呪い
……金貨1万3000枚!?
1枚10万円としても1億3000万円だ!
まぁこのレート自体はフラウ君との話の中で立てた予想金額でしかないので多少ズレはあるだろう。
しかし、社員達の反応からすると少なくともこれより安い事はないだろう。
侯爵の顔を見ると、先程の怯えが影を潜め、目からは強い意志を感じられる。
なるほど。
これが侯爵の意地、貴族のプライドか。
武士は食わねど高楊枝、腹は減っていてもそれを認めない武士を揶揄する言葉だ。
プライドでは腹は膨れない。
それは確かに正しい。
しかし、それはあくまでも一般人の話だ。
この世にはプライドが金になる人種も確かにいるのだ。
それこそが地球で言う法人。この世界で言う貴族。
そして国である。
彼等はプライド、と言うよりも信用が金になるのだ。
地球でも戦争するのに昔の王や貴族達は商人達から信用だけで金をかき集めて来たし、現代の日本だってそうだ。
国債なんて、まさに国に対する信用を金に替えていると言えよう。
企業の信用格付けなんてのもあるから、地球で大企業の社長だった私からしても理解出来る話だ。
国や法人の国債や借金の話は論文に出来るくらい色々語れるのだが、まぁ詰まる所、
彼等的に舐められると言うのは死活問題なのだ。
私の提案はレブナント侯爵的には、いくらチキンなお前でも5000万円くらいなら払えるよね?と聞こえたらしい。
ふふっ。これは嬉しい誤算だ。
「私の故郷では渇しても盗泉の水を飲まず、何て諺がありましてね。貴方は正にそれだ。」
ふと床に落ちていた盾が目に入る。
よし。良い事を思いついた!
盾を拾い、力を込め盾が光り出す。
「そんな貴方とは、良い関係を築きたいと改めて思います。……これはその証です。」
光が収まった後には拳大の魔宝玉を中央にあしらえた大きな丸盾が現れた。
「中央にあしらったのはダイヤモンド。盾の部分は白金を使っています。この魔法玉の様に、砕けない関係を築きたいものですな。」
何やらヒュっとレブナント侯爵から息を飲む音が聞こえる。
「だ、だいやもんど?はっきん?」
「ええ。今度は受け取って頂けますね?」
取り敢えずまたごねられても面倒なので、無理矢理レブナント侯爵に盾を手渡す。
「うん。良くお似合いですよ!これでこのお互い誤解がなくなったわけだ。やはり戦争より平和ですな!ラブアンドピース!素晴らしい!」
「え、あ、はい。」
カッ!!
侯爵が頷くと同時に盾が一際大きく輝き出す。
純白の光が侯爵の屋敷を突き抜け天を衝く。
え、え、何!?
何が起こったんだ!?
光が鎮まった後には、この館が、いや、この領地その物が何だか清浄な空気に包まれていた。
……後で聞いた話だが、魔宝玉を使った武具、つまり、魔導具は所有者を登録した際に効果を発揮する物があるらしい。
私がレブナント侯爵に渡した盾は正真正銘の魔導具であり、私が手ずから侯爵に渡した事で侯爵が所有者となってしまったのだと言う。
その効果は所有者及び、その周辺を護る事。
ファンタジー風に言うと『結界』だそうだ。
莫大な魔力を溜め込んだ巨大なダイヤモンドの魔宝玉が生み出す、ありとあらゆる攻撃から領地を護る常時発動型の絶対守護障壁。
しばらく後、吟遊詩人達はこう唄う。
エルエスト王国に難攻不落の城郭都市がある。
ドラゴンの息吹きさえ防ぐ聖なる結界に包まれた、そこは神に認められし誇り高き騎士の領地。
神聖結界都市バーバレスト―――と。
……うん。やり過ぎたかもしれん。
◇◇◇◇
「いやぁ侯爵!無事に話が着いたようで何よりです!色々思う所はあるかと思いますが、最悪の自体は避けられたのでは?」
バーバレスト領、レブナント侯爵の執務室に司祭の明るい声が響く。
最悪この領地に住む全人種族の為に命を捧げる覚悟だった司祭からすれば、今回の落とし所は願ってもない形だ。
「……ええ。そうでしょうな。貴方にとってはね。」
司祭とは反面、レブナントの顔色は優れない。
執務机に暗い顔をして項垂れている。
「領主からすると違う、と?
