第54話 とある国家最高戦力の激闘
――二週間後。
不毛の荒野に囲まれた城塞都市アドラス。
いつもならば灰茶色にそまっている北の大地が今、漆黒にそまっていた。
“灰色の帝国”ダストリアの主戦力――漆黒の
そしてアドラスの高く堅牢な城壁には、暗黒騎士団に対抗すべくエルネイドの主戦力である幻獣騎士団が待ち受けていた。
その上空には、グリフォンに騎乗している上級騎士たちの姿もあった。
ダストリアとエルネイドの和平交渉は、大方の予想通りに両者歩み寄ることなく決裂した。結果、カスケード率いるダストリアの暗黒騎士団は、アドラスを奪還すべく出陣。今まさに開戦するところだった。
アドラスを死守したいエルネイド、アドラスを奪還したいダストリア。両者は睨み合い、どちらから動くかの硬直状態になっていた。
デルトラ半島はファイナルクエストにおいて物語終盤の舞台であり、そこで生きるものたちのレベルも自ずと高くなる。
両国共に訓練された中堅以上の騎士のレベルは20を超え、上級騎士ともなれば30に達するものもいる。そのレベルの猛者が軍を組織してぶつかり合えば、被害はとてつもないものになる。それは両国理解していた。
「――頃合いか」
だが、皇帝カスケードに迷いはない。
そしてエルネイドがダストリアによる再三の都市返還要求を跳ねのけたことで、ついにダストリアはアドラスへの侵攻を開始する。
「ジャスパー、やれ」
「はっ!」
カスケードが命ずると、ジャスパーは宮廷魔術師団とともに詠唱を始める。
『――“メテオ・ストライク”』
そして、用意した魔法陣によって宮廷魔術師団の総力をあげた攻城魔法が発動。
巨大な隕石が上空から降りそそぎ、アドラスの城壁の一角に風穴をあけた。
「総員! 突撃せよ!」
カスケードが叫んだ。
彼の雄々しい声に呼応して、暗黒騎士団が一斉に城壁へと駆けだした。
その数、およそ一万。
対して幻獣騎士団の数は、その半数程度だ。
カスケードは最初から持てる力のすべてで叩き、エルネイドに援軍が来る前に戦を終わらせる心づもりなのだった。
獲物を見つけた野獣のように、暗黒騎士が一気に城壁へ襲いかかる。
騎士の鎧こそ身につけてはいるものの、その中身は蛮族や亜人が多数。人間であっても、この弱肉強食のデルトラ半島で生きてきたものたちだ。平和が基本であるエルネイドの騎士とは、覚悟が一段違った。
城壁の上にいる幻獣騎士たちは、迫りくるダストリアの黒い軍勢を見て怯む。
だが彼らも戦の経験がないわけではない。“義の国”としての誇りもあれば、邪悪なダストリアを滅ぼさねばという使命感もある。
幻獣騎士団は籠城の地の利もあって冷静さを取り戻し、応戦する。
『雷よ』
『炎よ!』
『氷柱よ!』
城壁から放たれた魔法の矢や槍が、暗黒騎士たちに雨のように降りそそぐ。
一部の暗黒騎士がそれに撃たれて倒れるものの、ほとんどの騎士たちは勢いをとめることなく、そのまま進軍を続けた。
エルネイドは
暗黒騎士たちはそのまま城壁に殺到する。
エルネイド側は城壁に入られまいと応戦するものの、暗黒騎士団の精鋭に数で攻められ、完全に押されてしまっていた。
しかし、このままでは城壁の防御が決壊してしまうというときだ。
城壁から、一回り大きなグリフォンに騎乗した幻獣騎士が飛びだしてくる。
「やれやれ、もう俺っちの出番ってわけかい」
不敵な笑みを浮かべたのは、エルネイドの守護神と呼ばれる三人の騎士団長――“三色騎士”のひとりであるレオン・ロイヤードだった。
トレードマークの濃緑の髪をなびかせながら、レオンは大剣を振りかざし、城壁に迫る暗黒騎士団に向けて振るった。
「エルネイドの“緑の騎士”、推して参る。喰らいな――“
大剣から放たれた風の波動が、数十もの暗黒騎士を軽々と吹き飛ばす。
レオンはさらに何度も風の波動を放ち、暗黒騎士を薙ぎ倒していく。レオンのその攻撃を起点にし、エルネイドが反撃を始めた。
それを見た暗黒騎士の精鋭が、レオンの首を取ろうと群がるものの、レオンはそのすべてをことごとく返り討ちにしていく。
『くっ……強い!』
『これがエルネイドの守護神』
『三色騎士……なんて強さだ』
最初はたったひとり討ちとれば済む話と余裕を持っていた暗黒騎士たちだったが、レオンの強さは彼らの想像を上回った。
次々と暗黒騎士は討ち取られていき、戦の流れがエルネイドに傾く。
