第14話 とある猫人族の決意



 ブラットが迷宮でのレベリングを始めてから、時の流れはあっという間だった。


 それもそのはずだろう。


 倒せば倒すほどにレベルがガンガンあがり、さらには貴重アイテムまでもドロップするうまいモンスターオリハルコンスネークが、この迷宮には無限に湧いてくるのだ。前世で生粋のゲーマーだったブラットが、時を忘れて狩りに没頭してしまうのも至極当然と言えた。


 そしてこの世界は『ファイナルクエスト』というゲームと酷似してはいるものの、あくまでもゲームでなく生身の現実だ。


 レベルは自身の強さに直結するし、貴重アイテムを入手すればそれはそのまま自身の財産になる。そう考えると、オリハルコンスネーク狩りの中毒性はゲームの比ではない。なにしろ現実の自分がどんどん強くなり、億万長者になるという形容しがたい快楽をともなう行為と化しているのだから。


 ブラットはもはや常にアドレナリンがドバドバの状態で、朝から晩まで一心不乱にオリハルコンスネークを狩りつづけた。


 当初は数匹のオリハルコンスネークを狩るごとにレベルスカウターを使用し、自身のレベルを確認して悦に浸っていたりもしたのだが、次第にそれもしなくなった。レベリングを続けるうちに、少しでもレベルをあげたいという一種のゾーン状態に入り、レベルを確認する時間すらも惜しくなったのだ。


 迷宮での毎日は、至極単純。


 空腹が限界に達したらモンスターを煮るなり焼くなりで腹ごしらえし、眠気が限界に達したら死んだように眠り、それ以外は狂ったようにオリハルコンスネークを狩って狩って狩りつづける。それだけの日々だった。


 そしてそんな単調ながらもゲーマーにとってはたまらない毎日を過ごすうちに、気づけば一ヶ月という月日が経っていたのだった。



 *




「――もうすぐの根城にゃ! みんな心の準備はできてるな?」


 討伐隊レイドの先頭からミーナが声を張りあげると、仲間たちは力強くうなずいた。


 迷宮スカイマウンテン、14階層。


 合計で48名もの猫人族ケットシーの戦士がずらりと隊列を組み、ミーナの後ろに続いていた。サイクロプス討伐のために集った猫人族で指折りの戦士たちである。


 この一ヶ月の綿密な準備期間を経て、いよいよ今日が猫人族の運命を決めるサイクロプスとの決戦の日であった。


 事前調査で次層の15階層がサイクロプスの根城になっていることが判明しているため、討伐隊にはすでに張りつめたような緊張感がただよっていた。討伐隊の面々はいずれも歴戦の猛者だが、それでもみな緊張が隠せぬ様子でそわそわとしている。


 集落にサイクロプスがやってきた日のを思えば、それもいたしかたあるまい。


「……」


 ――あの日、やつは突然現れた。


 なんの前触れもなく、それこそ天災と同じように、単眼の巨人サイクロプスは千にもおよぶ配下のモンスターを引きつれ、ミーナたち猫人族の集落に来訪した。


 そして『今日からこの集落の王は俺様だ、命惜しくば魔王さまのために生贄を差しだせ』と一方的に言いはなったのだ。


 現在、魔王は休眠期に入っている。

 さきの大戦の折に“魔神殺しデモンスレイヤー”グラッセ・シュトレーゼマンをはじめとする“七英雄”に打ちたおされ、大きく力を削がれたからだ。


 そのためいま大陸各地では魔王覚醒のため、魔王配下のモンスターが暗躍している状況らしい。サイクロプスの生贄要求もおそらくその一環で、高純度の魔力の塊である人間を魔王覚醒の礎にするつもりなのだろう。


 もちろん猫人族からすれば魔王覚醒の片棒をかつぐのも、そして生贄として仲間を差しだすのもごめんだった。だから集落はサイクロプスの要求をきっぱりと跳ねのけ、単眼の巨人と戦うことを選んだ。


 そのときに矢面に立って戦ったのが当時の集落の若長であり、集落最強の戦士だと名高かったミーナの父であった。


 だが猫人族の英雄と呼ばれるほどに強かった父は、しかし魔王軍の幹部“四魔将”のひとりだというサイクロプスの桁外れの力を前にまったく歯が立たなかった。


 圧倒的な力の前に父は一瞬でねじふせられ、そして父をかばった母とともにあの巨人にいとも簡単に命を奪われたのだ。


 それはあっというまの出来事だった。


 互いに互いをかばいあう父と母、そしてそんな2人をゴミのようになぎ払う圧倒的なサイクロプスの力。数ヶ月が経ったいまでも、ミーナはその日の惨劇を夢に見る。


 そしてその度、なにもできなかった自分の無力さにさいなまれてきた。



(……絶対に負けられない)



