第45話 黒豚王子は英雄から全力で逃げる


 ※前書きです。


 書籍発売まで2週間程となりました!


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(ぼくのアカウントで共有してます)


 てつぶたさまにどのキャラもかっこかわいく描いていただいておりますので!

 何卒よろしくお願いいたします!


 以下、本編です。




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「なに!? ブラットがいない!?」


 騎士の報告に目を見開くカストラル。


 そこは王宮の会議室。


 さきの謁見が終わってからしばしあって、アルベルト失踪とデルトラ半島の戦について王国としての対応を協議していたのだが、それが慌てて飛びこんできた騎士に中断させられたところだった。


「はい……さきほどお部屋を確認したときには、すでにもぬけのからでした」

「どういうことじゃ!? 監視はつけておったのじゃろう!?」

「ええ、部屋の前に常時二名の騎士を配置しておりました。ですから、わたくしどももなにがなにやらでありまして……」


 騎士が当惑した様子で言うと、カストラルは苦々しげに歯噛みする。


「くっ……いったいどうやって抜けだしおった。足取りはつかめておるのか?」

「氷竜は竜舎で監視しておりますし、市門を通過したとの報告もないので、まだ少なくとも王都内にはいらっしゃるかと」


 それならまだとめられるか、とカストラルは冷静に思考をめぐらせる。


「……よもやキャロル姫にまで逃げられた、ということはあるまいな?」

「はい、そちらはご安心ください。グラッセさまがついてくださっていたので」


 ブラットだけで済んだか、とカストラルは胸をなでおろしながらも、グラッセの行動に違和感を覚えて眉をひそめる。


「グラッセ殿が? ブラットに執心のようだったが、なぜキャロル姫に?」


 この国の名誉騎士でもある“七英雄”グラッセ・シュトレーゼマンという男は、興味のないことにはとことん無関心だ。弟子のブラットならともかく、なぜあえてキャロルを監視していたのかと思う。


「……グラッセさまご本人がおっしゃるには、ブラットさまがもしも行動を起こすとすれば、まずキャロルさまを必ず救出にくるから、とのことでした。結局、あては外れてしまったようですが」


 なるほど、とカストラルはうなずく。


 グラッセがそう考えたのも無理なかろう。


 昨今のブラットの性格を考えると、デルトラ半島に向かうとすれば、キャロルをあのまま放っていくとは思えないからだ。


「それでいまグラッセ殿は?」

「ブラットさまが脱走したとお伝えすると、しばらく首をかしげておいででしたが、まもなく捜索に向かわれました」


 それを聞き、安堵するカストラル。


 魔法騎士たちマギカナイツにくわえ、あのグラッセまでも包囲網にくわわったとなると、ブラットがこのまま逃げおおせるのは不可能だろう。


(捕まるのは時間の問題じゃな)


 カストラルは胸をなでおろし、脱走経路の市門付近の警備強化を指示すると、まもなく山積みの諸問題に思考を戻すのだった。



 ――だが、カストラルは忘れていた。


 いまのブラットがもはやそんな常識の範疇に収まる人間ではないことを。




 ✳︎




 王都フォールフラットの南門前広場。


 そこは王都から出入りする旅人や冒険者、それらの人々をターゲットにして商いにはげむ人々で今日もにぎわっていた。


 そして広場中央の時計台のてっぺんから、そんな群衆を見下ろすものがいた。



(するねするね〜☆ ブラットくんの匂いがぷんぷんするね~☆)



 ブラット捜索中の“七英雄”グラッセ・シュトレーゼマンその人だった。


(絶対にキャロルちゃんを助けにくると思ったんだけどね……きみのことだから、ぼくのそんな考えも読んでいたんだろうな☆)


 ブラットがキャロルを放って、ひとりで逃げだしたのは予想外ではあった。


 だがあの聡いブラットのことだ。

 グラッセがキャロルのところでブラットを待ちぶせているのを事前に察知し、救出を断念したということなのだろう。


(さすがだね、ブラットくん……だからきみという人間はおもしろい☆ でも残念ながら、ぼくからは逃げられないよ☆)


 グラッセはブラットをデルトラ半島へと行かせるつもりはなかった。


 ダストリアとエルネイドの争いがどこまで拡大するのかは未知数であるし、そもそもあの半島には危険が多すぎる。カストラルが懸念したように、ブラットといえど生きて帰れる保証はないのだ。


(いま失うのはあまりに惜しいからね☆)


 視力強化の呪文によって広場全体を俯瞰し、ブラットの姿をさがす。


 ブラットのような強者には、隠しきれない独特のオーラがある。さがしだすのは、それほど難しくないことのはずだった。


 そして実際――



(……見〜つけた☆)



