第42話 黒豚王子はまとめてテイムする


「わたしはヴィエラ、この大隊の長なのネ」


 ヴィエラと名乗ったその半人半蛇のモンスターは、たいそう美しかった。


 上半身は妖艶な人族の美女のものなのだが、その美しい上半身に鱗がきらきらと光沢を放つ蛇の下半身が妙に合っているのだ。


 ブラットに異形種を特別に好む性癖はないが、それでもなにかの女神かと見紛うその神々しい雰囲気には目を見張らされる。


 一方で当人のヴィエラは、鋭い目つきでこちらを睨んできていた。


「おまえが……あのブラット・フォン・ピシュテルで間違いないのネ? あの英雄たちでさえも一目置いているという」

「……ああ、俺で間違いない。一目置かれているかは定かではないが」


 肩をすくめてこたえるブラット。


 敵同士なので当然だが、両者のあいだにピリピリとした空気がただよっていた。


 ブラットは空気をやわらげるべく、


「とにかくヴィエラ……会えて光栄だ。きみのような美しいものが隊の長とは思わなかったよ。才色兼備ということなのだろうな」


 歯の浮くセリフをすらすらと述べ、敬意を示そうと丁寧に貴族の礼をとる。


 ヴィエラは敵対関係にあるブラットからそんな言葉が出てきたことを理解できぬ様子でしばし目をぱちくりさせたあと、


「わ、わたしが……美しい、だと? 人にとってはあきらかに異形だろう?」

「一般的な価値観がどうかはわからないが、自分の感想を述べたまでだよ」


 ブラットがそう肩をすくめると、ヴィエラはかすかに赤らんだ頬をおさえて「わたしが……美しい?」とうつむいた。


 それからブラットが手を差しだすと、ヴィエラはとまどった様子でそれをながめ、結局迷いながらもその手を握った。


 互いに敵意のないことを確認するように、あらためて握手をかわす二人。


(……なにもたくらんでいなさそうだな)


 ヴィエラの受けこたえを冷静に観察し、ブラットはそう結論づける。


 ほぼ間違いないだろう。


 ラミアと言えば、『ファイナルクエスト』作中でも麻痺や呪いといった状態異常攻撃を得意とする厄介なモンスターの一体だ。


 もしも敵意があるのなら、ブラットに握手を求められて自然に接触できているこの絶好の機会に事を起こさぬ理由がないからだ。


(まあ……成功確率は低かろうが)


 このラミアというモンスターのレベルは、しょせん40に満たない程度。


 それはこの世界では平均的な戦士を圧倒できる強さなのだが、レベル50を超えるいまのブラットの相手にはならない。


 それだけのレベル差があれば、ヴィエラが攻撃の予備動作に入った段階でそれを察知し、回避行動に移ることも可能だからだ。だからこそ、こうして自分をエサにするような真似ができたわけだが。


「……?」


 ブラットがそんなことを考えつつ握手を解こうとすると、だがヴィエラはなにか考えこんでいる様子でそれに気づかない。


 そして握手の力をゆるめぬまま、ブラットの耳に届かぬほどの小声で――



『なるほど…………ブラット・フォン・ピシュテル、想像以上に若いのネ。だがそれは伸びしろの大きさとも言える。魔力もこの齢とは思えぬほど桁外れなのネ。そしてこれほどの魔物たちを前にしながらも一切動じていない。自信から来るものなのだろうが、一方で格下かつ敵対者であるわたしにも礼を尽くす器の大きさも備えている。間違いない、逸材なのネ。会ってみてわかった。やはり……このものこそがいずれ世界の頂点に立つ、わたしがつかえるべき御方なのネ』



 あとわたしを美しいと言ってくれたし、とボソボソとつぶやいている。


 ブラットがいぶかしげに見ているとそこでようやく気づいた様子で、「も、申し訳なかったのネ」と慌てて手を放した。


(なにをぶつぶつ言ってたんだ……?)


 ブラットもそうは思ったものの、とにもかくにも時間は有限だ。


 すべきことがたくさんあるいま、さっさと話は済ませるべきだろう。


「さて、おまえたちの処遇だが……」


 だが、そう話を切りだした瞬間だった。



「――わたしをおまえの……いや、貴方の配下にしてほしいのネ!!!」



 ヴィエラが声高にそう言った。


 そして深々と頭をさげてくる。


 突然のことだったので、ブラットは言葉の咀嚼に時間がかかってしまう。


「……どういうことだ?」

「“大賢人ワイズマン”にいろいろと話を聞いたのネ。貴方はスカイマウンテンで魔物を使役し、魔物の軍を組織しているのだろう。そしてそこにわたしたちをくわえるつもりなのでは、と“大賢人”は予想していたのネ。使えるものは魔物すらも使う貴方の器の大きさにわたしは感服したのネ! わたしたちもぜひ軍にくわえてほしい。わたしたちはこれでそこそこ役に立つ。きっと貴方がこの世界に覇を唱える力になれるのネ!」


 ヴィエラは鼻息荒く身を乗りだし、まるで興奮した犬のように蛇の尾をふりふりしながら、まくしたてるようにそう言った。


(いや、そもそもなぜ俺がこの世界に覇を唱えることになっているんだ……?)