 しかし、それも今日で終わりだ。


 犠牲となった父や母、集落の民のために、そして集落の未来のために、これ以上サイクロプスに勝手はさせない。今日でやつを討伐し、この悪夢を終わらせるのだ。


 ミーナが大きく深呼吸しながらあらためて気合いを入れなおしていると、



「――もっと肩の力をぬいたらどうだ、それじゃ勝てるもんも勝てなくなんぞ」



 声をかけてきたのは、ミーナの3つ歳上の従兄弟ユグルドであった。


 両親が亡くなったことでミーナは齢15で集落の若長となったのだが、ユグルドは力も経験もなにもかもが足りないミーナの補佐をしてくれている心優しき青年だ。


「そう気負うなよ。今日までやつの討伐のためだけに何度も話しあい、綿密に準備してきたんだ。猫人族の精鋭もそろってる。力を合わせりゃきっと勝てるさ」

「ああ……そうだにゃ」


 このように心情を察して細やかな気遣いまでもしてくれるため、ミーナはいつも彼に助けられてばかりだった。


 ユグルドに笑みとともに励まされ、ミーナはどうにか笑みを取りもどす。


 いまだ不安は消えてはいない。


 だがユグルドの言うとおり、今回の討伐のためにできるかぎりの準備はしてきた。そしてユグルドふくめ、頼りになるたくさんの仲間たちがいるのだ。サイクロプスとのあいだに力の差はあるが、勝算はある。


(大丈夫……大丈夫にゃ)


 ミーナは自分に言い聞かせ、頬を叩いた。


 今回の討伐隊の指揮をとっているのは自分だ。自分が不安がっていれば、仲間たちにもその不安が伝染してしまう。毅然とした態度でいなければならない。


 ミーナの不安をよそに迷宮攻略は順調に進み、討伐隊はついにサイクロプスの根城である15階層へとたどりつく。


「……」


 視界に広がったのは、1階層に似た神殿のごとき厳かな空間だった。


 15階層の大部分がこのように廃墟然とした石づくりになっていて、サイクロプスがこの空間の奥部を根城にしていることは、事前調査ですでにわかっていた。


 討伐隊は慎重に探索を開始しようとし――



「――はどういうことにゃ!?」



 直後。ミーナは眼前の光景に目を見開く。


 15階層に入ってすぐの広大なドーム状の空間。武の帝国ムンガルのコロッセオを思わせるその場所になんと、が待ちうけていたのだ。


 ゴブリン、コボルト、オーガ――知能が高い亜人型モンスターを中心に、数百ものモンスターの群れがそこにはいた。


「なぜこんなにモンスターがいるにゃ!? 出払っているはずじゃないのか!?」


 今日サイクロプスの配下の多くは生贄を引きとるために猫人族の集落を訪れており、この根城の警備は手薄になっているはずだった。だからわざわざ今日を討伐決行日に設定していたのに、なぜこれほどモンスターがいるのかわけがわからなかった。


 しかもモンスターたちはただそこにいたというだけではない。それぞれ武装し、完全にミーナたちが来るのがわかっていた様子だ。


 ミーナたち討伐隊がモンスターの群れに圧倒され、困惑していたそのときだった。



「――ガハハハハハ、よくきたなァ! 遅すぎて待ちくたびれちまったよォ!」



 群れなすモンスターたちの奥から、覚えのある野太い声が迷宮にとどろいた。


 玉座のような場所にふんぞりかえっているのは、腰かけてもなおミーナたちが見上げるほどの巨躯を誇る身の丈10メートルをこえる単眼の巨人型モンスターだった。


 その青白い屍人のような体色、巨大な手足に生えた鉤爪、ギザギザと鋭利にとがった牙、禿頭のてっぺんに突きだした一本の角、それらすべてがその存在が人族でなく邪悪な闇に属する存在だと告げていた。


「ご苦労なこったなァ……俺様を倒すためにこんな山奥までそんなにずらずらと引きつれて、俺様を出しぬけるとでも思ったかァ?」


 ――


 そんな言葉が口をついて出てしまう。それぐらいに単眼の巨人サイクロプスは、桁外れの禍々しい威圧感を放っていた。


 見ただけで萎縮させられるその巨大モンスターを前に、しかしミーナは討伐隊から一歩進みでて気丈に声をあげた。


「どうして……にゃーたちが今日ここに討伐に来ることがわかっていた? 今日動くことはほぼ口外していなかったはず!」


 今日の討伐について知っているのは、集落のものたちと交流のある一部の他国の要職のものだけだ。そもそもサイクロプスたちに人間とのツテがあるとも思えないし、情報がなぜ漏れたのかわからなかった。


