混沌の笑みと侯爵の意地
「わ、私はレブナント・バーバレスト。この国にち、忠誠を誓った者だ。例え相手がか、か、神でも跪く事はで、出来ない!」
なにやら吃りながらレブナント侯爵が告げる。
何を当たり前のことを言っているんだ?
中世では跪いて頭を垂れるのは忠誠を誓った者に対してだけだ。
例えそれが他国の王相手でも跪く必要はないだろう。ましてや、私は単なる一般人だぞ?
どうもこの人は何か勘違いしているな。
私をどこぞの王族か何かと思っているのか?
まぁここは無難に乗っかりつつスルーしよう。
「ええ。そうですね。ここはざっくばらんにお話出来ればと思っています。」
「え?あ、ああ。うん。」
キョトンとした顔をして頷く侯爵。
よしよし。毒気を抜かれた顔になったな。
クレーム対応なんかでも、対応する人を変えるなんて事はよくある。担当者を変えることで、客側の感情をリセットさせる効果があるのだ。
先程までの侯爵の様に涙ながらに叫ばれていては、まとまる話もまとまらない。
さて。取り敢えず話が出来る体勢にはなった。
しかし、ここで私が、さっきのは勘違いなんだよ!ごめんね!何てテヘペロすればこの件は片がつくだろうか?
勿論、否だ。
そんな場所はとうの昔に通り過ぎている。
だってそうだろう?
あんなに脅え、震えながらも漢気を見せた侯爵に、実はドッキリでした!何で単なる商人にビビってんの?うはwウケるwwwとかやってみろ。
間違いなく戦争だ。
面子を潰された侯爵が本気で剣を抜くだろう。
正に私の次の一手で全てが決まる。
だがしかし!この程度の勘違い、ピンチのうちにも入らん!
商売なんてしていると、この手の止まれなくなった勘違いなんて言うのはよくある。
やってやる!やってやるさ!
◇◇◇◇
「盾はお気に召さなかったようですな。……そこまでこの国が大事ですか。侯爵閣下?」
タチバナは困り笑いをしながら優しくレブナントに語り掛ける。
そこにはレブナントを嘲る様な素振りはなく、純粋な優しさが溢れていた。
「え、ええ。私は、姪を裏切りこの地位を手にしました。そ、そこまでして手に入れたこの務めは、か、必ず果たさねば―――!た、例え!討ち滅ぼされようとも……!!」
レブナントの話を聞いて、タチバナは内心ほくそ笑み、そこがレブナントの心臓だと確信する。
「そうですか……。やはり貴方は誠実なお人なのでしょうな。……私の感覚ではね、貴方は別にマイヤ君を裏切っていないと思いますよ?むしろごく当たり前の行動だと思います。」
マイヤとモリーを殺そうとした事は当然だとあっけらかんと言い放つ。
「い、いや、私は現にマイヤールを裏切―――!」
「裏切り者とは味方だった人間に使う言葉です。
貴方は確かにマイヤ君の父、貴方の兄上の味方だったでしょうが、2人の味方ではなかったでしょう?」
「―――!!」
目を向いて驚くレブナント。
確かにタチバナの言う通り、彼はただの1度もマイヤとモリーに味方をしたことはない。
タチバナの考え通り、自分は裏切り者だと言う強い強迫観念こそがレブナントのキーポイントだ。
元来、彼は己が認めるほどの小心者だ。
そんな彼は、ある時気付いてしまう。
兄が亡くなった後、自分はこの領地を引き継げるのではないかと。
元々内政は彼が取り仕切っていたし、騎士達も団長であるモリーを認めてはいたが、彼の低い身分が災いし、彼自身に忠誠を誓ってはいる様には見えなかった。
切っ掛けは単なる出来心。
やれるからやってみただけだ。
しかし、それは気付けば話はどんどんと具体的になって行き、最後に起こったのがあの襲撃だ。
その事実は彼を苛み続けていた。
この数日間、ろくに食事も喉を通らず、眠ることすら出来ないほどに。