確かに私達教会は政治には疎いですが……。」
正刻印教は国や人種を超えた組織だ。
その目的は全人類種の守護。
国や領の政治的な機微には少々疎い。
「これは、呪いだ。」
ポツリとレブナント侯爵が呟く。
その目は暗く、全てを諦観している。
その視線の先には執務机の上に無造作に置かれた白銀の盾があった。
「そう滅多な事を言うものではありませんよ?
神であるタチバナ様から下賜されたあらゆる攻撃を防ぐ白銀の盾。文字通り
「持たざる者は持つ者を嫉妬し羨望し排斥しようとするものです。例え、それが尊い身分の者であってもね。」
そう。タチバナが生み出したこの白銀の盾は数ある魔導具の中でもアーティファクト級と言われる最上位の物であり、伝説上にしか存在しない物だった。
そんな物を侯爵とは言え、ぽっと出の自分が手に入れたら周りはどう見るか?
有象無象が擦り寄り、潰されるのは目に見えている。そして、それに対抗出来るほど、レブナントには人脈も実力もない。
「場合によっては、公爵や王家が出て来るでしょうな。いや、既にこの情報を掴んでていてもおかしくはない。」
白銀の盾は常時発動型の魔導具であり、レブナントが所有者となった時から、その溜め込んだ莫大な魔力を使用してこの都市周辺を結界で守り続けている。
結界自体は無色透明なドーム型だが、魔力を感知出来る者に結界の存在は隠しようがない。
秘匿することは出来ず、誰もがタチバナとの関係を疑うだろう。
バーバレストは混沌を振り撒く者に降ったのだと。
「で、でしたらこの盾を王家に献上すれば……!
そうです!私共教会も証言しましょう!バーバレスト侯爵は毅然とCEOに立ち向かったと!」
「お心遣い痛み入ります。司祭様。
しかし、その場合、タチバナ殿に王家と繋がりが出来るでしょうな。」
「!?」
「エルエスト金貨1万3000枚。1年は戦争が出来る金額です。しかし、それだけはたいてもこのアーティファクトの価値の方がなお高い。そんな財宝を授けた相手です。無視する事は出来んでしょう。」
「お、王家と混沌を振り撒く者が!?そ、それは不味いですな。最悪この国が……。いや、それにあくまでこの盾はタチバナ様がレブナント侯爵に下賜された友好の証。それをおいそれと他に渡してはタチバナ様の立つ瀬がなくなりますな……。」
「いえ、それはないでしょうな。あの方はこの盾をどう扱おうとも気にはされないでしょう。」
レブナントは夢想する。
きっと今頃タチバナは笑っているのだ。
身の丈に合わない地位を掠め取り、扱い切れぬ財宝を下賜され慌てふためく愚か者を見て。
もし仮に、助けを求めればタチバナは助けてくれるだろう。
折角意地を見せたのに、結局は神に縋る弱者を慈悲深く嗤って。
もしも王家にこの盾を献上すると言えば、許してくれるだろう。
アーティファクトを持つ重圧に耐え切れず王家を生贄にする卑怯者を嘲る様に微笑んで。
ならこのままこの盾を持っていた場合は?
この盾は友好の証だ。
きっとタチバナは友として様々な話や取引を持ち掛けて来るだろう。
何せ自分はこの国に4人しかいない侯爵の1人だ。
利用しない手はない。
その渾沌の名に違わぬ、破滅のような希望と夢の様な絶望を振り撒かれるに違いない。
どう転んでも全てはタチバナの利益に繋がる。
全ては神の手の上だ。
故に、あの盾は呪いなのだ。
「私は、タチバナ殿が恐ろしい……。
一糸乱れぬ超越者の軍隊より、息をするように魔宝玉を生み出す力より、あの方そのものが恐ろしいのです。司祭様……。」
「レブナント侯爵……。」
当然、基本的に優秀ではあるが、少し間の抜けた場当たり的な行動の多いタチバナにそんなつもりは全くない。
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