第3章 学院

第20話 とある英雄たちの会合Ⅱ


「あらま、ほんとに倒しちゃった〜!?」


 “七英雄”のひとり“救世の聖母セインテス”セリエは、教会において教皇に次ぐ地位にあるとは思えぬ落ちつきの欠片もない声をあげた。


 ――世界のどこかにある薄暗い会議室。


 そこでは引きつづき英雄たちによる会合がひそやかに行われており、円卓には迷宮スカイマウンテン深部の様子がホログラムとして映しだされていた。


 そしてさきほど、彼らは目にしたのだ。


 バケモノじみた力を持つサイクロプスを圧倒的な力で完封し、さらには決死の自爆魔法を受けてなお生還したブラットの姿を。


 グラッセのなかば強引な勧めによって観戦しはじめたこともあって、当初は会合参加者の多くが興味なさげにしていたものの、現在は皆そろってホログラムの映像に釘づけで驚愕のうめきをもらしている。


「信じられん……弟王子アルベルトとの戦いのときとは別人ではないか。あれからたった一月強でこれほどの領域にまで達するとはのう」

「言ったろ、彼はバケモノだって☆」


大賢人ワイズマン”マーリンがいまだ信じられぬという様子で言うと、“魔神殺しデモンスレイヤー”グラッセは自分が褒められたかのように誇らしげに言う。


「バケモノなんてものではないぞ……ブラットとかいうこの王子は、ほんの一月前にはあの獣人たちと同等か、それ以下の存在でしかなかった。巨人のエサでしかなかったのじゃ。にもかかわらず今日、巨人に勝利するどころか余裕をもって圧倒して見せた。このような速度で人は成長できるものなのか?」

「できたのだからできるのだろうさ。正直以前までの彼は無能を絵に描いたクズだったけど、この様子だとこれまでの無能ぶりも演技だったのかもしれないね」


 まったく彼は底が知れない☆ と肩をすくめるグラッセは妙にご満悦だった。


「にしてもこれほどの急成長は異質じゃぞ。通常のそれとは明確に一線を画している。それこそ、悪魔とでも契約したか……あるいはこやつ自体が悪魔か神のごとき存在だというのでなければ納得できぬほどにな」

「悪魔か神……か」


 もしかしたらそうなのかもしれないね☆ と愉しげなグラッセ。


 一方でマーリンはむむむと気難しい顔で顎に手をあて、ホログラムがいまも映しだすブラットの姿をふたたび見やる。


「まあ……おぬしが見てほしいと言った理由も、そして弟子にとった理由もなんとなくわかった。しかし過度な期待は身を滅ぼすぞ」

「……?」


 グラッセはきょとんと首をかしげる。


「おぬしの弟子は確かにとてつもなくイレギュラーな存在じゃ。うん百年のときを生きたわしでも、これほど異質な存在は見たことがない。この世界に大きな影響を与えていく存在になるやもしれん。しかしそれがを救いだすきっかけになると期待しているのならば短絡的と言わざるをえん」


 厳しく諭すようにマーリンが言うと、グラッセは表情を変えぬまま口ごもる。


 だが例のように無視するのかと思いきや、



「ぼくはただ……彼の可能性に興味があるだけさ。どこまでいけるのかって」



 それにブラットくんっておちゃめでかわいいんだよね☆ といつもの軽口でそう続ける。だがそもそもマーリンの質問にまともに取りあうこと自体が、いつもの彼とは異なることにグラッセ自身は気づいていない。


「……それだけなら、いいがな」


 ふだんと異なるグラッセの態度に明確に気づきながらも、マーリンは短くそれだけ言ってそれ以上は言及しなかった。


 場が重苦しい沈黙につつまれる。


 はこの場にいるものにとって軽々しく触れられるものでなく、あえて触れようとするものもいなかったからだ。


 英雄たちはそれぞれ思考をめぐらせるように黙りこくり、その沈黙はマーリンがふたたび「ともかく……」と口を開くまで続いた。


「あの若さであの強さを持つ“巨人殺しジャイアントスレイヤー”の王子……こやつが何者にしろ、これから大陸の勢力図に大きく絡んでくるのは間違いなかろう。猫人族ケットシーの信頼を得た点も気になる。猫人族の集落周辺は貴重な鉱物や資源にあふれておる。あれが強力な魔法騎士団マギクナイツ擁するピシュテルにつけば驚異と言うほかない」

