第43話 黒豚王子は手がかりをつかむ


「お二人ともいらっしゃったんですね!」


 声をかけてくださればよかったのに、と。

 ブラットが歩みよると、マーリンとセリエは完璧な魔力操作で地上へと降りたった。


「いや、わしらもいま来たところじゃからのう。セリエを迎えに行くために少し留守にしておった。もちろん、こやつらには――」


 万全は期しておいたがのう、とマーリンは微笑とともに魔物たちに手をかざす。


 すると魔物たちのまわりの地面と中空が、まばゆい魔力の輝きを放つ。


 そして浮かびあがったのは、だった。


(……とんでもない数だな)


 不自然な魔力の動きがあったのでブラットもいくつかには気づいていたが、これほどの数が仕込まれているとは思わなかった。


 まるで不可視の監獄である。


 これほど厳重に身動きが封じられていたのなら、魔物たちが下手に逆らおうとしなかったのもうなずける。これらの魔法陣と結界が一度に発動すれば、いかに凶悪な魔物でも一溜まりもないだろう。


 実際、マーリンが手をかかげたときの魔物たちの怯えようは尋常ではなかった。マーリンが手を下ろしてそれらが魔力の粒子となって消失したところで、皆ようやく落ちつきを取りもどしたようだが。


(……人間業じゃないな。これだけ複雑な魔法を同時展開し、さらにはセリエさんを迎えにいくために転移魔法を使用するなんて)

 

 マーリンのその恐るべき魔力操作技術には、さすがに驚嘆せざるをえない。


 ブラットはこの世界でイレギュラーな知識と力を持つが、このマーリンの技術はおそらく単にレベルをあげただけでは到達できぬ領域であろう。いずれ魔法の真髄について教えを請いたいものだ。


(だけどこの魔力操作を真似すればいいと考えると、もしかして俺にも……)


 ブラットが考えていると、マーリンは「それはともかく」とあたりを見回し――


「一度にこれほどの魔物をテイムできたのは、やはりその指輪の力かのう? どうやら古代魔法文明ロストシビライゼーションの遺産のようだが……」


 指さしたのは、ブラットの身につけている“魔物使いの指輪”であった。


 ブラットはマーリンの洞察眼に驚きつつ、


「ええ、おっしゃるとおりです。この指輪のおかげですね。これは魔物の使役を円滑に行うためのマジックアイテム。これがあるだけで複数の魔物や強力な魔物の制御も格段にしやすくなるのです」

「なるほど……これほどの魔物の制御を可能にするとは信じられんな。いったいどのような魔力回路をしておるのか……!」


 目を子供のように輝かせ、さまざまな角度から指輪を観察するマーリン。


(そうか……俺にとっては当然のものだけど、超レアアイテムだもんな)


『ファイナルクエスト』をプレイしていると、この“魔物使いの指輪”は入手必須のアイテムなのだが、この世界においては古代魔法文明の超貴重な遺産。はるか昔から生きながらえるマーリンですら目にしたことがないのがその証だろう。


「ふむ、興味深い。実に興味深い! もう魔法都市エンディミオンに帰らねばならぬのが口惜しい! ゆっくりと見せてもらえれば、魔法の深淵に近づけるやもしれぬのに! なんとタイミングの悪いことよ!」

「……もうお帰りになるのですか?」


 剣舞祭は中止になったので、確かにもはや滞在する理由はなさそうだが。


 マーリンは悔しげな顔でうなずき、


「今回のピシュテル襲撃で、魔法都市の住人も次は我々が襲撃を受ける番ではと戦々恐々らしくてのう。ニコラが――わしの弟子が、さっさと帰ってきて民を落ちつかせてくれとピーピーうるさいのじゃ」


 マーリンの口からその名を聞き、にわかになつかしさを覚えるブラット。


 ――ニコラ・フラデール。


 『ファイナルクエスト』に登場するマーリンの愛弟子の少女であり、勇者パーティーに加わる仲間のひとりだ。


 マーリンと彼女の掛けあいは非常にテンポがよく、人気も高かったものだ。


「とにかくそういうことで、さっさと帰らねばならなくなったというわけじゃ」

「わたしは帰るつもりなかったのにぃ~!」


 不満げに唇をとがらせるセリエを、マーリンは「ドアホ!」と一喝する。


枢機卿カーディナルから聞いたぞ! おぬしここに来るために神殿を脱走してきたのじゃろう! おぬしが連絡を無視するから、わしにおぬしを連れて帰ってきてくれと苦情が殺到してかなわん! 観念せい!」

「ううっ…… マリンちゃんこわ~い! だってだって、ずっと神殿に閉じこめられてて息苦しかったし、生ブラちゃんどうしても見たかったんだもん! マリンちゃんも見られてよかったでしょ〜!?」