 しばしあって、群衆のなかからブラットと思しき人間を見事発見する。


 強者特有の足運び、隠しきれぬ桁外れの魔力、さらには深々とかぶった外套からちらりと見えた銀髪――ほぼ間違いないだろう。


「――」


 グラッセは時計台から飛びおり、そして“レビテーション”すら使うことなく、そのブラットと思しき人物の前に降りたった。



「……!?」



 ズドンッ!!! と石畳をえぐって土煙をあげながら派手に着地したため、ブラットらしきその人物だけでなく、まわりの人々もそろってのけぞり、驚愕に目を見開いてグラッセのほうに注目する。


『え……なになに!?』

『あれは……グラッセさまじゃないか?』

『まあ、ほんと! 相変わらず麗しい♡』


 離れた場所にいた人々ですら、何事かとグラッセを遠巻きに見やった。


「ブラットくん、もう少しで脱出できるところだったのに残念だったね☆」

「……」


 グラッセがそれらの視線には構わず声をかけると、ブラットらしきその人物は逃げるでもなく、なにか迷うように黙りこむ。


 そして――



「……バレましたか、さすがです」



 結局あきらめたようにそう言った。


 それから目深にかぶっていた外套のフードを少しあげると、その顔はまぎれもなくブラット・フォン・ピシュテルその人であった。


「完全に群衆にまぎれていたつもりでしたが、こんなにすぐ気づかれるとは」

「索敵はけっこう得意分野なんだよね✩」


 グラッセはいつもの軽薄な微笑を浮かべながら、ブラットに歩みよる。


「……というか、きみがキャロルちゃんを見捨てるとは思わなかったよ✩ きみがもしもデルトラ半島に向かうとすれば、必ずキャロルちゃんを救出して、一緒に行くだろうなって思っていたから」

「確かに……自分でもそう思います」


 悪戯な微笑で肩をすくめるブラット。


「でも結局こうしてぼくに見つかってしまったわけだけど……どうするつもりだい? 強引にでも逃走を試みるのか、それともあきらめて大人しく王宮に戻るのか……ぼくとしては逃走してもらったほうが、少しばかり楽しめそうだけど☆」


 グラッセはその軽薄な微笑を深め、全身から魔力をあふれさせる。


(ああっ……どれほどのものになったのか、この身で感じてみたい☆)


 ブラットを前にして、グラッセは気分の昂揚を抑えきれなくなってきていた。


 正直、剣舞祭で成長したブラットをその目で見たときから、彼の剣を受けてみたくてかなりうずうずしていたのだ。


 特にブラットがリオネッタと対峙したときの巨大な魔力はとてつもなかった。以前とは比べものにならないぐらいに、ブラットは強くなっている。それを身をもって体感したくてたまらなかった。


 グラッセの興奮が増していくにつれ、グラッセ自身でさえ操作しきれない莫大な魔力がびりびりと大気をゆらし、波動となってグラッセの真下の地面をえぐり、大きなクレーターを形づくっていた。


「……」


 だが野次馬が悲鳴とともに蜘蛛の子を散らすように逃げだすなか、当のブラットは無言で考えるように顎に手をそえていた。


 感情や意志がまるで読めない。


「なにも言わない……ということは、少なくとも素直には帰りたくない、ということだよね。それならぜひ、ぼくと戦おうじゃないか

 。ぼくに勝つことができたら、きみは晴れて自由の身だよ☆」

「いや……もちろん戦って勝てるのならそうしたいのですが、難しそうなので」


 ブラットは苦笑する。


 確かにブラットが強くなったと言っても、まだ二人のあいだには力の差がある。勝ち目が薄い戦いはしたくないということだろう。


「ならチャンスをあげよう✩ もしもぼくに膝をつかせられたら、きみの勝ちでいい。もう引きとめない。それでどうだい?」

「膝をつかせる……ですか?」


 眉をひそめて考えこむブラット。


「そうですね、それなら可能性がありそうだ。その条件ならお受けしま――」



「やった、決定✩」



 ブラットが肯定の意志を見せるやいなや、グラッセは一言そう言うと、もう待ちきれないとばかりに抜剣して動きだしていた。


 そしてそのまま、ブラットへと挨拶代わりの横薙ぎの一撃で襲いかかる。



「……ぐっ」



 ブラットは慌てて抜剣し、その一撃を受けながそうとする。


 だが受けながしきれずに後方にのけぞるように弾きとばされる。なんとか地面に踏んばって倒れこそしなかったものの、その表情は引きつっていた。攻撃を受けた腕も衝撃でしびれている様子だ。


(……ん✩ 調子でも悪いのかな?)