「敵を欺き罠にはめる。むしろ賞賛されてしかるべき事です。貴方はそれを見事にやってのけた。
その実行力、団長たるモリーを差し置いて騎士達を取り込んだ人心掌握力、そして、死を覚悟しても決して裏切りを許さないその誇り高き誠実さ。
素晴らしいの一言です。」
全てを赦す神の様に、破滅に誘う悪魔の様に、
君は間違っていないのだと。
ともすれば、我を忘れて縋り付きたくなる混沌の笑みにレブナントはぶるりと身を震わせる。
あぁ、この方は間違いなく神なのだ……。
「ですから、私としては貴方を評価しています。」
そう言いながらタチバナは懐から小さな袋を取り出した。入領審査の時に騎士に見せた魔宝玉が詰まった皮袋だ。
「ここに26個の魔宝玉があります。こちらを購入して頂きたい。価格はそうですな……。1袋、エルエスト金貨で500枚で如何でしょう?」
「―――な、な!?」
「貴方を裏切らせる事は出来ない、それは分かりました。しかし、私としては貴方と敵対する事は気が進まない。そこで商売をして手打ちにするのが良いかと思うのです。貴方は魔宝玉を、私は金貨を得る。悪い話ではないと思いますが?」
ビジネス心理学で言うドアインザフェイスと言うテクニックだ。
1度相手に大きな要求を断らせ、その後で出した小さな要求を通すと言う手法である。
この場合、マッチポンプとも言う。
そしてここがタチバナの賭けだった。
これで手を打って貰えないと戦争待ったなしである。
しかし、所詮は5000万円相当の金額。
単なる個人では安くはない金額だが、領主からするとこの程度なら気軽に出せるだろうとタカをくくった発言だ。
タチバナ痛恨の勘違いである。
実際にはそんな金額ではない。
しかし、それは仕方がないとも言えた。
彼がこの世界に来てまだ数日。
その間ろくに街で買い物をすることもなく、この世界の人々の暮らしぶりを見ることもない。
欲しいのは物はチートでいくらでも出てくるのだ。
それはある意味チートの弊害と言えた。
ちなみに、タチバナはエルエスト金貨は10万円相当の価値と考えているが、実際はそれよりも遥かに価値が高い。
タチバナは平民の1年間の生活費でレートを勘案したが、そもそもこの世界では、村や街に住む平民がお金を使うこと自体、非常に稀だ。
基本的には自給自足が前提なのだ。
物価も違えば様々な価値も違う。
無理矢理に円の価値に換算するならば、エルエスト金額1枚で100万円相当の価値である。
金貨500枚で実に5億円。
いかに侯爵家でも気軽に払える金額ではない。
「……この魔宝玉がエルエスト金貨500枚?」
―――しかし。
「タチバナ殿。あまり舐めないで頂こう。」
震える手を握りしめ、レブナントがタチバナを
キッと見据える。
「魔宝玉1つで500枚。つまり、26個でエルエスト金貨で13,000枚。この場で払わせて頂く。」
侯爵領となると話が違う。
「れ、レブナント殿……?」
ここに来て初めて動揺を顔に出すタチバナ。
その動揺を感じ取り、冷や汗をかきつつもニヤリと不敵に笑うレブナント。
「市井の民の間では、プライドで腹は膨れない等と言うようですがね。我々貴族は違うのですよ。
例え貴方を相手にしているとしても、舐められたまま終わる事は出来ませぬ。」
地球でも武士は食わねど高楊枝等と揶揄された支配階級のプライド。
それはつまり、信用だ。
必要な時に必要な事を出来るから、支配者として彼等は君臨出来ている。
信用を失くした貴族を誰も認める事はない。
震えを必死に隠し、冷や汗をかきながらも
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