第47話 とある一大勢力の決起集会


 ※前書きです。


 ついに書籍発売しました!(遅い)

 どうぞよろしくお願いいたします!!!


 また、星やハートやフォローでのご支援ありがとうございます。カクヨム外のショッピングサイトでまで応援レビューを投稿してくださった読者さまもいらっしゃって、ちょっと泣きました。感謝です。


 以下本編となりますが、今回は「書き忘れていたからここらでちょっと書いておかないとな」という番外編チックな話です。






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 これはリオネッタによるピシュテル襲撃事件の少し前のできごとである。



「――へへへ、一番乗りだぜ!」


 迷宮スカイマウンテン中層のとある回廊。


 そこを5人組の冒険者パーティーが下卑た笑い声をあげ、闊歩していた。


 彼らはここからほど近いアドラスという町を拠点とする冒険者だ。この迷宮に棲みついていたサイクロプスが討伐されたとの情報をギルドで聞きつけ、さっそく迷宮攻略へと乗りだしたのだった。


「しばらく漁られてねえ迷宮だからな、俺たちゃ今日で大金持ちってか!」


 サイクロプスが巣食って以降、この迷宮には人が寄りついていない。つまりは魔物が人から奪った金品や、ここで魔物に命を奪われた冒険者の遺品などが、手つかずでほぼ残されているはずだからだ。


「ゆ……油断しないほうがいいですよ、ここの魔物は厄介だという噂ですから。まだ魔王の配下が残っている可能性もありますし」


 そう不安げに口をはさんだのは、まだ若木のエルフの少女であった。


 いまだ危険が未知数ということもあり、少女は元々この迷宮の探索には反対していた。だがパーティーに加入したての新参者ということもあり、結局メンバーに強引に押しきられてしまったのだ。


「相変わらずメルルは心配性ねえ。これでもわたしたちは二つ名持ちが二人もいる上級パーティーなのよ? よゆーよゆー」

「それな。俺さまを誰だと思ってやがる。この“鉄腕”のダッシュさまの手にかかりゃ、オーガだろうが滅多斬りだぜえ」


 ここにきてあらためて注意をうながすメルルだが、メンバーたちはやはり聞く耳を持たず、無警戒にどんどん歩を進めていく。


 それもしかたないかもしれない。


 二つ名は第三級ダマスカス以上の冒険者にのみ名乗ることが許されるという暗黙のルールがあり、つまりは上級冒険者の証。


 このパーティーにはリーダーふくめ、二つ名持ちが二人もいるのだから。


 この迷宮の魔物たちは周辺では頭ひとつ抜けてレベルが高いことで知られるが、それでもサイクロプスクラスのバケモノが出てこないかぎりは、そうそう遅れをとることはないのは確かであった。


 だが冒険には不測の事態がつきもの。


 しばし探索を続けたあと、高価な装備をまとった屍を見つけ、パーティーが意気揚々と近づいた――そのときのことだった。



「な……なんだ、これは!?」



 あたりの地面が妖しい輝きを放ち、巨大な魔法陣が浮かびあがる。


 かと思ったときには、もう遅かった。が地面を突きやぶるように生えてきて、パーティー全員の両脚をつかまえたのだ。


「くそっ……放せ、放しやがれ!」


 冒険者たちは慌ててその腕を斬り落とすが、あまりに多くの腕に引っつかまれていたため、焼け石に水だった。努力もむなしく、ついには全員が地面に転ばされ、両腕両脚のすべてをその屍人の腕のようなものにつかまれ、完全に地面に磔にされてしまう。


 もはやどうしようもなくなったところで、それを待ちうけていたように十体ものホブゴブリンとオーガの群れが現れる。


 不気味な微笑を浮かべ、だらだらとよだれを垂らして舌舐めずりしながら、魔物たちは冒険者パーティーを取りかこんだ。


「オーガやホブがなんでこんな群れで!?」


 オーガやホブゴブリンは強力な上位種だ。


 だいたいが長として群れを率いていて、基本的に群れに一体や二体しかいない。それがこれだけの数いて、しかもトラップをしかけて統率された動きまでしているとなれば、驚くのも無理はない。


