ドワーフと酒
カァンカァンと槌がリズミカルに鉄を打つ音が部屋中に響き渡る。
石造りの部屋の真ん中には赤々と光る大きな炉が鎮座し、その周りで何人ものドワーフ達が所狭しと働いている。
大昔にいた超越者、土神を祖に持つ一族らしい。
地球のおとぎ話よろしく短躯で筋肉質、男は全員長い髭を蓄えた職人気質の連中だ。
鍛冶や彫金の腕は確からしく、割とどこの街でもドワーフは重宝されているのだそうだ。
ここはバーバレスト領の外れにあるドワーフの鍛冶場だ。
「なぁアルトス君。もういいんじゃないか?
見学と言っても、作る工程はそこまで必要ないんだが?」
「も、もう少しだけ!もう少しだけお願いします!タチバナ社長!ほら!どんどん剣の形が出来てきてます!やっぱり鍛造は良いなぁ!」
うっとりした顔で剣の形に整形されて行く鉄を眺めるアルトス君。
ホント、君って奴は……。
ちなみに、今日はフラウ君達ウチの社員とは別行動だ。昨日あれだけギルドでやらかしたしね。
アルトス君がいれば護衛としても問題ないだろう。
ウチの社員達はマリーナ君達と今度の遠征に必要な物資の調達に行っている。
さて、鍛冶屋に来た理由なのだが、勿論ここで武器を買うつもりはない。
私がアルトス君達やウチの社員達に武器を用意する為の参考になればと思ってここに来たのだ。
確かにチートを使えば想像した物は何でも作れるのだが、いかんせん、私が指定または想像した項目以外は全てランダムになる。
例えば、昨日アルトス君にナイフをあげた時は、頑丈な小さい魔剣と念じた。
そうして出て来たのが魔鋼なる不思議金属で出来たナイフ型の魔剣、という訳だ。
良く言えば私の知識不足を補足してくれているのだが、今回の場合は専用の武器を作るつもりだ。
彼等にも好みや苦手がある為、どうしても注文が細かくなってしまう。
だが、それを叶えるほど私に武器の知識がないし、
ただ闇雲に何だか凄い武器が欲しい!なんて念じた日にはとんでもないチート過ぎる武器が出て来る。
次元すらも斬り裂く『神滅刀』とか……。
流石に私でもこれは駄目だろうと言うレベルのチート武器が出てくるのだ。
うん。お察しの通り、昨晩作ってしまった。
何でもエルフのおとぎ話に出てくる武器らしく、フラウ君すらドン引きしていた。
強力過ぎて使い物にならない為、不良品として部屋の片隅に転がしている。
流石に産廃ばかり作る訳にはいかないので、先ずは普通の魔剣とは何かを調べる為、識者のアルトス君に相談し、ここを紹介して貰ったのだ。
……しかし、暑い!
デカい炉が部屋の真ん中にあるのだから当たり前だが、部屋がめちゃくちゃ暑い。
働いているドワーフ達は上半身裸だ。
スーツで来るんじゃなかったな……。
「酒なんか普段呑まないんだが、こうも暑いとビールが呑みたくなるな。キンキンに冷えたヤツをグイッとあおりた……。」
ネクタイを緩めながら呟いた私の言葉が聞こえたのだろう。部屋中のドワーフが動きを止めてこちらをジッと見ている。
え?な、なに?
なんか不味いこと言った?
「ヒューマンの旦那。ビールってのは何じゃ?
酒か?」
部屋の真ん中で槌を奮っていた1番歳かさのドワーフが尋ねてくる。
彼等は身長こそ低いが、まるで筋肉で出来た樽のような体型をしている。腕何か私の足より更に太い。
長く蓄えられた髭、ギョロりとした目、物語に出て来るドワーフ像そのままだ。
「あー、酒だね。えっと、エールは分かるかい?
要はエールの1種でね。発酵の仕方が違うのさ。
正確にはラガービールと言う。」
本の知識でしかないが、正確にはビールの1種がエールだ。違いはホップの有無や発酵の仕方でエールやラガーの区別をしていた筈だ。
エールは深い琥珀色で、ラガーは黄金色だ。
日本人たる私としてはビールはやはりラガーだな。
透明なグラスに黄金色のビールと白い泡のコントラストがよく映え―――、あ、やべ。
時すでに遅く、やばいと思った瞬間に私の手には透明なガラスで出来たジョッキに入った冷えた黄金色のビールが現れた。
「…………………………」
「…………………………呑む?」
無言で冷えたジョッキを受け取りグイッとあおる年配のドワーフ。
ゴッゴッゴッゴッゴッ!
えぇ……。そんな一気に呑むの?
普通ちょっと怪しんだりしない?
「ぷはぁ!……なるほどのぅ。エールとは違った苦味のキレとなめらかな喉越しじゃ。暑い日にコイツを呑みたくなる気持ちはよぉく分かる。何より冷えているというのが良い。酒を冷やして呑むなんて発想はなかったが、こいつぁ良いもんじゃ!」
「おぉ!親方が褒めた!」
「すげぇ!」
「の、呑んでみてぇ……!」
何やらどよめき出すドワーフ達。
あー、この工房の親方だったのか。確かにいかにもな見た目してるもんなぁ……。
「エールとは違う何かの香草が入っておるな。麦芽の甘みと調和のとれた苦味とハーブの様な香りを感じる……。」
そこまで分かるのか!?どんな舌をしてるんだ。
どこぞの料理漫画の大御所の様な食レポだな。
このあらいを作ったのは誰だ!とか言われそうだ。
「ああ、多分ホップでしょう。エールはハーブや香辛料で苦味をつけているんでしたっけ?」
「ホップのぅ。知らぬ香草じゃな。」
そう言いながらジョッキの底に残ったビールを丁寧にあおる親方。
「じゃが、間違いなく聖草か魔草の類いじゃろ?
