第21話 黒豚王子は魔物をテイムする
RPGの多くに登場する“敵モンスター”。
主人公側のキャラクターに比べてその数は膨大で、強大な力を持つものからマスコット的なかわいらしいものまで多種多様だ。
もしも敵として立ちはだかる彼らを仲間にできたとしたら、ゲーム性がいっそう増しておもしろくなるのではないか?
そんな制作陣の思いつきのもと、『ファイナルクエスト』では魔物を仲間にして戦闘をともに行えるという“テイミングシステム”が実装されていた。
“魔物使いの指輪”というレアアイテムを入手した状態で、戦闘中に好感度を上昇させる特定のアイテムを使い、好感度が一定に達していると、戦闘後に一定確率で魔物が仲間になる――テイムできるというシステムだ。
仲間になった魔物は元々の仲間キャラクターと同じように、パーティーに加えて戦闘を行うことができる。レベリングで強化することもできるため、その実用性の高さからプレーヤーたちは魔物を重用し、気づけばパーティーが魔物ばかりだったということもしばしば起こるほどの人気システムだった。
レベルに応じて進化する魔物も存在し、レベリングをする楽しさは仲間キャラクターたちを上回ったというのも大きいだろう。
そして周回プレイしたブラットにはもちろんそのシステムの知識があり、記憶を取りもどしてからは権力と財力に物を言わせて“魔物使いの指輪”を入手し、魔物をテイムするタイミングをうかがっていたのだった。
そしてついに今日――
「……」
思いがけずではあるものの、魔物のテイムに成功したのだった。
そこは猫人族の集落外れにある森のなか。
ブラットの眼前には魔物の群れがいた。
数はおおよそ100体近くいるだろう。ゴブリン、コボルト、オーガ、トロール、リザードマン等、その種族はさまざまだ。
しかしそれほどの数の魔物を前にしながらも、ブラットは動じていない。
それもそのはずだ。
魔物たちにはブラットに対する敵意がまるでなく、むしろその顔にはブラットへの親愛や尊敬の感情が浮かんでおり、さらにはまるで主君への忠誠を見せるがごとく、みな地面にひざまずいているのだから。
この魔物の群れこそが、ブラットが今日テイムに成功した魔物たちだった。
一体のアンデッドロードが群れから進みでて、魔物を代表して口を開く。
「ブラットさま、貴方のおかげで我らはサイクロプスの支配から開放されタ。この御恩はいつか必ずお返しいたしまス」
すると100体もの魔物の群れはそれに合わせ、こちらに深々と頭をさげてくる。
実は彼らはサイクロプスによって集落に派遣されたという例の魔物たちだった。サイクロプスには始末したと言ったものの、実は交信用の魔道具を破壊するだけにとどめ、説得して森で待機してもらっていたのだ。
というのは、彼らの多くはサイクロプス出現前からスカイマウンテンに棲んでいた先住の魔物たちで、サイクロプスに強引に従わされていただけだったからだ。
アンデッドロードの言うとおり、ブラットがやつを討伐したことで彼らは自由になった。そしてサイクロプスから解放したことで上昇した好感度を利用し、“魔物使いの指輪”の力でまとめてテイムしたというわけだ。
元々人間と棲みわけてひっそりと暮らしていたらしいが、万一にも悪さをしないようにという保険的な意味合いのテイムだった。
その結果、まるで王に接するかのことくブラットに接してくるようになったので正直とまどったが、忠誠を誓われるぶんには問題はないので放っておくことにした。
ブラットは平伏する魔物たちを見下ろして頭をかきながら、
「恩は返さなくてもいい。だがさきほどした約束は必ず守ってほしい」
「はい、おまかせくださイ。ブラットさまにいただいた知識と力で、必ずや一帯の魔物たちを統率し、人間には危害をくわえず、むしろ守れとの命を徹底いたしまス」
そう、それこそがブラットが彼らに下した命令――彼らと交わした約束だった。