「あらまあ、これからいろいろと楽しいことになりそうね~♡」


 まるで王宮での夜会を待ちのぞむ令嬢かのように愉しげなセリエの言葉を聞き、マーリンは苛立った声をあげる。


「どこがじゃ! ただでさえ問題は山積みでキャパオーバーの状況だというのに……さらに問題を増やされてはかなわんぞ」


 大体おぬしらがしっかりせんから! と突如始まるマーリンの説教タイム。


 この説教タイム、とかく長い。


 それを皆わかっているため、我関せずといった様子ですぐに各々思考時間に入っていた。こうしてマーリンが落ちつくまでやり過ごすのが、彼らがマーリンとの関わりのなかで身につけた長説教への対処法なのだった。


 だが今回の説教はそれにしても長すぎた。

 グラッセはついに我慢できなくなったようで、大あくびとともに席を立つ。


「……そろそろ帰っていいかな?」

「なにを言うとる、いいわけなかろう!」

「でもきみの話は退屈だ。パーティー前の無能な国王の挨拶ぐらいにね☆」

「な……なにをおおおおおおおッ!!!」


 にわかに憤るマーリンだったが、「まあまあ~♡」とセリエにいさめられたことでどうにか冷静さを取りもどす。


「……まだ話しあうべきことはいくらでもあるのじゃぞ。おぬしの弟子が世界に与える影響もじゃし、イレギュラーと言えばも気になるところじゃし」

「あ、知ってる~! “全能なる預言者パーフェクトスコアラー”って呼ばれてる人よね~?」


 ――“全能なる預言者パーフェクトスコアラー”。


 預言的中率なんと驚異の100パーセント。口にした預言が必ず当たると各所でうわさの時の人。突如としてその名が聞かれはじめた謎の多い人物だった。


 預言がどのような力によるものかは不明だが、必ず当たるとなれば驚異。もしもその力が悪用されれば、ブラットと同様に大陸の勢力図を塗りかえかねない。それについても対策を話しあわねばならぬのだった。