そしてレオンの参戦によって、ついにエルネイドは城壁へと迫る暗黒騎士団を押しかえし、戦を振りだしに戻したのだった。
レオンはニヤリと笑う。
「さすがは俺っちだぜ! 俺っち最強! 誰でもかかってこいってんだ」
それからもレオンは圧倒的な力で暗黒騎士を蹂躙していく。このまま初陣はエルネイドの勝利に終わるかと思われた。
しかしそのときだ。
「!?」
前線の騎士から悲鳴が上がる。
それも悲鳴はひとつではない。
そしてその無数の悲鳴はどんどん近づいてきて、同時にひとりの暗黒騎士が、鬼気迫る勢いでレオンへと駆けてくるのが見えた。
理不尽なまでの圧倒的な力で、歴戦の猛者たちを勢いのまま薙ぎ倒していくその騎士の姿は、まるで伝説の狂戦士であった。
「まさか……」
レオンが目を見開いた直後に、その騎士はレオンの眼前に出現していた。
そしてその騎士がダストリアの皇帝であり、最強の戦士でもある“
「……ッ!」
鬼神のごときカスケードの一撃をなんとかいなすが、その剣圧に完全に押し負けて、レオンは体勢を崩してしまう。
カスケードはそれを織りこみ済みとばかりに、レオンに追撃の一手を放つ。
(なっ……!)
迫りくるカスケードの剣。
死。
避けられぬと直感で理解し、レオンは自身の首が刎ねられる瞬間を幻視する。
だがカスケードの大剣が、レオンの命を刈りとることはなかった。
レオンへと剣が届く前に、横から飛んできた巨大な雷――雷魔法“ライトニングボルト”が爆裂し、カスケードを弾きとばしたからだ。
カスケードは宙に投げだされ、しかしくるりと回転しながら大剣を地面に突き刺して勢いをとめ、体勢を立てなおす。
しかしその瞬間に巨大な火球の追撃に合い、カスケードは爆炎に包まれた。
「おまえら……」
レオンは自身を救ってくれた二人の騎士を見やり、安堵の息をついた。
「……まさか皇帝自らが最初から前線に出てくるとは思わなかったわね」
「相手はあの“狂人皇帝”カスケードだ。僕たちの常識で図らないほうがいい」
エルネイドの守護神たる三色騎士――“赤の騎士”スヴィア・スカーレットと、“黄の騎士”ユーリ・モルドレッドの二人だった。
「礼は……言わねえぞ」
レオンはスヴィアの手を借りて立ちあがる。
「不要よ。言葉なんてなんの役にも立たないもの。礼なら現金でお願い」
「ちっ、この守銭奴がよ」
いつも通りのスヴィアに呆れるレオン。
つい先日、報酬につられて相性の悪い水竜に挑んで死にかけたので反省したかと思いきや、性根は簡単には変わらないらしい。
しかも国の一大事だというのに、アドラスにやってきてからは運命の人と出逢っただのと浮かれているから困ったものである。
「そんなことより、だよ。僕らの必殺の一撃を受けてピンピンとしているあのバケモノをどうにかする方法を考えないとね……」
ユーリは冷や汗を流す。
スヴィアの火球の爆炎が晴れると、そこには無傷のカスケードが立っていた。
さきほどの雷も火球も、本気で仕留めるつもりで放った強力な魔法だった。
レオンを暴れさせて囮にすることで、カスケードに不意打ちを浴びせるというのは、元より考えていた策のひとつだからだ。
しかし“義の国”としての誇りを捨ててさえも浴びせた不意の一撃を受けてなお、カスケードはノーダメージに見えた。
「……まあなんとかなるんじゃねえ?」
「相手がバケモノだろうと、やるしかないわ。それに、わたしたち三人そろって負けたことなんてただの一度でもあったかしら?」
「二人とも楽観的でうらやましいよ」
肩をすくめるユーリ。
直後――
ダストリアとエルネイド、その最高戦力が真っ向からぶつかり合った。
✳︎
時を同じくして――
『計画通りに進んでおりまス』
「ケケケ、ご苦労ご苦労。人間どもがゴミのように死んでいくのは見てて爽快だナ」
デルトラ半島のどこか――漆黒の闇に包まれた空間で、ベルゼブブは交信石を通じてゴブリンロードから報告を受けていた。
「ふむ、だがやはり上手く行きすぎているナ」
状況は変わらず、上手く行っている。
ベルゼブブの目論み通り、ダストリアとエルネイドは最後まで和平を結ぶことなく、最高戦力を投じての決戦が始まった。
しかし喉に小骨が刺さったような不快感が、どうも拭えないのだ。
すべてが上手く行っているというのは、あくまでもベルゼブブの視界の範囲内の話でしかない。こういうときというのは大体、敵はベルゼブブが意識を割いているところ以外の部分に意識を割いて動いている。