そして彼らがその約束どおりに動いてくれることは間違いないだろう。
ブラットの手の“魔物使いの指輪”の力により、ブラットと彼らのあいだにはいま“心のつながり”がある。魔物たちの気持ちが自分のことかのようにわかるのだ。これほどの忠誠心を抱いてくれている彼らが約束を違えるようなことはなかろう。
(いまはどいつもレベル20前後ってところだけど、レベリングの方法も最低限は教えたし、魔王の配下がまたやってきたとしても追いかえせるぐらいにはすぐ強くなるだろう。これでこのあたりが平和になるといいが)
ブラットがそんなことを考えていると、魔物たちが一斉に立ちあがる。
「それでは我らはスカイマウンテンへと帰還しまス。ここで人間たちに目撃されれば、いらぬ諍いが起こる恐れがあるゆエ」
「ああ、頼んだぞロード」
テイム時につけた名を呼んでやると、アンデッドロードはいたく感動したらしく大仰な仕草で頭をさげてきた。
そしてまもなく魔物たちを引きつれ、ずらずらと森の奥へと姿を消した。
(……時間を食っちまったな)
巨人討伐からすでに数日が経っていた。
討伐直後、ブラットは高価な薬草やポーションを惜しみなく振るまい、討伐隊の負傷者を片っ端から癒した。慎重な性格のブラットは今世での初めてのボス戦ということもあり、消費アイテムを腐るほどに準備していたのだ。役立ってよかった。
オリハルコンスネーク狩りで城が建つぐらいに稼いだブラットからすれば屁でもない出費だったが、猫人族たちに涙ながらに感謝されたのは印象的だった。
まあ確かに彼らからすれば、ブラットが使ったアイテムは一生に一度使うかどうかの貴重アイテムであり、しかもそれを大量につかってもらったとなれば、それぐらいに感謝するのは当然のことなのかもしれない。
そして、その感謝のせいもあろう。
治療後に猫人族を護衛しつつダンジョンを数日かけて脱出したブラットはそのまま王国に帰還しようとしたのだが、「このまま返せば猫人族の名が廃る」とミーナに強引に集落での酒宴に連行されてしまったのだ。
本当はさっさと帰宅してゲームをしたいのに同僚の誘いを無碍にできずについ飲み会に出席してしまっていた前世の優柔不断なサラリーマン時代を思いださせられた。
とにもかくにも酒宴に参加したわけだが、ブラットは元々下戸なうえに王宮の高級酒に慣れていたこともあり、大量の安酒を浴びるようにのまされ、そのまま酔いつぶれて集落に一晩泊まることとなった。
最後のほうの記憶は完全に飛んでしまっているので、よからぬことをしていないか心配である。ミーナふくめた猫人族の娘たちが積極的に誘惑してきたものの、さすがに間違いは起こっていないと思うが。
そんなこんなで今朝目を覚ましたわけだが、大勢の人に見送られるのは気恥ずかしいし面倒だとの思いもあり、皆が寝静まっているあいだに発とうと集落を出て、魔物たちをテイムして今にいたるというわけだ。
(さっさとピシュテルに帰らないと)
予定よりもかなり時間を使ってしまった。
剣舞祭当日には十分に間に合うだろうが、確か剣舞祭に出場するには登録を事前にする必要があったはずだ。急がねばならない。
侍女のロジエにも「そろそろ授業に出るデス!」と口うるさく言われていたし、学院に通う必要もあろう。いくら王族でも仮病で散々欠席し、権力で強引に卒業したとなれば周囲の心象も悪くなる。
(うまくやっていけるかな……)
自主休講しているあいだにブラットは以前とかなり変わった。学院に通う貴族の子女たちとうまくやっていけるか心配だった。
(心配してもしかたないか)
元々うまくやれていなかったのだ。
以前よりまずくなることはあるまい。
竜笛を吹くと、しばしあって愛竜ギルガルドが飛来する。ばっさばっさと森の草木を激しく揺らし、ブラットの前に着陸した。
だが、その背に乗ろうとしたときだった。
「……もう行くのかにゃ?」
背後から少女の声が聞こえた。
