土地開発の本格始動と行商人

一昨日ボルドー氏との商談を締結し、昨日には早速納品に行ってきた。


納品した武具から魔宝玉が見つかったり、鉄の剣と言って渡した剣がオリハルコンなる不思議金属で出来ていたりと、なんやかんやあったが無事に納めることが出来た。


―――が、



「やはりのぅ!エルフ共の魔術を使えば劇的に鍛冶屋の仕事が変わるわい!まさか木型や砂型なしで鋳造出来る様になるとはのぅ!」


「風魔術を応用した圧縮・打撃魔術を使えば鍛造と鋳造を組み合わせた新技法が出来るたァ目からウロコですぜ!親方!」


「りゅ、流体魔術で気泡や結晶組織の方向をコントロールする鍛流線操作技法も傑作だと思うんだな!」


「冷却魔術もすげぇよな!」


「うむうむ!これを使えば更に金属の真理に踏み込んだ新たな合金も出来るはずじゃ!」



……一向に在庫が減らないのである。

いや、むしろ増えている。


何だかよく分からない事を言いながら、一瞬足りとも休むことなくザップ氏率いるドワーフ達が武具を作り続けているせいだ。



元々は真っ当な工房だったのだが、今では溶かされた金属の球体がフワフワと惑星の様にいくつも宙に浮かび、時折衝突したり分裂したりを繰り返している実にファンタジーな工房になっていた。


複雑な軌道で公転を繰り返す金属球は、最終的に剣や槍、盾、鎧などの様々な武具の形にグニグニと変化し、ドワーフ達がハンマーを使って細かな調整をしている。


ドワーフ達は社印ネットワークを使ってフラウ君のエルフの魔術を学んだらしく、それと掛け合わせた鍛冶魔術なる新技法を創り出していた。


その速度は異常だ。

剣1本出来るまでに掛かる時間はおよそ15秒。

産業革命も真っ青な速度だ。




「ザップ氏。そろそろ造るのを止めてくれないか?

もうホント置くところがないんだ。つぅか、売り先がないものをドコドコ造るんじゃない!」


「何を言うておる!社長!アンタはこの都市を恐怖のどん底に陥れたCEOじゃろ!?この大陸に混沌を振り撒く死の商人になると言うあの日誓った約束を忘れたのか!?」


「そんな日はない!!訳の分からん思い出を捏造するな!と言うかお前達は単に鍛冶をしたいだけだろ!!」


「うははははは!そりゃあそうじゃ!儂らドワーフに素材と技術を与えればこうなるのは当然の帰結!さぁ社長!さっさと出来た武具を売りさばく作業に戻るんじゃ!!もう足の踏み場もありゃせんわ!」


くそっ!認めやがったぞ!このブラック社員共め!

下手に利益を生み出しているのが恨めしい……。


どれだけ二束三文で売ろうとも、コイツらの造る武具は私がチートで出した素材をベースにしている。


つまり、元手は0だ。

粗利は驚異の100%。純利益でも9割越えと言う、詐欺師よりも詐欺まがいな利益を叩き出している。


しかし、こいつらが仕事をすればするだけ私の負担が加速度的に増えていく。

私は人をこき使うのが好きなんだ!

いくら儲かってもこれじゃあ意味がない!



……それもこれも営業が出来るやつがいないのが問題なのだ。


フラウ君を筆頭にウチの社員達に販売を任せるのは怖い。何せちょっとした贈り物を渡して来てくれとお願いしたら戦争秒読みになってしまったのはつい先日の話だ。


マイヤ君やモリー君もかなり怪しいしな。

昨日、侯爵の所で何本か魔剣を売ったと金貨の詰まった袋と共に報告を受けたが、本当に問題なかったのだろうか?



「ともあれ、人材不足もさる事ながら目下の問題は在庫スペースだな……。」


ため息とともに独り言ちる。


昨日納品に行った際にボルドー氏からも冒険者の紹介を受けたしな。アルトス君達も現地入りして頑張っているようだし、もう前倒しで開発の話を進めるべきかもしれん。


それを聞いてニヤリと笑うザップ氏。


「安心せぇ。アンタの部下はみーんな優秀じゃ。

そう来ると思って儂ら社員一同、手抜かりなく進めちょる!」



優秀……。優秀?