「や、やめろ……来るんじゃねえ!!!」


 冒険者たちはわめきちらすが、完全に地面から生えた腕に絡めとられ、もはや指先ぐらいしかまともに動かせなかった。


 たとえ二つ名持ちの冒険者であろうと、ふいうちでこのように身動きを封じられてしまえば、あとは脆いものであった。


 だが冒険者たちが死を覚悟した瞬間――



「……!?」



 ズドンッ!!! と強烈な爆裂音。


 なんと横合いから巨大な火球が飛んできて、魔物たちを吹きとばしたのだ。


「た、助かった……?」

「いや待て……あれを見ろ!!!」


 だが安堵するまもなく、冒険者たちはさらなる脅威を目の当たりにする。


「な……あいつは!?」


 魔物たちを吹きとばしたその火球が飛んできたほうを見やると、そこにはがいたのだ。


 一見すると、魔法使い風の焦茶のローブをまとったエルフのごとき美青年。


 だが手にあるのは杖ではなく、死神を連想させる。そして全身をなんのものか不明の無数の骨の装飾品で着飾っている。


 また、その容姿もよくよく見ると、肌は血の通っていないかのように青白んでいて生気がなく、妖しげな魔法文字ルーンの刺青が入っている。さらには片目は眼帯で隠していて判別不能だが、もう一方の紅の瞳は人の持ち得ないであった。


 なによりその禍々しく邪悪な魔力だけでも、あきらかに魔物だとわかる。



「……いったいなにをしていル? の教えを忘れたのカ?」



 その人型の魔物は冒険者たちを華麗にスルーし、王のように威厳のある声音でオーガとホブゴブリンたちに問うた。


 吹きとばされたホブゴブリンとオーガは慌てて身を起こし、その魔物に平服。古代魔物語モンスティッシュでなにやら弁解している。


「あ……あの魔物、魔力が桁違いだぞ? あの上位種がペコペコしてるっつーことは……ま、まさか魔人種デーモン、なのか?」

「バ……バカ、ありえねえよ。魔人種ってことは魔将レベルの強さってことじゃねえか。そんなバケモノがホイホイいてたまるか」

「だ、だよな……ハハハ。魔人種じゃなくても人型の魔物はいるもんな」


 魔物は進化をすると、見た目的にはまず巨大化することが多い。だがそこからさらに進化を重ねると、魔物の特徴を残しつつ人型となった“魔人種”と呼ばれる上位種族になることがあるのだ。