「泣いてもごまかされんぞ! あとわしはマリンじゃなくてマーリン!」


 まるで幼子と親のようなやりとりをしつつ、マーリンはやれやれと息をつきながら、くるりとブラットへと向きなおる。


「まあ……おぬしのことをこの目で見たかったというのは理解できるがな」


 それまでのおちゃらけた雰囲気から一変、鋭いまなざしを向けてくる。


「俺を……ですか?」

「ああ、ブラット・フォン・ピシュテルという人間の……そしてその目的を知っておく必要があったからのう」


 なるほど、と納得するブラット、


 マーリンとセリエがこの国を訪れたのは、やはりブラットが目的だったらしい。おそらく史実ではこの二英雄がこの国を訪れることはなかったのだが、サイクロプス討伐によって彼らがブラットに興味を持ち、史実が変わってしまったのだろう。


「それで実際に見てみて……マーリンさんの目に俺はどう映ったのです?」


 敵視でもされていたら厄介だが――と思いながらブラットがさぐるように訊ねると、マーリンはうむと気難しい顔で考えこむ。


「簡潔に言えば……脅威、じゃのう。強いだけの戦闘バカならば、さして怖くはない。しかしおぬしは計略にも長けておる。盤上盤外問わずに敵の動きを完全に読み、詰ませる知恵があるからのう」


 マーリンの宝石のような深淵な輝きを放つ瞳が、ブラットを見据える。


「……それだけではない。わしでさえ知りえぬ魔道具やその知識を持っておるようではないか。得体が知れない……というと不快に思うかもしれんが、正直これだけ底知れぬ人間を見たのは初めてじゃ」

「そうそう、ブラちゃんってすっごくミステリアスよね〜! 知識だけじゃなくて、マリンちゃんでも気づかなかった魔物たちの襲撃にも気づいてたし! その上その魔物を結局仲間にしちゃうし! そういう謎めいたとこもステキ〜♡」


 二人に指摘されてみて、あらためて自身の特異性を再認識するブラット。


 確かに警戒されても無理はない。


「そうですね……確かにお二人から見ると、得体が知れない存在ですよね。でも、俺はお二人が思っているような大した存在じゃないですよ。わけあってこの世界の法則や歴史に人より詳しいというだけで、ちっぽけなひとりの人間にすぎません」

「神や精霊の類ではない、と?」

「もちろんです。そのへんにいるただの一国の王子ですよ。得体が知れない理由も、ぜひ次の機会にお話しできればと思います」


 後ろめたいことはなにもないのだ、ということをとにかく強調するブラット。


 だがマーリンはいまだ納得しきれていない様子で眉間のシワをさらに深め、


「では……目的は? これほどの魔物を従えて、なにをたくらんでおる?」

「大きな目的は……単に自分の身の安全の確保、です。戦が多い世のなかですから、戦力はあるに越したことはないでしょう」

「それ以上の野心はない、と?」


 さぐるような視線を向けてくるマーリン。


 ブラットはしばし考え、


「……ない、と言えば嘘になりますね。人間は欲深い生きものですから。俺も身の安全を確保できたら、もふもふとした獣たちと辺境でのんびり暮らせたらいいなあ、という野心を実は密かに持っております。いまたくわえている力は言うなれば、そういった日常を“守る”ための力ですね!」


 微笑とともにそんな野心を語ってみせる。


 もふもふと……暮らす、だと? とマーリンは呆気にとられた様子で硬直する。


 だがその直後――



「……!?」



 マーリンはなんらかの魔法で突如としてブラットの眼前へと瞬間移動する。


 そしてブラットの顎をくいと持ちあげ、まるで内心を見透かすかのような視線を送ってくる。ブラットが頭に疑問符を浮かべていると、マーリンはしばしあってプッと吹きだすような微笑をこぼした。


「……なるほど、傑物じゃのう。言葉にこれっぽっちも嘘がない。すべて大真面目に語っておる。グラッセが弟子にしたくなるのもわかるわ。いっそグラッセなんぞ捨てて、わしの弟子にならんか?」

「あ、え……?」


 ブラットが間抜けな声を出しているあいだに、マーリンは元の場所にふたたび瞬間移動し、「ともかく」と言葉を続ける。


「まあ敵意がないことはわかった。というか、おぬしを見ておればなんとなくわかる。でなければ、こうして呑気に魔法都市に帰ろうとはしておらんからな。新たな魔王の誕生と認定し、全身全霊でおぬしを討伐しにかかっていたことじゃろう」

「ま、魔王は……さすがに大げさでしょう」


 ハハハ、と苦笑するブラット。


「これほどの魔物たちを一瞬で飼いならしておいてなにを言うか。いまだ覚醒していない魔王より、よっぽど脅威じゃろう」


 まあいい、とマーリンは肩をすくめて深遠なる魔力を全身からあふれさせる。


「おぬしから邪気は感じられん。ならば、おぬしがこの世界の支配をもくろんだとて問題はない。魔王の支配と異なり、それは人間の営みじゃ。わしは魔法の研究さえ続けられればそれでよい。好きにせい」

