第55話 黒豚王子は戦場に馳せ参じる
――エルネイドの王都、レノワール。
そこは天高くそびえたつ生命の樹――レフィロトを中心に発展し、至るところに樹木や花々があふれる緑豊かで美しい都市だ。普段はその都市の景観を一目拝むためだけに、観光客や旅人が大勢訪れるほどだ。
しかしそのレノワールは現在、異質な魔物の群れによる突然の襲撃を受け、全住民が息を呑むような緊迫状態となっていた。
「ああ……僕が留守をまかされたときにかぎって、なんでこんなことに」
なんて不幸なんだ、と嘆くのは幻獣騎士団の副団長ランドルフ・デトナル。
三色騎士がアドラスに出陣したあと、王都の防衛をまかされた男であった。
ランドルフは部下の兵士とともに敵戦力を確認しようと、城壁の上から魔物の群れがゆっくりと進軍してくる様子を見ていた。
「ランドルフ副団長、嘆いている暇はないなの。確かに数は多いけど、ほとんどが魔導人形だからなんとかなるわ。がんばるなの!」
そう勇気づけるのは、高貴なエルフの少女。
このエルネイドの王女であるリデル・シル・エルネイドその人であった。
ダストリアでの謁見のあと、キャロルの働きかけや、ダストリア側の目論みもあり、紆余曲折あってエルネイドに強制送還されたのだ。
リデル自身は戦場となる城塞都市におもむきたかったのが、当然のごとく周囲に制止され、この王都にとどまっていたのだった。
「ううっ……でも数が多すぎますよ、殿下。こちらの何倍もいるではありませんか。そもそも相手がダストリアか魔王軍かすらもよくわからないし。もしやこのままエルネイドは滅びるかもしれないな。長い歴史を誇る国が僕の無能のせいで滅びるなんて……不幸だ、不幸すぎる」
リデルになだめられても、そんな愚痴を絶え間なくこぼしつづけるランドルフ。
「こら、王女の前で不謹慎なの。貴方は相変わらずネガティブすぎるなの……」
一方で、嘆くこと自体はやめる気配がないものの、ランドルフはそれからこれ以上ない的確な指示を出し、防衛の陣頭指揮を取っていく。
そしてついに魔物が城壁まで襲来したときには、その見事な采配のおかげで、各門は魔物の侵入を許さず防衛ができていた。
腐っても幻獣騎士団の副団長なのだ。
だがしばしあって、他の門に十分な援軍を送ったがために、ランドルフのいる正門が若干手薄になり、兵士が劣勢になっていた。
「ああ……僕の計算が甘かったせいで、正門の味方が不利になっている。僕はなんて無能なんだ。やっぱりもうだめかもしれない」
そう言いながらもランドルフはグリフォンに騎乗すると、巧みに幻獣を乗りこなし、すさまじい速さで戦場へと身を投じる。
不利な状況におちいった味方に助太刀。魔導人形をばったばったと斬り倒し、あっという間に不利だった戦況を覆してしまう。
「さすが……なんだかんだと三色騎士と同等の才を持つと言われた騎士なの。頭もキレるのに、なんであんなにネガティブなのか」
ランドルフとともに魔導人形に応戦しながら、やれやれと呆れるリデル。
そして戦線がある程度落ちついてきたところで、ランドルフは魔物の群れのなかに、長らしきゴブリンロードを発見。
魔導人形の大群を操っている
「お、あいつさえ討ち取れば……もしや、諦めてくれちゃったりするのでは」
ランドルフはそう思うや、すぐにゴブリンロードを討ち取るべく動いた。
「え、きみさすがに強くない……?」
しかしゴブリンロードは剣の扱いに慣れている上、装備もマジックアイテムをそろえていて、なかなか傷を負わせられない。
ランドルフはしかたなく魔術師隊に付与魔法を頼み、連携してようやくゴブリンロードにダメージを与えることに成功する。
「あと……少しだな、がんばりますかあ」
だが大勢で協力し、ようやくゴブリンロードにとどめを刺そうというときだった。
突如ランドルフの剣の刀身が錆びたかと思うと、泥のように崩れていく。
何が起こったのかと一瞬の逡巡。
「不甲斐ない結果で申し訳ございませン……」
ゴブリンロードの言葉で、ランドルフは新手が来たことにようやく気づく。
新手は百を超える数の魔物だった。
「ええ……なにそれ嘘でしょ」
絶望というよりは、一周まわってその光景に引いてしまうランドルフ。
それらの魔物はどれも魔導人形でないのはもちろん、単なる魔物ではなく、ゴブリンロードと同等の上位種に進化した個体だった。
「まさか……上位種があんなに!?」
同じく動揺が隠せないリデル。
しかもゴブリンロードが首を垂れている先には、禍々しい魔力をまとったひとりの人間――いや、一体の
どうやらゴブリンロードでなく、その魔人種こそが群れの長だったらしい。
「あのさあのさぁ……あれ、一体だけでもう僕ら勝ち目なくないですか?」