 首をかしげるグラッセ。


 あくまでも挨拶代わりの一撃であり、いまのブラットの実力ならば軽くいなせる攻撃だと思ったが、加減を間違えただろうか。


(……ま、気のせいか☆)


 グラッセは気にせず、体勢を立てなおしたばかりのブラットに追撃をかける。


 準備運動の素振りをかね、巨大な愛剣をブラットへと遠慮なく振りまわす。


「……ッ」


 ブラットはときにそれを受けながし、ときにそれをかわして対処していく。


 だが、正直それらのどのブラットの動きも単調で読みやすく、グラッセが本気を出せば一瞬で仕留められそうな甘いものだった。


 それだけではない。


 体型が丸々としていた頃と比べると、さすがに動きはよくなっているが、サイクロプス戦と比べるとむしろ悪くなっているし、読みに関しては丸かった頃のほうがあきらかによかった気がする。


「……どうしたんだい、ブラットくん!? きみの実力はまだまだそんなものじゃないだろう!? ぼくを愉しませてくれよ☆」

「あ……ちょ、待っ」


 焦りだすブラットに構わず、グラッセは剣をくりだすたびに徐々に攻撃の重さと速さのギアをあげ、ブラットに葉っぱをかける。


 だが――



「ぐああぁあぁっ……!」



 まもなくブラットはグラッセの攻撃に耐えきれなくなり、勢いよく吹っとんだ。


 石畳に打ちつけられ、無様に転がる。


(ん、これは……?)


 違和感を覚えざるをえないグラッセ。


 まだ本気のほの字も出していないのに、魔将と渡りあったブラットがこの程度の攻撃を受けられないわけがないからだ。


 グラッセはあらためてブラットを注視し、その魔力に目を凝らした。


(……なるほどね☆)


 そして――気づく。


 眼前のブラットのまとう魔力――表層にまとっているそれはうまくカモフラージュしているようだが、その奥にはあきらかにブラットのものとは思えない不自然な魔力が見え隠れしていることに。



「……ねえねえ、?」



 グラッセは鋭く目を細めながら訊ねる。


 その質問にブラットは――否、ブラットの姿をしたは意表をつかれたように目を見開き、それから視線を泳がせる。


「誰って……俺に言っているんですか? ブラットに決まってるじゃないですか。この国の第一王子で、あなたの弟子であるね」

「ちなみにだけど、実はブラットくんの一人称はじゃないだよね~✩」


 グラッセが何気なく指摘すると、ブラットらしきなにかはハッとした顔をする。


「あ、え……それは! イメージチェンジしたくて変えていただけで……!」

「嘘だよ、で合ってる☆」


 肩をすくめ、そう即答するグラッセ。


 カマかけ成功である。


 ブラットの姿をしたは、言いあぐねるように口をぱくぱくと動かす。


 しかしやがて観念したようだ。

 意識してつくっていたのだろう柔和な表情を消し、真顔でこちらを見てくる。


「……どうして、がブラット・フォン・ピシュテルでないとわかった?」

「第一にきみは弱すぎる。それじゃブラットくんの代わりは務まらないよ」

「なるほど、自覚してるが傷つくぞ」

「第二にきみはかわいくない。ブラットくんはもっとキュートだからね✩」

「それは親バカならぬ師匠バカだろう」


 ブラットらしき姿をしたなにかは、ブラットが決して浮かべないようなニヒルな笑みを浮かべ、ため息をついた。


「……ふん、まあいいか。十分にオラの役目は果たせたはずだしな」


 そしてそう言いながら、深々とかぶっていた外套のフードをとってみせる。


 するとその頭部にあったのは、獣耳。


 さらに鋭く尖った犬歯がちらりと見え、そして人のものではない縦長のスリット状の瞳孔を有する眼がこちらを見つめてきた。


 それらから察し、すぐに眼前のの正体に勘づくグラッセ。



「なるほど、あのときのワーウルフくんか☆」



 先日リオネッタを出しぬくため、ブラットが協力を得ていたウル・ガルロフというワーウルフロードに間違いなかろう。


 ワーウルフロードともなるとさすがに偽装が完璧で気づけなかった。


「それじゃ……本物のブラットくんは?」

「おまえが最初に指摘していたとおりさ」


 ウルは愉しげに肩をすくめ、顎をくいとやって王宮を指し示してみせる。


 最初に? とグラッセはしばし首をかしげ、だがまもなく思いあたる。


「ふふふ……そうか、そういうことか☆ まんまとお姫さまの近くからおびきだされたわけか☆ 天晴れだよ、ブラットくん☆」


 そして一回りも年齢の違うブラット・フォン・ピシュテルという少年に、自分が完全にしてやられたことを理解する。


 だが見事に出しぬかれてしまったというのに、グラッセのなかに湧いてきたのは不快な感情ではなく、これほどの才能を持つブラットという少年が自身の弟子であるのを誇らしく思う気持ちだった。


「……追わなくてもいいのか?」

「うん、ぼくの負け☆ 敗者があとで文句を言うのはナンセンスだからね☆」


 さらりとそうのたまうグラッセの笑みを見つめ、「弟子も弟子なら師匠も師匠だな」と呆れ顔で肩をすくめるウルなのだった。

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