この麦もそうじゃ。作り方は違うが、エルフの秘酒ネクタールと同じ類いのもんじゃ。」
あー、そう言えばフラウ君達が言ってたな。
私の出す飲食物は魔力の塊だから下手に与えるのは良くないとか何とか……。
「強い者ならレベルが上がる程度で問題はないじゃろうが、弱い者がこれを呑めば魔力の塊に飲み込まれて魔人になっちまうじゃろうな。」
「あれ?超越者や魔人になるにはレベルを50にしないとなれないんじゃ?」
私の認識だとレベルを50に上げれば進化的な現象が起こると思っていたのだが?
「それは前提条件じゃ。生物としての枠組みを超える為に必要なものは強い意志じゃ。世界を屈服させる程の強い意志。それがないとレベル50を超えても超越者になる事はない。体外に魔力が抜けて終わりじゃよ。」
「逆に低レベルの者が高密度の魔力塊を取り込んでしまうとそのまま廃人になってしまうらしいですね。そして運が悪ければ魔人となってしまう。」
アルトス君が補足してくれる。
世界を屈服させる強い意志?
よく分からんが、超越者になるのは大変らしい。
……そうなると、私のチートで出した飲食物を流通させるとこの世界は大混乱になってしまうのではないだろうか?
飲み食いした人間は廃人になり、運が悪ければ魔人になり、たまに超越者になったりするのだろ?
―――駄目じゃん!!ホントに駄目なやつじゃん!
や、やばいな。かなり気軽に飲食物を出していたぞ!?
「ガッハッハッ!安心せぇ。それはあくまでも低レベルだった場合の話じゃ。儂やアルトスの坊主みたいに高レベルの奴にとっては、呑むとレベルが上がる美味い酒じゃ。そうさのぅ? この魔力濃度ならレベル10も超えてれば問題はないじゃろ。」
楽しそうにバシバシと私の腰を叩く親方。
「ま、まぁそれなら良い……のかな?」
「良い良い!いやぁ噂に聞くシャチョーとやらが来ると聞いていたから戦々恐々としていたが、なんのなんの!こんな美味い酒を呑ませてくれるとはとても良い御仁じゃ!長生きはするもんじゃのう!」
「……結局、親方が1人で呑んじまったし。」
「オラも呑みたかった……。」
「くそっ……。」
嬉しそうな親方とは裏腹にしょんぼりしている工房の面々。ドワーフってお酒好きって言うもんな。
……ふむ。まぁ接待と考えれば悪くないか。
アルトス君達の武器もそうだし、開拓するにあたってもドワーフの力を借りれるなら有難いはずだ。
今後の付き合いも考えて適当な酒を渡してみるのも良いかもしれん。
どうせタダだし。
「ならまだ幾つか酒がありますから呑みませんか?変わりにと言っては何ですが、相談に乗っ―――」
「「「「喜んで!!!」」」」
「何でもしますぜ!?ヒューマンの旦那!」
「鍛冶か!?彫金か!?建築でもするぞ!!」
「それともあっしらの腕っ節か!?ドワーフは力が強いからな!戦士としても一流さぁ!」
ぐ、グイグイ来るなコイツら……!
目の色を変えたドワーフ達が詰め寄って来る。
暑苦しい事この上ない。
「落ち着けぃ!馬鹿者共!!シャチョーの旦那が困ってるじゃろ!!」
親方ドワーフの一喝が飛ぶ。
ピタリと動きを止めるドワーフ達。
ふぅ。助かった……。
「……それで、じゃ。シャチョーの旦那。儂らドワーフは酒に目がない。じゃから美味い酒片手に仕事を頼んで来る輩は後を絶たん。」
改めて親方ドワーフがこちらを見据えて話しかけて来る。
「じゃからこそ、儂らは酒にはうるさい。
下手なものを出して来る輩の仕事なんざ死んでも受けん。分かるかの?酒を片手に仕事を頼むという行為は、むしろ儂らのハードルが高くなるんじゃ。」
言いたい事は分かる。
下心ありありの変な依頼なんか誰も受けたくない。
しかも手土産も不味いとなれば絶対になしだろう。
「巷では神だが悪魔だが色を噂のあるアンタだが、儂らドワーフは見た物しか信じん。先ずはその酒を見せてくれんかのぅ?」
う、うーむ。そう改めて言われると何だかドキドキするな。取り敢えず、そうだな。
ここはやはり日本人らしく自国のお酒を勧めてみるか。
「では、こちらをどうぞ。私の産まれ故郷の酒でして―――。」
そう言いながらチートを発動させ小さなガラスのお猪口に入れた透明な酒を手渡す。
しかし、さっきからチートの発動を見せてしまっているのだが、良いのだろうか?
完全にスルーされている気がする。
グビりと親方ドワーフが酒を呑む。
その刹那。
カッと親方ドワーフが光り出す。
ま、またこのパターンか!?
「素晴らしい……素晴らしい酒じゃ。残りの人生全てを捧げる程に……!ふぉおおおおおお!!!」
何やら光の向こうから親方ドワーフの叫びが聞こえる。大丈夫なのこれ!?
光が収まると、そこには片膝をついて跪く親方ドワーフがいた。その右肩にはしっかりと橘の花の刻印が刻まれている。
「
ま、マジか……。
「給料は幾らでも構わんが、酒はつけて欲しいのう?社長。」
この爺、酒欲しさに世界を屈服させやがった……!
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