 とは思いながらも、一方でさすがはマーリンだといたく感心するブラット。


 スカイマウンテンの魔物たちのことはほぼ誰にも口外していないはずたが、あの賢者はどうやらすべてお見通しのようだ。


 となるとアルベルトの行方も知っていそうなものだが、それはともかく――


「……いまわたしたちと言ったが、俺の配下にくわえてほしいというのは、ここにいるおまえたち大隊の総意なのか?」

「わたしたちは、二英雄の圧倒的な力に歯が立たなかった。貴方がとめてくれなければ死んでいたのネ。言うなれば、貴方に命の恩がある。そしてあらためて会い、貴方の実力と器の大きさは闇の覇王さえもいずれしのぐと思った。貴方こそがわたしたちの従うべき主! それをここにいる多くの魔物もわかったと思うのネ!」


 ひどく興奮した様子で大仰な手振り身振りとともに講説するヴィエラ。


 王宮で多種多様な人間を見てきたので、ある程度は他者を見る目が養われているブラットだが、彼女の言葉に嘘はないように思った。ヴィエラはおそらく、本当にブラットを認めてくれたようだ。


(だが……ほかの魔物たちはどうだろう?)


 魔物と人間は、基本的には相容れない。


 これだけの数の魔物が皆、そろって人間の支配下に置かれるのを完全に受けいれたとは思えなかった。もっと意固地に反対しつづけるものがいるのがふつうで、それがいないというのはおそらく――


「……俺としても元々おまえたちを勧誘するつもりだった。配下にくわえてほしいというその申し出自体は歓迎だ。だが命惜しさが理由ならば考えなおしたほうがいい。俺はおまえたちが配下にならずとも、命を奪うつもりはないのだからな」

「な……そこまで見抜いて!?」


 ブラットの指摘が図星だったらしく、驚愕をあらわにするヴィエラ。


(……やっぱりか)


 そもそもここにいる魔物たちはグラッセやマーリンによって捕虜にされ、こちらに生かされている立場だ。こちらの意に沿わぬ行動をすれば、いつ命を奪われてもおかしくない状況なのである。ブラットの配下になることに異論を唱えるものがいないのは、それが大きな理由だろう。


 つまり殺されるよりは人間の配下になったほうがまし、ということである。


「しかし命を奪わないというのは、どういうことなのネ? 人に牙を剥いた魔物をそのまま逃がしてくれるわけではなかろう?」

「もちろんそのままは逃がさない。また人間に牙を剥く可能性が高いからな。だが、おまえたちをただ虐殺するのも忍びない。二度と人間を襲わぬという魔法契約を交わしたのちに解放するつもりだった」


 人間さえ襲わねば、魔物はそれほど有害な存在ではない。だから魔法で行動を縛れば、解放しても問題ないという判断だった。


 なるほど、とうなずくヴィエラ。


「とにかく、俺はおまえたちを無理に支配下に置くつもりはない。断ったからと言って命を奪うこともないということだ」


 そもそも“魔物使いの指輪”は強大な力こそ持ってはいるが、無理やり魔物を従属させられるわけではない。魔物側にブラットを心から受けいれる気持ちがあることが必要条件であり、嫌々ながらのものにはうまく効力を発揮しないのだ。


「それらを理解してもらった上で、あらためてここにいる皆に問う。俺の配下となるか、野に帰って平和に暮らすか……どちらだ?」


 ブラットがそう訊ねると、魔物たちに大きなざわめきが広がった。


 ほぼ全員が古代魔物語モンスティッシュで話しているのでなにを話しているかはいまいちわからないが、困惑しているのは間違いない。


 ブラットは自由に話させながらも配下となるものは北側に、ならないものは南側に分かれるようにと魔物たちに指示を出した。


 多少迷うものはいたものの、魔物たちはしばしあって二手に分かれ終えた。


(思いのほか……多いな)


