第44話 黒豚王子は国王に謁見する
※前書きです。
活動報告ではすでにお伝えしておりますが、本作書籍化いたします!
いま読んでいただいている皆様のおかげです。本当にありがとうございます。
レーベルはカドカワBOOKSさま、
発売日は5月8日です。
すでにカドカワBOOKSさまの公式ページやTwitterでは表紙も公開され、各ショッピングサイトでは予約も始まっております。
WEB版に加筆修正の上に書きおろしエピソードも収録されているので、ご興味のあるかたはぜひよろしくお願いいたします!
それでは以下、本編です。
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「デルトラ半島に行くなんて……陛下が許してくださるデスかね?」
「無理だろうな、たぶん」
ロジエの質問に即答するブラット。
そこは荘厳な支柱がならぶ王宮の回廊。
国王カストラルの予定を確認すると、現在ダストリアの皇女キャロルと会談中とのことで、謁見の間に向かっているところだった。
「え……無理とわかっているのに、なんでわざわざお会いするデスか?」
「後々のことを考えるとな」
肩をすくめるブラット。
ブラットはこれまでスカイマウンテンでの修行ふくめ、自由に行動してきた。そしてこれからも必要とあらばそうするつもりだ。
だが“四魔将”リオネッタの魔の手から王都を救い、さらには弟王子アルベルトが行方不明になったことで、自分で言うのもなんだが、王子としてブラットのこの国での存在感は大きく増している。
だからカストラルから許可が得られなくとも、ブラットが行動を起こしたときに周囲が変な誤解をするのを防ぐために、アルベルトの情報や自分の意志を公の場で伝えておくべきだと思ったのだ。
「とにもかくにも、あんまり無茶しちゃだめデスよ? スカイマウンテンでもとんでもない無茶をしてたみたいデスし」
ロジエは不満げに唇をとがらせる。
「……大丈夫、無理はしないよ。俺だってリスクを負いたいわけじゃないし」
「まったく信用できないデス」
ロジエが疑わしげな目を向けてくるので、ブラットはハハハと乾いた苦笑で受けながし、謁見の間へと向かう歩を速めた。
そうして思いのほか早く、謁見の間の前にたどりついたときだった。
『……陛下、どういうことなのです!?』
謁見の間の内部から、誰かが声を荒らげるのが聞こえてくる。
入室許可は事前にあったため、ブラットが構わず入室すると、カストラルとキャロルの二人が言い争う姿が目に入る。
キャロルはその中性的な美貌の面差しをしかめ、カストラルをにらむ。
「ピシュテルにはながらく滞在させてもらった恩があるのは確かだが、わたしの帰国を引きとめる権利はないでしょう?」
「権利はないが、義務はある。それがカスケード殿との約束だからじゃ」
興奮するキャロルを諭すように、カストラルは落ちついた声音で言う。
「帰国? どうかなさったのですか?」
ブラットが歩みよって訊ねると、カストラルは「ブラットか」とうなずく。
「さきほどキャロル姫がダストリアに帰国したいと申しでたのじゃ。だがわしはカスケード殿から事前にキャロル姫を王都から決して出さぬようにと頼まれておった。だから、とめておるだけの話」
「……いま我がダストリアはエルネイドと交戦状態にある。母国が窮地にあるのにのんきに留学してられるわけがないでしょう!」
キャロルの言葉に目を見開くブラット。
(あれ、なんで知ってるんだ……?)
