第46話 黒豚王子は王都から旅立つ
※前書きです。
書籍発売まで1週間を切りました!
カドカワBOOKSさまより5月8日発売です。何卒よろしくお願いいたします!
WEBではカットされていたグラッセへの弟子入りシーンも密かに加筆されておりますので、手にとっていただけるとうれしいです。
また、ぜひ続刊して物語の続きを描きたいので、少しでも面白いと思っていただけたら★★★やフォローで応援いただけるととてもありがたいです(カクヨム内のランキングがあがって、宣伝効果が期待できるため)。
以下、本編となります。
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――さかのぼること数刻前。
『おい、ブラットさまがいないぞ!?』
『ま、まさか……どういうことだ!? いったいいつのまに脱走を!?』
王宮ではブラット監視の任についた騎士たちが慌ただしい声をあげていた。
『こ、これは一大事デス! もしかしたらキャロルさまのもとに向かったのかもしれないデス! 行ってみるデスよ!』
騎士たちはすでに平静さを欠いていたこともあり、ロジエの言葉に見事に誘導され、ブラットの私室を離れていく。
そんなやりとりに聞き耳を立てながら――
(ロジエのやつ……なかなか演技派だな)
ブラットは私室でひとり、作戦の第一段階クリアに胸をなでおろす。
そう、実はブラットはまだ私室のなかに身をひそめていたのだ。
単に騎士が入室してきたのに合わせて“レビテーション”で天井に張りついたり、視界に入りそうになったらさっと騎士の背後にまわったり――忍者のようにうまいこと視界から消え、あたかも脱走したかのように偽装していただけなのだった。
騎士たちと力量差があるからこそ可能な、力技のかくれんぼであった。
(さて、動くか)
しばし部屋で待機したあと、ふところの交信石が点滅しはじめたのを確認する。
それはロジエに事前に渡してある交信石と連動しているものだった。
グラッセがキャロルの近くを離れたらこの交信石で知らせるように、とロジエに頼んでいたのだ。騎士たちと同様にうまくグラッセを誘導できたらしい。ふだん抜けているようで有能な侍女である。
(あとは……ウルがグラッセさんを引きつけてくれているあいだにキャロルを助けだして、さっさと旅立つだけだな)
ブラットは漆黒の外套をまとうと、廊下に人気がないのを確認して部屋を出る。
だが、その直後だった。
「――お待ちください」
背後から急に声をかけられ、ブラットはビクッと身をすくませる。
振りかえるとそこにいたのは、妖精のような儚げな少女――ブラットの婚約者の公爵令嬢マリー・エル・フォークタスだった。
「マリー……なぜここに?」
「それはこちらのセリフですわ。殿下が脱走したと皆てんやわんやですよ。もしやと確認にきたら、正解だったようですわね」
マリーは呆れた様子で肩をすくめる。
きみには敵わないな、と微笑まじりに肩をすくめて応じるブラット。
「……デルトラ半島に行くおつもりですか? 剣舞祭中止で有耶無耶になっておりますが、婚約破棄は取り消しておりませんのに……わたくしのことなんかどうでもいいということですのね」
不満げに唇をとがらせるマリーの愛らしさに一瞬目を奪われつつも、ブラットは「いやいや……!」と慌てて首を振る。
「マリー……決してきみのことを軽んじているわけではないんだ。ただ、アルベルトやデルトラ半島については……たぶん俺にしかできないことがあって。だから少しだけ待っていてはくれないか?」
頼む! と深々と頭をさげるブラット。
とりあえず誠心誠意こうして頭を下げればたいていどうにかなる――そんな前世の社畜根性丸出しのブラットであった。
マリーはその美貌の面差しをしかめたのち、くすりと花のように笑った。
「ふふふ……ブラットさま冗談ですから、顔をあげてくださいまし」
「……冗談?」
「少しだけ困らせてみたくなりましたの。殿下がなにか大きな使命のために動いておられることは察しております。聞きわけなくとめたりはしませんわ。ですから遠慮なく行ってらっしゃいませ」
小悪魔めいた笑みでそうのたまうマリーに、胸をなでおろすブラット。
「ということは、婚約破棄は……?」
「それとこれとは話が別ですわ。とにかくまずは無事に帰ってきてくださいませ。話はそれからです。そしてそのときは、わたくしからもお話ししたいことがありますので。そう、とある預言について……」
ブラットは首をかしげる。
「とある、預言……?」
「“
大事な話です、とマリーはつけくわえる。
ブラットは首をかしげながらも、
「……わかった、必ず帰ってくる。そのときはきみの話を聞かせてくれ」
それだけ言ってマリーを抱きしめる。
どんな預言なのか詳しく話を訊きたかったが、いまは時間が惜しい状況だ。
それからこくりとうなずくマリーに別れを告げ、ブラットはすぐに駆けだした。
(……“全能なる預言者”、か)
ブラットもその名は聞き覚えがあった。
