第26話 黒豚王子は着替えをのぞく


 ――RPGにおける仲間キャラクター。


 彼らが主人公の仲間になる経緯には、実にさまざまなパターンがある。


 最初から一緒の幼馴染的なキャラクターもいれば、旅の途中で主人公が助けて仲間になるキャラクターもいるし、最初は主人公と敵対していたのにいつしか和解して仲間になるキャラクターなんてものもいる。


 なかでも亡国の女騎士キャロル・ドラ・トラフォードというキャラクターは、最初は主人公と敵対していたのに和解して仲間になるパターンのキャラクターだった。


 その経緯はこうだ。


『ファイナルクエスト』本編開始前、キャロルの祖国ダストリアは隣国エルネイドとの戦で滅びてしまう。キャロルはその戦で父である皇帝カスケードふくめた一家郎党を皆殺しにされ、自身だけが他国に滞在していたおかげで生きのびることとなる。


 その結果、キャロルはエルネイドとそれに味方した国々をひどく憎んだ。


 そこで復讐に協力すると彼女に近寄ってきたのが、四魔将ベルゼブブだった。


 キャロルはベルゼブブの手をとって暗黒騎士として魔王軍の傘下に入り、勇者パーティーと度々衝突することになる。


 しかし勇者パーティーとの度々の衝突のなかで、驚愕の事実が判明する。

 なんとダストリアとエルネイドが戦になるように仕向け、国が滅びる原因をつくったのは実はベルゼブブだったのだ。


 恩人だと思っていたベルゼブブが仇敵だったと知り、キャロルは勇者たちと共闘。勇者パーティーに参加するというのが『ファイナルクエスト』での筋書きだ。


(でもいまの時間軸だとダストリアも滅びていないし、なんのためにキャロルはピシュテルなんかにいるんだ……?)


 あらためて思案してみると、考えられる理由はひとつだった。


 ブラットが休学していたこの二ヶ月のあいだに、キャロルはこのピシュテル王国に突如として留学してきたらしい。


 ダストリアとエルネイドの戦の折、キャロルは他国に滞在していた。その他国がこのピシュテルだったということだろう。もしかすると戦を予期した皇帝が、あえてキャロルを疎開させたのかもしれない。


 とにもかくにも、そうとなるといろいろな話が一気につながってくる。


 広場で目撃した灰色のマントは、やはりキャロルだったのだろう。ダストリアがまだ滅びてないと言っても、ダストリアの人間をピシュテルで見るのは稀だ。なぜあそこにいたのかはわからないが間違いあるまい。


 そして剣舞祭でアルベルトを差しおいて優勝したのは誰かと思ったが、それもこのキャロルだろう。キャロルはアルベルトよりもあとに仲間になるキャラクターで、当然アルベルトよりも強かった。現在でもその力量差が健在と考えると納得がいく。


(いろいろとつながったのはいいが……キャロルのピシュテル滞在中にエルネイドとの戦が起きるとすると、ダストリアの滅亡日は思ったよりもずっと近そうだな)


 となると、予定が狂う。


 勇者が魔王を倒して世界を救うという物語の都合上、『ファイナルクエスト』では本編開始時に世界中の民が魔王の手によって苦しめられているという状況だった。


 だからブラットは自身の死亡エンド回避の手はずを整えたのち、できるかぎり苦しんでいる民を救うために動こうと考えていた。


 史実を変えればさまざまな問題が出てくるのは容易に想像できたので尻ごみしていたが、猫人族ケットシーのことがあって気が変わった。あのように苦しんでいる人々がいるのに放っておくわけにはいかないと思ったのだ。


 そしてダストリアについては国ごと滅亡させられることもあって、早く動かねばとも思っていた。もう少し猶予があるかと思っていたが、あまり猶予はなさそうだ。もはや戦はいつ起きてもおかしくない。


(キャロルに信じてもらえるかはわからないが、話してみるしかなさそうだな)


 こうなると選択肢はない。


 ダストリアに迫る危機について、キャロルにすべて話すべきだろう。すでにダストリアとエルネイドのあいだには不穏な空気がただよっているとも聞く。その状況で王子という立場のブラットがまじめに話せば、完全に無視されることはあるまい。


 キャロルがそれでうまく動いてくれれば、ブラットが余計なことをせずともダストリア滅亡の危機を回避できる可能性もある。


 ブラットはそのようなことを講義時間をフルに活用して考え――




(ここにいるって聞いたんだけど……)


 ――放課後。

 学院敷地内にある第5魔法演習場に来ていた。生徒に聞きこみを行った結果、この場所でキャロルが放課後に毎日鍛錬に励んでいると耳にしたからだ。


 キャロルはまだ留学してきて二ヶ月ではあるが、すでにその圧倒的な実力と美貌で生徒に人気を博しているらしい。特にその凛々しい顔と紳士的な立ち居振るまいのせいで、女子人気がすごいようだ。


 女子が女子に人気というのは珍しい気もするが、女騎士で男装の麗人といった雰囲気なので前世での宝○歌劇団のキャストみたいなものと考えれば納得はいく。


(男の俺から見てもかっこいいしな)


 そもそもキャロルは『ファイナルクエスト』作中で性別が終盤まで判明せず、発売当時は性別議論が盛んに行われたものだ。結局は女だったわけだが、いまだに公式設定にあらがって男だと主張する過激派も存在する。


 まあとにもかくにも生徒人気があるため、そのへんで適当に話を聞くだけですぐに場所がわかって非常に好都合だった。


(……来るのが早すぎたか)


 あらためて演習場を見回すブラットだが、キャロルの姿は見当たらなかった。

 講義が終わってから最速で来たため、さすがにまだ来ていないのだろう。


(ちょうどいいし、適当に待ちながら指輪でロードに近況でも聞いてみるか)


 演習場のすみのベンチに腰かけ、“魔物使いの指輪”に魔力を流しこむ。


 そしてテイムしたスカイマウンテンの魔物のなかでも、指揮官として指名したアンデッドロードに心のなかで呼びかけた。



『ブラットさマ……お呼びでしょうカ?』



 それからしばしあって、心のなかにロードの意識が入りこんでくる。


(ああ、こちらの声は聞こえるか?)