「いやこの世を支配なんて俺は……」


 ブラットはさらに弁解しようとするが、マーリンはすでに話は済んだという様子で空間転移魔法の詠唱に入っていた。


「あ〜! マリンちゃん自分の話が済んだからってさっさと帰ろうとしてる~!? わたしだってブラちゃんとお話したいのに〜!」

「わしの話はあくまでもこの世の行く末を憂いてのことじゃ。おぬしのは単なるイケメンと話したいという私欲じゃろ。そんなものにいちいち時間を裂けぬわ。あとわしはマリンじゃなくてマーリン」


 ううううううっ、やだやだやだ! と泣き顔で訴えるセリエだが、マーリンはそのあいだにすでに転移門を開き終えていた。


 セリエを強引に転移門へと引きずりこむマーリンを、ブラットは慌てて「ひとつお聞きしたいのですが……!」と呼びとめる。



「アルベルトについて……なにかつかんでいたら教えていただけませんか?」



 そして、そう訊ねた。


 マーリンはぴたりと立ちどまり、悪戯めいた微笑とともに振りかえる。


「……魔法都市はあくまでも中立じゃ。じゃからこの国にしろ、今回の件にからんでいるものたちにしろ、一方に肩入れする真似はしたくはないのじゃが……まあヒントはくれてやってもよかろう」


 そしてマーリンは短く一言、



「……



 そう言った。


 デルトラ半島、ですか? と反芻しながら眉をひそめるブラット。


「わしから言えるのはそれだけじゃ。あとは自分でさがしだすのじゃな」

「あ……待ってください!」


 ブラットはまた呼びとめるが、しかしマーリンは「それではな」と言いおくと、セリエを引きずって転移門へと入っていく。


「キャアアアッ、ブラちゃん助けて〜! 連れさられる〜! どこかに監禁されて、あんなことやこんなことされちゃう〜!!!」

「……黙ってさっさと入らんかい」


 そんな茶番じみた掛けあいをしながら二人が完全に入ると、転移門はまもなく収束し、跡形もなく消失してしまった。


 ルーランの森の広場にはブラットとロジエ、そして1000もの魔物たちがどことなく気まずい空気で取りのこされた。


「行ってしまわれた……デスね」

「結局……アルベルトについて聞けたのはデルトラ半島という言葉だけか」


 ロジエが歩みよってきてつぶやくと、ブラットはため息まじりにこたえる。


 もう少し詳しく聞きたかったが、マーリンの立場上それが限界なのだろう。だが話しぶりからして、アルベルトがすでにこの世にいないということはなさそうだ。それがわかっただけで僥倖である。


 それにしてもデルトラ半島といえば、ブラットが対処せねばと思っていたダストリアとエルネイドの二国がある場所だ。


『ファイナルクエスト』作中では、アルベルトがその二国間の争いに関与したという話は聞いたことがないが、どういったつながりなのか。二国への謀略を仕組んだのはベルゼブブなので、あの魔人が一枚噛んでいる可能性はありそうだが。


(とにかく話はデルトラ半島につながった)


『ファイナルクエスト』作中では、ダストリアの滅亡をきっかけに魔王覚醒に必要な魔力が集まり、魔王がよみがえる。


 さきほどのロードからの調査報告を思いだすと、この世界でも同じ流れになる可能性が高い。まあ魔王がよみがえろうとも3年後には勇者に討伐されるので、放っておけばいいと言えばそうだが――


(……力があるっていうのも考えものだな)


 悩ましいことにいまの自分には力がある。


 別に英雄になりたいわけではない。ただ自分の死亡エンドさえ回避できればそれでいい、という利己的な考えは大いにある。


 だがおそらくブラットが動かねば、世界が救われる前に大勢の人々が命を落とす。


 このまま人々が命を落とすのをただ見ているのは後味が悪そうだ。


(動くとするか)


 赤の他人のためにリスクを負って動くのは愚策だとは思うが、アルベルトをさがすついでにできるかぎり手をほどこしたい。


(……アルベルト、待っていろ)


 これからの動きは決まった。


 デルトラ半島に向かう。


 そしてアルベルトの行方をさがしながら、ついでに魔王の覚醒も阻止する。


 つまりは世界を救う、ということになる。難儀にも思えるが、なにしろこの世界はほぼほぼ『ファイナルクエスト』だ。


 単に死なないように安全マージンを取りつつ、ノーコンティニューでゲームをクリアすればいいだけと考えれば、大して難しいことではないはずだ。前世ではもっと厳しい縛りプレイをした上で、自分は幾度となく世界を救ってきたのだから。



「……さあて、世界を救ってみますか」



 下手すれば頭がおかしいと思われる中二病じみたセリフをつぶやきつつ――


 脳内に攻略チャートを描きだし、ゲーマーとしてはある種やりがいのある現状に不謹慎にも少しワクワクするブラットであった。

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