ベルゼブブの謀略によって、ダストリアとエルネイドが戦になる――ブラットはそのことを剣舞祭前にキャロルに話した。
だがそのときはダストリアの人間――ジャスパーという男に「そんな事実はない」と否定され、ブラットは嘘つき呼ばわりされてしまった。だからキャロルはそれを信じていないはずだったのだが、どういうことなのか。
確かに裏ではベルゼブブの謀略は『ファイナルクエスト』作中と同様に着実に進み、ベルゼブブはキャロルの母と弟を手にかけ、そしてそれをエルネイドの仕業にしたてあげ、二国間に戦の火種をまいていたのは事実だが。
「なぜきみが交戦状態であることを……?」
「なぜもなにも、もはや周知のことだ。それなりの大国同士のことだからな。ブラットよ、以前おまえを嘘つき呼ばわりしてすまなかった。すべて言うとおりだったよ。嘘をついていたのは、ジャスパー――我が国の人間のほうだったようだ」
キャロルに深々と頭をさげられ、ブラットはなるほどと思う。さすがに大国同士の戦ともなれば、情報拡散も早かったようだ。
ブラットはふむと納得しつつ、
「いや……謝ることはない。こちらこそ信じさせられなくてすまなかった」
「おまえのせいではない。ジャスパーを疑わなかったわたしの責だ。いや、そんなことよりもいますべきことは新たな犠牲者を出さぬこと。だからこんなところでもたついている余裕はないのだが……」
キャロルは目をカストラルに向けるが、当のカストラルはただ首を振る。
「キャロル姫、悪いがわしの答えは変わらぬよ。おぬしの帰国は認められん。それよりもブラットよ、おぬしの用件を聞こう」
キャロルに反論する隙を与えまいとするように、カストラルが訊ねてくる。
そうだった、とブラットは背筋を正し――
「アルベルトについてです。マーリンさんから伺ったのですが、アルベルトはどうやらデルトラ半島に向かったようなのです」
「なに? 彼奴がデルトラ半島に!?」
真なのか? なぜそんな場所に? とカストラルは立てつづけに訊ねてくる。それだけアルベルトを気にかけていたのだろう。
「なぜかは……正直わかりません。マーリンさんにアルベルトについて訊ねたら、ただデルトラ半島とだけ教えてくださったのです。ただ
「なるほど……マーリン殿がな。詳細を聞けなかったのは残念だが、そうなると信頼できる情報と言ってもよさそうだな」
アルベルトはデルトラ半島か、と考えこむようにうなるカストラル。
「ですから、今回はデルトラ半島におもむく許可をいただきたくて……」
ブラットがさぐるように言うと、横からキャロルが口をはさんでくる。
「それなら都合がいい。わたしをともなって行けばよかろう。ブラットとわたしがともにいれば、危険があろうと退けられる」
妙案だとばかりにそう言うが、カストラルは気難しげな表情を変えない。
そして一言――
「……ならん」
そう告げた。
なぜです? と目を細めるキャロルにカストラルはまた首を振る。
「確かにおぬしらは強いが、安全は保証されるわけではない。捜索は騎士団にまかせ、おぬしらはじっとしておれ。アルベルトの安否がわからぬいま、ブラットまでも危険にさらすのは愚策。キャロル姫についても同様じゃ。万一があってはならん」
確かにカストラルの言うとおりだ。
いまブラットを失うことは、この国の正当な王位継承者を失うことと同義。そしてキャロルについても似たようなものだ。わざわざ二人を危険にさらし、リスクを犯す必要性がないというわけだろう。
(……二人ともこの国から出す気はない、というのが父の結論のようだな)
そうなると許可をもらうのはあきらめて無視して行くしかないか、とブラットが早速よからぬことを考えていると――
「そちらがそのつもりなら……わたしも勝手にさせていただこう」
キャロルも同じことを考えたらしい。
くるりと身をひるがえし、さっさと謁見の間から出ていこうとする。
だが――
「……!?」
直後。ぴたりと立ちどまるキャロル。
彼女の前に突如として、“七英雄”グラッセが立ちはだかったからだ。
「グラッセ殿……なぜ邪魔をするのです?」
「いやいや、ぼくってこの国の騎士だよ? 王に仕えるものとして、その意志にそむこうとするものをとめるのは当然だろう✩」
グラッセはなにを考えているかわからないいつもの軽薄な微笑を顔に貼りつけたまま、愉しげに肩をすくめてみせる。
「それほど陛下に忠実であるように……見受けられなかったがな」
