


もしかしなくとも、普通なら無礼を理由に処刑されても何らおかしくないのだろうが、侯爵は特に何も言わないまま話を聞いてくれてる。


思った以上に心の広い人なのかもしれんな。



フラウ君が出した紅茶を一口飲み侯爵が口を開く。


「タチバナ殿だけならば市民権程度は問題ないのですが、40名近くとなると話は変わってきます。」


むぅ。やはり侯爵でも難しいのか……。


「いや、誤解しないで頂きたい。市民権は全員分ご用意はさせて頂けます。ただ、この都市でと言うのが難しいのです。」


侯爵曰く、バーバレスト領はかなり厳密に税金を管理している地域らしく、1人2人ならともかく、いきなり40名分も税収が増えると前年度との支出計算や管理がややこしくなるので認める事は難しいそうだ。


なるほど。言いたい事は分かる。


領主としては、いきなり村1つが帳簿上に現れるようなものだ。計上するにしても他との合算ではなく別会計にしたいのだろう。



「……そうですなぁ。タチバナ殿達で村を作るのは如何でしょう?拠点と言い換えても良い。

場所はここから東の森林地帯では如何でしょう。

王都にも近いので交通の便が良い所ですよ。」


「ほぉ?ちなみに地価はいかほどで?」


「―――え。あ、いや。勿論無料です。はっきり言えば、あの一帯は開墾する計画もありませんし。開拓して頂けるなら好きな様に切り取って頂いて構いませんよ?」


なんと!?土地代がタダ!?

しかも広さは無制限だと!?


しかもこの領地と王都なるこの国の首都との中間地点らしいので要所となる地域だろう。


ふと横を見るとマイヤ君が何か言いたそうな顔でこちらを見ている。


あー、分かってる分かってる。

開拓が条件になっているのが問題なのだろう?


知識でしか知らない話だが、開拓民が自分の農地を開拓し安定収入を得るまでにおおよそ4、5年は掛かっていたらしい。


つまり―――。


「開拓中の税金の扱いはどうなるのです?」


「え、いや、そ、そうですね。安定するまでは無税とさせて頂きましょう。通常ですと3年目から徐々に税金が発生して行くのですが……。」


「10年。」


「な!じゅ、10年ですか?それはいくらなんでも」


「王都との間に街が出来れば、それだけで人の往来は増え、税収も上がるでしょう。しかも、開拓に関して侯爵領からの出費は一切ない。」


「ぬぅ……。」


「開拓に関しては我々は素人ですしね。せめて税制くらいは、と言う私の気持ちは分かるでしょう?」


「……致し方ありませんな。良いでしょう。」


「ありがとうございます。侯爵。

マイヤ君。今の内容を文章にしてくれ。」


「はい。バーバレスト領の東側一帯にある森林地帯において、我社が開拓した土地は社長の物となり、10年間は無税である旨を記載した公式文書を作成致します。」


「あぁ、よろしく頼むよ。侯爵もそれで宜しいですね?」


「あ、ああ……。」



いよっし!!

全員分の身分証を要求したらタックスヘイブンが付いてきた!

正に棚ぼた!いやいや、棚から金塊だな。



タックスヘイブン。


パナマ文書何かのせいでネガティブなイメージがついているが、合法的な税金対策である。


税金の安い、もしくは非課税の地域で会社や資金を運用する、と言うやつだ。


日本なんかは金持ちに厳しい国だからな。

何せ稼いだら半分以上は税金で持っていかれる。


私も地球にいた頃はシンガポールや香港に会社や家を持っていた。


ふふっ。ふはははっ!

ふはははははははははははははははっ!!



さぁて、楽しくなって来たぞ!


商売をする上で税金対策は必ず必要なものだ。


金持ちの社長は何でブランド物で身を包み、高級な車を乗り回し、複数の家を所持するのか?


ほぼほぼ税金対策だ。

所謂、経費で落とすってやつだな。


経費の計上金額を増やして売上を低く見せ掛け、税金を少なくすると言う訳だ。


しかし、10年間の税金無償!

これがあればチマチマ領収書を集める必要もないと言う訳だ!!


スーパー棚金フィーバーの始まりだ!!




◇◇◇◇


「ううっ。なんでこんなことに……」


執務室に戻されたレブナント侯爵が呻く。


単なる嫌味のつもりだった。


風呂に入っている時にいきなり転移させられたのだ。いくら神が相手とはいえ、多少の嫌味を言うくらいは許されるだろうと無理難題を言ったのだ。


タチバナの様子を見るにあの地の事を知らなかったのではないか?


いや、知っていてあの態度だったのかもしれない。


「まさか本気で開拓するつもりでは……。」


執務机の上には見たことがない程質の高い紙に、バーバレスト領の東側地域の開発に対する念書が置かれている。



エルエスト王国の中央に位置する王都の西側。

そしてバーバレスト領から見て東側。


2つの都の間には深い森がある。


豊富な魔力の保有地であり、それ故に強大な魔物や魔人の住処となった魔境。


冒険者ギルドの危険度等級は最高位のSランク。


曰く、帰らずの森。


エルエスト王国を代表する最大最悪の禁足地ダンジョンである。

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