 しかし“魔人種”に至る魔物は希少で、それこそ魔王軍の魔将や幹部ぐらい。そうそう遭遇しない伝説的な存在なのだ。


「な……なんにしろ、いまがふいうちのチャンスだ。魔王軍の残党だか知らねえが、ぶっ殺して人間さまの力を見せてやろうぜ」


 魔物たちがなにやら話しこんでいるあいだに、冒険者たちは自身を拘束していた屍人の手を引きちぎって身を起こした。


「で、でも、魔人種でなくてもさすがにあの数は逃げたほうがいいんじゃ……?」

「バカ、メルルあんたは弱気すぎなのよ。ピンチってのはチャンスなの。あいつら絶対金目のものたくさん持ってるわよ」

「へへ、討伐してぼろ儲けだぜ!」


 メルルは不安げに逃走を進言するが、パーティーメンバーたちは皆やる気満々で、誰ひとり逃げる気はないようだった。


 いやピンチはピンチはだろう、とメルルが内心でツッコんでいるあいだに、



「――うおおおおおおおお!!!」



 メルルをのぞくパーティーメンバーは咆哮とともに魔物たちに襲いかかる。


 初めに躍りでたのは、二つ名持ちでパーティー最強格の戦士ダッシュだった。


 その俊足で迷宮を駆けぬけ、背を向ける人型の魔物へとねらいを定めると、流れるような動作で全力の剣撃を放った。


 だがダッシュが人型の魔物を何度か斬りつけ、手応えを感じて勝ちを確信し、ニヤリと微笑を浮かべた、次の瞬間――



「……“インビジブル・チェーン”」



 人型の魔物は大鎌を杖のように振りあげ、そんな呪文をささやいた。


 すると冒険者たちは不可視の鎖で両腕とともに胴体を一瞬で縛りあげられ、体の自由が効かずにふたたび地面へと倒れこむ。


「ち、ちくしょう……ビクともしねえ! なんて強固な魔法の鎖マジックチェーンなんだ!」

「っていうか、“インビジブルチェーン”って第6位階魔法じゃない!? こんな呪文を一瞬で完成させたですって!?」

「しかもこいつ……斬った部位が再生してる!? アンデッドなのか!?」


 冒険者たちが視線を送ると、確かに人型の魔物は斬撃を受けながらも特に痛痒を感じていない様子で、その場に立ちつくしていた。


「……ご名答。ワタシは人の分類でハ、“アンデッドキング”と呼ばれる存在。よって基本的にはミスリル以外の武器は効かン」


 そして淡々とそうこたえる。


 ――アンデッドキング。


 それはアンデッドの最上位種。小さな村を滅ぼすと言われるアンデッドロードがさらに進化を遂げた災厄級Sランクの魔物だ。


 かつてたった一体のアンデッドキングによって国が滅ぼされてしまった、という言い伝えがあるほどの伝説的な存在である。


 そして第6位階の高位魔法を軽々とあつかい、桁外れの魔力と殺気をまとっている人型の魔物の姿は、その言葉がまぎれもない真実であることを――彼がアンデッドキングであることを告げていた。


「ア……アンデッドキング、だと!?」

「な、なんでそんなバケモノが!?」

「だからこいつらが従ってたのか……!」


 冒険者たちは悟る。


 我の強いオーガやホブゴブリンがこれほどの数いるのに群れとして統率した動きができていたのは、圧倒的上位存在であるこのアンデッドキングという長がいたからだったのだということを。


「か、勝てるわけない……! もう魔王軍はいないんじゃなかったの!?」


 冒険者たちが慌てて言うと、アンデッドキングは不快げな表情で、これまでの比ではない恐るべき殺気を放出する。


「魔王軍などと一緒にするナ。我らがつかえるは、魔王とは比較にならぬ偉大なる御方ダ。いずれこの世界を支配することになるナ」

「ま、魔王と比較にならない御方だと!? まさか……そんな存在が!?」


 アンデッドキングの殺気にがくがく身震いしながら、生唾をのむ冒険者たち。


 眼前の魔物だけでもあきらかに、自分たちが――いや、人間が太刀打ちできる存在ではないように見える。にもかかわらず、さらなる強大な存在がいると言うのだ。それも魔王さえもこえる存在が。


 この世の終わりか、と冒険者たちが震えあがっていると、アンデッドキングはなにを思ったか冒険者たちへと歩みよってくる。


 ダッシュは慌てて、


「ま、待て……悪かった! こ、このとおりだ! 金目のもんはぜんぶやるから、どうか今回だけは見逃してはくれねえか?」


 さきほどの威勢はどこへやら、不可視の鎖によって芋虫のように無様に拘束された状態で、全力で媚びた微笑を浮かべた。


 だがアンデッドキングはそれを驚くほどに冷淡な表情で睥睨しながら、


「魔物が金品を欲しがると思うカ? 貴様ラ……ワタシを狩ろうとしたのだから、当然狩られる覚悟もあったのだろウ?」


 さてさっさと済ませるか、と大鎌をゆっくりと冒険者たちへと振りあげた。


 その大鎌は冒険者たちにとっては、まさに命を刈りとる死神の大鎌に見えた。そして大鎌が閃いたかと思った、その瞬間――一



「ひ、ひいいいいいいい!!!」



 冒険者たちは恐怖に脚をもつれさせながらも、全力で逃げだした。


 もう脇目も振らずに一目散に回廊を駆けぬけ、元きた道を引きかえしていく。そして息つくまもなく、迷宮を脱出したのだった。





 *





(単に鎖を斬ってやっただけだというのに、早とちりなやつらだナ)


 アンデッドキング――偉大なる御方ことブラットに“ロード”と名づけられたその魔物は、やれやれと肩をすくめた。


 そう、大鎌をかざしたのは、冒険者を害するためではなかったのだ。


 単に彼らを拘束していた鎖を斬っただけ。


 冒険者たちは完全に平常心を失っていたのだろうが、それにしても自身の拘束が解かれたことにすら気づかないとは。


(まあ……以前の我々ならば、迷わず喰っていたがナ。我らがつかえる偉大なる御方は、人間には寛大にせよとおっしゃっタ。今回は見逃してやル。これから大事な集会を行うというのもあるしナ)