振りかえると猫人族の若長かつ『ファイナルクエスト』では勇者パーティーの一員である少女、ミーナ・リーベルトが息を切らしてこちらへと近づいてきた。
「ああ、本来なら集落に寄るつもりもなかったからな。長居しすぎたぐらいだ」
しかたなしと向きなおって言うと、ミーナは悲しげに「そうか」とうつむいた。
しばし二人のあいだに沈黙が流れる。
こういった別れは昔から苦手で、ブラットは妙に気まずさを覚えた。
「……それじゃあ、また」
一言そう言い、ミーナに背を向ける。
すでに予定よりもかなり遅れてしまっており、焦っていたというのもある。これ以上ここで時間を無駄にはできなかった。
逃げるように愛竜の体に脚をかけると、だがそのときのことだった。
背後から強引に腕を引かれ――
「……!?」
瞬間――ちゅっ、と。
気づけばミーナの顔が眼前にせまり、ブラットの頰に口づけを落としていた。
ブラットはおどろきつつも、どうにか慌てることなく平静をたもつ。
前世では縁遠かった口づけではあったが、今世では儀式や挨拶で日常的な行為だった。いくら相手がかわいらしい猫耳少女だとは言っても、これはおそらく単なる別れの挨拶であり、動じるには値しない――
「にゃーは……おまえのことが好きだ」
はずだったのだが、ミーナが至近距離で顔を真っ赤にしてそんなことを言ってくるものだから、さすがにドキッとせざるをえない。
ブラットがその突然の告白にあっけにとられていると、ミーナは気恥ずかしくなったのか慌ててぷいとそっぽを向いた。
「いきなりこんなことを言ってすまんにゃ。一国の王子たるもの婚約者がいるだろうし……にゃーではつりあわないのはわかっている。どうこうなりたいというわけでもない。だが猫人族にとって自分の気持ちに嘘をつくことは自分を裏切ることと同義。だから気持ちだけは伝えておきたかった」
ミーナは一息に言い、唇を噛みしめた。
その表情から彼女がの言葉が冗談でなく、決死の想いで告げた本音だとわかる。
「……」
ブラットは口を開き、だが言いあぐねる。
あらためてミーナの言葉を咀嚼し、目の前の彼女が単なるゲームのキャラクターでなく、生きた人間なのだと再認識させられる。
冷静に考えてみると、自分はそんなミーナに対して不都合なことをごまかすためという理由がありつつも、けっこう軽薄なセリフを吐いてしまった覚えがある。そんな罪悪感もあって、返答に迷ってしまったのだ。
だがしばしあって――
「ありがとう、すごくうれしいよ」
ブラットはできるかぎり満面の笑みをつくって、ただそれだけ言った。
ミーナの告白が立場などをすべてを理解したうえで発されている以上、自分が伝えるべきなのは純粋にその告白をどのように感じたのかということだと思ったのだ。
ミーナはそれをどう思ったか「えへへ♡」と満足げな笑みをうかべ、弛緩した表情を隠すようにブラットの背を押してきた。
「気をつけろ。あの目玉みたいなやつを取り逃してしまったから、おまえがサイクロプスを討伐したことは魔王の配下どもに伝わっているにゃ。もしかしたら、おまえをねらって動きだすかもしれない」
「あ……ああ」
「猫人族はおまえに返しきれぬほどの恩があるにゃ。救われたこの命はにゃーたち自身のものであり、おまえのものでもある。力になれることがあったら頼れ。世界を敵にまわしても、にゃーはおまえの味方をするにゃ」
ミーナに満面の笑みで背を叩かれ、ブラットは勢いのまま愛竜へと乗りこむ。
その途中、耳元でミーナがぼそっとなにかをつぶやいた気がしたが、その瞬間にギルガルドが鎌首をもたげたため、その言葉を聞きとることはできなかった。
「……」
別れの感慨にひたりながら――
ブラットは猫人族の少女に別れつげ、ピシュテル王国へと飛びたったのだった。
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