だがそれはこの世界に転生したあとの記憶であり、少なくとも『ファイナルクエスト』作中にはその名は登場しなかったはず。
的中率100パーセント――本当にそんなに完璧な預言が可能だとすれば、この世界の史実に大きくからんでくるはずなのに、だ。
いったい何者なのか――
(考えられるとすれば……)
ブラットはすぐにひとつの答えにたどりつき、しかし首を振った。
(いまは目の前のことに集中だ)
そしてキャロルが幽閉されている王宮の東棟へと全速力で駆けた。
*
東棟はかなり堅固な建物だ。
他国の王族や外交官が訪れたときに泊まることになる建物で、特別なセキュリティシステムがほどこされているためだ。許可を受けた一部のものをのぞけば、出入りは非常に困難となっている。
『ファイナルクエスト』作中でもそれは同じで、王宮に訪れた当初は入ることができない“不可侵エリア”に設定されていた。
だが実は、物語後半で“魔法の鍵”というイベントアイテムを入手することで、建物内に侵入することができるようになる。
そしていま――
(……本当にこれ、便利だな)
ブラットはその“魔法の鍵”を使い、東棟へと見事に侵入を果たしていた。
今回のことを予期していたわけではないが、事前に入手していたのだ。
なにしろこの鍵は便利である。
魔法で施錠された扉はもちろん、基本的に鍵という鍵をすべて開けられるのだ。『ファイナルクエスト』作中で終盤に入手してからは、この鍵で本当にさまざまなところに侵入して遊んだものだ。
(名作RPGはこういう細かいところまでよく作りこんであるよなあ……)
などと思いながら、廊下を進んでいく。
そもそも入るのが困難な場所のためだろう。警備のものはあまり配置されておらず、さきほど力技かくれんぼをこなしたばかりのブラットにとって、人目につかずにキャロルの幽閉される部屋までたどりつくのは、造作もないことだった。
「――な、何者だ!? どう侵入した!?」
そしてキャロルの部屋の前まで行ったところで、ようやく騎士に見つかる。
というか避けては通れないので、わざと見つかったというのが正しい。
騒がれても面倒なのでブラットがすぐに顔を見せると、騎士は目を見開く。
「ブ、ブラットさま!? なぜここに!?」
「キャロルに所用があってな」
「しょ、所用って……なりません! 陛下には誰であってもここには近づけるなと言われております! お引きとりください!」
さまざまな感情よりも責任感が勝ったらしく、騎士は頑として待ったをかける。
真面目なのだろう。よいことだ。
しかしこういう真面目な騎士こそ、意外と甘い誘惑には弱かったりする。
ブラットはニヤリと微笑を浮かべ、ふところから小袋をひとつ取りだした。
「さて……ここできみにひとつ問題だ。ここにきみが数年働いて得られる給金と同等の金品の入った袋がある。これを自身のふところにおさめて俺の行動を黙認するか、それとも俺と一戦まじえて痛い目をみるか……どちらが利口かな?」
ブラットがそう訊ねると、騎士は目を見開き、それからごくりと唾をのむ。
見たところ、かなり揺らいでいる様子だ。
「し、しかし騎士としてそんな……!」
「大丈夫、もしも誰かに問いつめられたら逆らえば命はないと脅されたとでも言っておけ。俺はなにしろ“黒豚王子”なのだからな」
ブラットが言い訳のための逃げ道を用意してやると、騎士がそのメリットしかない誘惑に負けるのにそう時間はかからなかった。
「わ、わかりました……わかりましたよ。わたしはなにも見てませんし、なにも知りません。もうどうにでもなれです」
騎士はやけくそ気味にそう言い、ブラットの手から小袋をもぎとると、とんでもない速さでそれをふところにしまった。
交渉成立だな――とブラットが騎士にそう微笑みかけると、騎士はしぶしぶといった様子ではあったが、扉の前を空けた。
ブラットがさっそく扉をノックすると――
『――はいっていいぞ』
室内からすぐに声が返ってくる。
ブラットはゆっくりと扉を開け――
「……、」
そしてそこにいたキャロルの姿を確認し、流れるように視線をそらした。
「な……ブラットではないか!? まさか本当に迎えにきたのか!?」
「もちろんだ、約束は違えないさ」
美貌の面差しを驚愕にそめるキャロルを、だがブラットは直視できなかった。
確かにブラットがこの場所に現れたことは、驚いてしまうのも無理からぬことであるし、その反応自体はなんらおかしくない。
問題はそこではなく――
「……なぜきみはまた服を着ていない?」
キャロルが下着すら身につけていない一糸まとわぬ姿なのはなぜなのか。
しかも仁王立ちである。
前回はちょうど着替えていたところだったのでしかたないと思ったが、今回はそういうわけでもなさそうなので謎でしかない。
「ん……? なぜ部屋で服を着る? こちらのほうが開放感があっていいだろう。人間誰しも生まれてくるときはその身ひとつ。自室でまで堅苦しく服を着るなんて、さすがに馬鹿者だと思うがな」
なにか問題あるか? とでも言いたげに自信満々にのたまうキャロル。