たった一体を追い詰めるのに大勢で協力せねばならなかったゴブリンロード。それと同等の魔物がうじゃうじゃといる。
そしてそれらのバケモノをまとめる
詰んでいる。
「……不幸すぎる」
さすがに死を覚悟し、また嘆かずにはいられないランドルフだった。
✳︎
一方、城塞都市アドラスをめぐる両国の最高戦力による攻防は続いていた。
「皇帝も……大したことねえなぁ」
「そうね、思ったよりも全然やれるわ」
軽口を叩く三色騎士のレオンとスヴィア。
「お二人とも……ポジティブすぎますよ」
呆れた声でツッコむユーリ。
三人のやりとりはいつも通りで、一見して余裕にあふれているように見える。
しかしその実は――
「これが……あの混沌としたデルトラ半島を一代でまとめあげた皇帝。まったく、なんてバケモノなんだ。勝てる気がしませんよ」
エルネイドの正義の象徴たる三人の騎士団長は、すでに瀕死であった。
全身は傷だらけで疲弊しきっていて、もう立っているのもやっとなぐらいだ。
一方でカスケードはダメージ自体は受けつつも背筋をしっかりと伸ばして直立しており、まだまだ戦えるといった様子だった。
はたから見れば、カスケードと三色騎士の戦いは互角だった。むしろ派手な魔法攻撃の多い分、三色騎士側が優勢に見えたぐらいだろう。
だが実際のところ、カスケードと三色騎士の間には隔絶した力量差があった。
素の能力値、装備、経験、知識、あらゆる面でカスケードは三色騎士を凌駕していて、その差がそのまま結果に出ていた。
三色騎士と戦うことを見越し、カスケードは元より入念に準備していた。
魔法耐性のある装備、付与魔法を準備し、三色騎士の魔法攻撃ダメージの大幅カット、状態異常魔法の阻止に成功していたのだ。
一方で、カスケードの技は純粋な剣技で対策は難しく、そもそもの能力値にも数段の差がある。すべてにおいてカスケードが上回り、その上で純粋な体力の削りあいとなれば、三色騎士に勝ち目はなかった。
「敵国とはいえ、貴殿らは殺すには惜しい逸材だ。降伏することを許そう」
カスケードは淡々と告げる。
甘さからの発言でなく、打算だった。
ダストリアはあらゆる混沌を内に呑みこみ、力をつけてきた国だ。眼前の三色騎士すらも例外ではない。実力さえあれば、それがどんな背景を持っていようとも受けいれ、評価する。それがダストリアなのだ。
「何もう勝った気でいんだよ、おっさん!」
「不快ね。勝つのはわたしたちよ」
「やれやれ……そういうわけです」
三人は一切諦めた素振りはなく、どこにそんな力が残っていたのか、力を振りしぼって一斉にカスケードへと立ち向かった。
「愚かな……ならば朽ちろ」
カスケードはなんら動じることなく、ただ三人に冷たい視線を向けた。
だがカスケードが、まさに三色騎士を迎え撃とうとしたそのときだ。
「ぐっ……」
一瞬カスケードの動きがとまり、その直後にカスケードは血塊を吐いた。
その隙を逃すわけもなく、三色騎士はカスケードを一気に攻め立てる。
そしてこれまで鉄壁だったカスケードの防御をついに貫通し、カスケードに次々と手傷を負わせ、一転して攻勢に転じる。
「こちらの与えたダメージ……じゃねえな?」
「病か……あるいは呪いに見えるわ」
「そのようなものに蝕まれた体でわたしたちの三人の相手をし……なおかつ圧倒していたなんて、まったく賞賛に値しますよ」
三色騎士は冷静に分析する。
「ふっ……手加減でもしてくれるのか?」
カスケードはにやりと不敵に笑う。
「ご冗談を。そんな余裕はありませんよ。ようやくこちらに勝機が見えたのに」
カスケードの動きが鈍ったのを見ると、三色騎士たちは執拗に攻め立てる。
三人掛かりで、しかも相手の不調を知った上で全力で叩く。その様子はまったく“義の国”の騎士らしからぬ振る舞いだった。
しかしそれはカスケードという英雄が、そうでもしなければどうにもならないほどの戦士だと認めたからこその振る舞いだった。
三色騎士たちは連携し、カスケードに次々と手傷を負わせていく。カスケードの体中の生々しい傷から血が流れだす。
「あんたにも赤い血が流れてたんだな」
三色騎士と同じく、瀕死の状態に追いこまれ、カスケードの紅き血が、ダストリアの灰色の荒野に黒い染みをつくっていく。
そんな英雄たちの激戦を、戦場の後方から見ている女騎士の姿があった。
(……こんなのは間違っている)
皇帝カスケードの娘であり、ダストリアの皇女であるキャロルである。
こんな戦いは間違っていると思う。
しかし最後まで戦をとめられぬまま、キャロルはこの戦場に身を置いている。
誰かをその手にかけられるわけでもなく、味方の支援に徹することで自分に言い訳をして、中途半端な覚悟でこの場にいた。
(父上……どうしたのだ?)