『はい、大丈夫でございまス』


 実際に使ったのは初めてだが、どうやら話すぶんには問題ないらしい。


(それでそちらの調子はどうだ?)

『はい、ブラットさマに教えていただいた方法で、みな順調に鍛錬に励んでおりまス。なかでもゴブリンなどの成長が早い種族ハ、すでにホブゴブリンといった上位種へと進化を遂げ、特にやる気に満ちあふれておりまス。皆が一段階進化を遂げた段階で、ブラットさマに名をいただいた7体の魔物を長に据え、一帯の魔物たちの統率に入る予定でス』


 嬉々としてそう述べるロード。

 どうやら予定よりも順調にいっているようでなによりだ。魔物ということでみくびっていたが、予想以上に有能らしい。


(確かに一段階進化した状態ならば一帯の支配には問題ないとは思うが……急ぎのことではないので無理だけはするな。犠牲者が出てはこまる。簡単に戦略的な戦闘方法を教えるので、それも利用して確実に勝てると踏んだときに動け。いいな?)

『おお、なんと心優しい主さマ! 我らごときにお心遣い感謝いたしまス!』


 ロードは感動したような声音で言い、さらにほかの魔物たちのすさまじいほどの喜びの感情が指輪を通して伝わってくる。


 忠誠心がすさまじくてありがたいことだ。


 それからブラットは『ファイナルクエスト』のプレイヤーであれば当然のごとく知っている一般的な戦闘のコツをロードに伝授した。知識としてこのコツを知っているだけでも犠牲者が出るリスクはさがり、レベリングの効率もあがるはずだ。


(それとロードよ、我らごときなどと卑下するのはやめろ。おまえたちはこれから栄誉ある我が軍の中核となってゆくメンバーだ。威厳をもってもらわねば困るからな)

『我が軍……と申しまスと?』


 ロードはきょとんとした調子で言う。


(そうか、おまえらにはまだ言ってなかったな。俺はおまえらを中心に軍を組織することにした。そしてそれを魔王軍さえもこえる最強の軍にしたいと思っている。なにものにも縛られぬ……自由を手にするためにな)

『魔王軍をこえる最強の……軍!?』


 ブラットが芝居がかった口調で告げると、ロードは驚愕の声をあげる。そしてほかの魔物たちの心も一気にざわめくのを感じた。


 まあかっこつけたものの、実際は死亡エンドに怯えて生きるのが嫌だから、自分を守ってくれる強い仲間を集め、自由に人生を楽しみたいというだけだが。


『す……すばらしい考えでございまス! 確かに現在の魔王軍は腑抜けておりまスし、ブラットさマこそが魔王のなかの魔王……にふさわしい御方だとこのロードは常々思っておりましタ! 我らはまだまだブラットさマの右腕どころか、指一本にさえなれぬ卑小な存在ではありまスが……全力で鍛錬に励んで、必ずやブラットさマの望む最強の軍団に成長してみせまス! 魔王軍を滅ぼし、この世界を支配いたしましょうゾ!!!』


 ロードは鼻息荒く――見た目が骸骨なので鼻息があるのかは不明だが――興奮した声音でまくしたてるように言った。


 なにか話がものすごく拡大解釈されている気がするが、大丈夫なのだろうか。


(あ、いや……別に俺はこの世界を支配したいというわけではないのだが)

『おお、なるほど……おっしゃるとおりでございまス! ブラットさマはいずれは魔界や妖精界といった次元世界をすべからく支配する御方! この世界だけに収まるような御方ではない。大変失礼なことを申しましタ!』

(え、あ……え?)

『そのような崇高な考えがブラットさマのなかにあったとハ……こうしてはいられませン! 我らもさっそく教えていただいた方法を極め、力を入れて鍛錬に励もうと思いまス! それでは失礼いたしまス!』

(ちょ……ロード! まだ話は……!)


 ブラットは慌てて呼びかけるが、そのときにはロードとの交信は途絶えていた。


(なにか変な方向に進んだような気もするが、やる気を出してくれたなら別にいいか。あいつらが裏切ることもないだろうし)


 静まりかえった演習場のなか、ひと仕事を終えた感覚で一息つくブラット。


 しかし、そのときだった。



「?」



 器具庫のほうから、人の気配を感じた。


 ブラットは正面口から入ってきたが、器具庫にも小さな出入り口があって、そこからもこの演習場に出入りできるようになっていたはず。もしかしたらキャロルがそちらから入ってきたのかもしれない。


 ブラットはゆっくりと器具庫に歩みよる。


 そして躊躇なく扉を開け――



「!?」



 そして、目にする。


 ずらりとならぶ訓練用の魔導人形と、その陰でいそいそと着替える女騎士キャロル・ドラ・トラフォードの姿を。

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