 ロードは自身の顎をなで、“魔人種デーモン”への進化で肉づいた肌に違和感を覚えつつも、魔物たちとともに根城へと引きかえした。


 そして迷宮深層にある根城――“サンクチュアリ”と命名された神殿――のメインホールには、すでに数百もの魔物が集っていた。


 ブラットがテイムした100体のスカイマウンテンの先住の魔物たち、そしてその魔物たちがさらに力によって屈服させたスカイマウンテンの野生の魔物たち――ブラット軍(仮)の軍勢である。


 サイクロプスの率いていた1000にもおよぶ大隊に比べると数自体は半分以下だが、その迫力はまったく負けていない。


 というのは、ブラットに伝授してもらったレベリング技術によって、魔物たちの多くが以前とは比較にならぬ強さを手にいれ、レベル上昇にともなって上位種へと進化を遂げていたからだ。


 ロードがアンデッドキングに至ったのと同じく、たとえばゴブリンはホブゴブリンへ、オークはハイオークへと進化を遂げている。


 魔物が一段階進化すると、その力はまったくの別物だ。実力的にはすでにサイクロプスの大隊の比ではないだろう。


 そしてそんな強力な魔物の群れの視線のさき――ホールの舞台上には、ひときわ禍々しい魔力をまとう5体の魔物がいた。


 ブラットに名前を授けられた魔物たちだ。彼らにロードと、現在デルトラ半島を調査中のシャドウをくわえた7体が、現在このブラット軍(仮)の魔物を率いる最高幹部――通称“七魔剣”なのだった。


 ロードは彼らのとなりにならぶと、それまでわずかにざわついていたホールが、一気にしんと静まりかえった。



「――聞け、我が同胞たちヨ!」



 ロードは声を張りあげる。


「ここに集ってもらったのはほかでもなイ。スカイマウンテンを手中におさメ、新たな仲間が増えたいマ、あらためて我らの偉大なる主――ブラットさまの意志を共有する必要があると思ったからダ」


 魔物たちはそれが神託であるかのごとく、その言葉に耳を澄ませる。


「ブラットさまはこの世界を……そしてゆくゆくはすべての次元世界の支配を望んでいらっしゃル。シャドウにデルトラ半島の調査を命じたのモ、近く半島を手中におさめることの証左であろウ」


 ロードはブラットの理想――と思いこんでいるもの――を朗々と語る。


「だがこの世界にすら、人間や魔王軍をはじめとしたいくつもの障壁が存在していル。我らのなすべきことはひとつダ。ブラットさまに仇なす愚かものたちを斬る“最強の剣”となリ、ブラットさまをお守りする“最強の盾”となることであル」


 それこそが偉大なるブラットのためにこれからロードたちがなすべき――と思いこんでいる――ことなのだった。


「その決意表明として……これより我らは偉大なるブラットさまの、ブラットさまによる、ブラットさまのためだけに奉仕する軍団“血の奉仕者ブラッディ・サービス”を名乗ル! ブラットさまに名をいただいた“七魔剣”を旗印に、ブラットさまに最高の奉仕を提供するのダ!!!」


 そんなロードの高らかな宣言に応じ、これまで一言も発しなかった魔物たちが、一斉に軍隊のごとき鳴き声をあげる。


 異論が出ようはずもない。ロードがブラットの偉大さを日々語り聞かせたこともあり、皆ブラットを神のごとく崇めているのだ。



「――ブラットさまに、栄光あレ!」



 そして誰かがそんな声を発すると、不慣れでたどたどしい人語ではあるものの、やがて皆がそれを唱和しはじめる。


 その声はしばし止むことなく、魔物たちのブラットへの忠誠の大きさ示すように、高らかに迷宮に響きつづけるのだった。



 こうして――


 ブラットの預かり知らぬところで、ブラットのブラットによるブラットのためだけの軍団“血の奉仕者”は結成され、ブラットの理想――と彼らは思いこんでいる――のために暗躍しはじめるのだった。


 ここに“四魔将”リオネッタやヴィエラ率いる数百もの魔物たちが合流したのは、これからまもなくのことである。

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