つまるところ、ベルゼブブの預かり知らぬところで敵の目論見が進行し、それがベルゼブブを窮地におとしいれることもありうる。
(特に……)
ピシュテルのあの王子が、ここまで姿を見せていないのが気にかかった。開戦前に何か動きを見せると思っていたのだ。
「……ピシュテルの王子の動向は?」
念には念を、と確認するベルゼブブ
『王子本人の情報は特に入っておりませンが、スカイマウンテンに新たに派遣した“魔団長”ギガンテスが討伐されたとの知らせガ』
「ほう……ピシュテルの王子でなければ、何者に討伐されたというんだナ?」
ベルゼブブは眉をひそめる。
ギガンテスにはサイクロプスと同等の実力がある。並の人間では太刀打ちできないはず。あの王子でなければ誰が討伐したというのか。
『スカイマウンテンの先住の魔物たちでス。どうやらあの王子がやつらを配下として従え、なんらかの方法で強化したようでス』
「ギガンテスを討伐できるほどに……か?」
『そのようでス。逃げ帰ってきたものたちによるト、ギガンテスを討伐したのは人型のアンデッドデ、桁外れの強さだったとのこト』
ゴブリンロードは首肯する。
にわかには信じられなかった。
魔物の強さというのは、種族や個体によって生まれつき決まっているもので、成長してもほとんど誤差程度というのが常識。
スカイマウンテンの先住の魔物たちは、元々サイクロプスにまったく歯が立たない弱者だったのだ。にもかかわらず、サイクロプスと同等のギガンテスを圧倒するほどに短期間で成長したという。ありえない。
(ケケケ……ブラット・フォン・ピシュテル、どんな手品を使ったんだナ?)
得体の知れなさが不気味だが、まあそれはそれだ、とベルゼブブは嗤う。
あの王子が何をしているかは知らないが、ダストリアとエルネイドの大戦が始まってしまった今、そちらは些細なことである。
「ケケケ、ここまで来れば……もはや、流れがとまることはあるまい。すでに多くの血が流れ、憎しみはふくれあがっている」
壊すのは簡単だが、その逆は難しい。
両国の関係は修復不可能。このままどちらかが滅びるまで、戦いはとまらない。
「このままダストリアは滅び、人々の血肉と負の感情は膨大な魔力を産む。新たな協力者のおかげで陛下の覚醒も近いんだナ」
ベルゼブブは自身の持つその魔石――アダマンダイトへと視線を落とす。
魔力を吸収するにつれて変色するその魔石は、緑へと変色していた。そしてまもなくその色は、黄色へ変わっていくだろう。
ベルゼブブが事前に戦場に施していた自動収束術式によって、ダストリアとエルネイドの戦士たちから魔力を吸収しているのだ。
強者ほど大きな魔力を持っていることもあり、精鋭が集まったこの戦場では魔力が桁違いの早さで溜まっていく。特にカスケードと三色騎士という両雄が戦いを始めてからは、その勢いはさらに増していた。
本来の予定なら数年かかるところだったのだが、意図せぬ新たな協力者の存在もあり、魔王覚醒はそう遠くはないだろう。
ベルゼブブの口の端に笑みが浮かぶ。
『しかし……ダストリアが滅びるとのことですガ、そう上手く行くのでしょうカ? これまでの戦いぶりを見ると、カスケードが三色騎士を皆殺しにして、エルネイドを逆に滅ぼしてしまう気がするのですガ』
「確かにかの皇帝は規格外だ。身近で見ていて、よくわかる。あの三騎士をもってしても、致命傷を負わせるのは無理だろうナ」
『えっ、それではやはり……』
「しかしそれはあくまでも、やつが万全で戦いつづけられたならの話なんだナ」
どういうことでス? とゴブリンロードは理解できず首をかしげる。
「ケケケ、そのままの意味なんだナ。今回はオレ自らも動いている。流れはとまらん。愚かな人間どもよ、オレの掌で踊りくるうがいい」
ベルゼブブは黒い笑みをこぼすのだった。
――そして、ちょうどその頃。
『て……敵襲、敵襲! 魔物の群れだ!』
『なぜこんなときに!!!』
『まさか主力不在をねらわれた!?』
『しかもなんだこの強さは!?』
主戦力が出陣して手薄になっていたダストリアとエルネイド両国の首都が、見計らったように異質な魔物の群れの襲撃にあっていた。
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