そしてふと気づく。
エルネイドの英雄である三色騎士を、三対一で圧倒しているカスケード。
しかしその様子がどこかおかしかった。
キャロル以外はほぼ気づいていないようだが、ずっとカスケードに憧れ、カスケードの剣技を見てきたキャロルにはわかる。
そして案の定カスケードの違和感は、目にわかる形で顕現してしまう。
突如、カスケードが血塊を吐いたのだ。
「父上!?」
その隙を逃すわけもなく、三色騎士はカスケードを一気に攻め立てる。
そしてこれまで鉄壁だったカスケードの防御をついに貫通し、カスケードに次々と手傷を負わせ、一転して攻勢に転じる。
(このままでは……)
カスケードからは前線には出てこず、後方支援に徹しろと言われていた。三色騎士には決して手を出すなとも言われていた。
だが普段のカスケードならばともかく、今のカスケードは本調子ではない。このままでは、カスケードが殺されてしまう。
(……させ、ない)
キャロルは気づけば駆けだしていた。
考えるよりも先に脚が動いていたのだ。
三色騎士は強い。
キャロルも決して弱くはないが、先ほどの戦いぶりを見るかぎり、手負いのそのたったひとりにすらキャロルでは勝てないかもしれない。
だがもはや感情を抑えきれなかった。
キャロルはカスケードをかばうように、レオンの剣を受けて弾きかえす。
「おやおや、あんたは……皇女殿下か」
レオンは目を細める。
「こんな無益な戦いはもうやめろ……! こんなのは間違っている……!」
「間違っているかは知らねえが、無理だな。この半島の人間は騙し討ちが得意だからな。何をたくらんでいるかわかったもんじゃねぇ」
「わたしたちはそんなこと……!」
キャロルは必死に訴えようとするが、レオンたちは聞く耳を持たない。
そしてスヴィアが剣を突きつけてくる。
「わたしたちは義を重んじる。しかしそれは甘いということじゃない。自身の義をつらぬきとおすためには時に非情にもなる」
「キャロルさま……貴女には特別に恨みはありませんが、戦場で立ちはだかるというのならば、葬り去るほかありませんよ?」
三色騎士は最後の忠告だというように、魔法の詠唱をゆっくりと始めた。
キャロルと三色騎士は、ダストリアとエルネイドの会談で顔を合わしたことがある。笑顔で言葉を交わしたことすらもある。
だからできれば、引いて欲しいのだろう。
皇帝であるカスケードさえ討ち取れば、ダストリアの戦線は崩壊する。キャロルの命は今回の戦の目的ではないのだから。
「嫌だ……こんなのは間違っている。誰も望んでいないのに、なぜわたしたちは殺し合わねばならないのだ! こんなのは絶対に認めない。たとえ命を奪われても、友であるおまえたちと殺し合うよりはましだ」
しかしキャロルは引かなかった。
両国の多くの人々はきっと、戦なんてしたくないと思っている。なのに、なぜこうして命を取り合わねばならないのか。
「愚かものが……早く、引け」
カスケードは全身から血を流しながら、息も絶え絶えにキャロルに言う。
理屈ではわかっていた。
一部の人間が和平を結ぶべきだと主張しても、すでに互いに犠牲者は出てしまっていて、それがとても難しいということは。
ここでキャロルがカスケードをかばったとしても、共に命を落とすだけ。キャロルだけでも引いたほうが賢明だということは。
だけど、それでも――
「……」
キャロルは引きたくなかった。
そこに、居続けた。
「……残念です」
ユーリはため息まじりにつぶやいた。
瞬間。三色騎士の三色の鮮やかな攻撃魔法が一斉にキャロルへと放たれた。
「……すまない、みんな」
死を覚悟し、謝罪を口にするキャロル。
愚かな選択をして命を投げ出し、悲しませてしまうだろう人々に。自身が無能なせいで守ることができなかった両国の民に。
キャロルの頬を涙が伝った。
だがキャロルのもとに三色騎士の攻撃魔法が届くことはなかった。
その寸前に――
「……!?」
空から少年が降ってきて、魔法壁を作りだしてキャロルを守ったからだ。
一瞬で強力な魔法壁を展開したその少年は、ピシュテルの第一王子――ブラット・フォンブラットその人で間違いなかった。
黒豚王子は前世を思いだして改心する ~悪役キャラに転生したので死亡エンドから逃げていたら最強になっていた~ 少年ユウシャ @kasousyounen
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