デルトラ半島の人間がそういった暮らしを好む傾向にあるのは確かだが、それにしてもこれはと呆れてしまうブラット。
「ふむ……わたしの姿があまりに美しく、女神のように神々しく見えてしまって言葉も出ないか。それならしかたあるまいな」
「……まあ、そんなところだ」
「しかし、わたしがこの上なく美しいことは重々承知しているが、以前のように踏んでほしいという要望はこまるからやめてほしい」
「……頼むから、俺があたかも女性に踏まれて興奮する変態かのように話すのはやめてくれ。以前も誤解だと伝えただろう」
「なに!? 女性でなく男性に踏まれたい変態ということか!? なるほど、わたしは中性的な美貌だともてはやされているからな」
「……もうなんでもいいです」
ブラットはため息まじりに言い、しかしすぐに真面目な表情に戻る。
「ともかくキャロル、皆が異変をかぎつける前に急いで服を着てくれ。これからすぐにデルトラ半島に向かう。時間が惜しい」
「……だが外にはグラッセ殿がいたはずだが? それはどうなっている?」
「それなら問題ない。いまは出払っているはずだ。だがいつ戻ってくるかはわからない、だから急いで王都から脱出するんだ」
「わ……わかった」
ブラットが真剣に諭すと、慌てて服を身につけはじめるキャロルだった。
✳︎
「……よし、ここまで来れば大丈夫だろう。あとはロジエがうまくやってくれていれば、
言いながら、胸をなでおろすブラット。
そこはすでに王都の外、ルーランの森。
キャロルを救出後、計画通りに王都を脱出してこの森に逃げこんだのだ。
先日魔物たちをテイムした広場のあたりなのだが、魔物たちはすでにスカイマウンテンへと向かわせたため、そこにはブラットとキャロルの二人しかいない。まだ騎士たちは王都内をさがしているはずなので、捜索の手もすぐには及ばまい。
「ブラット、本当におまえまでデルトラ半島に来る必要があるのか?」
ふいに、キャロルがそう訊ねてくる。
思いのほか真剣な表情だった。
「……どういうことだ?」
「アルベルトとは仲がよくなかったはずだろう。しかも、あいつがいなければおまえはこの国の主になれる。にもかかわらず、わざわざ戦地にリスクを冒して助けに行く理由は、正直ないと思うのだがな」
確かにキャロルの疑問はもっともだった。
「アルベルトとは仲はよくなかったが、嫌いだったわけじゃない。それに国王というポジションにはいいイメージがないから、なりたいとも思わないよ。むしろ国王にはアルベルトになってもらって、俺はのんびりと暮らしたいと思ってる。だから戻ってきてもらわないとこまるんだ」
それがブラットの正直な気持ちだった。
前世で中間管理職をしていたが、そのときでも重責がとんでもなかったのだ。国王なんて好きこのんでやりたいとは思わない。
ゲーム知識のおかげで日々の暮らしにはこまらないという確信があるいま、欲しいのは身の安全の保証と自由な暮らしである。
「あと……ダストリアとエルネイドについても他人事じゃないからな。放っておけば、いずれピシュテルにも魔の手は伸びるだろう。それならば対処できるときに皆で協力して対処しておいたほうがいい。端的に言えば、我が身かわいさだよ」
ブラットが微笑まじりに肩をすくめると、キャロルはわずかに目を見開き、なにか言いあぐねるように口をパクパクと動かす。
それから妙に納得した様子で、
「……なるほどな、グラッセ殿が一目置くのもわかる。これまで無能なフリをしていたのも弟に王位を譲るためというわけか」
「ん……?」
ブラットが首をかしげると、キャロルは慌てて首をぶんぶん振る。
「いや……隠しているのならいい。ともかく、わたしはおまえを誤解していたようだ。自身の危険もかえりみず、弟や……さらには関わりのない我が国のことまでも案じるとはな。しかもわたしが遠慮しないように、我が身かわいさのためだと偽って」
「え、いや……我が身が一番だと思ってるのは、間違いなく事実だぞ?」
またなにか勘違いされているらしい。
ブラットは死亡エンドという自身の危機を感じているからこそ動くのであって、あくまでも人助けは副次的なもの。余裕があれば手を差しのべたい程度のものなので、キャロルの言うような利他的な聖人思考で動くわけではないのだが――
「そうだな、おまえが言うのならそうなのだろう。そういうことにしておく」
ニコニコと微笑まじりに言うキャロル。
完全に勘違いしてしまっている様子だ。
(しておこうもなにも実際そうなのに……なぜ毎回こうも勘違いされるのか)
まあ悪いほうにされているわけではないのなら、それはそれでいいのだが。
そんな毎度のやりとりのあと――
しばしあって愛竜ギルガルドが到着。ブラットはキャロルとともにその背に乗り、デルトラ半島へと旅立つのだった。
そこでさらに多くの人々に今回の比ではない勘違いをされるとも知らずに。
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