先行部隊と在庫処理

帰らずの森。


その陳腐な名称とは裏腹に、エルエスト王国でも最大最悪の魔境である。


肥沃過ぎる魔素が原因となり、木々はまるで樹齢数千年を越えるかの様な巨大さを誇り、この森に巣食う獣達はすべからく魔物と化している。


流れ着いた魔人達も入り乱れたその独自の生態系では、ありとあらゆる人類種は最下層に分類される。



―――はずだった。




第4班ソフラ班より本部。魔術探知にてオーガの群れを発見。位置送信。数16。援軍を願う。』


『本部了解。第4班ソフラ班はその場で援護射撃。第1班アルトス班突入準備。』


第1班アルトス班了解。カウント5で突入を開始する。―――アルトスさん!南西2キロ!オーガの群れ!数16です!カウントスタート!5!4!3!2!1!今!」


「よぉし!『雷帝紫電サンダーボルト』!!フルスロットル!!!」


タチバナ謹製の雷帝紫電サンダーボルトと名付けられ魔剣が輝き、アルトスが紫電を纏う。


その刹那、空より光の矢が五月雨の如く2キロ先にいるオーガの群れに降り注ぐ。


ソフラ達第4班が放つ光の矢だ。


魔剣の力で雷そのものとなったアルトスが光の豪雨を避けながらオーガの群れを目掛けて突っ込んで行く。


雷の化身となった今の彼ならば、2キロは一投足の間合いに過ぎない。


16体ものオーガの群れは何も出来ないまま光の矢に撃ち抜かれ、紫電を纏ったアルトスに首を跳ねられた。


アルトスが魔剣の試し斬りと称して先行部隊と合流してまだ1日目だが、狩った魔獣や魔人の数は100を超える。


「ハァハァっ!―――よし。殲滅完了だ!ログ君。報告を頼む。当方に損害なし。まだまだ行ける!」


息こそ切らしているものの、戦意が高揚しているアルトスはギラギラした目付きで次の獲物を求める。


完全に狂戦士の顔付きである。


「―――いえ。許可が降りませんでした。

作戦行動領域から外れている為、一時帰投せよとの事です。」


「……ふぅ。そうか。少し調子に乗りすぎてしまったな。済まないね、ログ君。本当なら僕がストッパーにならないといけないのに……。」


「いえ、―――」



ヒュパっ!キィン!!



ログが腰に差した片手剣を抜き、突如飛来してきた粗悪な矢を叩き切る。


「敵襲!?」

「……逃げられました。恐らくゴブリンです。」


天然の猟兵イェーガーたるゴブリンを探索するのは熟練冒険者でも至難の業だ。

特に魔力が濃いこの森では、魔力の少ない低レベルのゴブリンは文字通り森に溶け込んでしまう。


「……流石だね。」


「ええ。完全に森に溶け込んでいます。エルフが森とゴブリンに習えと言うのも分かりますよ。」


―――違う。

僕が褒めたのは君に対してだ。


アルトスは内心舌を巻く。


ログはアルトスですら気づかなかったゴブリンの矢を精妙な斬撃で斬り落としたのだ。


たった数日前まで、その有り余る力を振るう事しか出来なかった筈なのに、今ではアルトスと同レベルの剣の腕になっている。


これがマリーナが言っていた社員のスキルか……。


……反応速度はレティ並で、今の動きは僕の動きそのものだった。

魔剣を与えたのだから技術で返せ、と言うことですか?タチバナ様。


社員達の持つ超越者のスキルにより、社員達は今やアルトス達の技術を完全に取り込んでしまった。



アルトスはいつものように笑うタチバナを夢想する。


「ふふっ。つくづく恐ろしい人だ。」


全ては貴方の計画通りなのでしょうね。

タチバナ様……。



◆◆◆◆


……や、ヤバい。

どうしよう、この状況。


完全に想定外だ……。



「そうじゃ!そうなのじゃ!刃先の結晶構造の変化じゃ!刃先の組成がマルテンサイト化することでより強固な刃となるんじゃ!」


「親方!ここ!ここに複数の素材を合わせた際のデータが書いてます!」


「おぉ!儂が考えた複数素材の工法がこんなに詳しく体系化されおるなんて……!すぐに試すぞ!