「まあとにかく、ぼくはきみたちを行かせないことにした☆ だからきみもブラットくんも、あきらめて大人しくしていてね✩」
グラッセの口調は冗談を言っているように軽かったが、一方でその魔力の威圧感には有無を言わさぬ本物の迫力があった。
どうやら本気のようだ。
「くっ……」
キャロルは歯噛みし、うなだれる。
さすがにグラッセが本気でとめにくるとなれば、強引に突破して国を脱出するのは現実的ではないと悟ったのだろう。
実際それほどに格が違うのだ。
グラッセは“七英雄”のなかでも、戦闘については頭ひとつ抜けたバケモノのなかのバケモノ。出しぬくこともほぼ不可能である。
レベル56に到達してリオネッタと対等に渡りあったブラットですら、正攻法ではグラッセにまだ敵う気がしていないのだから。
(やはりもう一段階強くなっておきたいな。半島でも戦闘になる確率は高いし)
これから『ファイナルクエスト』の史実をうまく導くためには、“七英雄”を一対一で負かせる程度の実力は欲しいところ。
幸い、デルトラ半島にはスカイマウンテンの上位互換と言える狩場があるため、時間を見つけてそこで修行すべきだろう。
「キャロル姫……申し訳ないが、少しのあいだ幽閉されていてもらおう」
カストラルの声に合わせ、二人の騎士が動いてキャロルの両腕を拘束する。
「ブラットよ、利口なおぬしのことじゃ。皆をわずらわせることはなかろうな?」
「……もちろんです。俺はこの国のものたちを信頼しております。必ずや彼らがアルベルトを連れもどしてくれるでしょう」
ブラットはすみやかにカストラルに臣下の礼をとり、恭順の意を示す。
キャロルは騎士に連行されながら、ブラットに軽蔑の目を向けてくる。
「弟が危険にさらされているのに聞きわけのいいことだ。剣舞祭の一件で見直したが……やはり性根は黒豚のままのようだな」
しかしキャロルが毒を吐きながら連行されていくときのこと――
「――――」
ブラットは不自然にならないように、一言だけキャロルに耳打ちする。
キャロルは驚いたように目を見開き、ちらりといぶかしげな視線をこちらに向けながらも、なにも言わず連行されていった。
そしてまもなく、謁見はお開きとなった。
*
「ブラットさま、今日は妙に聞きわけがよかったデスね? まあもともと無茶しすぎるところがあったから、陛下のお言葉がちゃんと理解できるぐらいに成長なさったってことデスね! よかったデス!」
「え、ああ……うん、そうだな」
嬉々として語るロジエに、歯切れが悪そうに微笑をかえすブラット。
言えない。カストラルから許可を得られないと判断をしたその瞬間から、さっさと脱走しようと計画を練っていたなんて。
「え……まさか、許可なくデルトラ半島に行こうなんて思ってないデスよね?」
「ギクッ」
「いや図星デスね!? ていうか、ギクッて声に出す人初めて見たデスよ!?」
バレたらしかたがない、とブラットは肩をすくめながらひとつ息をつく。
「もちろん行くさ。アルベルトはもちろん、ダストリアとエルネイドもこのまま放っておくわけにはいかないからな」
「……やっぱりデス。でもそれならなんであんなに素直に聞きいれていたデス?」
「下手に異論をとなえて、身動きが封じられたら元も子もないだろう?」
悪戯な笑みをうかべるブラットに。ロジエはやれやれと大きなため息をつく。
「あなたという人はまったく……」
「幻滅したか?」
「いいえ、逆デス。臣下としては褒められたことではないデスが、弟君の窮地には陛下に逆らってでも駆けつける……それでこそ我が主デスよ! このロジエ、できるかぎり協力いたしますデス!」
ロジエはドンと自身の胸を叩き、しかしその勢いが強すぎたらしく、「あ……痛いデス」と痛そうに胸を押さえる。
「さすが俺の専属侍女……理解が早い上、頭がやわらかくて助かるよ」
「へへ、それほどでもないデスよ〜♡♡♡」
ロジエは照れるように頭をかき、たがすぐに悩ましげな表情をする。
「……でもどうやってこの国を出るデスか? 本気でグラッセさまがとめにくるとなると、国を出るなんて可能なんデス?」
「まあそこはまかせてくれ、考えがある」
ブラットは悪戯な笑みでこたえる。
そして、あのグラッセを出しぬく作戦をかいつまんで伝えるのだった。
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