 当惑するミーナをたのしげに睥睨し、サイクロプスは鼻で笑った。


「ふんっ、バカがァ。貴様らちんけな猫どもの浅ましい考えなんざ、すべてお見通しなのよォ。おとなしく生贄を捧げ、魔王さま礎となっていればよかったものを。そのちんけな脳みそで四魔将のひとりたる俺様に歯向かおうとするから、痛い目を見ることになるのだ」

「くっ……なんで」


 ミーナは歯噛みし、しかし冷静になる。


 情報がどうして漏れたのかはわからないが、漏れたのはもはやどうしようもなく、それについて考えても無意味だ。


 考えるべきはこの状況をどう切りぬけるのかという一点。ミーナは今回の討伐隊の長として、サイクロプスとこの数百ものモンスターに囲まれている絶望的な現状を打破する方法を考えねばならないのだ。


 だがどれほど考えてみても、そんな方法は見つからない。方法がないからこそ、モンスターたちが少ない今日に決行日を設定したのだという結論にいたるだけだった。


「くっ、サイクロプスだけなら……なんとかなったかもしれないのに」


 ミーナが悔しげにぼやくと、サイクロプスはプッと吐きだすように嗤った。


「愚かな……このサイクロプスだけならばどうにかなっただとォ? 貴様は俺様を笑い死にさせるつもりかァ? だとしたら、策士よのォ。ちんけで非力な猫人族にそんなユーモアがあったとはなァ、ガハハハハハ!」


 配下のモンスターたちもサイクロプスに誘われて嗤いだし、空間全体に不気味な哄笑がさざなみのように広がった。


 討伐隊がそんな敵地の空気に完全にのまれて萎縮していることに気づき、ミーナはこのままではまずいと声をあげる。


「……なにがそんなにおかしいにゃ!? ひとりで十分ならこんなに手下を侍らせてないで、ひとりで待っているはず! でかい図体でえらそうにふんぞりかえっているが、ひとりで勝つ自信がなかったんだろう!?」


 煽りかえすミーナに、しかしサイクロプスはわずかにも気を荒立てることなく、余裕しゃくしゃくの様子で肩をすくめる。


「……強者と言えど、常にイレギュラーは想定すべきだァ。貴様らちんけな猫どもには負ける気はせんが、万一“七英雄”でも連れてこられたら、かくもの俺様でも敗北する可能性もあるからなァ。念には念をいれたにすぎん」


 ミーナはごくりと生唾をのむ。


 このモンスターの恐ろしいところはその強大な力はもとより、それに驕ることのないこの冷静さなのだと思い知らされる。


(勝ち目が……見つからないにゃ)


 付けいる隙がまるでなかった。


 サイクロプス単体でさえ勝機がぎりぎりあるかどうかというレベルだったのに、サイクロプスはその強さに驕らずに数百もの配下を手札として用意している。多勢に無勢で襲いかかってこられたら、討伐隊には万にひとつも勝ち目はなかろう。


 万事休すか、とミーナが歯をぐっと食いしばっていると――



「しかし……そうだなァ、今日は相手してやるとするかァ」



 サイクロプスは思いついたようにそう言い、不気味な微笑をうかべる。


 ミーナがなにを言っているのかといぶかしげな視線を向けると、サイクロプスはそれにこたえるように視線を自身の傍らに動かす。


 そこには――おそらくなんらかのモンスターだろう――が宙にぷかぷかと浮かんでおり、ぎょろぎょろと周囲を見回していた。


「今日はもこのイビルアイを通してこの場を見ていてくださっている。貴様らと遊んでやるのも余興にはちょうどよかろう」


 サイクロプスが玉座からゆっくりと立ちあがり、そしてそれだけの動作で迷宮が激しくゆれて地響きとともに地震が起こる。


 サイクロプスが顎をくいとやると、配下の数百ものモンスターたちが一斉に後退し、サイクロプスのために道を開けた。


 本当にひとりで戦うつもりのようだ。


(……なんにしろ、ありがたいにゃ)


 なぜサイクロプスが急にそのような甘えを見せたか理由はわからない。しかし圧倒的有利な状況をつくっておきながら、あえてひとりで戦ってくれるというのだ。こちらからすれば、ありがたいというほかあるまい。


 ミーナが愛剣に手をかけてちらと背後に視線を送ると、仲間たちはわかっているというように力強くうなずき、それぞれの武器をかまえて臨戦態勢に入った。


 無限にも感じられる数秒間。

 サイクロプスと討伐隊は睨みあい――



「――かかってこい、雑魚どもめが」



 そんなサイクロプスの嘲笑が、猫人族の運命を握る決戦開始の合図となった。

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