魔力を吸った魔鋼等でも試してみたい!」


ザップ氏が言うが早いか、ガガガガガガガガっとまるでマシンガンの様な音を立てて鉄を打つ。


ここ数日、ドワーフ達はずっとこの調子だ。


切っ掛けは社員になったドワーフ達が私に鍛冶の知識が欲しいと言ってきた事だ。

私の知識から何かヒントの様なものを得ようとしたのだろう。


当然、そんな知識は私にはない。

何か本や論文があればなと思った瞬間、またチートが働いてしまったのだ。


ザップ氏達は山の様な書籍を前に感動に打ち震えながら、本を読んではその技術を試すと言うサイクルを繰り返している。


社印のスキルのせいで疲れにくくなっているのだろう、一切休憩を挟むことなく剣を打ち続けているのだ。


いや、確かに社員全員分と雇う冒険者達用に魔剣が欲しいとは言ったけどさ。

どうするんだよ、この魔剣の山……。



「社長!魔宝玉が切れた!次を出してくれぃ!なるべく色んな種類を出して欲しい!」

「あ、魔鋼も少なくなってます!」

「そろそろ緋緋色金や金剛鉄鉱石アダマンタイトとか神銀鋼オリハルコンなんかも試してみたいっス!」


「……いや、良いよ?良いんだよ?確かに魔剣は必要だしさ。君達の技術力向上は利益に繋がるし。」


技術力に定評のあるドワーフ達が入社したのだ。

彼等の技術を売りにするのは我社の経営戦略としても理にかなっている。


我社は商社と銘打ってはいるが、メーカーとしてやって行くのも悪くはないだろう。


独自技術があると不況に強いしな。


しかし―――。


「こんな魔剣造ってどうするんだよ……。」


100本超えた辺りから数えるのを辞めたぞ!?

しかも全部魔剣だ!


私とてこの数日遊んでいた訳ではない。

そろそろこの世界の常識や商品の事を知ろうと色々調べていたのだ。


それによると、この世界において魔剣とは兵器に相当するらしい。


素材が希少かつ1振り1振り手作りなので数を揃えるのは大変なのだが、魔剣保有数はその国の軍事力を見る際の重要な要素となる。


つまり、この剣の山は大量破壊兵器の山とも言える。


こんな物、警察機構に見つかったら取り敢えず即逮捕でも何ら不思議ではないだろう。


気分はテロリストだ。



「どうって、売れば良いじゃろ?販売とか経営は社長の領分じゃ。好きな様にすりゃあええじゃろ。この工房も既に社長のモンじゃしな。」


いや、理屈だとそうなんだろうけどさ。


……考えられるとすれば先ずはレブナント侯爵なのだが、正直レブナント侯爵に魔剣を売るのはなー。


いや、私としては吝かではないのだが、めちゃくちゃ世間体が良くな―――。


……うん?

ザップ氏が今訳の分からない事を言った。


この工房が誰の物だって?


「事実です。叔父……いえ、侯爵に言って社長の市民権を先に発行させてこの工房の代表にさせて頂きました。既にこの工房の名前もタチバナ総合商社バーバレスト支店に変えております。」


なぬ!?ほ、ホントだ!

表の看板にはデカデカとタチバナ総合商社と書いてある!いつの間に!?



「侯爵は元々事務畑の人ですしね。この程度は簡単な事でしょう。魔剣の売り先についても侯爵に売れば問題ないかと。負い目のある私やモリーから言えば断られる事はないと思いますわ。」


「……マイヤ君。それ分かってて言ってるよね?」


「……幸い社長以下、我社には貴族はいません。

何か問題があれば、その責任は全て侯爵になるでしょう。」


うん。だよね。問題になるよね。

やっぱり魔剣を侯爵に売るとそうなるよね。



考えても見て欲しい。


魔剣は大量破壊兵器だ。


そんな物を大量に侯爵が買い揃えているのを見たら周りの人はどう思うか?