 三分の一でも残ればいいほうと思っていたが、実に三分の二の魔物がブラット軍(仮)にくわわることを選んだらしい。


「……おまえたち、本当にいいんだな?」


 配下となることを選んだ魔物たちを見回し、あらためて問いかけるブラット。


 そのなかからヴィエラが進みでてくる。


「わたしは生きて解放されようがされまいが、元よりそのつもりだったのネ」

「我らヴィエラさま従ウ。ヴィエラさマおまえ従ウ。だから我らおまえ従ウ」


 ヴィエラが即答し、近くにいたパズーがたどたどしい人語でそう続けた。


(なるほど……信頼関係があるってわけか)


 魔物たちの社会生活は謎が多いが、知能が高いと種族をこえて深い関係性を築くものもいるようだ。砂漠地帯に生息する魔物が多いとは思ったが、元々つながりがあった魔物たちによる軍なのだろう。


「おまえたちの気持ちはわかった。それでは契約を交わしてもらおう」


 ブラットは早速テイムの準備に入るため、魔力を全身にまとった。


 魔物のテイムには魔物と心をつなぎ、自身とのあいだに“絆”をつくる必要がある。本来それは非常に困難で、上位の魔物や複数の魔物をテイムしたりというのはなおさら難易度が高いことなのだが、ブラットは“魔物使いの指輪”のおかげで困難なその作業を驚くほど楽にこなせるのだった。


「心を楽にして俺の魔力を受けいれてくれ」


 不安がっている魔物たちを安心させようと、優しく微笑みかける。


 そして次の瞬間――



「――――“テイム”」



 魔力を解きはなった。


 ブラットの全身から膨大な魔力があふれ、それが魔物たちを一挙に包みこむ。そして魔力は半透明の導線のように――あるいは電流のようになり、魔物たちそれぞれとブラットをつなぎあわせる。


 その瞬間に魔物たちの膨大な意識が、ブラットになだれこんできた。


 それは記憶が戻るときの感覚と似ていた。


(抵抗は……ほぼないな)


 ブラットとの契約を受けいれる姿勢ができていない魔物であれば、ここで抵抗があってすんなりと契約とは行かないのだが、話を済ませていたこともあって魔物からの抵抗はほとんどなかった。


 しばしあって魔力の導線は魔物の体になじんでいくかのように透過し、心のなかで強固な結びつき――“絆”をつくって消えた。


 合計で700体弱。

 すべての魔物のテイムが完了したのだ。


(……何度やってもつかれるな)


 ブラットはひと仕事を終え、大きな息をついて呼吸をととのえた。


 達成感というよりは疲労感がさきに来る。


“魔物使いの指輪”で制御されてはいるものの、それでもこれだけの数の魔物の意識がなだれこんできたのだからしかたあるまい。


 だがもはや魔物たちの長となったのだ。最初から情けない姿は見せられない。


「……皆、これからよろしく頼む」


 ブラットが一声かけた瞬間だった。


 は!!! というヴィエラの声とともに、700体もの魔物たちが統率された軍隊のように一斉に威勢のいい鳴き声をあげる。


 そして皆そのままブラットの前にひざまずくと、深々と頭を垂れた。


(……管理職って感じで嫌だな)


 強力な魔物たちにかしずかれ、まずブラットが覚えた感想はそれだった。


 前世では若くして管理職に抜擢されたのだが、立場があがるにつれてもちろん収入は増えたものの、それ以上にすべき仕事や責任が増えに増え、精神的にも肉体的にも追いつめられてしまった。だから人の上に立つことにいい印象がないのだ。


(だが力を手にするっていうのは、たぶんそういうことなんだろうなあ……)


 これも自身の命のため、そして救いたいものたちを救うためだ。不都合が生じようとも、代償と考えるほかないのだろう。


 なんにしろこれでスカイマウンテンで育成中――単に放置しているだけだが――の魔物100体にくわえ、新たに700体もの魔物がブラット軍(仮)にくわわったことになる。スカイマウンテンのロードたちは、スカイマウンテンを完全に手中にするときに野生の魔物たちをいくらか従属させたと言っていたので、それらをくわえればぜんぶで1000近い大軍になったはず。


(……この規模となると、変なことをされたら大事だな。一度すべての魔物を集めて考えを共有しておかないとまずそうだ)


 完全にまかせきりで放置してしまっていたので、魔物たちの現在の戦力とステータスもある程度は把握しておきたいところである。


 ブラットがそんなことを考えながら、またひとつ息をついていると――



「……まさかこれほどの魔物たちを本当に一度にテイムしてしまうとはのう」

「ブラちゃんすごいすご〜い♡」



 上空からそんな声が降りそそぐ。


 見上げるとそこには、あまりに自然な魔力操作で宙に浮かぶ人影がふたつ。


 世界最高の魔法使いと名高いエンシェントエルフ“大賢人”マーリン、そして女神のごとき美貌を持つ“救世の聖母セインテス”セリエであった。

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