いきなり戦争をふっかけようとしたフラウ君を始め、ミスしたら死のうとするログ君やソフラ君、口調が気に入らないとボルドー氏を殺害しようとした社員の面々、入社以来眠ることもなくひたすら鍛冶をし続けるザップ氏の顔が次々浮かぶ。


まともなのはダレン君達子ども組くらいだ。


何と言うか常識が違うんだよなぁ。

面倒臭いが社員教育をもっと充実させるべきか?



◇◇◇◇



帰らずの森は複数の縄張りエリアで構成されている。


いつしか街道沿いの浅いエリアは人を襲うオーガや魔獣の縄張りとなってしまい、王都から西へ行く旅人の驚異となっていた。



「実際、王都の西側とはそこまで行き来は活発じゃあないんだ。これだけ街道が発達していてもね。

さっき渡った王都とバーバレスト領の境の大きな河を超えればもう魔境扱いさ。」


「帰らずの森のオーガや魔獣が原因なんだっけ?

私のいた森でも有名だったわ。って事はもう魔境なの!?お、オーガが出るのよね……?」


ポクリポクリとのんびりと若い行商人の男女2人が荷馬車で街道を行く。

女の方がキョロキョロと忙しなく辺りを見渡すが、

特に変化はない。


街道の右手には大きな暗い森、帰らずの森が広がっていた。



男の方はジャケットにベスト、パンツのスリーピースにリボンタイ。

行商しやすい様にゆったりしたズボンを履き、ごついブーツに裾を入れたブーツインスタイルだ。


実はこの世界、素材やセンスこそ違えど服の形自体は現代日本に近い。普通にジャケットやスーツ等がフォーマルな服として存在している。



女の方は質素だが清潔なワンピースで、足元はズボンとブーツを履いている。ベトナムのアオザイの様なシルエットだ。

民族衣装なのか、砂漠の民のようなスカーフを被っている。


どちらも歳の頃は20代中頃から30代前半。

まだまだ働き盛りの頃だ。



「はっはっはっ。帰らずの森はエルエスト王国でも有名だ。だからこそ実際の被害より過大に見えてしまうものさ。」


「そ、そうなの?」


「うん。聞いた話、大体王都でスリに遭う確率と同じくらいかな?」


「……それは良いの?悪いの?」


「10回あれば1回遭うかくらいさ。」


眉をひそめる女にあっけらかんと笑う男。


「アーノルド、貴方って人間族ヒューマンでもかなりの楽天家よね……。

ねぇ、今後は目的地を決める時は私に相談してくれない?」


「あー、そうだね。アンネ。……次の機会があればだけど。」


固まった表情で前を見続けるアーノルドと呼ばれた男。アンネと呼ばれた女が訝しげな顔でアーノルドの視線の先に目をやる。



体長2mを優に超える大きな人型の怪物の群れがこちら目掛けて走って来ていた。


牙だらけの口は大きく裂け、赤銅色の体色をし、異様に太く長い両腕には粗雑な石斧を持っている。


「GuAAaaaaaaaaaaAaaaaaaaAAAa!!!」


咆哮を上げながら向かってくるその様は、シルエットこそ人に近い形をしているが、完全に人類以外の存在だ。



「お、オーガじゃない!!あー、もう!

《汝、不変なる物。全ての母にして父。矮小なるこの身を災いから助けたまえ!大地土壁アースウォール!!》」


荷馬車の前に巨大な土壁が出現し、そこに数体のオーガが突っ込む。


「GuO!GraaaaaaAAAaaaau!!」


怒ったオーガの叫びと共に土壁を叩く轟音が響く。


オーガは賢くない。

むしろ、かなり頭の悪い生物だ。

高位の戦士や魔術師なら上手く戦えれば無傷で倒すことすら出来る。


しかし、その低い知能と反比例した圧倒的な身体能力は決して侮ることは出来ない。


目の前に障害があればその剛腕で叩いて潰し、本能の赴くまま獲物に食らいつく。

不意の遭遇戦において、オーガは圧倒的な力を発揮する。


メキメキと土壁がひび割れる。


「アーノルド!早く荷馬車を反転させ―――」

「馬鹿!荷物なんかどうでも良い!早く逃げるぞ!」


アーノルドがアンネの手を掴んで荷馬車から飛び降りた瞬間、壁の向こうで轟雷と豪炎が走った。


あまりの轟音に音が消し飛び、2人の視界が白く染る。


薄れ行く視界の端で、紫電を纏い、炎の吐息を吐く2頭の黒い馬が見えた。



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