しかもあろう事かそいつは当主の座を簒奪した札付きの悪と来れば結論は1つ。


誰がどう見ても謀反フラグだ。


私がこの国の王なら適当な罪をでっち上げて魔剣を没収し、その上で侯爵を処罰するだろう。


加えて出処の私にも調査の手が伸びるのは間違いない。



「……マイヤ君。君、侯爵の事を認めるみたいな事言ってなかった?下手すれば侯爵は殺されるよ?」


「認めておりますわ。使えないボロ布かと思っておりましたが、最低限、雑巾程度には使えそうだと言う程度には。むしろ、この程度で殺されるのならば死ねば良いのです。」


マイヤ君のブラックを通り越してダークネスな発言に絶句する。


いや、まぁ確かにマイヤ君からすれば侯爵は自分と婚約者を殺そうとした主犯だしな。

言いたい事も分かるが。


「すみません。社長。自分はそうでもないのですが、貴族は笑顔で握手をしながら足元で蹴り合う様な人種ですので……。」


モリー君がフォローと言うか釈明してくる。

なるほどね。その辺の機微は分からんでもない。



「―――しかし、だ。レブナント侯爵の生き死には兎も角、やはり全ての魔剣を侯爵に降ろすのは良くないな。あの侯爵の事だ。下手したらこちらにまで飛び火させるだろう。」


腐っても4大侯爵の1人、この国の西側全域を守護する大貴族なのだからそうそう簡単には潰されないとは思う。


しかし、あの小心者の侯爵は大量の魔剣を周りから問題視された瞬間に私を売るだろう。


そりゃあ平民1人売れば責任が回避出来るなら誰だってそうするだろう?


現状の侯爵との関係性は、侯爵が負い目のあるマイヤ君やモリー君が私の部下にいる事と、この前の魔宝玉や盾の件などの様に侯爵の裁量でどうにかなる範囲で利益があるからだ。


それが狂えば彼は明確に敵に回るだろう。



「そうですわね。あの小心者の侯爵が何かやらかしたら社長にまで言及されるでしょうし、あまり信用し過ぎるのは良くないですね……。」


「そうだろう?魔剣メーカーとして他の商人に売っても良いんだが、これだけの数を捌こうとすると面倒だしな。中々悩ましいな。」


結局在庫があっても販売ルートが限られているのが問題なんだよな。


侯爵ルートは案外使えないし……。


「となると冒険者ギルドですかね。」


ポツリとモリー君が呟く。


あぁ、それが良いかもしれんな。

ギルドは国家に左右されない武装組織だ。

あそこに販売するのが1番後腐れないかもしれん。


どうせ商人ギルドに加入する気はなかったんだ。

うん。それが1番良いだろう。


「よし、その線で行こう。一応、レブナント侯爵にも幾つかは流しておきたいからそっちの対応はマイヤ君とモリー君で頼む。無理売りする必要はないからな。私はフラウ君と冒険者ギルドに売り込みに行く。」


「「はいっ!」」



ガチャン!!ガチャガチャガチャガチャガチャ!


「親方!剣の山で雪崩が!」

「外に出しておけ!まだまだ増えるんじゃぞ!」

「も、もう置き場所が……!」

「……儂らはタチバナ総合商社の社員じゃ。この剣の素材も社長持ち、つまりこの剣は全て社長の物じゃ。どうじゃろ?社長の部屋に置くというのは?」

「とんでもねぇ詭弁ですぜ。親方……。」



「……金額は幾らでも良いからなるべく多く買い取って貰ってくれる様に伝えてくれるかな?」


「……はい。」


銀貨どころか銅貨1枚でも良いかもしれん。

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