 だが、グラッセは――



「そっか、でもぼく予定あるから☆」



 じゃっ! と聞く耳を一切持たず、さっさと会議室を出ていこうとする。


「ま、待たんか! この会合以上に大事な予定ってなんじゃい!?」

「ん、剣舞祭のブラットくん観戦だけど☆」


 マーリンが呪文で強引に動きをとめると、グラッセはしかたなしと振りかえり、悪びれることなくそう言った。


「剣舞祭……なるほどのう、貴族の小童どもの学院のトーナメントか。それにこのブラットとやらも出場するというわけか」


 そんなことだろうと思った、とマーリンはジト目で深いため息をつく。


「え、グラッセちゃんずる~い! わたしも観た~い! かっこよすぎてブラちゃんのファンになっちゃったもん♡ ねえ、マリンちゃん観に行かな~い!?」

「なぜわしが! わしは研究で忙しい。行きたいならグラッセと二人で勝手に行け。あとわしの名はマーリンじゃと言うとろう!」


 ぶう、とセリエは不満げな声をあげる。


「だってマリンちゃんがいないと行くだけでつかれちゃうもん~! 魔法で一瞬で連れてってくれるのなんて、マリンちゃんぐらいしかいないでしょ~?」

「……わしを便利な馬車かなにかと勘違いしとりゃせんか? あとマーリンじゃなくて、マリン……あ、いや逆じゃった」


 ああもう面倒くさい! とマーリンは髪をわしゃわしゃとかきむしる。


「ともかく誰かと行きたいのなら、カスケードでも連れてゆけ。カスケードのとこの小童はピシュテルに留学しておったろう。剣舞祭とやらにも出るのではないか?」

「え、そだっけ~? 確かカスちゃんに似て、すっごく強いって話よね〜? ブラちゃんと試合したらおもしろくなりそ〜!」

「へえ、それはぜひ観たいものだね☆」


 目を輝かせて相槌をうつグラッセ。


「……というか、マリンちゃんってこんなに小さいのにほんとにどんなことでも知ってるよね〜? えらいえらい♡」

「うるさい、ちびは関係なかろうが!」


 それにおぬしよりうん百は年長じゃからな、少しは敬え! と不満げなマーリンを無視し、セリエは会合で沈黙をつらぬいていたひとりの男に向きなおる。


「カスちゃん、せっかくだから行かない? 子供の晴れ姿見たいでしょ〜?」

「興味がない」


 身を乗りだして誘うセリエだが、男の答えは冷ややかだった。


「またカスちゃんそんなこと言って~♡ カスちゃんも、昔からそういうとこあるよね~! ほんとは気になって気になってしかたがないんでしょ〜?」

「そもそも吾輩は一国の主だ。貴様らのように軽々と他国の敷居はまたげん」


 そうあしらった男の名は、カスケード。

 邪悪な存在がはびこるデルトラ半島、そこにもっとも近い不毛の大地に領土を持つ“灰色の帝国”ダストリアのであった。


 邪悪な亜人や気性の荒い蛮族、そして“灰色の民”と呼ばれる原住民たちを強引にまとめあげ、皇帝に君臨するその狂気のカリスマから、“狂人皇帝バーサクエンペラー”の二つ名で呼ばれている。


「……ま、そうじゃろうな。ダストリアにはいまだ不穏分子が山といる。その対応にくわえ、エルネイドとの仲にも亀裂が入っておるのだから、寝る間もなかろう。特にエルネイドに関してはかの預言者によるもあるしのう」

「吾輩は預言などというものは盲信しない。だが我が国とエルネイドに不和が生じたのは事実。早急に手を打つ必要がある。無為な時間を過ごす猶予はない」


 ダストリアは一帯を平定して間もないこともあり、いまだ政情は不安定。皇帝が外遊している余裕がないというのは事実だろう。


 セリエもそれは理解しているらしく、いたしかたないと肩をすくめる。


「他に行きたい人もいなさそうだし……となるとマリンちゃんとグラッセちゃんとわたしの三人で行くしかないかしら〜?」

「勝手にわしをくわえるな! おぬしら二人となんてどんな罰ゲームじゃ!」

「え……行ってくれないの~?」


 セリエがこれまでになく悲しげに言う。

 こういった精神攻撃に滅法弱いマーリンは、ぐぬぬと唸り声をもらした。


「悲しげにしても無駄じゃ、わしは行かん」

「うううっ……泣いちゃう」


 ぷいとそっぽを向くマーリンだったが、セリアが鼻水をすする音とともに本気の泣き落とし攻撃に入ると、陥落は早かった。


「……ああもう、行けばいいんじゃろ!」

「やった~! マリンちゃんだぁいすき♡」


 マーリンがあきらめたようにため息まじりに言うと、セリエはさきまでのすすり泣くような声から一転し、嬉々とした声をあげる。


 あまりにちょろいマーリンだった。


「か……勘違いするでないぞ。ブラットとやらのことはいつかはこの目で真価を確かめる必要がある。それを早めたにすぎん。それにわしがまとめて連れてゆけば、移動時間は一瞬じゃ。会合も続けられよう」

「マリンちゃんツンデレ〜♡」


 茶化すセリエを無視し、マーリンはいまだ席を立ったままのグラッセに「わかったら議論再開じゃ」と声をかける。


 グラッセはやれやれといった調子で肩をすくめ、面倒くさそうに席に戻った。


「……よし、まずは魔王の残党どもについて話しあわねばな。サイクロプス討伐で彼奴らも方針を変えてくるやもしれぬし」


 そんなこんなで英雄たちは何事もなかったように普段の会合へと戻ってゆく。



 こうして――


 ブラット当人の預かり知らぬところで、各国にてパワーバランスを保つ人類最高戦力“七英雄”のうち、グラッセ、セリエ、マーリンの三英雄がピシュテル王国を訪問するという前代未聞の決定がなされたのだった。

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